#7
学校へ着くと今まででは考えられないほど騒然としていた。
転校生のことか?それにしては騒がしいな。
人混みができている……ん?人混みができている?
俺は人混みができていることを不思議に思い人混みから離れ遠目でその様子を見てみると、
「これはやりすぎだろ……」
人混みは二つに分かれその真ん中では先頭に城雪さん率いる雪上家が通っていた。
その周りや後ろにはボディーガードが立っており一見マフィア一家に見える。
俺は急ぎスマホのネットのグループやら掲示板やらを見てみると凄いことになっていた。
これは学校の間は極力関わりを切ったほうがいいな……
俺は京一を見つけ出し引っ張り出してきた。
「これは一体どういうことだ?」
「どうもこうも俺もよくは知らない。お嬢様一家というか噂によると財閥一家らしいがなあ」
「面倒なのが増えたな」
「ああ、まったくだ」
これで通せたか……
こいつの場合はすぐに勘ぐってくるので油断もできない。
愛理さんが何も言わなければ、今後もこのまましらを切って生活ができるだろうが……この学校の場合そうもいかない。
こいつほどではないがなぜかどこにでも居る。
少しでも一緒に居るところなどを見られたら一瞬にして噂が立てられるだろう。
「何を悩んでいるんだ?……ははぁ~ん?一目惚れかぁ~?」
「何をバカげたことを言っている?」
「お前がボーっとしてるところを見たことがないからな」
「そうか?まあ考えていたのはまさかデマのつもりが本当だったからな」
「ん?デマ……ああ、美少女ということか」
気づくのが早いな。普通だったらそう簡単には気づかないだろう。
京一は体を人混みのほうへ向け呆れたような口調で、
「あの顔だったらしばらくはそこら中で告白するセリフが聞こえそうだな」
「玉砕されるやつが増えそうだ」
「ハハッ、確かにな。これまでは紀里に集中していたがそれも今度はあいつに移る気がするな」
「どうだろうな?」
「俺は楽しみだぞ。まあなにせ彼女持ちだからな高みの見物とさせてもらうぜ」
「チッ……リア充マウントをするな」
「ほれほれ~彼女すらいねぇ可哀そうな奴~」
明らかに俺含め非リアを煽ってきた。
それで本当に俺が彼女も許嫁もいないのならこいつの顔をぶん殴っていただろうがそういうわけでもないからな。
まさかこいつもこの騒動の原因の転校生が俺の許嫁だとは思うまい。
まあ俺はいまだに推しが許嫁だということに動揺しているが……
俺はこれ以上長く続いても嫌なので話を変えるためにこいつ自身の話を聞くことにした。
「彼女と言えばお前は最近どうなんだ?」
「ん~?何が聞きたい?」
「いや特に。普通に話してくれて構わない」
「なら―――」
結局俺はあいつらのイチャイチャ話を長々と聞く羽目になった。
こんなことなら話を変えるにしても最初から聞かなければよかった。
俺は項垂れながら人込みを避け教室へ向かった。
「ねえねえ見た~?凄い可愛かったよね~」
「美少女ってマジの話だったのかよ……」
「俺狙おうかな?」
などと言って教室内は騒がしくなっていた。
こういう時に陰キャぼっちは何もできなくなりつらくなる……
気分を変えようと思い"頭の中で"話を変えることにした。
そういえば愛里さんはどのクラスに入るんだ?人数的に考えたら別のクラスになるだろう。
この学校の一年生は五クラスになっていてこの一組では他のクラスより数名多い。
なのでこのクラスに入る可能性は低いだろう。
面倒なことになりたくないので学校に居る間は関係性を切るつもりだが少し悩ましいところもあったりする。
「い゛だっ……」
眠気を覚まそうと椅子に座り背を伸ばそうとした瞬間激痛が走りつい声に出てしまった。
今度からソファーで寝るのは極力控えよう体が持たない。
激痛のおかげで眠気も覚めHRが始まるのを待っていた。
『バンッ!』と教室中に音が響きあれだけ騒がしかった教室も一転何事もなかったかのように静かになったところへ担任の教師が入ってきた。
「HRを始める前にお前たちに話しておくことがある。それは……」
「それは転校生のことですね!」
「……ああ、そうだ。朝からあれだけの騒ぎを作れば知らないやつはいないだろうな」
