#33
硫黄のにおいが周囲一帯から鼻に入ってくる。
俺は愛理さんに連れられて、温泉街へ来た。
「ここかよ……」
「有名ですよね」
「ここですら雪上家関係なのが恐ろしいわ」
ここは日本でもかなり名の知れている温泉街で、一度は来てみたいと思うような場所だった。
雪上家が恐ろしい。
雪上家の親戚が経営してるとはいえ雪上家は支援やらなんやらしまくってるらしい。
俺、そのうち危険な目に合わされそうで怖い。
鉛玉が体に食い込むような事態にはならないで欲しいと強く願った。
「荷物置きに行きましょうよ」
「俺が持ってればいいだろ」
「はぁー馬鹿なんですか?重い荷物持って楽しもうと考えてるなら樹さんは馬鹿ですよ、ばーか」
「愛理さんの口が悪い……」
急に馬鹿馬鹿言われて俺のヘルスが一気に1まで下がった。
もう無理だ……
「私は折角、樹さんと旅行に来たんですから、一緒に楽しみたいんです!樹さんにばっかり物持たせたりして辛い思いをさせるのは嫌ですし、その重い荷物のせいで色々なことができなくなったら嫌なのでさっさと置きに行きますよ!」
「割と優しい」
「割とって何ですか、割とって。私はいつも樹さんに優しいに決まってるじゃないですか」
理性を破ろうとしてくることについてはまったくと言っていいほど優しくないがな。
あの愛理さんの猛攻撃が優しいというのなら多分それはどうにかしてる。
別に嫌というわけではないからな?
ただあの攻撃は優しくないよなっていう話だ。
愛理さんに怒られてそのまま旅館へ連れていかれた。
「わー愛理ちゃん久しぶりー!元気ー?」
「お久しぶりです!元気ですよ」
「男を連れてくるとは聞いたけど……」
愛理さんの知り合いらしい人物を目が合った。
向こうが微笑むと再度愛理さんのほうを向き、
「大丈夫そうね」
「まあ自慢の許嫁なんで!あ、そうだ、樹さんは知らなかったですね。この人は、この旅館を仕切っている女将さんです」
「愛理ちゃんとは親戚関係だから、よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
「樹さんがまともに挨拶してる……」
「普通に挨拶ぐらいするわ。俺をなんだと思っている」
「え~?大人にもため口をつく人?」
「多少の仲があるからな?」
初めて喋った人にため口つくような人に見えるのか……
「仲良さそうでなによりよ。さて荷物は部屋に運んじゃうからここに置いて」
「え?私たちが運んじゃいますよ」
「これも仕事だから任せて?」
「じゃあ……」
愛理さんが渋々ながらも自分の持っていた荷物を置いた。
俺もそれに合わせるように置いた。
「じゃあいってらっしゃい」
「いってきまーす」
「荷物すみません、いってきます」
「あーもう若いのが気にすんなて、楽しんでね」
申し訳なさが残るが、ここまで言われては仕方がない。
愛理さんに手を繋がれ引っ張られた。
いつもより少し無邪気な様子で新鮮さと愛らしくも感じた。
俺ももう少し楽しむべきか。
初めて愛理さんと行く旅行で少し緊張していたが、普段より楽しむほうがいいのかもしれない。
愛理さんに連れられあちらこちらへ行くことになった。
「足湯しながら食べるアイスは格別」
最初に来たのは足湯できる場所だった。
愛理さんは近くの店でアイスを買ってきて足湯に入りながら食べ始めた。
「食って大丈夫なのか?」
「ここは大丈夫ですよ~うまぁ」
熱気でアイスと愛理さんが溶けている。
「樹さんあ~ん」
「あーん」
アイスが口の中に入った。
あ、やべぇこれはよくない。
足湯の熱で体が回復しているところに一気に冷やすかのように、アイスが体の体温を下げてくる。
夏に食べるアイスより美味いかもしれない。
結局俺もアイスを買って食べることにした。
「樹さんも足湯で食べるアイスが最強なことに気づいてしまったみたいですね!」
「あぁ、これはやばいわ」
「樹さんあ~んしてください」
「ほら、あーん」
「ん~サイコー!あーもう死んでもいいかも」
「愛理さんが死んだら困るんだが?どうせ後を追いかけることになるが」
俺には愛理さんがいないと栄養不足で死ぬ。
「私が死んでも樹さんはちゃんと生きてくださいね?」
「やだ。愛理さんいない人生はつまらない」
「可愛いかよ……あー彼氏が可愛い」
まあ実際のところ愛理さんがいなければ俺は生活面的にも精神的にも終わるので、後を追うのは間違いないだろう。
……愛理さんにダメ人間にされてないか?
