#42
朝から愛理さんに叩き起こされて、急いで準備して、前に立凛と待ち合わせをした場所まで向かった。
「よっ」
「よっす、おーそこにいる可愛い子が雪ちゃんかーへー眼福」
「初めまして、雪です」
「んー雪ちゃんからはお金のにおいがする」
「きもいな」
「きもいですね」
きもいと言っているが、愛理さんは財閥家の人間なので、金のにおいが染みついているだろうな。
「第一印象悪いだろ」
「いやまあ立凛さんですし……」
「日頃の行いのほうが悪いらしいね」
「まあそうだよな」
「しっかし雪ちゃんはつんけんしてますねー」
立凛に会ってから少し口調が冷めている。
立凛のことをどう思っているかは、あまりよく知らないが別に冷たい態度を取るほど仲が悪いとかそういうわけではないよな。
知らぬ間に仲が悪くなっていたのなら知らないが……
「いやだっていつも配信で見てきたことが目の前になってちょっと……」
「うん、そういえば雪ちゃんもしっかり限界オタクだった」
仲が悪くて冷たい態度なのかと思ったら、ただ感動して限界化した一般オタクだった。
まあ気持ちは分からなくもない。
呆然と立ち尽くしてしまうという言葉が合っているような気がする。
「そういえばよく今日来れたな」
「完全週休二日制」
「いやまあそれもだが、そうじゃなくてだな……」
俺はなんでそんなにフットワークが軽いのかと聞きたかったが、立凛は俺の言葉を察してすぐに答えた。
「暇だったし案外家から近いから」
「同じ県なのか?」
「いや横」
まあ近いと言えば近いのか?
少し遠くはあるが、まあ別に日帰りでも行ける範囲だな。
「まあ新幹線で来ればすぐか」
「まあねー電車でも来れるけどこんな朝早くじゃちょっと時間掛かるから」
「あ、新幹線代なら出しますよ」
「ん?いやいいよ。学生に払わせるわけにもいかないし」
「はい、どうぞ」
愛理さんが財布を取り出して、開くと分厚い札が出てきた。
……新幹線代にしては高くないか?
ぱっと見だが、スマホ数台買えそうな分厚さをしている。
「……雪ちゃんのヒモになるか」
「もう先客がいるぞ、ここに」
「クッソ羨ましいじゃん!何?前世で徳でも積みまくった?」
「そうかもなー」
そうじゃなければこうにはならないだろうな。
ありがとう前世の俺。
あと神様。
「大手所属とはいえ学生がポンと出して良い額じゃないよ。返すって」
「いっ……凛斗さんの立ち絵代です」
「……え?」
そして愛理さんは続けてもう一度同じ量のお札を財布から取り出した。
「この間のグッズ代です」
「……」
そして流れるようにどんどんと銀行に預けておく量の札が愛理さんの財布から出てきた。
というか途中から愛理さんの財布に入りきらなかった分が封筒から出てきた。
「んー一旦今の仕事やめるかー」
「雪、一旦落ち着こうな?」
「え?あ、はい」
「もう凛斗に色々としてたほうが稼げるって……」
「そうかもしれないな……」
俺が雪姫雪花に使ってきた総額より多そうだぞ……
正直一度に見る額としては初めてというレベルである。
「……まあ新幹線代だけもらうよ。流石にこんなの持ってても怖いし」
そういって立凛は一枚だけ抜き取って、愛理さんに全部押し付けた。
「持ってるのが怖いなら今度振り込んでおきますね!」
「話が通じない……」
「まず雪はその金全部戻してきなさい」
丁度近くに銀行があったので、無理矢理行かせた。
愛理さんが入金している間に俺は立凛と話すことにした。
「……大手事務所といえどあれほど稼ぐものなのかねぇ」
「いやまあ……お嬢様だし」
「なるほどねぇ……ほんっと凛斗が羨ましいよ」
「俺も雪には感謝しかしてない」
「ずるい」
ずるいと言われても俺はなりゆくまま、ただ周りに流されているだけなんだけどな。
