勇者と魔王のあれやこれ
かなぶん
番外編
どこかにある、どこにもない場にて、二つの影が対峙する。
向かい合う間には盤が一つ。
盤上には無数の駒が存在している。
と、影の一つが駒を一つ移動させた。
倣うようにその駒の後ろが、ぞろり隊列を組んで移動する。
意思を持ったような駒の動きを見届け、駒を動かした影が満足げに笑む。
これを受けて、もう一方の影が唸り声を上げた。
「待っ」
「『待った』は、なしにしてもらおうか?」
聞き取り安い唸る影の声に対し、笑む影の声はくぐもり濁っている。
先を遮られ、影の唸りが低くなる。
長考。
喉の奥で笑う影の存在も忘れ、唸り続ける影。
どれほどの時、そうしていたことか。
全く飽くことなく、二つの影は対峙し続けた。
長考に次ぐ長考。
そしてようやく、おそるおそる唸る影側の駒が動いた。
と、置いた瞬間に相手側の駒が半数近く消えた。
にやり、唸りが消える。
相手の顔を今度は自分が余裕を持って見ようとしたのか、穴が開くほど見つめていた盤上から視線をはずし、
「!」
己の失策を知る。
笑んでいた影はその笑みを更に深くしていた。
「終わりだな」
また盤上に戻れば駒が全て消えていた。
無論、唖然とする影の側だけが。
変えようのない負けの事実に、敗北者の影が身体を後ろへ投げ出す。
ギシ……
椅子が心情を表すような悲鳴を上げた。
対する勝者の影はクツクツ喉で笑う。
「はて、これで何勝目だったか忘れてしまったなぁ」
「嫌味な奴だ……何勝どころか私は一度たりとも勝てたためしがない」
「ふむ。素直に負けっぱなしを認めた方が良いのではないか?」
にやにや笑う顔に、引き分けたことすらない影はぐぅの音もでない。
「だが、あちらでは私の方が強い」
「まあそうだろう、多勢に無勢だ。こちら一人にお前たちは世界を武器とする」
少しも揺るがぬ影に、
「お前も似たようなモノだろう? もっとも使役する場所がだいぶ違うが」
返せば一瞬笑みが止まり、口が裂けるほどに横へと釣りあがる。
「ならば、今一度勝負しようではないか。もちろん、あちらで」
「いいだろう。さて、これで私は何勝目になるのだったか?」
「……嫌味な奴だ」
言い捨て互いに席を立つ。
双方共に笑みを浮かべ、背を向け合い、真逆へと歩みゆく。
盤上の駒を全て失いし影を“勇者”といい――――
――――盤上の駒を勝利に導いた影を“魔王”という。
幾度目かの勝負の火蓋が、こうしてまた、舞台となる世界の外で切られた。
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