絵と少女 002
あの人と一緒に絵を描き始めて約2年が経った頃、小学校の卒業式から帰って公園で絵を描いていた。
黙々と木々の中にあるベンチで木漏れ日が差す公園の風景を描く。
「しょーねんっ!」
「いきなり後ろから現れないでくださいよ」
背後から大声で呼び、驚いて腰抜けている僕の顔を見て面白がってくる。
「驚かすのやめてくださいね。心臓止まるかと思いました」
「もう立派な男だろう?それぐらい平気でなくちゃやってけないと私は思うんだけどな〜」
毎度のこと冷やかしてくる。
年下だから舐めているとしか思えない。
「志倉さん、早く描き始めましょう」
「はいはい」
志倉さんが僕の隣に座る。
志倉さんは中学生のお姉さんで、絵のことを丁寧に教えてくれる。
今回は鉛筆と練り消しで木々や野原が風に靡いているのをどう表現するか。
そんなことを考えながら描いていた。
描いている途中、一瞬気が散り、ふいと志倉さんの顔を見るとさっきふざけていたことが嘘だったかのような表情で描いていた。
その集中している顔は凛々しく、つい見惚れてしまった。
いけない。いけない。
絵に集中しなければ。
「へぇ〜。君にはこう見えてるんだ」
志倉さんが僕の絵を覗いて言う。
「そんなじろじろ見ないでください」
「え〜〜。君の絵好きだけどな〜」
いつもこんな僕の拙い絵にそう言ってくれる。
僕より志倉さんのほうが心引く絵を描いているのに。
少し話した後、お互い集中して描き進めた。
描き終わる頃には、いつの間にか日が沈みかけていた。
「今日はキリが良いし、ここらで終わりにしましょう」
志倉さんは余程集中していたので、体をほぐすため背伸びをして立ち上がった。
「今度はどこで描くんですか?」
「う〜〜〜ん。詠水山にでも登ってみようか」
「良いですね。あそこなら都会の街並みも見渡せますし」
こうして、一緒に描く約束をしていたのだが、3日間に及ぶ生憎の雨により約束が延期になってしまった。
連絡を取り、雨が止んだ次の日に約束をした。
約束してから4日後。
詠水山の麓の待ち合わせ場所に向かったが、志倉さんがまだ来ていないのかそこにいなかった。
1時間近く待ったが来ず、既に山の上でデッサンをしているのかと思い、山に入り探すことにした。
登山道を歩いて数十分探し続けたが、どこにも見当たらない。
そうこうしている内に、雨が降り始めた。
「今日は1日中晴れって言ってたのに」
山を降ろうと思い引き返そうとした………瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
山から勢いをつけて大量の土砂が流れてきた。
あっ……死ぬ。
そう思った時、背後から誰かに押された。
「少年っ!」
押されて倒れる途中、あの人の声が聞こえた……。
「………んんっ」
目を開けるとそこは真っ暗だった。
体も動かない。
どうやら土砂に巻き込まれたようだ。
『おいっ!お主聞こえるか?』
誰かわからない声が直接聞こえてくる。
幻聴を聴くとは本当に死ぬらしい。
『聞こえるなら返事をしろ!全く最近の若いもんは返事のひとつも出来ぬか。なら勝手に入らせてもらうぞ』
変な声と共に、体に何かが入ってくる感触があった。
『お主の体頂くぞ』
土砂崩れに巻き込まれてから1週間ほどが経った。
あの日死んだかと思われた僕はほぼ無傷で救助された。
医者も奇跡だと言っていたほどだ。
今日の診察で何もなければ退院する予定も決まっている。
しかし、あの場にいた彼女は意識不明の重体。
僕のせいで彼女があんな目にあってしまった。
『そうだっ!お主のせいであの小娘は巻き込まれたんだ!』
あの事故の後からずっと脳内で変なやつが語りかけてくる。
そして、視界にはこの世のものとは思えないものが目に映る。
『どうだ?我にその身を預ければ楽になれるぞ』
「お前は一体何者なんだ?」
『我は猫神。お主のおかげで霊体を維持できておる。つまりお主と我は一心同体という分けだ』
志倉さんが意識不明になり、猫神とやらが脳内に響き、もうついていけない。
「僕の体を乗っ取りたいんじゃないのか?それとも何か乗っ取れない理由があるのか?」
『…………』
質問すると、急にうるさかった奴の声が止んだ。
しばらくして、診察が済んだ後、僕は退院した。
だが、僕はあれから1度も絵を描いていない。
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