スケルトン・ワールド

ちびまるフォイ

見えなくても見えないようにするのがプロ

目が覚めると、青空が視界に飛び込んできた。


酔って天井を剥ぎ取ったのかと思ったが、

ないのは天井だけでなく壁も床すらもなかった。


どこまでも広がる地平線が見えている。


「ど、どうなって……あ痛っ!」


手をのばすと昨日まで本棚が置かれている場所に足の小指をぶつけた。

そちらを見ても何も見えない。


そこにたしかにあるはずのものが、すべて透明になっていた。


「なにもかも透明になってる……」


自分の手を見ても何も見えないことから、

自分すら透明人間になっていることを気付かされた。


外に出ても誰もいない。

誰もいないけれど足音や気配で透明人間たちが存在することがわかる。


「おーーい、そこに誰かいるのかーー」


「うるせぇな、でかい声出すな」


「あっ、すっ、すみません」


すぐ隣に人がいるなど知らずに声を出してしまった。

うかつに大声出せないと喉がしまる。



それから数日が過ぎた。


透明生活にも慣れが出てきて、自分の部屋であればどこに何があるかわかるようになった。

慣れてくると徐々にひとつの考えに頭が支配されるようになる。


「……俺って本当に存在するのかな」


声を出して自分の存在を確認しているが、自分の妄想かもしれない。

外で声を出せば反応してくれる人もいるが、その返答も自分の幻聴かもしれない。


なにせすべて見えないのだから実感がない。


本当に自分はここに存在しているのか。

実はひっそり死んでいて、幽霊にでもなっているんじゃないか。


自分の存在実感がほしい。せめて確かめる方法でも……。



また数日が過ぎた。


近所でおそろしい事件が起きた。

なんと道路に人が刺されて死んでいるのが見えた。


「なんてことを……!」


なにもかも透明なので遠くで人が血を流して倒れれば、地平線の彼方でも悪目立ちする。

それでいて犯人も凶器も透明なので見つけられない。


見えはしないが地面に倒れているはずの死体を見て、

この凶行をした犯人を捕まえるのが自分の役目だと思った。


捕まえればきっと自分の存在実感を確かめるための新しい方法のひとつになるはずだ。



その後も通り魔は何度も何度も犯行を重ねた。


そのたびに現場の様子や犯人の特徴を分析して頭に刻む。

透明なためメモは使えない。必死に頭に叩き込むしかなかった。


やがて犯人と同じ思考回路までたどり着いたとき。

何度目かの凶行の現場にたどりついた。


目の前で赤い血が吹き出す瞬間を見たとき、

脳内で描いていた犯人のシルエットを風景に重ねて飛びかかった。


「見つけたぞ! この!!」


「うわ!?」


犯人もまさか自分を探している透明人間がいるなど思いもしなかったのだろう。

不意をつかれ地面に押し倒される。

持っていたナイフもどこかへ落としてしまう。

透明なので手放したらもう拾うことはできない。


「おとなしくしろ! もう逃げられないぞ!!」


「わかったよ……降参だ……」


「みょうにものわかりがいいじゃないか」


「……どこかでこうなるのを待っていたのかもしれない。

 あんた、オレのことを探してこうして捕まえてくれただろう?

 そう思うと、自分を意識してくれる人がいるとわかったから……」


犯人はどこか嬉しそうな声色をしていた。


「人を殺めたのも、自分が存在するってことを確かめたかった。

 声をかけても誰も反応しないけど、刺せば赤い血で反応してくれる。

 ここにいる自分は幽霊なんかじゃなくて、実在するってわかるんだ……」


「お前も俺と同じ悩みを……」


「あんたは悪いやつを捕まえることで実感を得ようとして、

 オレは人を襲うことで実感を得ようとしたんだ。方法は違っても同じだよ」


「いいや、俺はお前とは違う!」


「……ちがわないさ。それでどうするんだ。警察に届けるのか?

 透明になってから警察なんて機能してない。

 それで気が晴れるならそうすればいい」


「俺からお前に言えることはひとつだけだ」


「……ふん、説教か。悪いやつを捕まえて、説教をたれれば自分の存在を実感できるのか」


俺は犯人を捕まえたときにどうしても言いたかったことを話した。




「殺しをするなら死体をちゃんと地面に埋めろ。

 死体を放置していると殺しがバレるだろうがこのド三流め」

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