第2話 予期せぬ転校生
……とまあ祈った所で、私がトラブルに巻き込まれる確率が減るということもなく。
「せーーーふっ!!!!」
あの後ガッツリ回避不能なイベントをこなす羽目になった私は、始業のチャイムが鳴る1、2分前になんとか教室へと滑り込んだのだった。この後はバレーボールが控えているというのに、体力の無駄使いが止まらない。プリントを咥えてったカラス許すまじ。
「おはよーこよいっち。今日もギリギリだねぇ」
「これでも30分は余裕が出来るように家を出てるはずなんだけどねっ!!」
スクールバッグをフックに引っ掛けつつ自分の席に座ると、右隣で机に突っ伏していた女生徒が顔だけこちらに向けて声を掛けて来た。
小学校からの付き合いなので、私の巻き込まれ体質については熟知しているし、積極的に付き合ってくれもする。彼女には、本当に感謝しかない。
「おお、おお朝から荒れとるのう。……カラス?」
「カラス!!」
この通り。私がどんな目に遭ったのか――腕の力が抜けて落としてしまったバッグから覗いていた課題のプリントをカラスに持ち逃げされた――など、わざわざ語るまでもなく綺沙良は理解してくれる。ひとえに溜め込まれた経験値の為せる技だ。
「そかそか。災難だったねぇ……よしよし」
「むぎゅふぎゅ」
この鬱憤をどうしてくれようかと思った次の瞬間、私の顔は真正面から2つの脂肪の塊に埋められた。息苦しさと温もりが全てをどうでもよくさせて行く。おっぱいは偉大なり……羨ましい、半分よこせ。
「ぷはぁ!……ところで、なんか教室、騒がしくない?」
母性の象徴の海からなんとか浮上した私は、息を整えながら綺沙良に尋ねた。カラスへの怒りが多少薄れると同時に、クラス内の喧騒が私の耳へ届いて来る。どうにも皆、浮き足立っているように見えた。これから何かイベントが始まるのだと言わんばかりだ。
「なんか、転校生が来るらしいよ?」
「え、また?」
綺沙良の答えに、私は目を丸くする。というのも、この高校は先月も3人程転校生を受け入れていたからだ。確か各学年に1人ずつだったと記憶している。
「何でも下に1人、そして、このクラスに1人。だとか」
「それでみんな浮かれ気分な訳か……」
気持ちは良く分かる。新学期が始まって一月も経ってないから行事らしい行事をまだひとつも体験出来ていない。そんな状況でうちに転校生が来るとなればお祭り騒ぎにもなるだろう。斯く言う私もワクワクしている。
毎日がイベントデーのような私だが、流石にこれは格が違うというものだろう。
「はーい、ホームルーム始めるぞー。席着けー」
担任の
全員が座ったのを確認して、猫目先生は淡く薄紅色のグロスが光る唇を開いた。ルックスの良さと的確に生徒のツボを突いた授業の面白さで、主に男子の間で密かに人気の先生だった。
「多分もう皆聞いてるとは思うが、このクラスに転校生が来る。男子だ」
女子の間で喜色を含んだざわめきが起こり、一部男子が落胆した様子が確認出来た。私の席は1番後ろなので、教室の様子が一望(と言うと大袈裟だけど)出来る。
そこで私は気付いた。いや、むしろ何故今まで気付かなかったのか。
私の左隣――すなわち1番窓際の最後方だ――に、見慣れない空席があったことに。
「あまり勿体つけるのも忍びないな。おーい、入って来ていいぞー」
猫目先生が廊下に向けて呼び掛けると、教室の引き戸がガラガラと音を立てて開かれる。その様子を、私も何気なく見つめていたのだけど。
入って来た男子の顔を見て、私は心臓が止まるかと思った。
(えっ――――!?)
フラッシュバックする、昨夜の悪夢。
突如として巨大な怪物の眼前に舞い降り、夢幻のような女の子とのコンビネーションで打ち倒した、月光を身に纏う少年。
髪や瞳の色こそ記憶とは違うけれど――
黒板の前に立ったのは、昨夜夢の中で私を助けてくれた2人組、その片割れで間違いなかった。
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