#44

 大会まで一週間を切っていたが、俺たちはゴールデンウィークの始まりを感じていた。

 今でも不思議に思うんだがなぜゴールデンウィークは続くことが少ないのか。

 30日と5月入って1日と2日祝日じゃないから休みじゃないというのは分かる。

 だが一層の事休みにしてくれないかと思う。

 ゴールデンウィークだという実感が薄れてしまう。

 まあ世の中にはゴールデンウィークという概念自体がないような人がいるらしいからな……

 くだらないことを考えていると、愛理さんに指で突かれてしまった。


「余計なこと考えていないで、行きますよ」


「集合場所は……」


 初めて来た場所で、どこになにがあるのか分からず館内図を見ながら歩くしかなかった。

 ようやく集合場所が見えてきたと思ったら、遠くからでも目立つ集団がいた。


「おはようございます」


「おはよー」


「おはよう」


「これで全員か?」


「そうだね」


 いつものメンバーという一言でまとめられるほどよく見た顔だ。

 京一、千郷、紀里、光大、愛理さん、そして俺。


「紀里の私服って案外まともなんだな」


 地味でもなく派手でもなく、持ち前のスタイルの良さを強調していて、紀里に似合っている。

 ただ言うとすれば、高校生らしくない。

 これから高級レストランでも行くのかという印象を与えているとは思う。


「何着てくると思ってたのよ」


「こうなんていうかもっと派手で光沢が反射して目に入りそうな服?」


「高飛車お嬢様じゃないんだから……」


「まあまあ。どうせだったら紀里の服買っちゃおうよ」


「楽しみですね!」


 これは多分着せ替え人形にさせられるな。

 着せ替え人形としてあまりにも優秀過ぎる人形が手に入ってしまった愛理さんは。さっきよりも明らかに声が上がっていた。


「今日は荷物持ちかな?」


「まあそうだろうな……」


「はぁ……」


 元々そんな予感はしていたというか、どう考えてもそうなる未来しか見えないが実際そうなると面倒で仕方がない。

 あと多分俺らも着せ替え人形にされかねないので、少し離れたところから見守ることを徹底しよう。

 考えたくもない事を考えていたが、あまり考える時間はくれないようだった。

 少し歩いただけで、服屋についてしまった。


「まずはきーちゃんの服選びましょう!」


「俺等は向こうで見て……」


「ダメです」


「ダメだよ!」


「「「はい……」」」


 俺等三人は審査員になることが決定した。

 楽しそうにしている二人と面倒くさそうにしている一人を何も考えず眺めていると、第一回が始まった。

 まず出てきたのは、一般的に見てカジュアルな服装で出てきた。


「うん、紀里のお嬢様感を良い感じに生かしてなお若さによる可愛さを引き出してるね」


「服の組み合わせはよく見るが、紀里がアクセントになってるな」


「あ、思ったより普通に評価するんだな。紀里の協調が強いな」


 潜在意識的に紀里がお嬢様ということが染みついているからなのかもしれないが、やはり少しお嬢様に見えてしまう。

 そして二人の言う通りではあるがやはり紀里が強い。

 何を着せても似合うという特性というよりも紀里という人物が強すぎる。

 似合うというにはあまりにも釣り合っていない。


「じゃあこっち着て」


 また試着室に紀里が押し込まれてしまった。


「うーん」


「逆に絶対に着なさそうな服とかどうかな~」


「ちょっと見てきます」


 愛理さんが別の服を探しに行って、少ししたら紀里が出てきた。

 さっきの服と似たような種類の服だが、よりボディーラインが浮き出てスタイルの良さを強調している。


「大人っぽさが少し増したね」


「紀里には丁度いいという感じ」


「じゃあこれは買いだね」


 その後も次々と愛理さんと千郷が服を選び、紀里に着せ良さげな物はどんどんと積み重なっていった。


