第16話 ちょっと大袈裟過ぎる 


「ようやく王都だな」


「ほぇー」


 見渡す限りの壁を見つめ、梅は遠目に映る街を視界に入れた。

 緩やかな稜線に沿って並ぶ壁、壁、壁。その外側には畑や牧場があり、チラホラ歩く人々。

 荘厳な門扉は大きく開かれていて、右側が馬車、左側が徒歩の検問になっている。

 馬車側には幾つもの馬車停めに馬が繋がれ、定期便か辻馬車か、大きな箱からゾロゾロと人が降りていた。

 降りた人達は徒歩の検問に向かい、あらためて並んでいる。


「アレって、王都着の馬車なの?」


 ずらっと並ぶ、形違えの馬車らを指差す梅に、伯爵は大きく頷いた。


「各々八方からやってくる定期便だ。こちらでまた客を乗せて方々へ向かっていく。国境や辺境へな。そしてまた戻ってくるんだ」


 なるるん。


 窓枠に顎を乗せて眺める梅の馬車は、馭者が手紙を見せると、門番らしい兵士から何の確認されずに検問を通過する。

 他はけっこう色々聞かれたり馬車の中の確認とかされてるのに。

 不思議そうに窓から外を眺める梅。それに気づいた伯爵が、微かに口を綻ばせた。


「国王の賓客だからな。このまま王宮に向かう馬車だ。あらためる必要はないのさ」


「あちらには正規の騎士がいます。馬車も荷物も王宮があらためます」


 ほーん。


「ずいぶんと暢気な国なんだねぇ。何が持ち込まれるかも分からないのに王宮までノンストップとは」


 現代人感覚の強い梅。日本なら、重要な場所へ入る者のチェックは怠らない。荷物や馬車はもちろん、本人らの身体検査だってあるだろう。

 他国の重鎮とかならともかく、たかが貴族相手に温いことだ。


 そういや地球世界の外交官特権って今でもあるんだっけ? ノーチェックって、ヤバいよなぁ。


 不穏な空気の渦巻く現代の地球世界。それと比べたら、ここデイモスは発展途上だ。こういった融通も利くのだろう。

 元々、来たくて来たわけじゃなし。と、王都に入った途端、何故かドナドナされている気分になった梅である。




「ひゃぁ..... でっかいね」


「一国の王宮だぞ? 当たり前だ」


 到着した王宮を見上げて、梅はポカンっと口をあける。


 某ネズミーランドのように煌びやかなモノではなく、質実剛健な冷たい石造りの城。

 それなりの装飾で美化はされているものの、やはり根底に窺える堅固さは隠せない。

 長く魔族らと戦ってきた歴史のせいもあるのだろう。ネズミーキャッスルというより、某ゲームのラ○トーム城のような風情だ。


 不規則に並んだモザイク状の石畳に降ろされ、梅はエナメル靴の踵を鳴らす。

 

「馬車の荷は、行李を我々の滞在場所へ。箱は陛下らへの献上品だ。割れ物もある。丁寧に運んでくれ」


 居並ぶ宮内人らにテキパキと指示を出し、伯爵は目の前の長い階段を胡乱げに見つめた。

 サミュエルが桜の入ったクーハンを抱えている。


「いつ見ても無駄に長い階段だな。ウメ、いけるか?」


「平気さあ。これでも子供の頃は山猿みたいに野山を駆け回ったモンだ。任しとき♪」


「.....今でも十分子供だろうが、おまえは」


 呆れたかのような伯爵の言葉に、思わず視線を逸らす梅。


 危ない、危ない。口が滑ったわな。


 異世界転移の話はしたものの、さすがに中身が五十越えの婆ぁだとは話していない。

 話したところで信じては貰えないだろうし、下手に信じられて敬語やら使われても居心地が悪い。

 

 そう考えて、黙りを決め込み、梅は伯爵らと共に登城した。




「遠路遥々、よくぞ来たな。楽にするが良い」


「御尊顔、拝し奉る栄誉に与り、恐悦至極に存じます、陛下」


 頭を下げる三人の目の前に広がる豪華絢爛な謁見室。

 豪奢な椅子に座る男性と女性。その後ろにも数人の女性と子供らが立っている。

 派手な衣装に、ジャラジャラと付けられた装飾品の数々。

 一見して王族と分かる人々に、梅は面食らった。


 いや、いきなり? こういうのって、御伺いをたてて、返事をもらってって手順があったりするんじゃないの?


