あの夜があったから

サイコ

第1話 あの夜があったから

あの夜、星も見えない都会の夜空を見上げながらタバコをふかしていた。

10代の頃からキックボクシングを始め、23才でプロのリングに上がるようになった。

海外でも試合をし、自信を付けていったが、ここ1番の勝負にはことごとく負け続けた。

その後、所属ジムの関係でライセンスを取り消されたのだが、その頃自分自身に失望していた僕はどこかほっとしていたように思う。

それでもアマチュアの試合に出続けた、自分にはそれしかなかった。

27才になっても腰を据えて働くことが出来ず、借金をしてはギャンブルに溺れ、いつしかキックボクシングが逃げ道になっていたそんな時、付き合っていた彼女が妊娠した。

正直子供が好きではなかった僕は、その報告を受けた時、面倒臭い事になったと思った。

それから彼女の家族に頭を下げに行き、就職活動を始めたのだが、学歴も職歴も無く、今まで自堕落な生活を送っていた自分を雇ってくれる所はなく、途方に暮れている僕を見かねた兄がコネで就職先を用意してくれた。

段々と大きくなる彼女のお腹がプレッシャーだった。

ついこの間まで借金まみれの絵に書いたようなクズだったのだ、そんな男が父親?夫?会社員?全ての響きにリアリティが無かった。

そして妊娠が分かってから半年後、仕事を始めた。

紹介してくれた兄の顔も潰せない、借金の返済、今度は逃げられないと必死で仕事を覚え働いた。

あっという間に月日が流れ、彼女が夜中に産気づいた。

車を飛ばし病院へ連れて行き、控え室のベッドで痛がる彼女を励ましていたが、仕事の疲れもありウトウトする僕を気遣い彼女が「外に行っておいで。」と言ってくれた。

出産の瞬間なんて見たくないと立ち会いは断っていた僕は、席を空けても大丈夫だろうとタバコを吸いに出た。

病院の前の広場のベンチに座り、夜空を見上げながらタバコをふかしていると看護婦さんが走ってきた。

「旦那さん!産まれますよー!」

慌てて灰皿でタバコを揉み消し向かったが分娩室に着いた時には元気な産声が聞こえていた。

赤ちゃんの処置をしている間もどうしていいのか分からずにつっ立っていたが暫くして看護婦さんが「お子さんですよ。」と赤ちゃんを抱かせてくた。

受け取った瞬間、自分でもよく分からない涙がポロポロと溢れてきた。

数秒前には無かった感情が溢れ出し、止まらなかった。

3980gの何と重いことか、両手に伝わる命。

この子の為なら自分は何だって出来そうだった。

僕はあの夜感じた感触を一生忘れないだろう。

頑張って産んでくれた妻、仕事をくれた兄、支えてくれた両親、友達、色々な人への感謝が溢れ頭が上がらない夜だった。

今では3児の父となり、家も持てるようになりました。

全てはあの夜があったから。

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あの夜があったから サイコ @Harlemking

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