「つ、疲れたわ……」


「お疲れ様」


「次は……」


「え、まだ……」


「千郷さんの服ですね!」


 今日は長くなりそうだ……

 愛理さんのやる気が最高潮へと到達しているような気がする。

 千郷も着替えさせられた。

 いつもの抑え目なギャルという雰囲気がいい感じに合わさっている。


「千郷が可愛すぎる」


「ぶっ壊れてる彼氏どうする?」


「まあ放っておいていいんじゃない?」


 彼氏だというのに扱いがぞんざいな京一が少し可哀そうだ。

 千郷の服が変わるたびに限界化している京一を見て呆れるしかなかったが、ああいう一面があるんだなと知れた。

 最後に千郷が紀里のような大人っぽい服を着ていたが、いつもと違う雰囲気が出ていて、京一を一旦どこかへ離したほうがいいんじゃないかと考えてしまった。


「じゃ、愛理ちゃんの番だね」


「覚悟しなさい」


「え、ちょっとお手柔らかに……」


 着せ替え人形にさせられた二人は随分と楽しそうに服を選んでいた。

 やはり着せ替え人形になるときよりも選んでいるほうが楽しいらしい。


「紀里が楽しそうなんて珍しいな」


「だね」


「珍しいな」


「本当に珍しいですよね」


「愛理さんもそう思うのか?」


「そうですね~小学生の頃からあの仏頂面と言うべきか不貞腐れ顔というか冷めている雰囲気でしたよ」


 まああの大人びた雰囲気を感じる限りそうなんだとは思っていたが、実際小学生の頃からあの性格だと考えると頭が痛くなる。

 あいつ友達いたのかよ。

 愛理さんという優しい存在が居て良かったな。


「はい、これ着なさい」


「はーい」


 試着室に押し込まれた愛理さんを待っていると、紀里がこちらを向いてきた。


「愛理にやり返しができるって分かると楽しいのよ」


「あっ……」


「なるほどね……」


 なるほどな……

 紀里が楽しいのは服選びじゃなくて、自分がさせられた分を愛理さんにできるということらしい。

 やっぱり友達いないだろあいつ。


「痛っ」


 なにかを察した紀里からデコピンを食らった。


「変なこと考えないほうがいいわよ」


「そんなに顔に出てたか……」


「樹君の顔に出る……?」


「どこに出てた……?」


「え……?」


「愛理に教えてもらったから分かるのよ」


 三人は随分と失礼な発言しかしないし、愛理さんは紀里になにを言っているんだ。

 というかそんな分かりやすい特徴でもあるのだろうか?

 人の表情は確かに分かりやすいが、実際自分では気づかないことだらけだからな……

 いつか愛理さんに教えてもらおうと思った。

 失礼な三人は悩み俺はそれを見ながら待っていたら、愛理さんが試着室から出てきた。


「流石愛理さん完璧だ」


「ここにも馬鹿がいる」


「似合ってるわね」


「なんでも似合うってこういう人のことを言うんだろうなあ」


 やはり愛理さんは可愛い、ただこの一言に尽きる。

 紀里が最初着た時と同じようなカジュアルな服ではあるが、20代の大人っぽさとJKという若干の幼さが混じり合い上手く調和している。


「髪型変えてみないか?」


「うーん、ゴム持ってないですし」


「私の貸すよ~」


 少し気になったので愛理さんに髪型を変えてもらうことにした。


「印象結構変わるね」


「そうだな……」


「愛理さん髪型変えても似合うよな」


「だね~」


 髪をまとめてポニーテールにするだけで、印象がかなり変わる。

 ポニテのほうが可愛いと思うのは多分恐らくギャップ萌えというやつなのだろうけど、それにしても可愛い。

 脳内が可愛いに侵されている。

 愛理さんは髪型を元に戻して、試着室へと戻ってしまった。


「愛理のことになると何も考えなくなるわよね。このさ……馬鹿」


 猿と言おうとして馬鹿と言い換えたよな。

 まだマシだと感じるがどちらにせよ、軽蔑してることに変わりはないよな?