ただその流れが心地よ過ぎて、抗おうとも急ごうともしないだけだ。
「私も楽に生きてぇー」
「これからもよろしく頼む」
「楽にする気ないねぇ」
そんなくだらない会話が終わると、愛理さんが銀行から出てきた。
「お待たせしました。全く……もっとすぐに入金できればいいのに」
「そりゃまあシステムが改善されることを願うしかないな」
「凛斗さんがなんとかしてくださいよ」
「知らんし無理だ」
「そういえば凛斗はなんかそういうのが得意らしいね?」
「最近はしてないからほとんどできなくなった」
「本当ですかー?」
だんだんと記憶から消えていくのが分かるぐらいには、もう覚えてないことだらけだ。
愛理さんとの生活に現を抜かしていたら個性さえもなくなってきた。
俺としては愛理さんに養ってもらうだけでいいので、正直どうでもいいのだが。
「で、会ったはいいが何をするんだ?」
「確かに」
「え?決めてないの?」
「雪が会いたいって言ったから呼んだだけだ」
「マジで?」
「マジです、どうしましょうかね?」
会いたいと言った当の本人が何も決めてないのであれば物事は何も進まないぞ。
愛理さんのことだから何か考えているのだと思っていたが、別にそういうことはなかった。
「普通にオフ会みたく飯屋行って終わりでもいいんだけど……まだ昼前だしねぇ……」
「……じゃあうち来ます?」
「よっしゃレッツゴー」
「まるで最初からそれを予定していたかのような切り替えの早さだな」
「金持ちの家には何かあるでしょ?」
「ダメだこいつ金しか目にねぇ」
ここまで潔いとどうしようもない。
結局家から出て、立凛を迎えに行くだけだったな。
二人とも楽しそうだから別に俺はいいんだが。
色々なところへ連れて行かれ、振り回されるよりかは随分とましだ。
「……ここ?」
「はい、ここの一番上です」
「首折れそう」
「さっさと入るぞ」
「助けて、首戻らなくなった」
扱うのが面倒だな。
勿論無視して中に入った。
ああいう人間にはあまり関わらないほうがいい。
ダル絡みをされて、逃げだしたくてもなかなか逃げ出せなくなるからな。
いざ部屋の中に入ると、黙り込んでしまった。
「リビングはこっちですよ?」
「マンションとは思えない内装。私が住んでいる部屋の何倍あるんじゃこりゃ」
「まあ1人1部屋あるし物置きとかしてる部屋が二つは俺もおかしいとは思う」
「これでまだリビングあるのおかしいって」
廊下で唖然としている立凛を無理矢理リビングへ連れて行った。
「ひっろ……テレビでっか……キッチンも最新っぽいし……なにこれ、貧富の格差を感じる」
「まあ実際リビングのほとんどは使わないんですけどね」
「勿体ないって……」
「ソファーに座ってろ、なんか持ってくるわ」
立凛は、俺が言い切る前にソファーに座った。
気に入ったのか頬ずりしていた。
しかしこの家に入った人は大体同じような反応をするの面白いよな。
取り合えず何を持って行けばよいのか分からなかったから、お菓子と飲み物と持ってきた。
「いいな~金もあってこんな部屋に住めるなんて」
「言っておくぞ、俺もうこの生活から抜け出せない」
「だろうね……」
「一生推しを愛せる生活が全てを満たしてくれるので、私もダメになってますね」
「私も雪ちゃんみたいに推してくれる金持ちが欲しい」
「川の中からただ一点、捉えたのが砂金というぐらいには不可能に近いぞ」
「可能にした事実が存在するのであれば希望を見出せる!」
「無駄なことを目指さないで、自身で掴み取ればいいじゃないですか」
「それは地位の高い存在か全てを持っている人の言葉だよ……」
まあ正直愛理さんだったらしかねない話ではある。
「あーあ、このメンバーは何も知らずにオフ会で会いたかったな」
「その世界線は確かに気になるな」
