第6話 プロジェクトはチーム一丸となって臨みます

 求人。僕はこれまで見る側の人間だったし、応募するだけの、いわゆる利用者でしかなかった。それがまさか出す側に回るだなんて、随分と不思議な気分にさせられてしまう。


「人集め、求人かぁ……」


 ワクワク魔界ワーク。問題はたくさんあるけども、一番のネックは知名度だろう。求人サイトを利用しない方針では、どうやって関心を惹けば良いのか。画期的なアイディアは全く浮かばず、一般的で無難なものばかりが思いつく。


「広く知ってもらうには、ウェブやSNSで広告をバンバン打ち出すのが良いんだろうけど」


 気がかりから、エレンさんに尋ねようと顔を向けた。すると彼女はデスクで、拳大の鉱石を片手にしていた。何か調べているのか、上下左右から凝視するという、大げさな身振りを絶やさない。


「エレンさん。1つ質問がありまして、それが今2つになりました」


「あら、疑問がポンポン飛び出すだなんて熱心ね。どうかした?」


「手に持ってるヤツは何ですか?」


 くすんだ緑色が美しいような、あるいは、雑多な石のような。率直に感想を述べるとしたらそんな所だ。


「これはヒスイの原石よ。地上では珍しいって聞いてね、魔界から持ってきたの」


「ヒスイって、あの宝石の!?」


「地上では珍しい鉱石も、魔界じゃ割と簡単に見つかるわ。それらを代わる代わる、値崩れが起きない程度に売って会社の資金に充ててるの。アプリだとお手軽に売れるんだよね」


「なるほど。ここはそういうお金で成り立ってたんですね」


 良かった、悪事の片棒を担ぐハメにならないで。実は強盗集団でしたとなれば、僕は遠からず塀の中だったろう。魔界という逃げ場を残す彼らとは違うんだ。


「ところで、もう1つの質問は?」


「ええとですね。うちの会社って広く知られた方が良いですか? それとも、なるべく秘密にすべきですか?」


「うぅん、難しい事聞くのね。どうして?」


「広告の打ち方が変わるかなって。そもそも予算の都合もありますけど」


「そうねぇ。知名度がないと人集めできないけど、冷やかしが増えてもねぇ」


「そうですよね……」


 脳裏を過ぎったのは世間の反応だ。まさか架空と思われた悪魔が存在すると知られれば、間違いなくパニックになるだろう。警察に機動隊にと、とんでもない事になるかもしれない。人畜無害ですと言ったところで、話を聞いてもらえるかも不透明だ。


(もし仮に世間を説得できても、そこで一件落着になるのか……?)


 会社の皆が受け入れられたって、平穏な日々なんか戻って来ない。マスコミやら野次馬なんかが連日のように押しかけるはずだ。


――マジマさん、答えてください。あの桃色髪の美女とはどんな関係なんですか!


 そんな事を聞かれても困る。僕らはまだ職場の同僚でしかないのに。発展性を感じなくもないけど、あくまでも仕事仲間なんですよ。


 いや、こんなものはマシな方だ。世の中にはタチの悪い連中が大勢居る。


――ヒャッハァ! すんげぇ美人が居るぜぇエロい事やらせろッ!


 敵はアウトローだけじゃない。肩書の立派な人間だって、エレンさんの色香に惑わされれば何を要求してくるか。


――どうも、私は政界の大物だがね。そこの美女とエロい事をさせなさい。


――どうもどうも、私は財界の著名人だがね。そこの美女とエロい事をさせなさい。


 絶対にダメだ、そんな横暴を許してはいけない。エレンさんの貞操は僕が守り抜くんだ。


 そう結論が出たなら大規模広告は却下。世間が寄せる奇異の眼を掻い潜り、ピンポイントな人材をピックアップして撤収。それが最も幸福なシナリオのはずだ。


 じゃあどうやって告知するのか。口コミ、SNS、無料動画。ウンウンと唸り、延々と首を捻った挙げ句のこと。ようやく1つの答えに辿り着いた。


「エレンさん。まだうちの会社にはHPってないですよね。作っても平気ですか?」


「ホームページかぁ。良いと思うわ、お願いできる?」


「任せてください!」


 威勢良く答えはしたものの、僕はあまりウェブ全般に詳しくない。会社のノートPCで調べるうち作成ツールなるものを知り、眉間にシワを寄せながらマニュアルと向かい合う。BGMとしてモーリアスさんのイビキを聞き流しつつ悪戦苦闘。


