#32

 結局愛理さんとデートすることになった。

 デーとは言っても、一緒にショッピングモールへ行き服を買ったり春に備えて用意するための買い物になってしまうが。

 そして今、俺は愛理さんの準備を待っている。

 リビングのソファに腰かけて待っていると、扉が開いた。


「樹さん行きますよ」


「はいは……」


「どうしました?」


「いやいつもと違って新鮮でな……似合ってる」


 愛理さんのいつもの私服といえば、少し部屋着に近い物を着てることが多いが、今日は少し露出が多いがラフで、いつもとは違った大人びた印象を与える服だった。

 口紅をつけてるのに違和感を覚えるが、似合っていないわけではない。

 愛理さん化粧した瞬間化けるのかなり心臓に悪い。


「じろじろと見ないでくださいよ」


「寒くないのか?」


「樹さん……私が許嫁でよかったですね」


 どうやらあまり良くないことを言ってしまったらしい。

 オシャレも気にしないで生きてきた俺からしたら何がダメで何がいいのか全く分からないため発言には気をつけなければいけないかもな。


「お仕置きとしてキスマークをつけます!」


「勘弁してくれ」


 今日の愛理さんは口紅をつけているのでキスマークつけられたら大変なことになる。

 いつもより見てくれは大人っぽいが、中身はいつもの愛理さんで少し安心した。


「ちゃんとエスコートしてくださいね?」


「はいはい」


 玄関へ行き、先に靴を履いた。

 愛理さんが靴を履き終わり、俺の腕に腕を絡めてきた。

 マンションを出て少しすると愛理さんが口を開いた。


「なんかこうして恋人らしいことするのって滅多にないですよね」


「そうだな」


「樹さんが全然誘ってくれないんですもんねえ?」


「家から出るのだるいからな」


「まあ家から出て遊ぶのが好きならVtuberになってませんもんね……」


 ……確かになぁ。

 俺は雪姫雪花がきっかけでVになったとはいえ、結局家から出ることなく時間を余していたからそういう考えになったのだろう。


「家で愛理さんの頭撫でてたほうが幸せだからな」


「なんですかそれ。まあ私も樹さんをからかってキスしてた方が幸せですからね」


「カウンターが痛いな」


「事実を述べて何が悪いんですか?」


「許嫁が怖い……」


「推しが尊い……」


「ごめんなさい、もっとV活動します……」


「そういう意味で言ったんじゃないんですよ」


 笑顔でそういうが、ちょっと裏がありそうに見える。

 Vとしての活動がだんだん少なくなっていることも事実で、正直配信しないといけないとは思っているが、それよりも愛理さんとの時間を大切にしたいと思うことが増えてきた。


「愛理さんは凛斗と俺どっちが好きなんだ?」


「それは勿論樹さんです。でも推しは凛斗さんと樹さんです。まあ今でも凛斗さんの事推してるのは、凛斗さんの時は配信なんでいつもの樹さんとまた違う感じがあるからですかね?」