「立凛さんが凛斗さんの事お持ち帰りしそうなので無しです」
「酷いなーゆきちゃんは。私のことをなんだと思っているんだ」
「あざとい系じゃないから周りに特に何も思われてないけど実際は裏で食い散らかしてそうな女性」
「本当に酷い」
中々に酷い印象が出てきた。
これはもう悪口だろ。
愛理さんがここまでざっくりというなんて少し珍しいような気がする。
「冗談ですけど」
「冗談とは思えない長文が出てきたけどね?もしかして私のこと嫌い?」
「そんなわけないじゃないですか!」
そこまで満面の笑みだと尚更怪しい。
「まあ実際凛斗さんと実際に会う前は、立凛さんのこと危険視してましたけど」
「なんでよ」
愛理さんが言うには、絵師にしてはあまりにも距離が近いし、勝手に二人でくっついて愛理さんの立場が気まずくなるのが嫌だったからという理由らしい。
なんというか少し愛理さんらしい理由だった。
「凛斗も中々な厄介リスナー抱えてたねぇ……今じゃ嫁だけど」
「厄介リスナーって何ですか?一般リスナーなんですけど。ねー凛斗さん?」
「これに関しては何も言えない」
「……夕飯抜き」
「こっわ……」
立凛は驚いているが、いつもこんな感じなんだと言いたい。
生殺与奪の権利も奪われている同然なので愛理さんを喜ばせなければこの世界から消えてしまう。
「勘弁してください……」
「はいはい。で、どうなんですか?」
「いやまあ……こんなずっと見てくれるリスナーさんでありがたいなぁって」
「厄介じゃないですって」
「うーん……」
まあ実際なんか凄いリスナーだとは思っていたが、厄介というわけではなかった。
正直推し語りしかしてなかったやつによく見てくれていたなという感じだったな。
いやまあまさかその推し本人だとは誰も思わないけどな。
要は推しの目の前で推しを語るとかいう今考えれば悶えれる案件だな。
「まあなんだかんだ二人仲良くしてそうだし良かったね」
「おかげさまで配信頻度が減りましたけど」
「それは困るんだよな~」
「凛斗さんの新衣装追加したら配信したくなるかもしれないです」
「勘弁して……ただでさえ今やってるんだから」
「ん?増えるのか?」
「え?知らないの?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
どうやら愛理さんは知っているらしい。
どうやら妹という存在が立凛家に増えるらしい。
「実は六期生本当は四人だったんですけど急遽一人増えることになって急いで作ってもらってるんですよ」
「報酬が良かったしあのsiveaからの依頼だから受けたけど納期アホすぎて死にかけ」
「今日来てよかったのか?」
「息抜きよ、息抜き。大方終わってるし」
「まあ本当に間に合わなかったら諸事情とか言って六期生の初配信伸ばしますよ」
「いや~そこら辺はちゃんとやるよ」
俺の時も納期よりもかなり早く送られてきたのでそこら辺に関しては安心できるだろう。
「諸々全てやらされるとは思ってもいなかったけど」
「siveaというかREVIAの人がほとんど使えなくなってるのと、普通に立凛さんに任せちゃえばなんとかなるんじゃね?というのを私が言ったのでこうなりました」
「余計なことを……まあその分の報酬と考えれば十分かぁ?」
「そうか、俺に妹が……」
「私は結構いますけど凛斗さんは初めてですもんねぇ……」
「siveaだったのがありがたいところだったな、触れやすい」
他の事務所だったりすると、あまり触れてはいけない感があるし、個人だったら個人でその人のやり方があるからどうしようかと悩んでいたかもしれない。
勿論、siveaだからといって例外になることはないが、どちらかというと触れやすいということである。
