伊織が自室に戻ったと知らせを受けた玉城はなるべく早く仕事を終わらせて部屋に戻った。とはいえ時計はすでに1時をまわっている。もう眠っているだろうと静かに部屋に入ると、布団の中から「おかえりなさい」と声が聞こえた。

「起きていたのか」

「昼間寝すぎて、変な時間に目が覚めてしまいました」

苦笑した伊織がゆっくり体を起こす。玉城はそばに座ると伊織の体を後ろから抱くようにして支えた。

「部屋が変わって疲れてはいないか?」

「大丈夫です。むしろよく休めます」

そう言って微笑む伊織に玉城は「そうか」と笑った。

「玉城、仕事は大丈夫ですか?ひとりでやらせてしまってすみません」

「気にするな。壱号館の改修業者が帰った後は佳純にも手伝ってもらっている。九郎と菖蒲も手伝ってくれているから何も心配いらない」

「そうですか」

ひとりでやっているわけではないと聞いて伊織は安心したように息を吐いた。

「玉城、聞きたいことがあるんですが」

「なんだ?」

玉城が顔を覗き込んで尋ねると、伊織は躊躇うように視線を泳がせた。

「あの、稲荷神さまが、ややこを見たいとおっしゃっていましたけど、私は子が産めるのですか?」

思わぬ問いに玉城は目を丸くし、クスクス笑ってぎゅっと伊織を抱き締めた。

「妖同士であれば男が子を成すこともある。伊織は元々鬼の血を引いている。気付いているかもしれないが、稲荷神さまの加護を受けたことと、徨葵殿の力を与えられたことによって、お前の体は今、鬼に近くなっている。そして、俺とも交わっているからな。徐々に人から妖に変わっていく。そうなれば、子を孕むこともできる」

玉城の言葉に伊織は静かにうなずいた。

「なんとなく、体が前とは違うことには気付いていましたけど、そうか、私はあなたの子を生めるのですね」

はにかむように微笑んだ伊織が体をよじって玉城の胸に顔を埋める。玉城は優しく伊織の髪を撫でた。

「私は、ずっと不安だったんです。いつか、あなたを残して寿命が尽きることが。きっと、お母さんもこんな思いをしたんだろうと思うと、悲しかったんです。でも、私が妖になれば、長い時間あなたのそばにいられる。あなたの子を成せる。それが、とても嬉しいのです」

そう言って顔を上げた伊織の目には涙が光っていた。

「今まで気に病んでいたのだな。雪音殿は人間だったからできなかったろうが、伊織は半妖だ。寿命も人間よりずっと長い。俺は最初から伊織を手放すつもりなどなかったよ」

「そうなのですか?」

驚いたように言う伊織にうなずいて、玉城はそっと唇に触れるだけの口づけをした。

「お前の肉体の老化はもうそろそろ止まるだろう。伊織、これから先も、ずっと俺のそばにいてくれるか?」

「もちろんです。私の伴侶はあなただけです」

玉城の言葉に伊織の目からぽろぽろと涙が流れる。玉城はその涙を舐めとると伊織を抱き締めて再び口づけをした。


 伊織が自力で動けるようになるまで1週間、以前のようにとはいかずとも、軽い鍛練をできるようになったのは約1ヶ月後のことだった。その頃には壱号館の改修も終わっていたが、蘆谷道満がいつまた来るとも限らないので、壱号館の休館は続いていた。

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