 思わず固まる梅を見下ろし、王冠を頭に乗せた男性は、好好爺な笑顔で話しかけてきた。


「して? その子供が?」


「左様でございます。ウメと申します」


 伯爵に軽く背中を押されて、梅は着ていたドレスの裾を持ち上げ、可愛らしくカーテシーをする。

 レストランで着ていたドレス一式だ。不備はないはず。


「御初に御目もじいたします。伯爵が娘、梅です。以後、よしなに」


 ふわりと微笑む少女を見て、言葉を失う王族達。


 見事なドレスに、繊細な意匠の髪飾り。磨きあげられたエナメルの靴や、そこに煌めく金鎖など、何処からどう見ても、彼女は平民には見えなかった。

 しかも堂々たる口上。周囲にいる国王の子供らでも、ここまで流暢には述べられまい。


「なんとまあ。良い子であるな、伯爵よ。いきなり養女を迎えたと聞き、いささか驚いたが、これなら納得だ」


 三十代半ばを回っても婚約者すら持たなかった伯爵。彼の実家がやらかした醜聞から、それも致し方無しと諦めていた国王陛下。


 彼の実家。と言うか、実の父親で放逐され済みな前伯爵は、酷く多情な男だった。

 王国でも珍しい銀髪紫眼の前伯爵は滴る水も煌めく美丈夫で、社交界でも噂の的。立って歩くだけで匂い際立ち、切れる流し目は多くの淑女らを魅了する。

 しかも話術巧みな聞き上手。あらゆる女性を虜にして、毎夜のように浮き名を流し、王宮すらも騒がしていた。

 妾だけでも両手に余り、一夜の相手は数え切れず。

 そんな事をやらかし続けていても、にっこり笑えば許されるという、類稀な美貌の持ち主だ。


 だがそれも、彼の浮き名の証が生まれるまで。


 手をつけまくった女性らが妊娠、出産してしまったのを皮切りに、彼の浮き名は悪行として社交界を席巻する。

 何しろ前述したように、彼の髪や瞳は珍しい色だ。当然、生まれた子供らにも継がれており、申し開きの仕様もない有り様。

 それも一人や二人ではない。十数人が立て続けに産まれたのだから手に負えない。


 妾らにも子供が居て、流した浮き名の半分もの子供らが押し掛けてくる有り様で、伯爵家はド修羅場に陥った。

 さらに王女殿下の侍女だった侯爵令嬢も身籠り、父侯爵や王女から詰問された御令嬢は、前伯爵との逢瀬を白状した。


 多くの貴族らから責められ、王女殿下から叱責を受け、前伯爵は貴族籍を剥奪された上、国外追放となったのである。


 もちろん、これで話は終わらない。


 残された伯爵家は多額の賠償や慰謝料、嫡外子らの養育費に追われ、ほぼ全ての財産を失った。

 しかも、嫡男である伯爵が辺境防衛を請け負うという処罰まで食らったのである。

 まだ二十代前半だった伯爵は、もうじき結婚予定だった婚約も破棄され、後ろ楯もないまま辺境へと飛ばされた。

 伯爵が辺境で防衛に携わる限り、残された伯爵夫人や兄妹の生活を王宮が見てくれると約束されたため、致し方無く伯爵は長々と辺境で踏ん張ってきたのだ。


 王宮にすれば、一貴族の進退などどうでも良い。これを利用して、なり手のない辺境を治めて貰えるなら好都合。


 その程度の思惑だった。


 常に魔族の襲撃に晒されている辺境は貧しく、税収も望めないため誰も治めたがらない。

 いくら土地が広くとも生産性は皆無。むしろ赤字で、持ち出ししかない金食い虫な土地を誰が欲しがろうか。

 だが国防の要にもなる土地だ。誰かしらに治めて貰わねばならない王宮は、前伯爵のやらかして困窮に喘ぐ伯爵家へ、細やかな援助をエサにし、体の良い貧乏クジを無理やり押し付けたのだ。

