②
呉服屋を出たあと、伊織がたまに行くという店で昼食を摂り3人は憩い湯に帰った。
「今日はありがとうございました」
「いえ、こっちこそお昼ご馳走になってすみません」
「普段行かないようなとこばっかだったんで楽しかったです」
良介と東吾がそろって礼を言う。伊織はそのうちまた行こうと言って微笑み自室に戻っていった。
伊織の自室は従業員の居住区画のさらに奥にあった。玉城の部屋も一応隣にあるが、玉城はいつも伊織の部屋に帰ってきていた。
その日も日付が変わって午前3時という時間に玉城は部屋に戻ってきた。壱号館は0時までの営業だが、弐号館、参号館は場合によっては朝方まで開けている。3時に戻ってくるのはまだ早いほうだった。
「おかえりなさい…」
床についていた伊織が気配に気づいて目を覚ます。玉城は羽織っていた着物を脱いで伊織のそばに膝をついた。
「起きんでいい。寝ていろ」
「ん、すみません…」
頭を撫でる玉城の手に甘えながら伊織が目を閉じる。玉城は慈しむように頬を撫で、そっと額に口づけた。
「玉城…」
伊織の口から夢うつつな声で名を呼ばれる。玉城はそれに応えるように髪を撫でてから立ち上がり、着替えを持って部屋に備え付けの浴室に入った。
一度うとうとと眠りについた伊織だったが、浴室から聞こえるシャワーの音でまた目が覚めた。元々ショートスリーパーなこともあり、玉城が風呂から上がってくる頃には起き上がって茶をいれていた。
「なんだ、完全に起きてしまったのか」
「ええ。今日は何も変わったことはありませんでしたか?」
伊織が湯のみを渡しながら尋ねると玉城は「ああ」とうなずいた。
「特に問題はない。お前は今日は出掛けてきたんだろう?」
「ええ。これを受け取りに」
にこりと笑って伊織が立ち上がる。そのまま隣の部屋の襖を開けると、そこには今日受け取ってきた着物が衣桁に掛けられていた。
「これは見事だな」
「あなたに似合うと思って、仕立ててもらいました」
伊織の言葉に玉城は軽く目を見張った。
「お前が俺に内緒で着物を仕立てるのは初めてじゃないか?」
「もうすぐ、あなたがここに来た日ですから。何か記念になるものをと思って」
少し照れくさそうにしながら言う伊織を玉城はぎゅうっと抱き締めた。
「ありがとう。ふふ、小さい子どもと思っていたものが、いつの間にかこんな粋なことをするようになったか」
「いつまでも子どもではありませんよ?」
玉城の腕の中で伊織はクスクス笑う。そのまま少し背伸びして玉城の唇にキスをした。
「それに、子どもにはこんなことしないでしょう?」
「そうだな」
啄むように甘いキスを繰り返しながら玉城は伊織を姫抱きして、さっき伊織が起きたばかりの布団にふたりで身を沈めた。
数日後、憩い湯には赤から黒へのグラデーションの生地に金の揚羽蝶が舞う着物を羽織った玉城がいた。華やかな着物を着こなす玉城の表情はいつになく穏やかで甘いものだった。
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