どんなやつなんだろうな。
今から楽しみである。
「早くどんな子か知りたいねー」
「そうだな」
「私のコネで入れたので、大丈夫ですよ」
「裏口入学かよ、それも六期生の枠に無理矢理か」
「本当は六期生とずらそうかと考えていたんですけど、どうせだったらというのと六期生でいいやっていうのと六期生の皆さんもOK出してくれたのでじゃあということで」
あまりにも自由が過ぎるぞ、sivea……
でも、潔くやってくれるおかげで、許されているようなところはあるからな。
本当に事務所として成り立っているのが不思議なくらいだが、あそこ社員も優秀だし社長もなんだかんだいって、普通に優秀なので成り立っているんだろうな。
これは俺がREVIAにいた頃、感じたことでもある。
ただ社長のとんでも具合には悩まされることも多々あったが、中学生であそこに入れたのはどう考えても社長のおかげだよな。
感謝しかないな。
今更ではあるが。
「立凛さんいつまでいます?」
「ん?そうだね……終電間に合えば大丈夫かな?まあ最悪そこら辺のホテルに泊まるかもしれないけど」
「じゃあ夜配信しましょう!」
「三人でか?」
「そうですね。折角ですし」
まあこの三人で集まるのは簡単だが、折角の記念になりそうだし名案である。
「んーおっけーじゃあそこら辺のホテルにでも泊まるか」
「うちで寝て行ってもいいんですよ?」
「二人のお邪魔かな?って」
「大丈夫ですよ。どうせ凛斗さん手を出してこないですし」
余計な一言があったような気がするが、一旦は無視しよう一旦は。
それと同時に愛理さんにヘタレですまないという謝罪を心の中でひっそりとした。
「んーじゃあもし終電間に合わなかったらお世話になるね」
「はーい、じゃあ夜ご飯豪華にしないと」
「手伝うぞ」
「え?凛斗って家事できたんだ」
「普通に万能主夫ですよ」
「うち来ない?ゆきちゃんほどじゃないけど優遇はするよ」
「丁重にお断りさせていただく」
「凛斗さんは私のものなので許可を取るなら私にどうぞ。まあ勿論ダメですが」
俺の意見はどうやら通らないらしいが、愛理さんが許可を出すわけない。
「凛斗ってもうゆきちゃんに逆らえないじゃん」
「普通に逃げ出せないぞ」
「あれまぁ……」
「まあ逃げ出す方が愚かだと思うぐらいには、境遇がいいから別に何をしようとか考えてない」
「そうだろうねぇ……」
こんな生活をさせてもらっていたら誰でもダメ人間になってしまう。
本当に愛理さんには頭が上がらない。
「しっかしこんなにいい生活させてもらって可愛いゆきちゃんに手を出さないなんて……」
「その話題はタブーだぞ」
「どれだけ誘ってもいつかいつかと先延ばしにされて、欲求不満を拗らせそうなこっちの身にもなってくださいよ」
「はい……」
「推しに手を出さないなんてなんて勿体ない……」
「逆に触れづらいだろ!」
「まあ、その気持ちは分からないでもない。ちょっと高貴すぎて近寄りがたいみたいなね?」
推しを持つ人間とは大体こういうものなのである……必ずしも、というわけではないが。
その代表とはならないが、愛理さんは俺とは真逆というか推しでも近づくタイプなんだろう。
「まあ実際お嬢様だし、近寄りがたいよな……」
「今更そんなこと言っても無駄ですからね?」
まあ半年も一緒に暮らしたうえでそれを言うのは違うか。
しかし半年か……長いようで短い感覚だな。
愛理さんがまだ雪として配信を見ててくれた頃はまだ昨日とまではいかないが、覚えている。
一つ言えることはこうして三人で集まることになるとは思ってもなかっただろうな。
形はどうであれ、会えたことは嬉しいのかもしれない。
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