第20話 ちょっと思い出してみる よっつめ ~伯爵の過去~
「魔族の襲撃ですっ!」
毎日のように鳴り響く警鐘。それを楽しむかのように飛び回る異形達。
「民を避難させろっ! 地下壕へ、早くっ!」
翼を持つ魔族は地下にやってこない。翼を広げられない狭い坑道を奴等は嫌うのだ。
「兵士は前へっ!」
国の命令で致し方無く戦う兵士達。なかには戦場を求めて迷い込む狂人もいるが、兵士の多くは故郷に残した家族を守るために戦っていた。
もちろん、前線に立つウォルターも。
「固まれっ! はぐれるなっ、拐われるぞっ!!」
魔族達は大きな樹海を根城とし、頻繁に人間を拐いに来る。
死んだばかりな遺体から腕をもいで食んでいた姿の目撃情報もあり、奴等は人間を食料にしているのだろうと仮説がたてられていた。
どちらにしろ戦うしかない。食料になどされてたまるものか。
この世界は大きな大陸の中心部に広大な樹海があり、その樹海と海の間にある狭い部分に人間が国を建てている。
海岸沿いに作られた国は十二ヶ国。そのうちの一つが、ウォルターの住む国だ。
大陸の八割を占めるといわれる樹海には、古くから魔族や魔物が住んでいて、人類は生まれ出でた瞬間から魔族との戦いを強いられている。
人類の歴史は魔族との戦いの歴史と言っても過言ではない。
そんな長い歴史の中、常に人間は狩られる側で一方的な防戦を余儀なくされた。
空を飛ぶ魔族に防壁は意味をなさない。上空から魔法を撃つ奴等に抗う術もない。
出来ることと言えば、人間を拉致しようとする魔族から、拉致されぬよう逃げるだけ。
奴等に拐われたら、どうなってしまうのか。還ってきた者が皆無なので分からない。
無我夢中で武器を振り回して、あわよくば魔族を倒そうと奮闘する兵士達。
そんな必死な彼等を嘲笑うかのように、魔族はあらゆる魔法で人間を翻弄する。
最初は固まって戦う兵士らだが、焔に炙られ、風に飛ばされ、一人、また一人とはぐれた隙をついて拐われていた。
「うわあぁぁぁっ、お助けぇっ!」
「ぎゃーっ、離せっ、やめろぉぉぉっ!!」
遥か上空で助けを求める兵士を見上げ、ウォルターは弓をつがえて魔族を狙う。
撃ち落とせるなどとは思わない。少しでも動揺させ、手元でも狂えば良い程度の気持ちで矢を放った。
だが魔族が軽く手を翳すだけで、その矢は脆くも跳ね返される。
歴然と横たわる実力の差。
けらけらと甲高い嗤いを残して、魔族らは小脇に人間を抱えつつ、樹海へと還っていった。
毎日のように起きる戦い。少なくとも民には犠牲を出さぬよう必死に防衛するウォルターだが、気づけば民にも被害は出ている。
神出鬼没な魔族らとのいたちごっこ。
街の人間達は外に出る事を恐れ、地下壕から出てこない。
しかしそれでは暮らしてゆけず、恐る恐る畑や仕事を始め、結局魔族に拐われる。
この辺境にいる者らは、全て貧民。国の各地から集められた生け贄だった。
仕事がなく働けない者や、事情があり、税を納められない者など、訳ありな人間を国が捕獲し、ここへ投げ込んでいく。
ここが無くなれば、さらに奥へと魔族が侵入するからだ。
それを阻止するために魔族へと用意された餌場が、この辺境領地なのである。
なんという事だ.....。ここまで、酷い状況だったのか。
やってきて初めてウォルターは辺境の現実を知った。これまでは王都で噂話程度にしか聞いたことはなかった。
それもそのはず。国は辺境の事を完全に隠蔽している。この領地に入るところには長く高い防壁があり、厳重な警備がされていた。
怪訝そうに見上げるウォルターを、そんな彼を気の毒げに見る兵士達。
今思えば、彼等は辺境の現実を知っていたのだろう。
新たな生け贄として投げ込まれたウォルターを哀れに思ったに違いない。
空を飛ぶ魔族には意味をなさないはずの防壁は、辺境の人間を逃がさないためのモノなのだ。
がっくりと頭を抱えてウォルターは項垂れる。
この街から逃げ出す者はいない。過去にはいたらしいが、そんなはぐれ者は、魔族の格好の餌食だった。
ここから隣国まで歩いて三日はかかる。抵抗も出来ない無辜な獲物を奴等が見逃すはずはない。地獄ともみまごう領地である。
であるにもかかわらず、何故か生き延びる人々。
その理由も樹海だった。
今までの長い戦いで積み重なった白骨で埋め尽くされる白磁の丘。そんな戦場跡地が辺境と樹海の間に横たわるのだが、案外、樹海は街に近いのだ。
結果としてそれが功を奏し、樹海の恵を手に入れられる。木の実や果実、野草や動物。
