第7話:乞食団と児童団

教会歴五六八年九月


「老人と子供が多過ぎるのではないか。

 これではほとんど役に立たないと思うが、違うのか」


 俺が集めた奴隷達を見て父上がうさん臭そうにつぶやいた。

 確かに分家や他氏族が安価に手放すような奴隷に若い男女は少ない。

 力仕事ができる若い男はもちろん、性奴隷として使える若い女も高価だ。

 一〇人二〇人をまとめて雄山羊一頭と交換されるような奴隷は、普通の遊牧民なら役に立たないと思う老人と子供になるのは当然だ。


「もちろん父上の申される通り、若い男女の方が色々な使い道があります。

 ですが、老人や子供にでもできる仕事を、他の仕事もできる高価な奴隷にさせるのはもったいないではありませんか。

 材木の伐採運搬や城の増改築には力のある者を使いましょう。

 父上のお力で、氏族全体で四万に近い従属民と奴隷を確保できたのです。

 私の個人的な従属民と奴隷は、私なりに使わせていただきます」


 我が氏族が手に入れた土地に住んでいた民の数は四万人ほどだった、

 この国全体に何万人の人間が住んでいるかは分からないが、その全員を殺すことなく活用したいと心底思っている。

 この点に関しては智徳平八郎の記憶だけでなく、他の四人の記憶も人命の無駄遣いだと考えているようだった。

 特に幕末の叛乱に失敗した大塩平八郎は人を死なせたくないと思っているようだ。


「フィリッポ、またレオナルドちゃんのする事に口出しして、いけませんよ。

 父親なら子供のやることに口出しするのではなく、自由にやらせてあげて、失敗した時に助けてあげるくらいでなくては、女心が離れてしまいますよ」


「いや、俺はレオナルドのやることに反対したわけではないぞ、ジョルジャ。

 心配だったから大丈夫なのかと言っただけだ、本当だぞ。

 だから機嫌を直してくれよ、お願いだから」


 また母上の過保護に助けられた。

 父上も、もう何度も同じような事を繰り返しているのだから、いい加減余計な事を口にするのは止めればいいのに、つい俺の事が心配になるのだろう。

 両親に心から愛されると言うのは、とてもうれしいモノだ。

 ただ、老人と呼ばれる年まで生きた五人の記憶があるから、結構恥ずかしい。

 喜びを表現するのが苦手で、つい演じてしまうような言動になってしまう。


「父上、では護衛の近衛兵を借りて行きます」


「ああ、老人や子供達ばかりだと言っても油断するなよ。

 ロアマ人は戦士として侮れない連中だし、イタリアエルフ人も勇猛な戦士だ」


「はい、油断しません、ご安心ください」


 老人達を集めて作る乞食団にやらせる事は軽作業と決まっている。

 パピルスの原料となる高草を集めて茎をていねいにむく事だ。

 結構高価に売る事ができると分かったパピルス作りは、疲れる作業ではあるが、たくましい男しかできない重労働ではない。

 安価に購入できた老人の衣食住を保証する程度なら、十二分に利益をあげられる。

 パピルスにできないような草の繊維は、糸にして服を織らせればいい。

 粗雑な糸で作った服でも、奴隷に冬を越させる事ができる。


 児童団にやらせる事は貝集めと淡水真珠の養殖実験と決まっている。

 真珠を養殖できるような二枚貝がこの世界の湖に住んでいるかどうか分からない。

 だが、もし発見できれば、莫大な利益を手に入れることができる。

 真珠養殖用の貝を発見できなくても、湖岸で食用にできる魚介を集められたら、俺の食生活が劇的に改善される。

 新鮮な海の幸を手に入れられたら一番よかったのだが、手長海老やマスやイワナだって十分美味しいのだから。


「レオナルド様、この貝でいいのですか。

 教えてくださったように、内側が奇麗な貝です」


 エルフ族と人間族の混血、前の世界でハーフエルフと呼ばれていた少女が声をかけてきたが、とても愛らしくて目を奪われてしまう。

 エルフ族はとても勇猛で、人間を下等な生物だと思っている。

 だから平気で人間を差別し虐殺するが、それは別にエルフに限らない。

 ロアマ人も俺達を野蛮人だと決めつけて差別し虐殺する。

 俺達も平気で他人を襲い殺し奴隷にして使役している。

 智徳平八郎の記憶と感情に折り合いをつけないと、精神的に参ってしまう。


「ああ、そうだな、いいかみんな、これと同じ貝を探して集めるのだ」


「「「「「はい」」」」」


 子供達が元気よく答えて湖岸に広がっていく。

 俺が買い取って以来、十分な食事を与えたから、結構なついてくれている。

 酷いやり方だとは思うが、他の奴隷よりもいい待遇を与えて心をつかむのだ。

 そうしておかないと、真珠養殖のような重大な技術は教えられない。

 他の氏族に知られる事も奪われる事も許せない秘匿技術だ。

 教えた子供達は徹底的に囲い込まなければいけない。

 そのために成長が遅くて奴隷としての価値が低いエルフやドワーフを集めた。


 この世界には日本、いや、地球では創作の生き物だったエルフやドワーフがいる。

 創作の世界と違うのは、彼らにも人間にも魔術が使えない事だった。

 身体能力は人間よりも優れていたり劣ったりしているが、魔術はない。

 だが創作の世界と同じで、エルフとドワーフは恐ろしく長命だった。

 それは赤子から成人までに必要な年月も恐ろしく長い事につながった。

 長期間重労働ができないエルフやドワーフの子供は、奴隷としては致命的だった。


 だが、それは俺にはとても好都合だった。

 重大な秘匿技術を多くの人に教えなくてもいいし、親子で伝承される心配もない。

 長い年月、もしかしたら永遠に作り続けてくれるかもしれない。

 尽きる事のない、富を生み出す生き人形になってくれるかもしれないのだ。

 智徳平八郎の記憶と感情はそんな事を望んではいない。

 彼の基準で考えれば、共に働き生きる同胞としたいのだろうが、この世界ではまだまだ許される事ではない。


「まだ暖かいとはいえ、水に入って魚介類を集めるのは身体が冷えるからな。

 熱々の麦粥を腹一杯食べさせてあげるから、しっかり働いてくれよ」


 俺が彼らにしてやれることは、飢えないようにしてあげる事くらいしかない。

 魚介や肉がたっぷり入った大麦粥を腹一杯用意してあげる事くらいだ。

 決して俺が久しぶりに魚介雑炊を食べたいから用意したわけではない。

 俺がやりたいのは、子供達が鞭で打たれる事のないように、殴られたり蹴られたりしないように、俺個人の奴隷として抱え込んであげる事だ。


「「「「「はい」」」」」


 子供達のうれしそうな笑顔が俺の原動力だ。

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