「そうか……」


 愛理さんの言葉を聞いて俺もそんな感じなんじゃないかと思った。

 俺は愛理さんのことが好きだが、まだ推しとして雪姫雪花を見ている。

 多分そういうことなんだろう。

 でも、愛理さんと雪花では雲泥の差と言えるほど、様子が違うのもあるが……

 なんでいつまで経っても愛理さんは俺に敬語を使うのか……


「樹さんに敬語使う理由は特にないですからね。というか癖になったので」


「思考盗聴したのか?」


「頭にアルミホイル巻いておきます?」


「なんで分かったのか教えてくれ」


「ん~まあ樹さんのことですしそうなんじゃないかな~と」


 どうやら俺はもう愛理さんに逆らうことなど許されないのかもしれない。

 逆らおうと企ててる間にバレるわ。


「樹さんは裏切らないと信じてますよ?」


「あ、ああ……」


 俺は思考盗聴のようなことをしてくる愛理さんの言葉にただ頷くしかなかった。









 ショッピングモールに着き、何故か視線が多い事に気が付いた。

 俺というよりは愛理さんに向いている気がするが……

 視線に気づいた愛理さんが俺のほうを向いた。


「目立ってますねぇ」


「愛理さんがな」


「ん?違いますよ。私と樹さんが目立っているんですよ?」


「別に変な服着てないよな?」


「そういうことじゃないです」


 ふむなるほどわからん。

 少し考えてみたが、完璧清楚美少女の愛理さんの横に俺が立っているのが問題なんだろう。

 逃げるぞ!と思ったが愛理さんにがっちりと腕を掴まれてしまっているため逃げれなかった。

 そろそろ耐性をつけろということなのか……

 陰キャには無理なんだ……頼むから家に居させてくれ……


「樹さんはもっと自己肯定感を上げたほうがいいと思いますよ」


 ため息をつかれながらそう言われた。


「自己肯定感か」


「でもナルシストにはならないでくださいね?違和感凄いことになるんで」


「そうかもしれないな」


 流石にテンションの低い人間が急にナルシストになれば違和感は凄いだろう。

 周りの視線を気にしながら、ショッピングモールを歩いた。


「服買いますよ」


「……そうだな」


「なんですかその間は」


「なんでもない」


 女性の買い物は長い、特に服を買っている時は。

 これは単なる偏見かもしれないが母さんがそうだったのできっとそうなんだろうと思っている。

 服屋へ着くと、恐ろしい光景を見てしまった。


「あ、愛理様!今日はどうしてこちらに……」


「怯えなくていいんだけど……私のとこの人の服を買おうと思って来たんだけど」


「承知しました。すぐにご案内いたします!」


 まさかの顔パス。

 それも来ただけで恐れられてるとは……やはり雪上家は……

 これも慣れろということなのか……


「樹さん?行きますよ」


 愛理さんの言葉一つ一つに恐怖を感じるようになってきた。

 オシャレという概念を捨てた俺には一切どういう服がいいのか分からないので、愛理さんに服を選んでもらった。


「いい感じですね」


「そうか?」


「似合ってますよ?いつもと違う服装にしてみましたが、思ったよりも似合っててうざいと思えるぐらいには似合ってます」


「なんだそれは……」


 初めて耳にした文を聞いて、反応に困ってしまった。


「次は私の服を決めるんですけど……樹さん選んでみてくださいよ」


「え?」


「選んでください」


 愛理さんに逆らうこともできず、大人しく愛理さんに合いそうな服を選んだ。


「ストレートスカートですか」


「あまり着てる姿を見たことがないからな」


 まだ春なので丈の長い物を持ってきたが、このタイプのを着ているところをあまり見たことがないという理由だ。

 試着室に入って着替え終わったのか、カーテンが開いた。


「ど、どうですか?」


「なんか破壊力が……」


 思っていたよりも、ダメージが……

 ぱっと見の印象だけでぶち抜かれてしまった。


「じゃあ買いましょうか」


「そんな適当でいいのか?」


「お金なら有り余ってるんで」


「流石財閥家……」


「あ、樹さんちょっと私のこと見ないで待っててください」


「あ、ああ……」


