第2話:軍事同盟

教会歴五六六年(七歳)


「遅いぞ、もっと早く斬り返せ、そんな事では生き残れないぞ」


 父の斬撃はとても鋭く重い。

 まだわずか七歳の俺ではとても防ぎきれない。

 もちろん十分手加減してくれてはいるが、甘やかす事もない。

 俺が受けきれるギリギリの斬撃を立て続けに放ってくる。

 本多平八郎や小林平八郎の記憶では、よい鍛錬法だと納得している。


 だが医者だった智徳平八郎には納得できない鍛錬法だ。

 こんな幼い頃から筋力をつけすぎたら、成長を阻害してしまう。

 万が一にも骨端線離開でも起こしたら、もう骨が成長しなくなる。

 骨折してもろくな治療法がないから、一生障害が残ってしまう。

 弱肉強食のこの世界では、挽回不可能な後遺症になりかねない。


「はい、父上」


 まあ、歴戦の父上が力加減を間違える訳もない。

 実戦経験と実力は本多平八郎の記憶が認めるくらいの父上だ。

 だが、もう少し俺の言う事も聞いて欲しい。

 父上は剣に重きを置いているが、実戦では少しでも間合いの遠い武器が有利だ。

 トンボ切りのような名槍が欲しいなんて言わない、普及品でいいから槍が欲しい。


 だがロアマ帝国ですらピルムやスパタが主力の武器だ。

 戟やハルバードなどを手に入れるなんて夢のまた夢だ。

 アヴァール騎馬王国にはランスに近い騎兵槍があると聞く。

 父上を説得して手に入れられないだろか。

 騎兵槍を改良して俺にあった槍を創りだせれば、この世界最強に成る自信がある。


「兄上、氏族長、大変だ、とんでもない事になったぞ」


 俺と父上が激しい鍛錬を繰り返していると、リッカルド叔父が慌ててやってきた。

 今回の氏族長会議は、父上に変わってリッカルド叔父が出席していた。

 新たに王になったアルボイーノから、氏族長以外からも意見を聞きたいと言われて、父上が渋々代理として出席させたのだ。

 どうも父上は新たな王と上手くいっていないようだ。


 だがそれもしかたがないと思う。

 俺から見て猪武者に見える父上ですら休戦を提案するくらい国が疲弊している。

 国力を回復させる間だけ、こちらからの攻撃を控えるように言った父上は正しい。

 なにも戦い自体に反対している訳ではなく、必勝を期そうと言っているだけだ。

 だがそんな父上の言葉を、好戦的なアルボイーノ王と徹底交戦派の氏族長達は疎ましく思ったのだろう。


「何事だ、リッカルド。

 俺や休戦派を外してとんでもない事でも決めやがったか」


 リッカルド叔父は三人の叔父の中ではもっとも年長だ。

 若くして祖父が戦死してしまい、苦労して氏族をまとめてきた父上を見ている。

 だから父上を殺して氏族長の座を狙うような事はない。

 少なくとも父上は、氏族長会議の代理を任せるくらいには信用している。

 まあ、人の本心など誰にも分からない、全ては俺が集めた情報から推測した事だ。


「ああ、王の奴、とんでもない事を考えやがった。

 事もあろうにアヴァール騎馬王国と軍事同盟を結びやがった」


 ロアマ帝国と軍事同盟を結んだゲピドエルフ王国に勝つために、アヴァール騎馬王国と軍事同盟を結ぶには、とんでもなく不利な条件を提示するしかない。

 それくらい我が国はゲピドエルフ王国に圧迫されている。

 それに、勝ったとしても、状況はよくならない。

 ゲピドエルフ王国を滅ぼすことができたとしても、今度はもっと強大なアヴァール騎馬王国と国境を接する事になるのだ。


「どんな条件だ、平等な条件ではあるまい」


 俺には武に偏り過ぎていると思われる父上だが、この国では頭脳派なのだ。

 この国が置かれている状況くらいは分かっている。