 その果てに、やっとの事で作業にケリをつけた。成果は1ページだけのサイト。下層ページすら無いシンプルな仕上がりだ。


「出来た、一応は……」


 来訪者はまず社名とともに、1枚の横広な画像を見る事になる。それは雲ひとつない青空。悪意や悪巧みを感じさせない、完璧な青が出迎えるのだ。


 続けて大草原の画像が続き、風通しの良さを匂わせる。そして白フチ文字で次の言葉を上乗せした。「お仕事多数、あなたに見合うポジション有り。未経験者からベテランまで幅広く募集します」という文面を。


 そして最後には黒い太枠でくくったお問い合わせ。電話番号に加え、無料取得したメールアドレス。末尾には、お気軽にお問い合わせください、面接も随時受付中と書いた。これが半日がかりで得た成果の全てだ。


「……何の会社か分からないッ!」


 この会社はNGが多すぎる。魔界に送る尖兵が欲しいとか、軍務経験がどうのとか、テーマにしにくい物事で溢れていた。もし仮に「魔術師募集」だなんて書いたとして、挙手できる人間なんかこの世に居るのだろうか。居たとしても、魔王様が求めるような人材では無さそうだ。


 もうちょっと工夫できないか。編集画面を読み込み、枯渇したアイディアを絞り出そうとしたその時だ。エレンさんがそこらの窓を締めつつ、僕にこう言った。


「お疲れ様、マジマくん。今日はそろそろお終いよ」


 時計を見れば4時45分。夕暮れにもならない時間帯に、会社は今日という日を終えようとしていた。定時は5時まで。その5分前には施錠を終え、社屋から退出する決まりがある。


 実にホワイトでありがたい事だけど、今ばかりは困らされた。気持ちとしては作業に没頭したい。しかし余程の事がない限り残業は認められないのだ。


「それじゃあ今日もお疲れ様」


 エレンさんがドアの前で告げた。そこは備品部屋の向かい側で、まだ足を踏み入れた事のない部屋だった。定時を迎えると皆はなぜか玄関ではなく、そこに集まるから不思議だ。


「小僧、たまには妾の仕事も手伝え」


 アネッサさんが自分の腰を叩きながら言った。幼い見た目にそぐわない仕草だと思う。


「ふぅぅ、仕事上がりには酒でも引っ掛けねぇとな」

 

 アンタは寝てただけだろ。そんな言葉を腹にしまい込み、曖昧な笑みを向けておいた。


 それから僕はエレンさんに見送られ、玄関の施錠音を背中で聞いて、真っ直ぐ帰宅した。夜の間は頻繁にメールチェックをしてみるものの、一件の受信もない。空っぽのフォルダを眺める度に小さくない痛みが腹をよぎる。


「失敗かなぁ……。でも、明日になればリアクションがあるかも」


 自分を慰める言葉と共に就寝、そして迎えた次の日。


「ホームページへの来訪者は3人……か」


 それが昨日の結果だ。応募どころか、ユーザーの目に触れてすらいない。この世界では、ワクワク魔界ワークの存在など知られていないままで、一昨日から認知度も変わっていなかった。


「へぇ、これが昨日言ってたホームページ? 凄いじゃない」


「もう目に見える物を作り上げたというのか。仕事が早くて助かる」


 いつの間にか、両サイドを挟まれていた。多人数で覗き込むには小さすぎるモニターだ。筋骨隆々な魔王様の腕も、豊満に揺れるエレンさんの出っ張りも圧力が凄まじく、僕は真ん中で小さくなるしか無かった。2つの意味で。


「こんなの頑張ったうちに入りませんよ。労力をかけた割に何の成果も出してませんから」


「しかし、まぁあれだ。仕事ぶりにケチをつけたくはないが、いささか地味に思える」


「そうねぇ。文面も曖昧だし、何よりも私達の存在が明かされてないわ」


「いや、書けませんって。魔界の人たちが雇いたがってるだなんて」


「言わんとしたい事は分かる。だが、事前に我らの存在を仄(ほの)めかしておかねば、後々足を引っ張る事になりかねん。どう足掻いても面接なり、仕事なりで顔を合わせるのだから」