 愛理さんに言われた通り、見ないように手に持ったスマホを見た。

 愛理さんって何を着ても似合うので正直選ぶ必要がない気がする。

 結局俺が選んでみた結果もそうだった。

 まあ、あれはあれでいつもと違う雰囲気だったので良かったが……

 少し経ち愛理さんが声を掛けてきた。


「樹さん……もう見ていいよ?」


「ん?……ゴフッ」


 あー俺は今、死んでもいいと思ってしまった。

 いつもと違って敬語じゃなかったことに違和感を覚えて見上げたら、ポニテの愛理さんが……

 これは俺の妄想だったかもしれない。

 俺は顔を引っ叩いてもう一度愛理さんのことを見てみても変わっていなかった。

 いつもは特に縛ったりしていなかったので、破壊力が高い。

 普段ポニテのキャラが髪を下ろしたときの破壊力と似ている。


「大丈夫?」


「うっぐっ……」


「後ろ姿どうです?」


「……グハッ」


 あーダメだわこれ。

 このまま昇天しても悔い一つ残らないだろう。


「ん~樹さんが持ちそうにないですしポニテはしばらくお預けですね」


「……はぁはぁ」


 愛理さんがポニテをやめたことによって俺に魂が戻ってきた。


「なんていうかかっこいい系の女子だったわ……」


「じゃあ樹さんにいつかスポーツ女子的な一面をポニテで見せてあげますよ」


「やめてくれ」


「じゃあ他の髪型で……」


「いつも通りの愛理さんが一番落ち着くから頼む。いつもの姿でいて……いや偶に見せてくれ」


「欲望に従順ですね」


 普段通りの愛理さんじゃないと心臓が止まりかけないが、偶にああいう一面を見たいとは思う。

 ポニテを見せてもらったときのような反応にはならないと思っているが……無理だろう……

 そのうち俺も理性なんか知らんってなりそうで怖い。

 そうならないように気を付けたいが、何せ愛理さんが魅力的だからな。

 せめて二年生の間は耐えれるように努力……したいな。

 今回の件でそれすらも怪しくなっているのが考え物だが……

 あとは適当に服を選び全部買ってしまった。


「ん~買いすぎましたかね?」


「服だけでこれは頭抱える」


「持ちましょうか?」


「荷物持ちは男の役目だ、黙って任せろ」


「うーん、じゃあ休みましょうか。喉乾いたし甘い物取りたいので」


 そう言って愛理さんは俺のことをテーブル席に座らせ少し離れたところにあるス〇バに入っていってしまった。

 あの魔導士と錬金術師しかいない冒険者協会に愛理さんが入っていった……

 ス〇バのプレイヤー全員呪文詠唱してるんだよな。

 錬金術師(店員)が可哀そうに見えるが、あの呪文を食らって平然とした顔で飲み物出してくるんだぞ。

 俺にはあの世界が良く分からない。

 ファンタジー要素を現代に持ってこないでくれ……頼む……

 怯えながら愛理さんが帰ってくるのを待っていた。

 少し経っても戻ってこないので、スタバのほうに目をやってみると面倒なことになっていた。


「ナンパされてる……」


 面倒くさそうな男二人組に愛理さんが絡まれていた。

 わざわざ面倒ごとに自分から行くのは嫌だが愛理さんの為だと腹をくくり、席を立ち近づいた。

 愛理さんの前にいる一人の肩を軽く叩いた。


「あーちょっといいか?」


「あ?」


「俺の彼女になんか用か?」


「「あ……すんませんっしたぁああああ」」


 二人とも早足でどこかに行ってしまった。

 愛理さんがきょとんとした顔でこちらを見ていた。


「珍しいですね、自分から面倒ごとに進んでいくなんて」


「愛理さんの為だからな」


 愛理さんは黙ってしまい俺に押し付けるように飲み物を渡してきた。

 特に何か喋ることもせず席へ戻った。

 黙ってしまったままの愛理さんは手に持った飲み物を一気に吸うと、こっちを向き少し頬を赤らめながら言った。


「偶に不意打ちするのなしで」


「不意打ちのつもりじゃないんだがな」


「ダメです」


「はいはい」


「むー」


 プクーっと頬を膨らませる愛理さんが可愛い。

 正直なことを言うとこういう心臓に悪いことを不意打ちにしてくる愛理さんも例外ではないと思うんだが、当の本人に言えば適当なことを言われて話をなかったことにされる未来が見えるので特に話さなかった。


