13話 魔女と???について もしくはヘカティアの所感と行動は他者から理解しがたいという話
叡智と魔術の神の一側面、天啓と発想の飛躍を司る神性ヘカティアは、傍目から見ると常に思い付きだけで行動する奇人に見えるだろう。
実際下天してより200年、彼女はその突如脈絡の無い行動をする部分と卓越した魔術の技量から魔女の呼び名を冠されている。
次の瞬間何を始めるか判らない狂人扱いであるわけだが、同時にそれら突飛な行動は悪影響を及ぼさず、むしろ様々な事態を好転させる方向に向かわせるため、対外的な評価は悪くなかったと言っていい。
ただその突飛な行動は身近にいる者にとっては厄介であることに変わりなく、相方であるウェドネスや仕える巫女達に胃痛と言う持病を齎しもしていた。
余談ながら閉塞していた既存魔術の発展の内、胃痛の対策として活用され尽した治癒魔術は例外的にいち早く壁を越えたと言うのだから皮肉なものである。
これもヘカティアがもたらす『良い結果』の一つに数えるかは、関係者の間でも論議になっている。
それはともかくとして、魔女ヘカティアは最終的によき結果をもたらすという立ち振る舞いは、結局の所その権能に由来する。
天啓と発想の飛躍。突き詰めると、それは過程を経ない真実。
ヘカティアは、解決すべき命題についての最適解を知ることができるのだ。
下天し力が制限された状態では自身が関わる事象に限定されるが、これによりありとあらゆる行動の最適解を取り続けることができる。
ただしこれらに関しては行動の最適解を知りえるに留まり、真に最終的な結果以外の過程はわからないのだ。
魔術面で言えば、いかなる力の源からどの程度、どの様にして力を引き出すか最適な行使を可能にする半面、その理由が判らないがために誰かに教えるというのは不得手であった。
逆に過程の一切も理解するが処理する情報量も多いために魔術の行使には苦労し、一切を理解するが故に教えるのが得意な相方のウェドネスとはまさしく対照的であった。
今回の下天においても、否応なく発揮された天啓の権能は、新たな魔術系統開発にもいかんなく発揮されている。
まず思い付きで生み出された試作の魔符は、多くの魔符のひな型として必須なもの。さらに言うなら、必要な協力者を釣る為に必須となる。
この時点で協力者とはいかなる存在か魔女は知らないし、そもそもそのフォーマットも完全に思い付きだ。
次いで理由は判らないが自身の子が必要になると確信した彼女は、相方のウェドネスを捕まえ問答無用で交わり子を成したのだ。理由も分からず三日三晩閨で搾られ続けたウェドネスは泣いていい。
更には数か月後今度は必要だからと学園長と巫女達を連れだし、大森林を支配する魔王を打倒すとその躯を住居としてここを研究所にすると言いだしたのだ。滅茶苦茶である。
なおヘカティアは大森林に引きこもる際、当時帝国魔術学院の筆頭教授を務めていたのだが、それにまつわる一切の権限義務を投げ出していた。暴挙にもほどがある。
後始末に奔走したウェドネス達関係者の苦労は言うまでもない。この際の関係者が発症した胃潰瘍治療は、専用の治癒魔術を生み出すのだがこれも余談だ。
こうして始まった魔符研究だが、思い付きで生み出した魔符一枚からでは研究は進まない。
しかし生み出した魔符がいななるモノかの理解を求めるには異世界を旅するのが最適とわかると、彼女は躊躇なく魂のみでの異世界探訪に赴いた。
そしてとある世界でTCGの概念に触れ、同時にその概念に詳しい者たち、プレイヤーの存在を知ったのである。
そこからは簡単だ。現地の世界の神と交渉し、輪廻を外れて消えるだけの、同時に求める分野の知識に富んだ魂を譲り受ける。その際には試作の魔符が有効に働いた。
そして胎内に宿りはしたものの魂は入らぬ器だけの我が子に、異界の魂を注ぎ生まれ出でる命とすることに成功する。
こうしてヘカティア神にとって重要な協力者兼魔符魔術の弟子兼我が子たるローウェインは生まれたのだった。
「一応魔符も形になってきたことだし、あの子にもそろそろ働いた分のご褒美をあげないといけないわよね」
信頼に足る巫女を護衛に我が子を旅に送り出した魔女はそう独り言ちる。
彼女から見て、、ローウェインと言う少年は未だに壊れている。
初めて天上の自らの領域に呼び出した際のあの魂は、辛うじて断片が寄り集まっただけの今にも消え入りそうなものだった。
半ばこれは使い物にならないかと魔女が眺めていると、魔符を見た途端に魂の断片が集まり活性化しだしたのだ。
そこで勧誘をして今に至るわけだが、一度消滅しかけただけにローウェインは歪な存在となっていた。
人格の根幹をなす部分は辛うじて保たれていただけで、断片となるまで砕けた影響は大きい。
今日ここまで我が子として育て、また村人の一人として他者と触れ合わせる事で人並みの情動は取り戻せているようだ。