「どこのクラスになるんですか?」
「あ~それだが……ちょっと待ってくれ」
そう言って教壇のそばを離れ教室の扉の前に立つと、
「入ってきていいぞ」
そう言いながらドアを開けるとそこには愛理さんが立っていた。
あ、コネだな。
普通に考えてあり得ないことをやってのけているそのうえお嬢様ということはコネとしか考えられない。
教室がざわついている中、優雅な立ち振る舞いで教師の後を付いて行き教団の横に立ち止まった。
「まあ色々な事情があってこのクラスに入ることになった。軽く自己紹介を頼む」
「……桜坂高校から転校して来ました雪上愛理です。朝の状況を見て物騒な勘違いをされた方もいるかもしれませんが私は"ただの"財閥家の娘です。この学校については知らないことが沢山あるので教えていただければ幸いです。是非今後とも仲良くしていければなと思いますのでよろしくお願いします」
そう言い終えると一礼しいかにもお嬢様感を出している。
「席はそうだな…………」
教師は目線を様々なところへ向けているが時折俺の横に視線が行っているのと愛理さんの視線ががっつりこちらへ視線だけ向けているのでなんとなく察した。
「まあ空いているところは神崎のところしかないな」
「ちょっといいですか先生?なぜあいつ……樹さんの横の席なんでしょうか?」
「きーちゃん?このクラスだったの?」
「愛理その話は後ででいいかしら?」
二人の発言で教室内はまた騒がしくなった。
あいつら知り合いか?でもそんな話は聞いたことないな。
まあ俺に話してないだけだろうが……
というか紀里の野郎、言葉を繕ってもいまだに治らないあの視線はどうかと思う。
俺のほうを睨みつけあからさまに威嚇している。
「そんなことを言われてもな……空いている場所があそこしかないんだ」
「なら私と樹さんの席を変えてもらうっていうのはどうでしょうか?」
「ん~それなら。どうだ雪上?」
「流石に席を変えてもらうというのは申し訳ないですし今のままでも大丈夫ですよ」
「だ、そうだがどうする有坂」
「それならいいです。もうこれ以上は言うことありません」
そう言うと大人しく席に着いた。
チッ……折角巻き添え食らわなくて済むと思ったのに……
どうせこの後は愛理さんの周りに皆集まるだろうからできれば隣じゃなければ良かったんだが……
まあ決まったものは仕方がない、この席で過ごすか。
自己紹介も終わっているため愛理さんは担任に言われ歩いてきて俺の席の横に座った。
「よろしくお願いします。い、つ、きさん?」
「よろしくお願いします……」
最後の名前を小声で言われながら圧も掛けられほんの少し怯えながらも挨拶を済ました。
どうせこれもコネだろ。俺の席の横が空いていなかったら俺を動かしてでも横に座る気だっただろ。
俺は呆れながらもHRが終わるまで待った。
「ねえねえ、紀里ちゃんとはどんな関係なの?」
「趣味とかある?」
女子が愛理さんへ質問を投げかけキャッキャしていた。
すぐに避難しておいてよかったが逃げなければ巻き込まれていたな。
そして俺は抜け出したと思ったがその先で男子たちが待ち構えていた。
「さ~て?言い残すことはあるか?」
「おまえごときがなぜ隣になっている羨ましね!」
「何でこんなことに……」
これは完全に予想外だった。
俺は抜け出してそのままボッチになると思ったら妬まれたうえ捕まるとは……
元凶あいつだな。
京一は奥の方でニヤニヤと笑みを浮かべながら近寄ってきた。
「まあまあ落ち着けって、こいつが悪いわけでもないからな」
「いやでも……」
「偶々空いていた席がそこだっただけだろ?なら仕方がないことだ。こんな奴に嫉妬するぐらいなら雪上さんに質問でもして嫉妬のことなんか忘れたほうがいいじゃないか!」
表面だけ繕った笑顔でそう言って俺の周りを囲んでいたやつらを連れて愛理さんのほうへ行ってしまった。
あいつほんっと良い性格してるよ勿論悪い意味でな。
当の本人はキャラ作りなどとほざいているがあれも一つの本性なんじゃないかと思うぐらいだ。
さてあいつのことはもういいか。問題は紀里と愛理さんの関係だな。見るからに仲良さげだったがどういう関係なんだ?