「次どこに行きますか?」


「俺は特にないんだが」


「指輪見に行きますか?」


「気が早いな」


「別に決まってることですし今から考えてもいいんじゃないですか」


「恐ろしい」


 許嫁でもう結婚が確定していることとはいえここまで強気に来られても困るんだがな……

 今はまだ冗談交じりの話だが本気でこの話をされたら俺も考えるだろう。

 正直愛理さんにはサプライズで渡したいとは思うがな。

 結局お互い行きたいところが見つからなかったので適当に歩くことにした。

 少し歩くとペットショップが見えた。


「行きましょう!」


「何も言ってないんだが」


 愛理さんが俺の手を引きそのまま連れられてしまった。


「猫!犬!かわいい……」


 動物を見ている愛理さんが可愛い。

 猫飼いてぇ……

 一応あのマンションでは飼えることになっているが、猫を飼い始めたら出れなくなりそうなので飼いたくても飼えない。


「犬なら実家に沢山いるので飼うなら猫ですかね~」


「愛理さんの実家に犬、そんなにいるのか?」


「結構いますよ?十頭はいたはずですけど」


「えぇ……」


「お父さんもお母さんも動物好きなんですよね……あの子たち使用人とも仲良いからだんだん増えちゃうんですよね……」


 金持ちは言うことが違うな……

 そんな気軽に飼えるようなことじゃないだろうと俺は思っているんだが、実際飼ったことはないので本当のところはどうなのか分からない。


「向こうで猫飼ってもらうのもありですね……」


「愛理さん猫飼いた過ぎて落ち着きがないぞ」


「だってぇ……」


「その気持ちはわかるが留まろうな」


「はーい……」


 明らかにテンションが下がっているがどうしようもない……

 仕方がなく愛理さんの手を握った。


「……!やっぱり猫や犬より樹さんが好きです。猫や犬はでも見られるしいつでも心を満たしてくれますがこの一瞬の出来事を大事にしたほうが心が満たされますね」


「よくそんなセリフを人前で堂々と言えるな」


「えへへ」


 愛理さんが可愛いが周りからの視線が気になるのでこの可愛い愛理さんを連れて逃げるようにペットショップから逃げ出した。

 本屋へ寄ったり二人で一緒に色々とショッピングモールを歩いた。




 流石にそろそろくたびれたので家に帰ることにした。

 今日は愛理さんによる攻撃が激しかった。

 普段より大人びた姿を見せられたかと思いきや普段はしないポニーテール姿になったりペットショップで犬と猫を見て可愛い姿を見せてくれたり、色々な一面を見れた気がする。

 家へ帰りソファーに座っていると、


「樹さん猫耳付けてにゃんって言ってください」


「帰ってきたらこれか……」


「何ですかその言いようは!」


 デートで見せてくれた一面よりも家にいるときの愛理さんの一面ほうが落ち着く気がする。

 慌ただしくてちょっとというかだいぶ脳がピンクででも可愛くて普通に考えればこれで落ち着くのもおかしい事だと思うが、やはり慣れというものは怖い。

 慣れたからなのかこの慌ただしさが普段通りで落ち着く。


「言っておくがやらないからな」


「えーじゃあ私がやります」


 愛理さんは猫耳を付けて「にゃん」と一言だけ発した。

 俺はどでかいライフルで頭を抜かれた気分だった。

 不意打ちのようなことをしてくる愛理さんも好きだ。

 普段とは違う一面だからというもあるのだろうが、構いたくなってしまうのがいけないんだと思う。


「樹さんは兎のほうが好きですか?」


「なんでだ?」


「ベッドの上でぴょ……」


「言わなくていい」


「変なことでも考えましたか?」


「どでかいブーメランがそっちに向かってるぞ」


 愛理さんが普段通りに戻ったとはいえ、普段の方が相手するのは大変だ。

 でもやっぱり落ち着くのはなんでなんだろうな。

 そんなことを考えながら一緒に夕飯を作った。

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