「猿って言おうとしたなお前」


「愛理のことになったら猿以下じゃないのあなた?」


「二人とも喧嘩しない」


 試着室から出てきた愛理さんが止めてきたので仕方がなく口を噤んだ。

 どう考えても紀里が悪いように感じたが、ここは外だということを忘れるところだった。


「喧嘩やめないんだったら二人とも同じ部屋に閉じ込めて仲良くなるまで出しませんからね」


「勘弁してくれ」


 部屋の扉が開く頃には俺が痣だらけになるかもしくは体の部位が一部正常な形を保っていない可能性もないとは言えないだろう。

 考えただけで背筋が凍る。


「でもそれだと樹君が紀里ちゃんに取られるかもよ?」


「はっ!それはよくないですね」


「絶対に起こらないから安心してくれ」


「樹君と有坂がくっついたらなかなかグロい光景だね、少なくとも同級生は全員禁忌のような扱いしそうだね~」


「そんな扱いなのかよ」


 光大が言うには俺と紀里は一年の頃は、同級生の間で関わったら絶対にいけないと言われていたらしい。

 まあ確かに俺も見る立場だったら絶対に関わる気はないな。


「でも逆に見てみたいな。二人がくっついてるところ」


「ダメです」


「あら?案外相性いいかもしれないわよ」


「ダメです絶対に」


 愛理さんは俺の右腕に抱き着いてきた。

 頭を撫でたくなったが一度ここは冷静になろう。


「愛理さん一回離れような?」


「はい……」


 警戒している猫を見ている気分だった。

 正直なことを言えば紀里とくっつくなんて死んでも御免だ。

 愛理さんがいるどうこう以前に、あいつのしたことは忘れないしあの傲慢な性格は苦手なので普通に勘弁してほしい。

 灰羅に押し付けてでも逃げてやる。


「私ってかなり嫌われてるのかしら」


「言動を見直してから言ったほうがいいぞ」


 紀里は自分が何をしているか全く分かっていないのか?

 それとも世界は自分を中心として回っていると思っている愚者なのか?