今後面倒なことが増えないように今のうちに調べておきたい。
「とは言っても、あいつを調べることは自分から退学を望みに行っているというようなものだ」
なのでこのことは愛理さんに聞くしかないか女子と愛理さんの会話に聞き耳を立てるかだな。
「えっと……さっきのこともあるのできーちゃんとの関係性を話しますが彼女とは幼馴染です。小学生のころ知り合ったのが始まりなんですけど高校に入る前に別れてしまい……転校したことでまたこうして再会することはできましたが」
「へぇ~幼馴染ねぇ~」
「そっか~幼馴染を守ろうとしてあいつと席を変えようとか考えたのかな~?」
ん?なになに?俺ディスられた?でもなんか百合展開来る気がするぞ?
百合は清く尊いものだ。俺がディスられようが構わない。
「突然で悪いんだけど、放課後とかって時間空いてたりする?折角だから歓迎会みたいなのをやろうと思うんだけど……」
「え、そ、その~」
困っているふりをしてこちらを一瞬向いてきた。
こうやって交流する機会は少ないだろう。
俺は誰にも悟られないように軽く頷いた。
「えっと……放課後ですよね?それなら是非」
「そう?よかった~じゃあ連絡先交換していい?詳しいことはそっちで教えたいから」
「あ、はい是非」
もう馴染むことができていて良かった。
お嬢様ということもあって浮くんじゃないかと思っていたがこいつらは情があるからな。
さて席に座らないと時間がやばいな。
もうあと数分で授業が始まろうとしていた。
それに気づいたのか京一が声を掛けて皆を席に座るように言っていた。
「良かったんですか?」
「ああ、こういうのでこのクラスに馴染めれば俺はいいと思っているからな」
「私は少し不満ですけど?…………ありがとうございます」
少し頬を膨らませて不満そうにしていたが途中で表情も変わり恥ずかしそうに少し微笑んでいた。
不意打ちが凄い。
ドギマギしたからか訳もわからず愛理さんから顔を逸らしてしまいそのまま教師が来て授業が始まってしまった。
早く席を変えてほしい……
授業中にも限らず少しの時間でも人が見ていない隙におちょくってくる。
そのうえ、軽く言い返したりすると照れたりするせいで情緒がどうかしそうだった。
これでお嬢様なんだよな……
行動自体に悪く思うところはないがなにかある種の絶望を俺は感じていた。
「神崎さん消しゴム落としましたよ」
そう言って愛理さんは俺の手の上に消しゴムを乗っけてくれると思ったら、
「さ~てケースの中には何か書いてあるんですかね?」
そう言って俺の消しゴムのケースを外し何も書かれていないことを残念に思ったのかそれとも面白くなかったのか素直に返してきた。
はあ……普通に転校してきただけだったらこんなことにはならなかっただろう。
「私の消しゴム見ますか?」
そう言って俺の目の前に消しゴムを出してきた。
授業中だってこと分かっているのか?
教師は黒板に文字を書いていて気づいていないようだが……
それでも授業中にこのようなことをするのはよくないと思う。
「いい加減やめないか?」
「……」
残念そうな顔をして下を向いた。
そんなにしんみりとされても困る。
これで成績良くなかったら一度叱らないといけないな。
次の数週間後に控える期末テストの結果が早く知れるといいんだが……
まあ、愛理さんに煽られる可能性があると思ったりそろっとやばいと思ってもいつも通り勉強への気力は全くと言っていいほど起きないが。
全ての授業が終わりようやく放課後になった。
勿論俺には歓迎会の誘いも来るわけないので家に帰ることにした。
「荷解きもしないといけないからな」
とはいっても残りは衣類ぐらいのはずだが。
ここからは少し遠いので駅まで早歩きで向かった。
「この時間の駅に来るは久しぶりだな」
会社帰りなのかサラリーマンの姿がちらほら見受けられる。
