第4話 臨界者
「見えるか!?」
階段を駆け下りて、モニターを睨むケネスに声をかける。ケネスはこちらを見ずに言った。
「やはり動きが速い。撃ち落されてから即座に体勢を立て直し、民家を移動しながらこっちに接近している!」
思った通りだ。民家の中のカメラは特に隠されていない。だから相手にも屋根の下がカメラだらけだと分かっている。
ならばもう、姿を隠さずに突貫でこちらを襲撃するつもりだろう。
俺はこの時のために整備していたアサルトライフルと弾薬を手に取った。同時に、予備の拳銃が腰に差してあるのも確認する。正直もっと装備を持っていきたいが、多過ぎて身動きが難しくなるのも命取りだ。
装備を確認し、入口へと向かった。同時に、ケネスが同じようにライフルを手に取ろうとするのを手で制する。
「何故だ!?」
「奴の動きは速い。モニターを見て俺に奴の位置を知らせろ!」
「しかし!」
「奴の狙いは俺だ!俺が決着をつける!」
尚も抗議しようとするケネスを睨みつける。そうして、俺は尖塔を後にした。
尖塔前の広場まで走る。奴の姿は見えない。
前に観た奴の運動神経であれば、もうとっくにこちらに来ていてもいい筈だ。そうではないということは、どこかで待ち伏せているのだろう。
「不意打ちが好きな奴だ……!!」
『尖塔の正面にある民家だ!だが今はカメラの死角にいる!!』
ケネスの言葉に、俺は躊躇わず広場を横切って、視線の先にある民家に躍り込んだ。
ライフルと懐中電灯を構えて、前方に進んだ。夜の闇が覆う民家の中を、ライトの光が照らす。臨界者は、尖塔の屋上から見た奴の落下位置から考えて、ここからそう遠くない場所にいる筈だ。
廊下を曲がった瞬間、床を何かが転がる音がした。
視認する前から、床でバウンドするその音が手榴弾だと俺は気づいていた。
窓の無い窓枠に飛び込む。一瞬後に、建物内で轟音が響いた。
砂埃が巻き上げられる中、起き上がろうとした。だがその前に、月明りを遮る影に気づく。
「チィ!!」
いつのまにか民家の屋根に上がっていた奴が、ナイフを構えて飛び降りたのだ。
振り下ろされるナイフを転がって躱し、即座に立ち上がる。
そうして、やっとまともに奴の姿を捉えた。アンダーウェアから防弾チョッキ、バックパックに至るまで、全身を黒い装備で包んでいるのは昼間見たのと同じだ。顔は暗視ゴーグルで見えない。
そして、こうして冷静に対峙できる時を待っていた。他に邪魔者もいない今の状況なら、俺が持ち得た能力を使用できる。
俺は、かつてヴィサロを暗殺する際、その護衛に使ったように、念動力を使用した。
徐々に、奴の身体が苦しそうに歪み、遂に地面に膝を落とす。今奴は、頭を万力で締め付けられるような激痛を感じている筈だ。
苦しそうに、奴の左手が俺に向かって伸ばされる。
いや待て、様子がおかしい。
その瞬間、奴の左手人差し指から、弾丸が飛んだ。
「ぐっ!!?」
寸前に気づいたお陰で、胸に直撃するのは避けられた。代わりに肩に当たったが。
しかし、弾丸は小さい。それでも痛いが、戦闘中ならアドレナリンでごまかせる。
俺は奴の姿を見た。俺に向かって延ばされた左手の人差し指、そのグローブの先に穴が開き、煙がそこから立ち上っている。
予想外だ。事前に聞いていた臨界者の情報から、常人離れした身体能力までは想像できていた。だが、まさか拳銃付きの義手とは。
しかし、もう騙されない。俺は奴の左手に注意し、再度念動力を掛けようとした。
「がっ……!!?」
その瞬間、凄まじい激痛が俺の頭を襲った。
「あ、ぐぅ……何だ……!?」
集中できない。これでは念動力が使えない。
相手はそれを予期していたかのように、動じないまま立ち上がる。それを見て、俺は悟った。肩に食い込んだ弾丸の正体に。
俺はかつて獲得者を暗殺する際、技術者のマーカスに獲得者対策の装備を用意してもらった。それと似たものを、ロシアも開発していたということだろう。
マーカスは言っていた。獲得者は能力を使用する際、ソラリス元素と呼ばれる特殊な元素を発生させるという。
だがどんな能力者も、能力を使用する際――すなわちソラリス元素を発生させる際、必ず頭で考える筈だ。どこに、どう能力を使用するか。
ならばこの弾丸は、獲得者がソラリス元素を発生させようと脳を働かせる、その電気信号を妨げる効果があるということか。
やられた。俺は胸中で憤った。
相手は俺に向かって進みながら、顔を覆っていた暗視ゴーグルを外し、その場に落とす。
口元は黒い布で覆われているが、それより上の部分が露になった。坊主頭に細い顔の輪郭。蒼い瞳に、金色の長い睫毛。
「女!?」
その瞬間、相手は腿にバンドで止められていたナイフを取り出すと、一気に俺の方へ襲い掛かってくる。かろうじて突き出されたナイフを避け、俺はその腕を取った。
「っ!?」
取ったと思った瞬間、相手が地面を蹴り、俺の視界から消える。いや、まだ腕は離していない。それを認識した時には、既に相手が俺の肩の上に乗っていた。
「うぉぁっ!!」
そのまま、ジャーマンスープレックスで投げ飛ばされる。砂に塗れた民家の窓枠に身体がぶつかり、そのまま民家の床へと衝突した。
どうやら、再度民家の中へ入ったらしい。立ち上がろうとして、既に奴が窓を乗り越えて俺に迫るのが分かった。