「まあまあ、ここからが面白い時間なんだから」


「どういう……」


「あー僕飲み物買ってこよっか?」


 何か気づいたのか京一と光大は焦っている様子だった。

 二人は何をそんなに焦ってい……

 着せ替え人形、紀里、千郷、愛理さん、服屋この単語が鎖のように繋がり混ざり一つの結論へと至った。

 いやそれよりも前に本能が気づいたようだ。

 今すぐにでもここから逃げ出さなければ着せ替え人形になると。

 そして気づいた時にはもう遅かった。

 俺の手は愛理さんに繋がっていた。

 京一と光大はヤンk……ゴホン、紀里に襟を掴まれていた。


「さーて、何着せよっかなぁー?」


 千郷の顔にはこれまで見てきた中で一番悪い顔をしていた。

 逃げられるはずもないので、俺らは心を失ったマネキンと化した。






 俺らはフードコートで休憩していた。


「疲れた……」


「もういいな」


 マネキン三人はしなしなの枯れた植物になっていた。


「二人はまだ良かったじゃないか!……はあ」


 光大のファッションショーだけは面白かったな。

 最初は普通にメンズを着せられていたがだんだんとレディースに代わり最後にはただの女装だった。

 まああいつは中性っぽい顔立ちだし顔良いから似合ってた。

 周りの通行人が見惚れるぐらいには似合ってた。


「樹君も似合いそうなものだけどね」


「俺は似合わないだろ」


「格好いいタイプだったら多分似合うと思うぞ」


「京一も女装させるぞ」


「勘弁してくれ」


 男子高校生三人が項垂れながら女装の話をしているという絵面は地獄と言わざるおえない。

 愛理さん達が戻ってきたが、今は少し距離を置きたくなってしまう。

 俺も京一もいつもは可愛い彼女に見えてるが、あの瞬間俺らは悪魔にしか見えなかった。

 光大に関しては彼女フィルターがないので、もしかすると悪魔の真の姿を見たのかもしれない。

 あの笑顔が怖い。

 トラウマというほどではないが、中々刺激のある悪い記憶となってしまった。


「きーちゃんがファストフード食べるなんて……」


「親にバレたらしばらくまともなご飯食べさせてもらえないわね」


「バレたら私のこと盾にしていいからね」


「……神器並みの盾ね」


 雪上家が盾になるというのならそれは盾ではなく矛になりかねない。

 紀里がファストフードを食べているとか……考えられない。というか愛理さんがいなければ見れない光景だろうな。

 ここに来る前愛理さんが「きーちゃんにマッ〇食べさせましょう!」とか言い出して、紀里も食べたそうにしていたので食べることになった。

 一口また一口と三分の一ぐらいになってようやく、


「……美味しいわね」


「偶に食べると美味しいんだよ。まあ頻繁に食べてたら病気になるし」


「ふふっ、確かに体に悪い味がするわね」


 紀里が笑みを浮かべていた。


「き、紀里が笑……」


「私が笑って悪いかしら?……初めてなのよ、こうやって普通に友達と遊ぶの」


「庶民的な遊びしたことないもんねー」


 紀里が楽しそうならいいのかもしれないな。

 まあ驚きは隠せそうにないが。


「まあ楽しいしなこういう遊び」


「なーにこっち側みたいな顔して喋ってるんだよ。お前もそっち側だろ」


「そーだそーだ」


「それに雪上さんの許嫁ってなるとね?」


 無理矢理境界線の外に追い出された気分だ。

 まあ確かに立場的に言えば愛理さんや紀里側かもしれないが、どう考えてもこの二人と並べて考えたらダメだろう。

 それに暮らしは愛理さんと同棲するまでは庶民的だったぞ。

 まあしかしながら事実を変えることは不可能なので何も言えない。


「まあ樹自身は庶民的ではあるか」


「立場以外は庶民的」


「なんか悪口に聞こえてきたな」


 千郷の言葉からは若干の悪意を感じる。

 立場もそうだが多分育ってきた場所が田舎なのもあるかもしれないな。

 小学校に入るまでは、一日にバスが数本しか走っておらず、スーパーも車で行かなければならないような祖父母の家にいたからな……

 どう考えても愛理さんや紀里のような世界とは程遠い場所にいたのがあるのかもしれない。

 あの頃が懐かしいと感慨にふけていると、いつの間にか全員昼飯を食べ終わってしまっていた。


「この後どうする?」


「先に荷物増やしたの間違いだったかしら」


「まあ正直服買うのが目的だったし」


 初めて聞く事実に呆れるしかなかった。

 服を買うだけならショッピングモールに来る必要はないが多分全員で遊びたかったのだろう。

 そこは分かるがそれならもう少し順序というものを考えて、効率よく楽に遊ぶべきだ。

 しかしそんなことを言えば愛理さんに怒られてしまうので黙っているしかなかった。


「仕方がないわね」


 紀里が何かの合図をすると誰かがこちらへ寄ってきた。

 うん、こんな光景漫画やアニメでしか見たことがないな。

 紀里や愛理さんがしなければこの光景を信じていなかっただろう。

 紀里の前に立った人は紀里に到底手に持てるような量ではない荷物を押し付けられていた。

 しかしこの人どこかで……

 その答えが俺の中で出る前に同じく疑問を持っていただろう京一の口から答えが出てしまった。


「隣のクラスの子だよね」


「そうよ。私のお目付け役。全く……この子がいなければもう少し自由にできるのだけれど」


「さっきのは大丈夫なのか?」


 さっきのというのは昼飯にファストフードを食べていたことだ。


