第6話:新王国建国
教会歴五六八年八月
王によるメディオラヌム攻城戦は続いていたが、建国宣言がなされた。
横暴で虚栄心が強い王は、自分の力で新国家を建国したと言いたかったのだ。
俺には小さい男にしか見えないが、中にはそんな王の言動に心酔する者もいる。
王はそんな連中を親衛隊に取立てて、王権力の強化を図っていた。
だが今まで通り氏族の力を保ちたい族長達は、簡単に王には従わない。
連合して自分達が奪った都市を首都に公国の建国を宣言したのだ。
北イタリアの主要都市を占領した氏族長達が建てた公国は二〇を超えていた。
有力氏族が建てた代表的な公国だけをあげても、フリウーリ公国、トレント公国、チェネーダ公国、ジェノバ公国、ヴェネツィア公国とある。
中にはまだ首都にする予定の都市を落とせていない氏族もいた。
だが王自身がまだ落とせてもいない都市を新王国の首都にしているのだから、氏族長達に文句を言う事もできない。
もちろん、俺の献策で父上も公国建国を宣言している。
ただ他の族長達とは歩調を合わせなかった。
他の氏族長達が一斉に建国を宣言した後で、オーク王国との外交交渉や王家を護るために必要だと、王に許可を取ってから建国を宣言した。
そのお陰で、王の悪意は逸らせたが、氏族長達からは疎まれてしまった。
まあ、父上はゲピドエルフ王国との戦争時から他の氏族長とは敵対していた。
今更俺の献策で敵意が多少増えてもどうという事もない。
「父上、ロアマ人の技術者を保護してください。
水車や風車を作る事ができたら、山の上でも小麦や大麦を作る事ができます」
「別に麦など作れなくてもいいのではないか。
我々には乳と肉さえあれば問題ない。
ロアマ人のように麦を焼いて食べるなど、氏族の伝統を破壊するものだ」
氏族内の会議でロアマ人技術者の大切さを話しても、十分に理解してもらえない。
脳筋バカ戦士は王に押し付けたが、残った連中もなかなか頑固だ。
俺だって氏族の伝統を全て破壊する気など最初からない。
だが、美味しいモノを食べたいという欲求は抑えきれない。
毎日毎日獣臭い乳と茹肉だけの食事には飽き飽きしているのだ。
どれほど家畜を清潔にしても、臭気を取り切る事はできない。
特に水が貴重だった草原地帯では、家畜を水洗いする事が難しかった。
「何も氏族の伝統を壊そうという訳ではありませんよ。
単に美味しいモノを食べたいだけの話です。
まずは食べてみてください、話しはそれからです」
俺は奴隷達に丁寧に製粉させた小麦粉を使ってパンを焼いていた。
まだこの時代のパンは智徳平八郎が食べていたような美味しいパンではない。
製粉の技術が未熟なので、美味しいパンを焼きたくても限界があるのだ。
ロアマ人は小麦、大麦、ライ麦、雑穀のパンを焼いていた。
発酵パンと無発酵パンの両方を焼いていた。
パンにオリーブオイルを塗り塩を振って食べていた。
その食べ方も美味しいのだが、我が氏族に必ず受けるとは言い切れなかった。
遊牧民族に喜ばれるパンの食べ方など決まっている。
ロアマ貴族のようにドライフルーツやハーブを入れて焼いたパンではない。
製粉技術が未熟だから、クロワッサンなんて夢のまた夢だ。
だが、チーズやバターはあるから、ピザを焼くことができる。
無発酵パンに戦士達が大好きな肉とチーズをたっぷり乗せて焼き上げれば最高だ。
俺自身がずっと食べたいと思っていたミートピザだ。
「「「「「うまい、なんてうまいんだ」」」」」
「戦士諸君、このような美味い飯を毎日食べたいとは思わないか。
この美味しいパンを食べれば、家畜を殺す数を減らす事ができる。
殺す家畜の数が減らせれば、どんどん家畜の数を増やせるのだぞ。
だが増えた家畜のエサを確保するにも奴隷が必要なのだ。
ロアマ人やイタリアエルフ人に肉や乳を食べさせる必要などない。
俺達があまり食べないパンや麦粥を食べさせればいいのだ。
そうすれば家畜をどんどん増やすことができるのだ」
「まあ、肉を美味しく食べられるのなら、問題はありませんな」
「そうですな、何といっても肉を食べるのが我らの伝統ですからな」
「ですがレオナルド、本当に奴隷に肉や乳を与えなくていいのですか」
「大丈夫、その心配はいりませんよ。
ロアマ人の戦士はパンが大好きですから、肉も乳も与えなくて大丈夫です。
ただ、オリーブオイルと塩は大好きなので、それは必要です。
どうしてもロアマ人やイタリアエルフ人の奴隷が不要だと言うのでしたら、競売で売り払えばいいのです」
「ふむ、そう言う事なら、その技術者というロアマ人は高く買ってくれるのですね」
「ええ、奴隷は能力によって値段が決まるので、高くなるかもしれません。
ですが、私が欲しいだけの奴隷では、競い合う者がいなくて安くなります。
それでも、殺したり売れ残ったりするよりはいいでしょう。
殺してしまったら年老いた雄山羊ほどの価値も生みませんからね」
「分かりました、でしたら手持ちの従属民と奴隷を競売にかけましょう。
まだ暑い盛りではありますが、冬支度をする前に不要なモノは手放したい。
それでよろしいですね、レオナルド」
「ええ、構いませんよ。
ロアマ人やイタリアエルフ人から奪った金銀財宝もあれば、家畜もあります。
私が多くの家畜を持っている事は、貴方達もご存じでしょう。
春まで残したい若い雌を殺さなくてもいいように、私から家畜を手に入れられるように、私が望む奴隷を競売に出してください」
奴隷売買を率先して行おうとしているのだから、自分で言っていて口が苦くなる。
しかもこういう話の流れになるように、本家に忠実な戦士を事前に抱き込んだ。
だが、この三門芝居が少しでも多くも奴隷を生き延びさせることになる。
そう思って良心を押し殺して奴隷市の開催を仕切った。
だが、そんな風に思っていたのは智徳平八郎の部分だけだった
戦国乱世を生き抜いた本多平八郎の常識や、欧米列強の圧力や偽善に激怒していた東郷平八郎の部分は、当たり前に受け入れていた。
俺は何度も奴隷市を開催したが、その度に奴隷購入額より特産品販売額が多く、家畜や金銀財宝を減らすのではなく増やしていた。
日銭として焼き立てのピザが数多く売れたし、何よりパピルス擬きがよく売れた。
エジプトのパピルスと同じ材料だとは思えないが、数メートルの高さのある草を材料に、智徳平八郎の知識を活用して再現したのだ。
とても高価な羊皮紙は大切な契約などに使って、比較的安価なパピルスは日常使いするので、数が売れたのだ。
とは言っても、パピルスも安価とは言えない商品だ。
食事だけを与えればいい奴隷に作らせるのなら、莫大な利益をあげられる。
湖や池の多い山岳地を手に入れられたお陰で、材料となる高草が沢山手に入った。
俺は運がいい、そう思って、これまで通り自分の良心に従う行動をしよう。
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