正直生活が充実してるし愛理さんは優しいし今この生活から離れろと言われても絶対に離れない。
というか離れられないのでまあダメ人間だな。
「マジで愛理さんいないと俺生きていけそうにないな」
「順調順調♪」
「愛理さん?」
「樹さんダメ人間計画」
「やめてくれ。それは愛理さんとの関係がずぶずぶで離れないことを前提とした計画だよな?」
「勿論そのつもりですよ~?」
安堵すべきではないのかもしれないが、愛理さんが離れないで関係を持ってくれることに安堵した。
なぜここまでの安心感があるのかは、やはり俺が愛理さんにダメ人間にされてる事実なんだろう。
「この関係のままは嫌ですけどね」
「え?」
「最終地点に来てこその計画なので、樹さんとさっさと繋がりたい」
「あー……愛理さん?この関係が一番良くないか?」
「まあこれ以上進めば関係性はかなり変わるかもしれないですけど、このまま停滞していても何も起きないですし欲が抑えられなくなるのが目に見えてるので、早めのほうがいいのかなって?でも本当の事を言うと欲望に忠実なので……ぐへ」
最後の一言と「ぐへ」がなければ完璧だったかもしれない。
でも愛理さんの言うことはごもっともだ。
関係性が変わるのはそうだろうが、どうせこのまま行けばいつかは進むであろう道だ。
「愛理さんを撫でたりしてるだけで十分だな」
「そんなことを言っていられるのも今の内ですよ」
「おう……」
足湯のせいか汗がちょっと……
捕食者の目つきをした愛理さんは、本能的に危険を感じて逃げの体制に入ってしまう。
愛理さんも俺もアイスを食べ切ってしまった。
「さて、アイスも食べ終わりましたし次に行きましょうか?」
「次はどこに行くんだ?」
「近くに私のお気に入りの喫茶店があるのでそこ行きます?それが嫌なら温泉饅頭でも食べに行きます?お気に入りの店があるんですよ」
「どっちもお気に入りなんだな。それもどっちも食べ物……」
「どっちでもいいなら喫茶店行きますけど」
「そうだな、喫茶店に行くか」
「はーい」
わざわざ温泉街に来てまで行くか?と思ったが、愛理さんのお気に入りらしいので少し行ってみたいという興味が湧いたので行くことにした。
本当に近くで数分歩いただけで着いてしまった。
「ここです!」
普通の喫茶店かと思っていたが、見てみると一風変わった喫茶店だった。
店の外装はスチームパンクのような少し珍しい外装だった。
蒸気噴き出してるし……
店の中に入ると、普通の喫茶店のようでやはりスチームパンク味のある内装で機材?のような物もそれっぽい見た目だった。
「お久しぶりでーす」
「おやおや、これはこれはお久しぶりですな」
「お久しぶりです。愛理様」
「樹さんに紹介しますね。この二人はこの店を経営する
「許嫁様のお話は兼ね兼ね聴いております。是非よろしくしていただければと思います」
「こちらこそよろしくお願いします」
「まあ立ち話はなんですそちらにお座りくださいな」
俺たちは案内された席に座った。
椅子に座ってから気づいたが机が凄いことになっている。
机の中には歯車があり、それが回っていた。
映像などではなく本当に回っていて少し耳を傾けてみると歯車が回る音がした。
「この店凄いんですよ?」
「お褒めに預かり光栄です。当店は私と父で建てた店で……簡単に申し上げますと趣味全開の店でございます」
まあそうだろうな……
外装も内装もここまでくると趣味じゃないほうが心配になってくる。
「この店造るの私が許可したんですよ」
「まあだろうな……」
普通に街の運営に頼んでも弾かれる様子が頭に浮かんでくる。
「こういうものに理解のあられる方だと耳にしていたので直接プレゼンしたのが懐かしいですね……」
「正直必要な予算が馬鹿げていたので通すか悩みましたけど、まあ気になったのでOKしちゃいました」
「おい」
「だって億単位で滅茶苦茶な店造るんですよ?気になるに決まってるじゃないですか」
億って……
まあ確かに店の内装一つ一つが凝っていてテーブルの中なんか歯車でできているんだ、破格な金の掛かりようになっていてもおかしくはない。
もう一度店の中を見渡してみたがやはりそう思えるような物ばかりだった。