「大丈夫よ。この子もこの子で楽しんでいたみたいだし」


 そう言いながら紀里はスマホを開き、その子がス〇バの飲み物を頼んでいるところを撮った写真を見せてきた。

 紀里のお目付け役はその写真を見ると顔を青ざめて、かなり動揺していた。

 こいつやっぱりいい性格してるよな。

 人の弱点を握って決して自分が不利にならないように立ち回る辺りは本当に賢いというかなんというか。

 荷物を押し付けられた子はそのままどこかへと行ってしまった。


「愛理さんもああいう人いたりするのか?」


「いませんよ。ああいうの嫌いなんで。まあ強いて言うならば樹さんが私のお目付け役なんでしょうけど」


「そうなのか」


 愛理さんの親はそこまで娘に強制するタイプじゃないんだろうな。

 愛理さんと初めて会った時にいた城雪さんも堅く縛るようなタイプには見えなかった。

 まあこれ以上は偏見になってしまうのだが、あれは陰で色々と手回しするタイプの人に見えた。

 多分目に見えないだけで根はそこら中に張られているのだろう。


「さて、どこに行くっていう話だったね」


「ゲーセン行きましょう」


「いいわね。今のうちに行きましょう」


 お目付け役がいなくなったからか紀里は気分が良さそうだ。

 お目付け役が追い付けないようにか、それとも気分が昂っているからか紀里の足取りはいつもよりも早くなっていた。

 ゲーセンに着くや否や、クレーンゲームに魅せられたのか吸い込まれるように遊び始めた。


「これはどうやるのよ」


「ここ押して……」


 皆の様子を見ているとこれが青春だと映画を見せられている気分になる。

 どう考えても入学したころはこれとまではいかなくともこういう普通な感じを望んでたよな。


「樹君は遊ばないのかい?」


「……よっしゃやるか」


 取り合えず百円玉がないので近くの両替機に札を吸わせた。

 金欠時代は一銭たりとも使う気はなかったが、今は余裕がある。ここで使わないで楽しまないという選択肢は今や頭の中に存在しない。

 所詮クレーンゲームもガチャやくじと同じだ。

 手に握った現代の銀貨を金食い虫へ投下した。






 と、いうことで一回のゲーセンで使うとは思えない額を使ってしまった。

 クレーンゲームだけでなく、対戦ゲームや協力ゲームも遊んだ。


「樹さん……あとでお小遣いあげますね」


「樹って時折変なテンションになるわよね」


「まあ楽しかったならいいんじゃない」


 全員から呆れ顔と憐みの視線が見える。

 財布はただの布切れと化し、俺は燃え尽きてしまった。

 今なら苦痛を何も感じない木偶人形になれる気がする。


「次どうする?」


「どうしような」


 全員特に何もすることがないと悩んでいた。

 帰るにはまだ早すぎるので、時間が余っている。

 しかしショッピングモールで遊べることと言えばこれぐらいなような気もするのだが。

 いや語弊があるな、全員で遊べることというのはこれぐらいだろう。が、正しい。


「そういえば今日って皆さんいつまで遊べます?」


「俺はいつまでも」


「樹さんは一緒でしょうが」


 冗談みたく言ってみたら怒られてしまった。


「俺はいつでも大丈夫」


「私も」


「僕も大丈夫だよ」


 紀里以外の三人はいつまでもいれるらしい。

 残る紀里は、


「今日ぐらいは雪上家に甘えようかしら」


 ということは全員かなり遅くまで遊べるということになる。

 しかし紀里がここまで楽しむとは思ってもいなかったな。

 お嬢様という考えを少し改めるべきなんだろうか。

 まあただ単純にたまには羽目を外して楽しみたいというだけなのかもしれないが。


「しかし本当にどうしましょうね」


「映画見るとか?」


「時間がなんとも微妙じゃないか?」


「そうだね……」


 決まらない。

 本気で悩んでしまい全員黙ってしまった。

 多分普段だったらここで解散でもいいのかもしれないが、折角紀里が遊べるということで、できればできるだけ長い時間遊びたいという考えが生まれたのかもしれない。


「カラオケとか?」


「いいですね!行きましょう!」


 確かにカラオケは案外時間が過ぎるのは早い。

 しかし問題が一つある。

 愛理さんは歌が上手い。

 歌ってみた所謂曲のカバーは勿論の事オリジナルの曲も出している。

 歌枠も開くしライブでも歌枠で出てくることが多い。

 そんなことは皆知るはずもないので、カラオケへ行くこととなった。






「愛理ちゃんって歌うまなんだね」


「まあこれでも幼少期から色々とやらされてましたから」


 一曲歌い終わり愛理さんと千郷が話を始めた。

 うーん強い。

 お嬢様ということでどうとでも説明できるという万能さ。

 続いて紀里が歌った。


「古い。有名だけど……古い」


「悪かったわね古い曲しか知らなくて」


 今の30~40代が青春していた頃の曲だったような気がする。

 有名だし今の高校生でも知っている人いるだろう多分。

 だから問題はないのだが、やはり一発目にこれが出てくる辺りで古いと感じてしまう。

 ちなみに歌はしっかり上手だった。

 カラオケって趣味嗜好がバレると思うよな。

 千郷も歌い終わった。

 紀里の後に歌ったせいで同い年のはずなのに世代の差を感じる。


「いいですよねその曲」


「ねー」


 キラキラしている。

 ステージで歌って踊ってという風景が脳内で生成されるくらいにはキラキラしていた。

 女性陣が終わったので男性陣へと変わった。

 まず俺。