「ああ、とんでもなく不利な条件だ。

 まず我が国が所有している家畜の十分の一を差し出さねばならない。

 さらにゲピドエルフ王国との戦いで得た戦利品の内半分を差し出す事になる。

 しかもせっかく占領したゲピドエルフ王国の領地は、全部アヴァール騎馬王国に差し出さなければならない」


 とんでもなく不利な条件だ、俺が考えていた以上に条件が悪すぎる。


「くっ、アヴァール騎馬王国が奪ったモノはアヴァール騎馬王国のモノ。

 俺達が奪ったモノはアヴァール騎馬王国のモノか。

 だがそんな不利な条件を飲まなければいけないくらい追い詰められている。

 まずは生き残らなければならない」


 父上が血を吐くような感情を込めて吐き捨てた。

 できる事なら助力したいが、今の俺にそんな力はない。

 智徳平八郎の記憶を活用すれば国を豊かにする事は可能だ。

 だが下手に力を発揮したら、王や他の氏族長に目をつけられてしまう。

 少なくとも本多平八郎時代の武力を取り戻すまでは自重すべきだ。


「ちくしょう、俺達の家畜まで差し出さなければいけない。

 悔しい、悔しいよ、兄者」


「リッカルド叔父上、差し出す家畜の雌雄や年齢は決められているのですか」


 俺が急に質問したので、リッカルド叔父は目を白黒させていた。

 それでも俺が何を言いたいのか理解したのだろう、直ぐに返事してくれた。


「いや、雌雄や年齢までは決められていない。

 今から冬支度の屠殺を調整しろというのだな。

 だがレオナルド、一族や従属民、奴隷を喰わしていくには屠殺の数を減らすわけにはいかないぞ」


 レオナルドと呼ばれるのにようやく慣れてきたが、まだ多少の違和感がある。

 五代に渡って平八郎と呼ばれてきたのだから当然だ。


「国王陛下も焦っているはずです。

 今直ぐにでも血みどろの戦いを始めるはずです。

 戦いに巻き込まれて死ぬ家畜も多いでしょう。

 死んだ家畜を冬支度に使えばいいのです。

 戦利品も金銀財宝ではなく家畜を奪う事を目標にしましょう。

 アヴァールに渡す家畜も、雄だけにして雌を残しましょう」


「うむ、よく考えたな、レオナルド。

 レオナルドはジョルジャに似て頭がいい。

 リッカルド、急いで戦支度をしろ、略奪に行くぞ」


 父上は俺を褒めているようで母上を褒めている。

 父上は母上にぞっこんだからしかたがないな。

 智徳平八郎の常識では許されるが、他の四人の価値観とは大きく違っている。

 この世界の常識とも違っているようで、リッカルド叔父も苦笑を浮かべている。

 だが直ぐにリッカルド叔父の表情が引き締まって戦士の顔になった。


「おう、それでこそ兄者だ」


 智徳平八郎の良心がシクシクと痛む。

 戦国時代に略奪を重ねていた本多平八郎は平気だが、智徳には辛い現実だ。

 ロアマ帝国に野蛮人と呼ばれる我が国は、平気で残虐非道な略奪を行う。

 犯し殺し奪い攫うことに何の痛痒も感じない種族なのだ。

 だから氏族内には貴族階級と従属階級がある。

 いや、多少の権利がある従属階級の下に奴隷階級すらあるのだ。


 父上が略奪を行うのは氏族が生き残るためではあるが、胸が痛む。

 とても美しいゲピドエルフ族の女性は、まず間違いなく性奴隷にされるだろう。

 もし父上と奴隷に間に子供が生まれたとしても、子供は奴隷としてあつかわれる。

 父上の子供なのだから、氏族に加えればいいと思うのだが、この世界の価値は俺の知っている価値観とは違うようだ。


「レオナルド、今回の略奪で初陣をさせる、ついてこい」


「はい」

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