魔族らが帰還してすぐが狙い目。しばらく奴等は来ないだろうと、街中総出で狩りや採集へと出掛けていた。多くの資源も手に入れ、それらは国に売り、それなりの利益を上げている。
王都から遠く離れた樹海は資源の宝庫。上手く運営出来れば莫大な収益が見込める領地だ。
しかし雨霰と襲い来る魔族らにより、そんな夢は霧散する。
悲惨極まりない暮らしだ。絶対的に足りないのが、野菜や穀物、薬などの加工品。そういったモノは王宮に依頼して支援を頼むほかない。
あとは隣国へも救援を頼める。左右の国も状況は似たようなモノだが、この国ほど酷くはなかった。
何故だが分からないが、この国は隣国よりも頻繁に魔族の襲撃を受けている。
不運も極まれりなウォルターは、ただひたすら戦うしかない。
満足に食べる物もなく、日に日に痩せ衰えていく彼。生け贄として投げ込まれた人々も生気がなく、ただただ惰性で生きている。
生きていけるギリギリな糧が樹海から与えられるのも質が悪かった。
死ぬには足りず、生きるには満たされない過酷な日々。
餌として用意された人間らを押し付けられ、ウォルターはどうしようもなく荒んでいく。
元々、冒険者で生業をたてていたのだ。こういった荒事に馴染むのも早かった。
「領主様は大丈夫か?」
「さあ.....?」
ここに長く暮らす者は知っている。領主としてやってきた貴族の末路を。
大抵は心が壊れ、床に伏して長くはない。あるいは自暴自棄になり魔族へと突撃して儚くなる。
今回はどちらだろうか。出来たら、なるべく長く生きて欲しい。領主が交替するたびに街は荒れるのだ。上に上官のいない兵士らほど、質の悪い者はいない。
そこはかとない不安を覚えた兵士らの前で、ばんっと扉が開き、ウォルターが姿を見せる。
その姿は不気味な覇気を撒き散らして、兵士達をこれでもかと威嚇した。
「おい、お前ら」
ぎょろりと動く獰猛な瞳。
「「「はいっ?!」」」
思わず背筋を伸ばして、兵士らは目の前の上官を見つめる。
「これを鳩で送れ。王宮ではなく、冒険者ギルドにだ」
辺境の領地は国家防衛の最前線だ。場合によっては援軍として各地の冒険者を招くことも許されている。それを逆手に取ろうと、ウォルターは思った。
舐めんなよ、こちとら底辺には慣れてんだからな。最奥を穿っても這い上がってやらあっ!!
ギリギリと奥歯を噛み締めて唇を捲り上げるウォルター。
それを見て、全身を粟立てる兵士達。
なにこれ? この人、魔族よりも怖いんですけどっ?!
こうして辺境の流れが変わる。
餌場に用意された人々が、底意地を見せる起爆剤となる人間を送り込んでしまったことを、しばらくしてから知る王宮だった。
「マジでウォルターかよっ! お前、本当に御貴族様だったんだなっ!」
「抜かせ。お前こそ物好きだな。ここは地獄の一丁目だぞ!」
ニマニマと笑い、軽口を叩く二人。
数人の仲間を引き連れてやってきたのは鍛冶屋のダン。他にも大工や細工師、仕立屋や織物職など、何人かの職人が彼と共に辺境へと訪れてくれた。
ウォルターが王都の冒険者ギルドへとしたためた手紙を見て、駆けつけてきてくれた有志らである。
これには王宮も大混乱。
今まで、誰一人として国王の依頼を断る貴族はいなかった。辺境の実情を知らせる者も。
正直、地獄に投げ込まれた貴族らに、そんな余裕はなかったのだろう。
ほぼ無事に生きて還ることの出来なかった辺境領主達である。誰からも情報がもれる事はなかった。
が、ここに来て破天荒が起きる。
冒険者ギルドにもたらされた辺境の状況。それを知ったウォルターの知己が雄々しく立ち上がり、有志を募ったのだ。
「あいつの話によれば、辺境には何もないそうだっ、店も畑も荒らされ、ただ魔族と戦うしかない暮らしらしい。王宮からの支援も乏しく、街もひなびる一方で..... 職人や、支援を求めてる。俺ぁ、行くぞっ、あいつには借りがあるからなっ!!」
ダンの言葉に共感し、我も我もと来てくれたのが、目の前の人々だ。
樹海は資源の宝庫でもある。職人らには垂涎の場所。そういった資源集めも辺境の仕事だった。それにより、幾らかの金子を得る辺境領地。
支援に駆けつけてくれた仲間にも、御互いに利のある状況だ。
王宮は沈黙。
この先、どうなるか静観するつもりなのだろう。
こうして反旗を翻し、街としての復興を目指して餌場からの脱却を目論むウォルター。
そんな彼の元へ、一人の少年がやってくる未来を、今のウォルターは知らない。
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