第11話 人を「愛する」こと
あたしは理沙と並んで歩きながら、先ほどまでの出来事を反芻していた。一郎に理沙が好意を抱いた理由。少しわかったかもしれない。一郎って、どこまでも優しいんだよな。全てを包み込んで温かく笑いかけてくれるのが因幡一郎というやつだ。
あたしはレズビアンだ。それは揺るぎようのない事実。もし、一郎に告白をされたとしても、恐らくは断るだろう。あいつと例え付き合ったとして、キス以上のことができるかと言われれば、恐らく答えはノーだ。でも、あたしの心の中にほんの少しだけある異性に魅かれる部分が小さいながらも激しい炎を燃やしている。あいつに魅かれる女の気持ちが少しだけわかった気がする。
同性愛と異性愛か・・・。その区別はあたしが思っているよりももっと小さいものなのかもしれない。でも、女を愛する女としては、やっぱり同性同士の恋人関係をただの遊び感覚で捉え、同性の恋人を傷つけてまでホイホイ男と結婚するような女は嫌いだけどね。あえて、そこは「バイセクシュアル」とは言わない。バイセクシュアルにも、まじめに同性との恋愛に向き合う女もたくさんいることに気が付いたからね。同様に、男ではなく、女に浮気して遊び回るような女も嫌だけどね。相手が男だろうが女だろうが、浮気されて捨てられるのが嫌なのは同じだ。
結局、愛する対象が女だろうが男だろうが、究極的にはその人間の素質が問題なんだろう。恋人を一途に愛し続ける人間か、適当に遊んで人の心を弄ぶ人間か。そこにレズビアン、バイセクシュアル、ノンケというような区別はないんだ。あたしは、理沙がこれからずっとあたしを愛し続けてくれる未来を信じる。あたしにずっと真剣に向き合い続けてくれる女だと信じることにするよ。
あたしん家に泊まりに来た理沙とテレビを見ていると、とあるドキュメンタリー番組をやっていた。高校生にして世界的なピアニストの
そういえば、昨年、この津々見奏佑というピアニストが同性愛をカミングアウトしてちょっとした話題になったことを思い出した。週刊誌で恋人との逢瀬している様子がスクープされ、スキャンダルになったんだっけ。しかも、この津々見奏佑というピアニストは、過去には
これは、そのカミングアウトした番組の再放送のようだ。あの時は「ゲイの恋愛なんて興味ない」と切り捨てていたのだが、今日はしっかり最後まで観てみることにした。
津々見奏佑は恋人である同じくピアニストを目指しているという男子高校生
そんな津々見奏佑がインタビューでこんなことを語っていた。
「週刊誌で報道されたことは全部本当です。僕が付き合っているのは、この霧島律です。律の前に付き合っていたのが花崎響輝だったというのも事実です。僕はゲイです。でも、僕たちの日常に密着してもらってわかったと思うんですけど、僕と律の関係って別に特別なものは何もないんです。僕は律を愛しているし、律も僕を大切に思ってくれている。ただそれだけです。僕は律がいるからピアノを頑張れるし、今の僕があるのは律のおかげです。僕らの関係を見て笑う人もいます。男同士で付き合っていると風紀が乱れるとか、そんなことを言って来る人もいた。でも、僕は律との関係を恥ずかしいものだとは思っていない。それどころか、皆に自慢できるような素晴らしい関係だと思っています。律は僕と同じく、音楽を心から愛している。僕らは価値観を共有しているんです。こんなに価値観を共有できる人なんか、なかなか出会えるものじゃないです。僕は律の存在が何よりも誇りなんです。きっと国際ピアノコンクールの一位の称号よりも」
あたしは津々見奏佑の言葉一つ一つにずっと惹き込まれていた。同じようなことを一郎も言っていた。そうだ。あたしたちの関係は何も劣ったものじゃない。誰に対しても胸を張って誇れる関係だ。
「律くんはどうですか?」
テレビのスタッフが恋人の霧島律に話を振った。
「僕からはもう・・・。奏佑の言った通りです。僕にとっても奏佑は誇りだし、この世界で一番大切な存在だと思ってます」
そう、はにかみながら霧島律は答えていた。
「あたしにとって理沙は誇りだし、この世界で一番大切な存在だと思ってます」
あたしはテレビの中の霧島律のセリフを借りて理沙にそう言った。理沙はすっかり耳まで赤くなり、
「もう、遥ったらやめてよ。いきなりそんなことを言ったら恥ずかしいでしょ」
と恥ずかしがる。もう、理沙ったらとことん可愛いやつよのぉ。
「理沙、あたしはあんたのことが好きよ」
「遥、わたしもよ」
あたしと理沙は唇を合わせた。
「もう、浮気はしないでね。男にも女にも。どっちも同じくらい嫌だから」
「わかってる。もうしない」
あたしと理沙はギュッと抱き合った。しばらく二人で抱き合っていたが、いきなり理沙がいたずらっぽく笑って、
「でも遥、あたしがまた浮気するとして、男の人の方がマシ? 女の人の方がマシ?」
と聞いて来た。こいつっ!
「あんた、本当にあたし怒るよ?」
「ごめんごめん。でも、ちょっと気になって。遥ったら、女同士の恋愛に男の人が絡むことをとても嫌がっていたじゃない? そうなると、やっぱり女の人の方がマシなの? 教えて。お願い」
理沙は可愛くあたしにウインクをして笑いかけた。もう、何なの、この子! 本当に許し難いわ。
「・・・そりゃ、男の方がちょっと嫌・・・」
あたしが渋々そう答えると、理沙はあたしをギュッと抱きしめ、
「わかった。じゃあ、男の人のこと、女の人以上に好きにならないようにこれから気を付ける。でも、心配しないで。今の遥、誰よりもキレイよ。だから、どんな男だって、遥の前じゃ霞んじゃうんだから」
と囁いた。
「もう、理沙!」
「てへへ」
あたしが理沙を叱ると、理沙は片手で頭をコツンと小突いてみせた。やだやだ。こんな小悪魔ちゃん。あたしったら、もう理性がもちそうにないじゃない!
あたしは理沙をずっとずっと愛し続けることを心に決めた。
女のみ愛せ ひろたけさん @hirotakesan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます