第4話 恋敵に助けを求める
あたしは、一郎の通う高校の前で張り込みをすることにした。まずは、この機会を利用して、あいつに会って、理沙に対する感情が何もないことについて確証を得たい。原井の話はその後だ。
朝早く家を出て、一郎の高校の正門の前で張り込む。と、理沙が登校して来る姿を見つけたあたしはさっと木陰にその身を隠した。あんな風に追い出した手前、あれ以来どうも理沙に近寄り難くなってしまった。クソッ。一郎のやつめ。今日あいつを見つけたらとっちめてやるんだから。
理沙の姿が校舎の中に消えるのを確認して、あたしは木陰から正門の前に戻った。ったく、遅いな。翔と一晩中いちゃついた挙げ句に遅刻か? あいつならやりそうなことだ。忌々しいったらありゃしない。
どれだけ待ったことだろう。やっと、向こうからあの因幡一郎が歩いて来る姿を認めた。呑気に欠伸なんかしてやがる。ああ、本当に何から何までムカつくわ。さっさとこっちに来いってんだ。
一郎はあたしの姿を見つけたらしく、少し怯えた表情を見せた。あたしの全身から怒りのオーラでも出ていたのだろうか。一郎があたしに最接近したところをあたしは捕まえた。
「あんた、ちょっと待ちなよ!」
一郎はすっかり怯え切った表情であたしを見て震えている。あたしより身長も低く、痩せっぽちな一郎は、腕っぷしもあたしには敵いそうもない。そんなあたしに捕まって睨みつけられたのが余程怖かったのだろう。でも、こんな表情で小鹿のように震えるこの男子高校生も見る人によっては母性本能をキュンキュンくすぐられるんだろうな。腹立つことに。
「お、お久しぶりです。何か用でしょうか?」
一郎はおどおどしながらあたしにそう尋ねた。
「何か用でしょうか、じゃないだろうが! あんた、あたしの理沙に何してくれてんのさ!」
一郎はハッとした表情をした。こいつも理沙から自身に向けられた恋心に気付いていたのか。まさか、理沙からの好意に応じるつもりがあるんじゃないだろうな!
「ごめんなさい!」
「ごめんなさいで済むと思ってるの? あたし、あんたたちの夏合宿の直後から理沙の様子がなんかおかしいと思ってたのよ。あたしとデートしてる時でも、どこか上の空で、もしかしたら他に好きな女でもできたんじゃないかと思った。でも、この前聞いちゃったんだよ。理沙のやつ、あたしの前で、いつもあんたのことを一郎先輩と言っているくせに、一郎くんとポロっと呼び間違えたんだ。何かがおかしいと思って問い詰めたら、あんたのことが好きだったなんて言い出すじゃない! 一体、どういうことなの? あんたたちの関係はどうなってるわけ?」
「な、何もないですよ! 僕はゲイですし、女の子にはそもそも興味がないんで・・・」
一郎は必死で弁解する。
「そんなこと言っても、理沙だって最初はわたしはレズビアンです、なんて言ったんだからね! それが蓋を開けてみたら、実はバイセクシュアルでした、なんてことになってさ。あんたがいくら自分がゲイだと主張したところで、そんなの信用できるわけないじゃない!」
「本当ですよ! 僕には翔がいますし、りっちゃんとは何もないです。約束します」
「そんな口約束だけじゃ信用できないわ」
「じゃあ、どうしたらいいんでしょう」
一郎はすっかり涙目になってべそをかいている。どうも、この様子から、一郎は本当に理沙には何の感情も抱いていないようだ。やっぱり一郎は根っからのゲイ男子らしい。あたしは少しだけホッとした。
「ちょっと、身体貸しな」
あたしは一郎を引っ張って、近くの喫茶店に入った。
「あの・・・僕、これから学校が・・・」
一郎は相変わらず泣きそうな表情でおどおどしている。学校だってさ! そんなものよりあたしはもっと重要な話があるんだっつうの!
「ああ? んなもん、遅れて行ったって大して変わりゃしないでしょうが。とりあえず、あたしの話を聞きなさい。あんたがゲイだから理沙に何の感情も抱いていないっていうのは、とりあえず信じてやるわ。あんたの顔に嘘はなさそうだしね」
「ありがとうございます・・・」
一郎はやっと少し緊張感が解けた様子を見せた。
「理沙を誘惑したことはムカつくけど」
「そ、そんな。誘惑しただなんて。僕、何もしてないですよ!」
「あんたは鈍感だから自覚がないんだよ。だから余計に質が悪い。とりあえず、今日あんたに会いにわざわざあんたの学校まで来たのは二つ理由があるの。一つ目はあんたが理沙をどう思っているのか確認するため。それはもうクリアしたからいいわ。何もあんたからはあいつに友達以上の感情はないってことはわかったから。二つ目はあんたに頼み事があるの。理沙を誘惑した詫びとして協力しなさい」
「わ、詫びですか?」
「協力するの? しないの?」
「します! ちゃんと協力しますから!」
こういうおどおどした所は一郎の性格で一番イラつくところだ。まるでぶりっ子アイドルのように、か弱く、小さくて可愛い男の子のような表情を見せるのもイラっとする。それも演じているのではなく、自然体でこうなのだから、質が悪い。あたしは大きな溜め息をつくと椅子にどっかり座り直し、コーヒーを一口すすった。
なんだかこの一郎という男は頼りないけど、それでも本題に入らなくては。今、あたしが頼れるのはこの目の前にいる可愛い子ぶったこの一見中学生に見えるような男子高校生なのだ。
「あたしが理沙とデートしてる時に、あたしたちの様子をクラスの男子が見たっていうのよ。それは別にどうでもいいんだけどさ。そいつ、理沙のことが気になるって言い出してね。今度理沙に告るって大騒ぎしたわけさ。
あたし、今までだったら理沙はビアンだと思っていたから、そんな男の戯言なんて気にしたことなかったさ。でも、あんたに気があるって知ってから、理沙は男にも興味を持つってことを知ってしまった。そうなると話は別。
あたしはさ、バイセクシュアルって嫌いなんだ。あんたもそうだろうけど、あたしも同性しか好きになれない。でも、バイは異性を好きになることができる。その差の大きさって感じたことない? どうせ、バイは同性愛者のあたしらと付き合ったところで、最後は異性との結婚を選ぶ。
あたしのビアン仲間もさ、そういうバイのクソ女のせいで傷ついたやつを何人も知ってる。好きな男ができたと言われた時のショックのデカさ、半端なもんじゃないよ。同性のあたしら女じゃ、異性の男には敵わない。そう思っちゃうんだ。
だって、バイの人にとってみれば、同性より異性と付き合った方が何かと楽じゃない? 親や友達にも恋人を紹介できるし、将来、結婚や子どもも望める。でも、女同士の関係にはそういったものは何もないんだよ。同性同士のカップルって、長続きしないってよく言われない? あたしたちの関係って、将来が見えないんだよね。同性愛者の中にだって偽装結婚する人がいるのに、バイセクシュアルの理沙がずっとあたしを好きでいてくれるのか疑っちゃうんだよ。」
一郎はあたしの話をじっと聞いていたが、その表情はだんだん真剣なものへと変わっていった。こういう全てに生真面目なところも人に好かれる理由なのだろう。
「事情はわかりました。でも、僕はどうしたらいいんでしょう?」
「理沙のあたしへの気持ちをちゃんと確認してほしい。あたしには直接言えないことでも、あんたになら正直に言えることもあると思うから。あんたにはあいつ、相当心を開いてるみたいだし」
「そ、そんな。りっちゃんは僕なんかより遥さんの方にずっと心を開いてますよ」
「当たり前でしょうが! あんたみたいな青二才にこのあたしが負ける訳ないでしょ」
「あ、青二才って・・・」
「でも、あたしじゃあんたに勝てない部分があるのも事実なの。あたしにない部分をあんた持ってるから。だから、理沙はあんたのことが異性として気になったんだろうしね」
「はぁ・・・」
「とりあえず、理沙に話は聞いておいて。いいね?」
「わかりました。部活の時に聞いてみます」
一郎はあたしに協力してくれることを確約した。
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