第3話:苦い勝利

教会歴五六七年(八歳)


「左翼、大きく迂回して敵の背後に回れ」


「「「「「おう」」」」」


 俺の指揮で騎馬軍団が動くのはとても気持ちがいい。

 本多平八郎時代でも、完全に騎兵化された軍など率いた事がない。

 我が国の、俺の所属する氏族の戦士は騎兵しかいないのだ。

 だから俺も幼い頃から騎乗訓練をさせられてきた。

 もっとも、騎乗技術はまだまだ父上や叔父上達の足元にも及ばない。

 それは腕力が必要な武力も同じで、とても敵と戦う力はない。


 だが、指揮官として軍隊を動かす能力は別だ。

 個人的な武勇はまだまだだが、指揮官としての能力は誰にも負けない。

 五代に渡って蓄積された知識はこの世界の誰にも負けないと自負している。

 本多平八郎と東郷平八郎として積み重ねた実戦経験も伊達ではない。

 騎馬軍団を指揮した事はないけれど、大軍を指揮した事は何度もある。


 まあ、指揮が上手くても、個々の戦士に武力がなければどうにもならない。

 父上や叔父上達はもちろん、氏族の騎士達が優秀だからこそ勝てるのだ。

 戦場でゲピドエルフ王を負傷させ敗死させられたのは、父の武勇のお陰だ。

 その武勇があればこそ、戦利品の分配で強気に出られる。

 金銀財宝よりも一族を飢えさせないための家畜分配を優先させられたのも、勝利への貢献度が高かったからだ。


★★★★★★


「あのバカ王が、これからどうする心算だ」


 氏族長会議に出ていた父上がとてつもなく怒っている。

 

「何かありましたか、父上」


「バカ王が、エルフの王女に誑かされやがった。

 奴隷にして慰み者にすればいいモノを、王妃に立てると言い張りやがる」


「国王陛下には既にオーク王国の王女を王妃に迎えられているのですよね」


「そのクロトジンド王妃を殺しやがったのだ、あのバカ王は。

 このままでは怒り狂ったオーク王国が攻めてくるかもしれない。

 今同盟を結んでいるアヴァール騎馬王国も、王妃の母国がオーク王国だから襲ってこないだけなのに、何も分かっていない。

 オーク王国が攻め込んで来たら、必ず裏切って挟み撃ちを仕掛けてくるぞ」


「それは大丈夫だとおもいます、父上。

 オーク王国のクロタール王も国内を統一したばかりです。

 兄弟や甥達を皆殺しにして分裂した国を統一しましたが、まだ国は荒れています。

 折角統一した国も、息子達が次期国王の座を巡って争っている状態です。

 とても国外に遠征できる状態ではないと思われます」


 初陣を済ませて指揮能力を示した事で、独自の従属民と奴隷を分けてもらえた。

 略奪と誘拐の戦利品分配なので良心は痛むが、そのお陰で目立たないように商売をする事ができるようになった。

 商売を始めた事で、独自の資金と情報も手に入れられるようになった。

 王妃の母国の動静は、ゲピドエルフ王国とアヴァール騎馬王国に次いで、ロアマ帝国と同じくらい大切だったから、事前に情報は集めてあった。


「攻め込んでこないだけで、味方になって援軍を送ってくれないのは間違いない。

 アヴァール騎馬王国の圧迫が強くなるぞ」


 俺はゲピドエルフ王国との戦いに加わったが、それ以降は戦場に立っていない。

 国や氏族の興亡をかけた争いだから戦いに加わったが、本来はまだ後方の放牧地で暮らすべき幼い子供なのだ。

 表向き同盟国であるアヴァール騎馬王国との交渉に出ていく立場ではない。

 交渉に立っている父上や国境線近くで家畜の放牧に行っている叔父達は、アヴァール騎馬王国との戦力差をヒシヒシと感じているのだろう。


「アルプスインダ王女殿下はどうなされたのですか。

 まさかクロトジンド王妃殿下と一緒に殺されてしまわれたのですか」


「いや、あのバカ王も自分の血を継ぐ王女までは殺さなかった。

 王女の地位はそのままにして、王宮に閉じ込めていると聞いている」


 アルプスインダ王女がまだ生きているのなら、まだ完全にオーク王国との縁が切れたわけではないから、アヴァール騎馬王国は直ぐに攻め込んで来ないだろう。

 娘を殺された事は怒っていても、国内統治のために兄弟や甥達を皆殺しにしたクロタール王だ、今直ぐ怒りを表明するほど単純な王ではないだろう

 戦力が整った時にこの地方を攻め込む大義名分を欲するはずだ。

 その相手が我が国なのかアヴァール騎馬王国なのかは分からないがな。

 

「父上、国内で争っている場合ではありません。

 ゲピドエルフ族のロザムンダ王女を王妃に迎える事に賛成してください。

 アヴァール騎馬王国に付け入るスキを与える訳にはいきません」


「分かった、不本意だが認めよう、レオナルドの先を見る目は確かだからな」


「それと父上、アルプスインダ王女の後見人になると宣言されてください。

 どれほど細くても、オーク王国との絆を残さなければいけません。

 それに、父上はアルボイーノ王とそりが合わないようですから、王に暗殺される危険があります。

 それを防ぐためにもアルプスインダ王女を味方につけましょう」


「ふん、王ごときが何を仕掛けてこようと殺される我ではないわ」


「父上、私は叔父上達と骨肉の争いなどしたくないのですよ。

 万が一にも父上が殺されてしまわれたら、王も他の氏族長達も、私や叔父達を争いわせようとしますよ、分かっているのですか。

 それに先ほども申し上げましたが、アヴァール騎馬王国に付け入るスキを与える訳にはいかないのですよ、本当に私の言う事を分かっておられるのですか」


「……分かった、レオナルドがそこまで言うのなら、国のために我慢しよう。

 だが私がアルプスインダ王女を後見すると言う方が、王や氏族長達を警戒させる事になるのではないか」


「王にはアルプスインダ王女しか子供がいません。

 自分の子供に跡を継がせたいと思うのは、どうしようもない人の本能です。

 アルプスインダ王女の後見を一番に言いだした父上を殺す可能性は低くなります。

 他の氏族長達も、父上と敵対する前にアルプスインダ王女を後見すると言いだしますが、王も後から言いだした者達を心から信用できないでしょう。

 ロザムンダ王妃に王子が生まれるまでは、父上の安全が得られます」


「まだ幼いくせに、子供に跡を継がせたいのは人の本能だなんて、よく言える。

 だが、俺自身の事を思えば、嘘だと言うわけにもいかんな。

 分かった、決めたからには直ぐにでもバカ王に伝えてくる」


「父上、もうバカ王と言うのは止めてください。

 恐ろしく悪い条件で援軍を得て、実質的には以前よりも状況が悪くなったとはいえ、勝利をもたらしたのは国王陛下なのです。

 好戦的な氏族長達からは大きな支持を得ている事でしょう。

 言葉一つで父上をロアマ帝国の内通者に仕立て上げて殺す事もありえます。

 表面だけでも王を褒め称えるようにしてください」


「クソ面白くもないが、しかたがない。

 王家に忠実な氏族長を演じてやるよ、それでいいのだな、レオナルド」


「はい、父上が王を名乗れるくらいの力をつけられるまで、我慢されてください。

 必ず私が父上を王と呼ばれるような立場にしてみせます」


 国を興すのは男の夢だからな、父上も多少は我慢してくれるだろう。

 イタリア半島を統一した国などは無理だが、州や地方を完全制圧した小国の王くらいなら、俺が支援すれば十数年後には興せるだろう。

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