 最近の曲を選んだが何故かお前は紀里世代だろという扱いをされた。

 どう考えてもおかしいだろ。

 紀里は確かに説明がつく、大人っぽいだとか全然曲聴かなさそうとか色々とあるけれど俺はどう考えても違うだろ。

 頭の中で一人愚痴を吐いている間に、京一も終わってしまった。


「少し意外な選曲だけどまあ京一っぽいっちゃぽいね」


「意外か……」


 京一は少し項垂れていた。

 若いとも言えず古いとは言えないなんとも絶妙なラインだった。

 そして光大の番になった。

 何を歌うのかと思えば初恋の人がいて、推しているアイドルグループの曲ではないか。


「くっ、ふっ」


「似合わないな」


「言わなくていいよ!」


 恥ずかしそうに始まってしまったので、歌声は小さかったがしっかり歌い切った。

 これもギャップ萌えというやつなのか。

 それに光大が恥ずかしそうにしている姿は、少しこうなんていうかダメな感じがした。

 小学生だったら性癖が捻じ曲がる感じだったな。


「中性的な顔立ちって最強なんですね」


「これで王子様系だろ?」


「いやー皆に知らせたら大変なことになりそうだねー」


「やめてくれないか……」


 ちなみに千郷はちゃっかりと録画していたためいざとなれば流せる準備はしている。


「女装させます?」


「やるか」


「嫌だよ」


「さっきの服ありますよ」


「なんであるの!?」


「きーちゃん」


 紀里がスマホを手に取り連絡すると、数分でさっきの人が部屋に荷物だけ置いて出ていった。

 俺と京一で押さえつけ、男子トイレで着替えさせた。

 愛理さんって悪ノリすると結構強引に事を進ませようとするよな。


「うう……」


「イケメンお姉さんでもいけそう」


「僕の扱い酷くないかい?」


「これは文化祭コスプレルートですね」


「え?」


 どうやら文化祭の催しでコスプレさせるらしい。

 そうなると俺も巻き込まれることになりそうなので、取り合えず案が出たら拒否しよう。

 しかし千郷またもやちゃっかりと写真を撮ってらっしゃる。

 あいつ記者の才能ありそうだな。

 人の弱みを握って記事にしようとする連中に似ている。

 光大は女装をさせられたままカラオケをすることになった。






 喉が枯れるまで歌い続けたら、夕飯を食べるに丁度いい時間になっていた。


「夕ご飯どうする?」


「折角ですしいいところにでも……」


「愛理さんのいいところはまずい」


「そ、そうだね」


 愛理さんのようなお嬢様の言ういいところは当然のことを言うが、値段が庶民的ではなくなる。

 まあ大方この人数で会計したら大人でも払えないレベルになりかねない。


「私の奢りですけど」


「う、うーん」


 奢り飯は美味い。

 siveaにいたときはよく奢ってもらっていたのでそのうまさは身に染みて覚えている。


「じゃあそこまで高くないところで」


「はーい」


 俺たちは侮っていたのかもしれない。

 金持ちの財力を……

 愛理さんに連れられというか迎えが来て、そのまま泊まったら一か月分の給料が飛びそうなホテルへ連れて行かれた。


「ここって予約とか必要な店じゃ……」


「大丈夫ですよ。うちの……あーまあ特別な個室あるんで」


 愛理さんが言い換えた言葉が気になる。

 あとで聞いてみよう。

 恐ろしい財力の違いに圧巻されながらも席に座っていると、ふと千郷と京一と光大が漠然とした顔をしていたのに気づいた。


「ここ高……高……」


「すみませんでした、愛理さん」


「一生に一度来れるか来れないかみたいな所だねーあはは……」


 愛理さんや紀里と付き合っていくにはこういうことに慣れなければならない。

 いちいち驚いていたらきりがない。

 まあでも俺がこんな風景に慣れたらダメ人間になってしまう。

 もう遅いけどな。

 料理が出てくるたびに、千郷と京一と光大の三人は言葉が出ていなかった。

 当然のことながら愛理さんと紀里は様になっていた。






 一通りの料理が出終わり、ようやく落ち着いた雰囲気となった。


「ちなみにここホテルなんで、泊まっていきたい人います?」


「高校生で泊まるのまずいんじゃ……」


「ま、バレなきゃ大丈夫ですよ」


 泊まった事さえも隠蔽をできそうだからな愛理さんは……


「流石に泊まったら怒られるから帰るわ。預かってた荷物あとで渡すわね」


「ありがとう。あと僕も明日用事あるし、遠慮させてもらうよ」


「はーい、二人はどうします」


 愛理さんは京一と千郷のほうへ体を向けた。

 二人はどうしようかと顔を見合わせていた。


「説明しづらいんだったら、私達とのお泊り会ってことにしていいですよ」


「なんで愛理ちゃんはにやにやしてるのかなー」


 愛理さんの顔を見てみると口角が上がって隠すことができていない。

 まあお盛んな時期の高校生が二人で泊まるなんていったらそういうことだと考えているのだろう。

 高校生で同棲している俺と愛理さんはどうなんだ?と疑問に思う人がいるだろう。

 すみませんね、俺がヘタレで。

 もう正直約束事とかしないと手を出せないレベルでビビってはいる。

 心を決めたのか京一が口を開いた。


「じゃあ泊まるわ」


「はーい、まだ帰るには早いですし私たちの部屋で少し話しませんか?」


「え?俺たちも泊まるのか?」


「当たり前ですよ」


 泊まるとは思っていなかった。

 もしかして愛理さんは泊まることを決めていたのか?