にしても、もう日が落ち始めているのか。それにだいぶ寒い。
季節ももう世間的に言ったら冬なのでこの時間はもう日が落ち始め辺り一帯はオレンジ色に変わっていた。
「今度からは何か上に着るか」
流石に寒いからな。
今日は結構寒いし温かいものでも食うか。
夕食のことを考えていたらふと疑問が浮かんだ。
「愛理さんは夕食要らないのか?」
軽くぼそっと口に出してみたがこの疑問を解決するには本人に直接聞くしかない。
適当に連絡を入れてみると数分もしない間に返信が返ってきた。
『たぶん要らないと思いますが何かあると嬉しいです』
『了解。何か軽いものでも作っておく』
『ありがとうございます。ちなみになんですけど樹さんは来ないんですか?』
『呼ばれてないからな。まあ、別に最初から行くつもりもなかったし』
『そうなんですか!?今からでも……』
『あまり気にしないでくれ。それに俺がそっちに行ったら夕食、軽いものでも用意できないだろう?』
『そうですか?……なら終わったら早めに帰ってきます』
『俺のことは気にしないで楽しんできてくれ』
後は色々と謝ってくるような文が送られてきたが適当に返しておいた。
学校ではあんなにおちょくってきたくせにこういうところで心配してくるのか……
まあ気分としては悪くないようなでも素直に喜べないような曖昧な気分だった。
「確かあの周辺にスーパーはあったよな?」
電車に乗りながら念のため調べ家に向かうより先にスーパーへ向かった。
スーパーへ立ち寄り夕飯の食材を探した。
「軽いものと言ったらなんだ?でも普通に夕飯が必要な場合もあるよな?すぐに作れそうなものにすれば愛理さんが帰ってきてからどれぐらい必要とするか聞けるし麺類がいいか」
パスタは重くなるだろうしうどんとかのほうがいいか。
出汁を取るのは時間が掛かるし顆粒系の物でも文句は言わないでくれよ。
そうすると俺の夕飯も必然的にうどんということになるので、総菜コーナーに売ってある天ぷらを買っていくことにした。
「ここは総菜が多いな」
全体的に見てもそうだが前の家の近くのスーパーよりも広さもありそれに伴い品数が増えている。
今まで見てこなかったものやこんなにも楽に料理ができやすくなる物などこれまででは考えられなかったものが多々ある。
「父さんの会社があるぐらいの都会へ行けばもっと沢山の物が見られるだろうから今度行ってみるか……」
新居からは一時間ほど掛かるが前の家から行くよりは断然近い。
まあ、その分学校までが遠くなったがな。
父さんたちは愛理さんと俺が別々の学校に行くことになったとしてもできるだけ近くなるようにしてくれたんだろうしそこは感謝しないとな。
ただマンションの最上階を買い占めるなんてことをしたのは未だによくわからないがな。
「さてこれぐらいでいいか」
金に余裕があるわけでもないのである程度必要そうなものだけ買って向かうことにした。
マンションの前に着くとつい心の内をぼそっと呟いてしまった
「やっぱり緊張するな……」
色々なことが重なり合うせいでどうしても緊張してしまっている。
緊張以外にも不安やこれから先何が起こるか分からない恐怖心まで出ている。
一度にこういった感情が一気に出ることは滅多にない。
「……こんなところに立ち止まっても意味がないし邪魔になるだけだな」
俺はマンションの中へ入っていった。
家に着き買ってきたものを一度机の上に置いてから自分の部屋へ向かった。
さて荷物は届いているのだろうか?
届いていて当然だろうと思いながらも部屋の扉を開けた。
「飯作った後に荷解きをしないとな」
PCやらなんやらは説明しておいた通りに設置されていた。
あとは服などが入った段ボールがその横に置かれていた。
そういえばルーターは愛理さんの部屋にあるんだったか?