だがその根底は、あらゆる物事の価値観が彼の知るTCGを起点にするものになっていると魔女は見抜いていた。
先ほど北の山地から感じた魔力からすると、既にあの地に居座る魔物を主も含めて討伐されたようだ。
きっと討伐の際もろくに恐怖を感じることなく、目の前のカードを処理するように怪鳥を倒していったのだろう。
それは魔女にとって望ましく、母親としては望ましくないものだ。
必要と思い成した子だが、10年共にあれば情も沸く。
魔符の使い手としては理想だが、あの感性のままに何時か人の世に出るのは危険であると判断せざる得ない。
故にヘカティアは巫女ジュリエッタを選び、呼び寄せたのだ。
「ジュリちゃんも随分男の子の姿をやってきたもの。そろそろ解放してあげてもいいわよね」
ジュリエッタは、長らく自分たち神の欠片にとって必要であるがために、英雄としての姿で生きてきた。
大妖精族と言う長い時を生きうる存在であり神に仕える巫女であるが故に、英雄という一つの姿も一時の戯れであると流せるかもしれないが、少し長くその姿を取らせ過ぎたのではと魔女は思うのだ。
そして、期待通りの結果がもたらされる。
「母上! 母上! 少し良いでしょうか?」
「あらどうしたの? 北の山の鳥は撃ち落とせた?」
「それは終わりましたが、問題が! ジュリオさんが男性に!? あ、いえ元に戻ったのか!? とにかく大変で!!」
何かあったらこれで知らせなさいと持たせた通信の魔道具から、困惑の色を隠せない我が子の声が聞こえた。
何でも周囲を一気に浄化したところ、ジュリエッタに入念にかけられた偽装の魔術が解けて女神が生まれたとかなんとか。
混乱する息子の様子を愉快に感じながら、魔女はその異名の如くにんまりとした笑みを浮かべる。
「あら~、ジュリちゃんにかけた魔術は準備が大変だったのよ? 良く解除できたわね? それでジュリちゃんは何て?」
「ええっと……このままでは父上直属の巫女としての任務がこなせなくなるので、もう一度偽装の魔術をお願いしたいと……あと、素顔が余りに久しぶりなのが恥ずかしいそうです。ジュリオさ…いやジュリエッタさんがめっちゃ可愛いんですけどどうしたら!?」
可愛いならいいじゃない、と返しながらヘカティアは笑みを深める。
壊れた情動を人並みのモノにする荒療治をし、頑張った我が子へのご褒美を与え、部下を英雄の姿から解き放つ。
いつも通りに自分の選択が良い結果を引き寄せつつあることを、ヘカティアは手ごたえとして感じ取っていた。
「偽装の魔術はあれだけの強度のをかけ直すのには手間がかかるのよ。魔術に使う触媒もね。どのみち討伐の道行の間は英雄の顔ってそんなに必要ないでしょ? 一通り討伐し終わって戻ってくることまでには準備しておくから、当面はそのまま我慢しなさいな」
告げた言葉に息子の呻きとその背後からの悲鳴が聞こえるが、特に問題ないと遠話の魔道具を打ち切る。
このまま旅をして苦楽を共にしたらあの二人はお互いに良い影響を与え合うだろう。
何よりヘカティアは知っている。ジュリエッタが密かに抱えているものを。
それを考慮に入れると、きっと面白い結末がやってくると確信できるのだ。
そしてもう一つ、ヘカティアは今やっておくべき行動を思いついた。
「さて、アナタ。そろそろ動いても良いんじゃないかしら? あの子が居ない内にやりたいこと、有るでしょう?」
普段は息子も共にいるリビングで、魔女は虚空へ語り掛ける。
すると応える声があった。
「……気付いて、居たか」
誰も居ないはずの部屋に、特徴の掴み難い声がただ響き渡る。
同時に、魔女の住居は微かに振動した。
まるで身震いするかのように。
変化にまるで動じない魔女は、更に言葉を連ねる。
「いいえ、今知ったの。大丈夫、悪いようにはしないわ」
「知られたくは、無かった。汝には我は勝てぬ。今の我は滅ぼされたくは、無い」
「それも知ってるわ。アナタの今の願いも」
虚空に語り掛ける魔女は微笑んだ。
慈悲深い女神のように。
「アナタの願いも叶えてあげる。だから、少し協力なさい。アナタの今やりたいことをするだけでいいから」
女神のような魔女の言葉に声はしばし沈黙すると、観念し応えた。
「肯定する。予測帰還日時を修正し、現時点を以て変容を開始する」
「それでいいわ。大丈夫、私が手伝えば余計なものを切り離すのは簡単だから」
部屋の振動は大きくなり、地震めいてきたがヘカティアは楽しげだ。
愛用の杖を取り出すと虚空へ掲げ何やら魔術を行使し始める。
「アナタも楽しみでしょう? あの子が帰ってくるの」
「肯定する。愛し子の成長は喜び」
「そうね、私も楽しみよ。だから、アナタも頑張らないとね。私も協力してあげるから」
「感謝を、魔女よ」
声と会話し続ける魔女。
魔女の棲み処の変貌は、こうして始まったのだった。
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