 昨日の大会の練習中に明日は行けないと言っていったことを今更ながら思い出した。

 まるで用意されていたかのようにそのままホテルの客室へと案内された。

 部屋に入り、本当にいいホテルなんだなと見ただけで伝わってきた。


「はい、二人の部屋のカードキーです。なくさないでくださいね」


「はい!」


「きーちゃんも泊まれたら良かったのに」


「流石に泊まるのは無理よ。それに一人で泊まらせる気?」


「……うーん、光大さんと一緒とか」


「遠慮願うよ」


「あなた失礼ね」


「いやーあはは……」


 今すぐにも紀里に胸ぐらを掴まれそうになっていた。

 光大、その気持ちは分かるぞ。

 紀里と一緒の部屋とか何が起こるか分からない。


「丁度恋人なしなの二人だよね」


「僕は想い人いるから」


「アイドルのね」


「無理難題な壁に見せようとするのやめてくれないかな」


 アイドルになる前から知っているとはいえ、アイドルと付き合うのはかなり難易度が高いと思うぞ。

 それを言ったら俺はどうなんだという話ではあるか。

 愛理さんもVtuberといえど事務所所属。それに個人的な意見ではあるが、Vtuberは配信者というよりかアイドルらしさを求められることが多い。

 なので実質的には、アイドルと大して変わりはないのである。


「きーちゃんは?」


「あなたの恋路を邪魔して遊ぼうかと思ったけど、手を出すのも恐ろしいからできなかったわ」


「何考えてるんだ……」


「樹さんは渡しませんよ」


「別に樹が欲しいとは言ってないわよ」


「まあでも……言っていいのかな」


 千郷がうーんと首を傾げていたが、愛理さんが気になったのかきいた。


「いやね?一年の頃愛理ちゃんが来るまで紀里ちゃんと樹君がくっつくんだろうなーって噂になってたんだよ」


「そうだな。懐かしい」


「嘘だろ……あれでかよ」


「こうなんていうか、そういうプレイ系の関係とか……ああ見えて実は両想い系とか……実際はお嬢様と従者の禁断の恋系とか」


「想像力豊かで何よりだな」


 初めて聞いた話に頭が痛くなりそうだ。

 確かに最初のはあるかもしれない。

 多種多様の時代だ、何があってもおかしくはない。

 後半二つはなんだ、両想い?あの地獄絵図を見てそういう妄想が出てくるほうがおかしいと思う。

 お嬢様と従者だったらあまりにも酷い扱いを受けているな。


「樹さんもしかしてそういう方が好きだったりします?もう路線変更効くか怪しい時期ですけど」


「好きじゃない」


「あら?意外と満更でもない様子だったのを覚えているけど」


「あれで精神ぶっ壊れていないんだったらそれは勇者メンタルすぎるな」


 まあ紀里から踏まれて嫌と思う人は少ないかもしれない。

 こうなんていうか性癖を踏みにじられる感じはするぞ。

 言ってしまえば少し刺激が強すぎる。


「今度樹さんにしてみようかな」


「勘弁してくれ」


「性癖って歪んだら治らないから、多分したら興奮するんじゃないかな」


「嘘だろ……光大がとんでもないこと言い出したぞ」


 光大が口を挟んできたかと思いきや、イケメンから出るとは思えない言葉が出てきた。


「僕だって王子様系にハマるとは思ってなかったからね……」


「あぁ……」


「ここって難ありな人多めなんですか?」


「愛理さんが言うな」


 ここで多分一番な価値観を持っているのは千郷と京一だと思いたい。

 まあもしかすると隠しているだけでとんでもないのが眠っているかもしれないが。


「あ、僕そろそろ帰らないだから帰るね」


「なら私も……」


「きーちゃんはまだです。話したいこともあるので」


「……分かったわよ」


 時間ギリギリまで愛理さんは紀里を逃がさないつもりらしい。


「じゃあここで解散にするか」


「そうだねー愛理ちゃんありがとね」


「いえいえ、お二人ともゆーっくり過ごしてくださいね。あ、チェックアウトはいいのでフロントに連絡だけお願いします」


「おっけー」


 京一と千郷と光大は部屋から出ていった。

 今日は充実した一日だった。

 このメンバーで遊ぶ時がなんだかんだ言って一番楽しいのかもしれないな。

 そういえば愛理さんが紀里と話をすると言っていたので俺も出ていくべきかと訊いてみた。


「居ていいですよ。樹さんも関係があるといえばあるので」


「何かあったの?」


「いやーそのー実はー……」


 どこか気まずそうに愛理さんは口を開いた。


「瑠璃ちゃんVtuberにします……」


「は?」


「妙にこそこそとしていると思っていれば……」


 紀里は何をするとは分かっておらずともそれとなく愛理さんが瑠璃に何かしようとしていることだけは感じていたらしい。

 愛理さんが言うには、この間の件で『対等な取引』の結果siveaに瑠璃を無理矢理ねじ込むことにしたらしい。


「そうね……一度お父様に話してみるわ」


「なんでだ?」


「あの子の両親がなくなってから、身の回りの世話は言い過ぎだけれどもある程度支援してるのよ。……流石に雪上家とはいえこの件については、お父様が何か言ってくるかもしれないわ」