今まで横に置いていたので違和感を感じたがそういうことだったことを思い出した。
しかしこれだけの家具を買ったり回線に関しても雪上家が持っているんだよな。
流石は財閥一家といったところか。
「さてと……飯、作るか」
そうは言っても出し汁作って冷凍のうどんを解凍するだけなんだがな。
俺はキッチンへ行き今日買ってきたもので適当に作った。
「寒いな……」
部屋が寒いことに気づきエアコンのリモコンを探した。
「あ、これか」
手に取れるようなタイプではなく壁に元から付いているものだった。
あの家のエアコンは立体的な横長の物だったがここは天井と一体化している。こう見てみると何もかもが違うな。
慣れるのに時間が掛かりそうだ。
俺はまだ寒い部屋の中で湯気の上がっているうどんを一人で食べた。
俺が荷解きを済ませ少し部屋で休憩していると部屋の外から玄関が開く音がしたので部屋から出た。
「……おかえり」
「……ただいまです!」
「夕飯はどうする?」
「ん~少し食べます」
「分かったすぐに準備する」
俺はキッチンへ向かい温めて机に出した。
「ありがとうございます」
「あいつらとはどうだ?うまくやれていけそうか?」
「愉快な人たちだなとは思いました。前の学校は少しクラスの雰囲気が冷めていましたからね」
「そうなのか。まあ、桜坂は勉強熱心だということはよく聞くが」
「ええ、そうですね。私はあそこの雰囲気はあまり好きではありません。どちらかというとこっちの学校のほうが私には合っていると思います」
愛理さんは確かにVtuberをやっているくらいだし配信も楽しんでいるのことが良く分かる。
それならこっちのほうが合っているというのにも頷ける。
「ご馳走様でした」
「片付けておく。何か飲み物はいるか?」
「茶葉ってありましたっけ?」
「今日買っておいた。緑茶と紅茶とほうじ茶を買ってきたんだが……」
「あ、なら緑茶でお願いします」
「了解」
俺は愛理さんの使った皿を運びお茶を入れて持っていった。
「あ、そうでした。話しておかなければならないことが」
「ん?なんだ?」
「その……配信してるときのことなんですが……正式に公式のほうから話を出すまでどういった対応をしようかと思いまして……」
「それは俺が配信しているときに部屋に入らなければいいだけの話じゃないか?」
「まあ、確かにあと少しの間だけですしそれでもいいんですが一応ということで」
それもそうか、俺みたいな底辺とは違って大手事務所に所属しているしな。
呼び名を考えてみたが全く浮かんでこない。
「俺はないんだが……」
「お姉ちゃんとかって……」
「却下だ。それは無理だ」
「仕方ないですねーなら雪で」
「それは……まあそれでいいか」
実際呼びやすいしそれでいい気がした。
しかしそう呼んでいると間違えて俺が配信中に『雪さん』ではなく『雪』と呼んでしまう気もするが……
それは俺が気を抜かなければ問題のない話だろう。
「しかしその……なんていうか緊張しますね」
「あ、ああそうだな」
「「……」」
最初に会った時のような気まずい空気が流れていた。
さてと一体どうしたらいいんだ?
「あ、そういえば風呂沸いてるぞ」
「どっちが先に入ります?」
「俺は後でもいいが……」
「それは私の残り湯に入るということになりますがいいんですか?」
「その言葉をそのままそっくり返す。普通だったら先に俺でもいいんだがなにせお前は……」
拗らせてるからな……
何がとは言わない何がとは……
特殊過ぎて何されるか分からないので怖い。
「チッ……」
「おい、何考えてた」
「別に~?何も考えてませんよ」
「はあ……俺はシャワーだけにする」
「な、それは……もったい……一緒に入りましょう!それなら何の心配もありません!」
何か言いかけていた気もする……
しかし一緒に入ると言ったってなあ。
流石に許嫁という関係だけでそれはまずいだろう。
「流石にそれはまずいと思うんだが?」
「別に問題ないですよ。お父さんが同衾までなら許容範囲だと言っていましたし大丈夫です」
「城雪さん……」
なんてことを言っているんだ。あの人は……
子は親に似るというものだがまさかじゃないだろうな……
「別に私は樹さんに体を見られても……ハァハァ」
「息上がっているぞ?おーい」
「ハッ!私としたことが取り乱してしまいました……」
「配信だといつもそんな感じだけどな?」
「いやだな~あれは違いますよ~本心じゃないですよ~まさか樹さんに体を見られて興奮するようなことはないですよ~」
心の声駄々洩れなんだが?
愛理さんが将来配偶者になると考えたら困ったものだ。
「何で呆れてるんです?」
「いや何でもない」
「そうですか?ならいいんですけど……」
「で、本当にどうするんだ?」
「混浴しちゃいましょうよ。それ超えたらもうなんでもOKですから」
「何を言っているんだか……」
これは何も言っても諦める気がしないので大人しく一緒に入ることにした。
無心になれば何も思うことはない。
準備をして浴室へ向かい体の汚れを流してから湯船に浸かった。
「入りますよ」
浴室の扉を開けバスタオルを体に巻いた愛理さんが中に入ってきた。
勿論のことだが直視できない。
愛理さんも体を洗ったと思うと湯船に入ってきた。
「はあ~気持ち~」
「それは別に良いんだがこれはどういうことだ?」
「どういうことってどういことです?」
「なぜ脚を絡ませに来ているんだ?」
「え、良いじゃないですか。どうです私の脚」
「とても柔らかく……じゃない!何考えているんだ!」
俺はすぐに湯船から飛び出した。
心臓の鼓動が速くなっている。
「顔を真っ赤にしちゃって初心ですね~」
「い、いやそれは……」
駄目だ。無心になれる気がしない。
自分でも分かるくらい顔が赤くなっていた。
「私は気にしないんで入ってください」
「俺は気にするんだが?」
「でもこの後一緒に同じベットで寝るんですよ?これぐらい耐えてください」
そうだった……
愛理さんの願望で一緒のベットで寝ることになったのを忘れていた。
「仕方ないのか……」
俺は抵抗するのをやめ諦めて大人しく湯船に入った。
せめて脚を絡ませてくるのをやめてくれたら良いんだがな……
「ちなみに訊くまでもない事だが下に水着とか着ているよな?」
「え?見ます?」
「いや別に。分かっていることだからな」
「ふ~ん、そうなんですか~」
何か嫌な予感がする。
愛理さんなら着ている可能性が少ないのは最初から分かっている。
でもそれ以上に何か引っ掛かる何かがある。
……まさか!?