 

 案の定、爪に火を灯すような貧しさの中でも、王都に残してきた家族のために孤軍奮闘していた伯爵。

 近隣の僅かな協力を得つつ、徐々に衰退していく街を何とかしようと必死に足掻いていた。

 ここを逐われたら後がない。国防的にも、伯爵家的にも。まだ成人もしていない弟妹が伯爵家にはいるのだ。

 せめて、全ての弟妹が成人するまでと、伯爵は死に物狂いで抗う。

 だがそれも限界に達そうとしていた昨今。


 梅がやってきて辺境が変わった。


 それを王宮側も聡く感じた。


 毎月のように王宮へ寄越されていた救援要請の手紙が遠退き、逆に王宮へ献上品がもたらされるようになったからである。

 しかも魔族らと不可侵を結び、その対価として塩が必要なのだとの知らせも来たのだ。

 魔族は塩欲しさに人間達を拐っていると説明つきで。なんでも魔族の秘術で生き物を塩に変換出来るらしい。

 つまりこちらから塩を援助すれば、魔族には人間を拐う理由がなくなるのだと。


 なんたる朗報。


 これを他国にも知らせて欲しいと書簡にはあったが、国王ら重鎮は、これを秘匿する。

 何故に他国へ無償で情報を渡す必要があろう。重要な情報は金子だ。それなりの対価と引き換えにするのが当たり前だ。

 そういった姑息な上層部の思惑が絡み、国王は伯爵にも認識を共通させるため、今回の召喚と相成ったのである。

 キチンと伯爵にも言い含めておかねば何処で露見するか分からない。せっかくの金子情報が水の泡となる。


 あとは、最近、よく辺境から送られてくる珍しい物資にいたく興味を惹かれたためだ。

 

 出来の良いチーズやバター。なにがしかの樹液だという蜜。これが濃厚で癖もなく非常に美味い。

 蜂蜜とも違う不思議な樹蜜や、それを使ったという各種甘味。

 中でも、薔薇の形をした砂糖には国王や王妃らも唸りをあげる。

 白い砂糖は王宮にもあるが、やや茶色いし、荒く砕いただけのモノだ。丁寧に擂り潰して、ようよう料理や飲み物に使える。

 なのに辺境から贈られた砂糖は濁りなく真っ白で、しかも薔薇を形どった逸品。

 淡い青や赤なモノもあり、飲み物に落すと、すうっと溶ける肌理細やかな砂糖。


 前に件の養女を確認に監査を行ったところ、辺境は大きく変わり、畑や牧畜が増えていたと報告を受けていた。

 食事事情も悪くなく、むしろ非常に高価な食器などもあり、伯爵は貴族としての体裁を整えていたという。


 あのように荒んだ土地で? いったい、どうやって?

 

 訝る王宮だが、送られてくる数々の品物がその変貌ぶりを示している。

 何が起きているのか、国王以外の貴族らも興味津々。王宮に砂糖を納品している技術者すら頭を捻らせている代物だ。


 そして、そういったアレコレが起きるようになったのは、伯爵が養女の申請を行ってからではないかと、ある者が気がついた。

 次々と起こる不可思議な色々協議した結果、娘共々、伯爵を召喚してみようではないかとなったのである。

 この半年で劇的に変わった辺境事情。これに、件の養女が無関係な訳はない。


 そしてやってきた謎めいた少女。


 気品と教養を兼ね備えた雰囲気に、凛と佇むその姿。

 なんとも言えぬ貫禄すら感じさせる目の前の少女に、王族らは眼を見張る。


 ただ者ではない何かを醸す少女。


 秘密めいたソレが、ただの年配者特有の落ち着きなのだとは知らない国王達。


 中身がアラフィフで、しかも臨死体験&転生まで経験した梅に怖じ気る事は何もない。


 セカンドライフを楽しむつもり満々な梅は、それを阻む壁を叩き壊してきただけである。


 何も知らないまま、積み上げてきた実績がこれでもかと高くなっていた事実を後になって知り、思わず床に懐く梅だった。

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