「だからきーちゃんにはあらかじめ布石を打ってもらいたいんだよね」


「そういえば面白い話をお父様から聞いたのよねー」


 紀里は口に怪しげな笑みを浮かべていた。

 あれは見たことがある。

 何度か関わった取引先の相手が無理難題吹っ掛けてくるやつだ。

 納期は短いし一人でやれやら報酬が高額じゃなければやらなかった。


「最近春になったからか虫が湧き出てきたのよね」


「何をすればいいの?」


「うちは雪上家の傘下でもなんでもないわよ」


「殺虫剤は少ないけれどあるわ。でも虫を消すための掃除機がないわ」


 この二人の会話は偶に何を言っているか分からなくなる。

 取り合えず虫というのは大方面倒ごとを持ってくるような輩だろう。

 しかし掃除機というのは……


「樹さんを使うのは……」


 ……俺らしい。おーこわいこわい。

 何もできない一般人を巻き込んで何をするんだ。


「大丈夫よ。足は付かないようにするわ」


「なあ、お前の家は裏社会にでも関わってるのかよ」


「あなたは黙って言われたことをやればいいのよ」


 紀里が怖い。

 やはり紀里の実家は裏社会に繋がってる説は有力だったらしい。


「割に合わないので超過分はあとで払ってもらいますよ」


「ええ、勿論よ」


 愛理さんと紀里は手を握り交渉成立となったらしい。

 しかし俺はやはり拒否権はおろか発言権もないらしい。

 人権とは名ばかりの存在だったらしい。


「じゃあ帰るわね」


「じゃあねー」


 さっきまで緊張感に呑まれた空間だったのに、一瞬で高校生の日常に変わった。

 紀里は扉を開け、出ていった。


「樹さんイチャイチャしましょー」


「無理があるだろ」


「えっちしましょー」


「最近ようやく大人しくなったと思ったのに……」


 勿論俺はそんな度胸もないので、頭を撫でてキスするだけに終わった。


「どうせ千郷ちゃんたちは……」


「触れるな」


「ヘタレ」


「う……」


「樹さんに性欲があるのか不安になりますよ」


「ある」


「じゃあそこまで理性的になれません」


 最近は本能と理性が7:3ほどで争っているが、まだ理性は負けていない。

 機会を失った俺に残る手段は本能に負けることだがあまりにロマンもクソもない。


「お風呂一緒に入りましょうよ」


「嫌だって言ったr……嘘だ」


 この世の終わりを目の前に見ているような表情をされてしまった。

 冗談でも愛理さんを拒むようなことを口にするものじゃないな。

 あそこまで消魂した様子は初めて見た。

 嘘だと言って表情こそは戻ったが、魂が抜けたように壁にもたれかかっていた。


「本当に嘘ですよね」


「あ、ああ……」


「心に大きな傷を負ったので治してください」


「取り合えず一緒に風呂入るか……?」


 ようやく顔色が戻ったが、不貞腐れた表情で背中を押され無理矢理風呂に入らされた。

 どうもおかしいと思うのは、俺が愛理さんに何かするべきなのに愛理さんが俺に何かして心の傷が治るというのだ。

 愛理さんはお嬢様というより薄っぺらい本に出てくる使用人に近い気がする。

 

「愛理さんってお嬢様とは思えないよな」


「それは一体どういう意味ですか?」


 時々思うのだが、お嬢様とは思えない言動をしている。

 それに、紀里がファストフードを全く食べないのに対して愛理さんはちょこちょこ食べている。

 お嬢様というにはあまりにも自由な気がする。

 まああと、薄い本に描いてあることをやりたがる辺りとか。


「まあでも言動は否定できないところがつらいですね」


「……否定してくれ」


「樹さんが……してくれたら否定できるようになるかもしれません」


 俺にさせるとは……まるで否定する気はない、なんならもっと酷い自主規制単語祭りだった。

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