俺が気づく頃にはもう遅く愛理さんはバスタオルに手を掛けて横に手を動かし一糸纏わぬ綺麗な姿を見せてきた。
俺は思わず手を目元にやり何も見えないようにした。
「何しているんです?見てもいいんですよ」
「早くバスタオルを巻いてくれ」
「折角の機会なのに見なくていいんですか?」
「やめてくれ。理性がもう持たない」
「襲ってくれてもいいんですよ?」
「いい加減にしろ」と言おうとしたその時パチャと水が跳ねる音がしたと思ったら俺の体に何か柔らかいものが当たった。
「何をしているんだ?」
「さ~て?何をしているんでしょうか?樹さんは何が当たっていると思います?」
「頬とかか?」
「自分で見て確認してください」
「やめてくれ……」
何度か別の柔らかいものが当たっているような気がして気になってはいるがここで見てしまっても愛理さんにおちょくられる気がする、かと言って見なくてもおちょくられる気がする。
なら一番安全な、見ないという選択肢を取るしかないだろう。
「ふんふふ~ん♪」
「一体何を……」
「見ないと樹さんの巻いているタオル剥がしちゃいますよ~」
「な、や、やめてくれ!」
俺はそれだけは勘弁したいので思わず目元を覆い隠していた手を動かした。
目をやった先にはバスタオルを巻き直し俺の体に何かを当ててニヤリと笑みを浮かべた愛理さんがいた。
「おい、何を当てているんだ?」
「ん~スライムっぽい何かですかね~?」
「はあ……」
「あれ~?何が当たってると思ったんですかね~んふふ~」
俺が一息ついた途端煽ってきた。
からかうのもいい加減にしてもらいたい……
「もうやめてくれ……」
「はいはい、お詫びに背中流してあげますから」
俺は湯船を出て愛理さんに背中を流してもらいそのまま浴室を出た。
もう二度とあんなことにならないことを願いたい。
いや願うんじゃなくて説教するか。
まあどちらにせよ次はあんなことが起きないでほしい。
〈愛里視点〉
樹さんが浴室を出たことを確認してから湯船に入り私は一息ついた。
「良かった~これ持ってきておいて」
まさか樹さんもこれを当てられているとは思わなかっただろうな。
いつかの時に先輩から貰った謎の物が役に立った。
「今思えば何でこんなものを渡してきたんだろう……」
『良かったら使ってね~』とだけ言われて渡されたこの謎の物。
質感や柔らかさは人肌に近い。
さっきの樹さんのように湯船に浸かった状態で目を隠していたら誰でも間違えるんじゃないかな?
「まあ、まさかあそこまで恥ずかしがるとは思ってもいなかったけど」
思わぬ一面が見れて嬉しかった。
いつもほとんど感情を表さないので少し怖い印象だったので慌てふためく姿が見れて安心したんだろう。
「でもあんな表情が見られて。へへへ~」
口角が上がり遂にやけてしまう。
なんだろう?樹さんが出て行ったというのにまだ心臓の鼓動が速まって収まらない。
「緊張していたからかな?」
初配信の時もそうだったしきっとそうだろう。
「はあ……この後どうしよう……」
このまま一緒に寝るなんてことをしたら心臓が張り裂けてしまいそうだ。
落ち着け、私。
しかしそうもならず心臓がまだバクバク鳴るので落ち着かせるのを諦めてお風呂を上がることにした。
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