 確かに一理ある。こんな濃厚なキャラを隠して人を集めるのは、騙す事にならないか。多少なりとも魔族と関わる事実は匂わせるべきかもしれない。


「よし。ワシらの写真を載せよう。それくらいの事はやってしかるべきだ」


「それは流石にマズイですよ! 皆さんの存在を広く知られると、いつかは問題になっちゃいますって!」


「任せておけ、魔法の言葉を授けてやる」


「魔法の、ことば?」


 魔法の言葉、つまりは魔術的なやつか。ウェブサイトという、こんなゴリッゴリに現実的なテクノロジーを相手に、非科学的な力が介入出来るんだろうか。


「さぁエレナ。魔界で記録した数々を出してくれるか?」


「もちろん。バッチリ残してるから!」


 エレナさんはタブレットを片手に持ち、勝ち気なウィンクを見せてくれた。可愛い。身も心も射抜かれたい。


「あらぁ、ちょっと暗いかも。魔界って地上ほど明るくないものね」


「むしろ好都合。臨場感が増すというものだ」


 そこに表示された写真の数々を、僕は驚愕とともに受け入れた。濃紫の光に包まれた魔王様が巨大なドラゴン相手に闘う姿だ。時系列順に並ぶ画像は、スライド映像のようで、パラパラ漫画にも似た見ごたえがあった。


 夜空に羽ばたく魔王様。ドラゴンの爪を掻い潜り、戦機を見たのか不敵に笑む魔王様。そして掲げた拳を一文字に振り下ろし、地面もろとも敵を粉砕してしまう、超強い魔王様。


 そして真っ青な返り血を浴びて、ニヤリと歯を見せる魔王様。


「どうだ、良い顔をしておる」


「そうね。じゃあ採用で」


「これを使うんですか!?」


 続けてエレナさん。大鎌を片手にオオトカゲの集団を相手取って縦横無尽。やはり真っ青な返り血を浴びつつ、それでいて血に酔った様な笑みを浮かべている。


 これはこれで良い。この顔になら切り刻まれても幸福かもしれない。


「それが良さそうだな、採用」


 他にもアネッサさんが半笑いで調合するシーン、モーリアスさんが酒瓶と美女を並べるシーンなども追加された。


「よし、写真は揃った。ここに以前、求人の為に用意した文面を組み合わせてみよう」


「こ、こうですかね……」


「うむうむ。そして最後に魔法の言葉を追加しよう」


「この辺、ですかね」


「よし、完成だ! 中々の出来栄えではないか!」


 魔王様も絶賛するだけあって、確かに劇的な変化が見て取れた。


 まずは黒一色に塗りつぶされた背景に、白抜き文字で社名が出る。続けて、魔王様が青い血を浴びながら笑う写真があり、次の文面が載せられた。


「来たれ、人間の雄よ。我ら魔界の民は血気盛んなる者を求める」


 画面を下に送ると、エレンさんの良い顔が表示された。大鎌を振るいながら微笑むものだ。


「まぁいきなりだと不安よね、でも心配しないで。魔界での作法から魔法の扱いまで、じっくり丁寧に教えてあげるから」


 その次はモーリアスさんの番。数多の美女を侍らせ、酒を片手にこう語る。


「一旗あげるてぇならウチに来い。だが前線に出る時は功を焦るな。飛龍や大蛇、キメラにゴーレムと手強い敵が盛り沢山だ」


 最後にアネッサさん。調合に成功し、綺羅びやかな光を放とうとする瞬間の写真が押し出される。


「まずは我らと契約を。魔王軍は前線部隊から後方支援隊まで、幅広く才を求め続ける」


 その後には戦闘技能だのと書かれた募集要項、そしてお問い合わせ。だがそこでは終わらない。最後には秘策とも言える、魔法の言葉が載せられるのだ。


 ※写真はイメージです、と。


「どうだ、完璧な仕上がりだろう!」


「確かにこれなら、懸念点の全てが解決してますね……」


 しかし僕の胸は、成功とは程遠い想いで満たされたし、叫びたい衝動にも堪えきれなかった。


「だからこれじゃ、どう見てもゲームイベントの告知ですから!」


 ちなみに来訪者はグッと増えた。その日の内にページビューは三桁を越え、問い合わせこそないものの、認知度はジワジワと増していった。


 そのせいで危うい写真の数々を、引き続き掲載する事態になってしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る