「取り合えずいつもので。あと樹さんは……どうします?」
メニューを見てみたがどうしようか悩んでしまう。
取り合えずおすすめと書かれてるのだけ頼んだ。
「樹さんこの店どうですか?」
「一言で言うと凄いな。細かいところは見れてないが大雑把に見るだけでもこだわりが見られる」
「許可して良かったっと今でも思いますからね。あ、ちなみに言っておきますけどこの店意外と人気なんですからね?今日は特別にこの時間だけ貸切にしてもらいましたけど」
「……その必要はない気がするが」
「予約の必要がありますしこの店をちゃんと紹介したいのもあったので」
にしてもやはりやりすぎなような気がするが……まあ雪上家だしな……
雪上家だしなで済まされてしまうのが怖い所だ。
親の仲があっただけで財閥家と関わることになるなんて思ってもいなかった。
関わるというか財閥家の娘と許嫁の関係だ、かなり予想外なところを突かれた。
それも推しだし……
最近V活動をすることも見ることもできていない。
愛理さんとの生活に満足してしまっている俺が居る。
「はぁ……これからどうするかぁ」
「ん~まあしたいようにすればいいんじゃないんですか?私だって活動できていないですし」
「俺、活動の事何も言ってないよな」
「意外と分かっちゃうんですよ?」
俺の考えることは愛理さんにはお見通しらしい。
自分で言うのもあれだが、あまり考えていることが表情に出るタイプではないと思う。
愛理さんがどうやって俺の考えを知るのか考えたいところだが丁度注文していたものが届いてしまったので、この後、特に考えることはなかった。
注文したスイーツを口に入れると、甘さとフルーツの酸味が舌で混ざり合いホイップのくどさがマシになっている。
珈琲を口に入れてみると、鼻から抜ける香ばしい香りと舌に残る酸味と苦味が珈琲の独特さを語ってくる。
くどくない甘さと珈琲が俺の舌と相性抜群だった。
「樹さんがここまで反応するのは珍しいですね」
「まあ確かにな」
「私の料理で毎回こんな反応してくれないかなぁ……」
「慣れたが美味いのには変わりないからな……」
「樹さんの胃を掴んでるようならいいんですかね?」
今じゃもう愛理さんと会う前の生活に戻れない。
愛理さんとの生活は不便を感じない、ただただ楽な生活を送らせてもらっているだけだ。
家に帰れば飯ができてて洗濯も掃除もしなくていい。
金の心配をする必要もないし甘やかしてくれるし……
うん、戻れないわ。
愛理さんが欠けたら多分人として終わる。
「樹さんなんでそんな焦ったような顔してるんですか」
「いや愛理さんがいなくなったら俺どうしようかと思ってな」
「いなくならないんで安心してください」
「そうかもしれないな……」
話は、ずれた気がするがまあ愛理さんのことだいなくなることはないだろう。
フラグとかじゃないと思いたい。
二人で雑談をしながらこの独特な喫茶店を満喫した。
「愛理さん、最後に少し店内見てもいいか?」
「いいですよ~なら私のお気に入りも一緒に見ましょうよ」
「そうだな」
店内を見て回ることになった。
小物一つ一つも古めかしいような機械仕掛けの物ばかりで本当にこだわりが伝わってくる。
「これ見てくださいよ」
「これはモニュメントか?」
愛理さんが指さしたものは他の小物に比べ少し大きく目立っていた。
「この店のマークって言ったらいいんですかね?それを立体にしたものなんですけど綺麗じゃないですか?特にこの小さい歯車がお気に入りで可愛いじゃないですか」
「確かにな……」
「あ、そのマーク作られたの愛理様ですよ」
「言わないでください!無理矢理忘れてたのに……」
「黒歴史かなんかか?」
「あーやめてください樹さん」
「なるほどな~」
「にやけないでください!」
愛理さんの弱みを握った。
使う機会が来るのかは分からないがまあ記憶に残しておこうと思う。
……愛理さんに俺の黒歴史は知られたくないな。
知られたら何が起こるか分からない。
黒歴史を思い出させるようなものは全て消しておこうと決意した。
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