「っ!!」
振り下ろされるナイフを、その腕を掴んで止める。ナイフの切っ先は俺の胸、つまり心臓に向いていた。
どうやら、これで相手は勝負を決めるつもりらしい。片手で掴んでいたナイフを両手で掴み直し、俺の力を押しのけようとしている。
最初の勝負では念動力を上乗せしてナイフを止めることができた。だが、どうやら純粋な腕力では、俺より奴の方が上だ。
ジリジリと、ナイフの切っ先が胸に迫ってくる。
駄目だ、このままでは死ぬ。
「ジェリコ!!」
ケネスの声が響く。その途端、ナイフを掴む力が弱まるのが分かった。
どうやら、モニターを見ていて俺の窮地に待っていられなくなったらしい。ライトと拳銃を握り、俺の方に駆け寄ってくる。
「ぐっ!?」
いきなり強い力で引っ張られ、身体が起き上がった。そのまま、首元にナイフを突きつけられる。臨界者はケネスの銃から盾にするように、俺の背後にいた。
「……ナイフを捨てろ」
ケネスが銃を向けたまま言う。臨界者は俺の首にナイフを突きつけたまま動かない。
膠着状態だ。少なくとも、この場で一番死に近いのは俺だろう。
このまま殺されるくらいなら、反撃に転じるしかない。首の動脈を裂かれるのを覚悟して、そう考えた時だった。
ガシャンと、甲高い音が後方で鳴り響いた。
一瞬奴がそれに気を取られたのを、俺は見逃さなかった。
「おらぁっ!!」
俺に突き付けていたナイフを掴む腕、それを取り、そのまま背負い投げで壁に叩きつける。再び砂埃が舞い、建物が揺れた。
良く見れば、先程の手榴弾で土壁にヒビが入っている。先程の衝撃音も、壁の一部が崩れたことによるものだろう。
舞い散る砂の中で、急に飛んできた蹴りが俺の頬に炸裂する。それでも俺は、相手の腕を離さなかった。
カチリ、とピンを抜くような音が響く。
背筋が震えた。まさか、この状況でまた使うつもりか。
目の前の相手が、急に腕を突き出す。
予想通り、その手にはピンを抜いた手榴弾が握られていた。
「ケネス!離れろ!!」
そのまま相手が手を放す。手榴弾が床に落ちる音が響いた。
そこまでされては俺も相手の腕を離すしかない。俺は床に落ちた手榴弾を蹴り飛ばし、再び窓枠から民家を脱出した。
轟音がその場に響く。
「ケネス、どこだ?」
俺の呼びかけにケネスは答えない。脱出した窓枠から民家の中を覗くと、衝撃で天井が崩れ落ちているのが分かった。
先程と合わせて2回、内部で手榴弾が爆発したのだ。それで遂に崩れたのだろう。
俺が遮蔽物にした壁も、下手すれば壊れていた。どうやらこの村の建物はかなり老朽化しているらしい。
辺りを砂埃が舞い散り、ケネスも臨界者の姿も見えない。建物の崩落に巻き込まれたのだろうか。
「……ん?」
視界に入ったものに、俺は声を上げざるを得なかった。
崩れた壁や天井。その瓦礫。その中に、黒い穴が見えたのだ。
「何だ?」
周囲に敵の姿がないことを確認し、瓦礫の中を進む。そうして、その黒い穴の淵に立った。
天井が無くなって月の光が入ったせいか、かろうじて底が見える。綺麗な床のようだ。建物2階分くらいの高さはある。
俺の足音が底の方で反響していて、かなり広い空間に思えた。
「どうなってる?」
その瞬間、横合いから瓦礫の崩れる音が聞こえ、反射的にそちらに視線を向けた。
臨界者が、俺の落としたライフルを持って俺に向けている。
「くっ!!」
半ば身体が自動的に動き、俺は穴の中へ身を投げた。
穴の中から、月の光が覗いている。
その近くに俺を狙う臨界者がいる。警戒しながら、俺は暗闇の中へと慎重に後退した。
ここがどこなのか分からないが、少なくとも人はいない筈だ。もし何者かがいても、この半日地上に出てこない筈がない。そして地上は、ケネスの説明していた監視カメラと動体センサーが動いていた筈なのだ。
とはいえ、この地下に食料が無いという前提での推理だ。何者かがここに食料を溜め込んで、長期間潜伏していた可能性だって十分にある。この地は多数のテロリストが住まう中東なのだから。
俺は臨界者の存在を警戒して月の光が覗く穴を見ながら、その一方で闇の中にも目を凝らす。
砂で覆われていた地上とは打って変わった環境だ。床は滑らかで、空気中にはかすかに何かの薬品の匂いがする。
目を凝らすと、荒れ果てたベッドのようなものが多数見えた。
「ここは……」
破れたカーテンや、散乱した瓶。まるで廃病院だ。
足が何かにぶつかり、金属音が鳴る。よく見ると、大きなゴミ箱に見えた。
中を覗いた瞬間、背筋を寒気が走る。
使用済みの注射器が、大量に投棄されていたのだ。中には、乾いた血のようなものも見える。
『彼らは、自分の家に帰れたんだ』
こんな時に、ケネスの言葉が脳裏に蘇った。
ここは何だ?何故地下にこんな所が?ここで何が行われていた?
ケネスは言っていた。アメリカとヨーロッパ諸国が、超越者から匿うために、選りすぐった獲得者をこの地に送っていたと。
嫌な想像が、頭の中に浮かんできそうだった。
静まり返っていたので、着地音が響くのが分かった。
見ると、天井に空いた穴から、臨界者がここへと着地している。それを見るなり、俺は即座に近くのベッドの陰に身を潜めた。
暗闇にいたお陰か、俺には気づいていないようだ。臨界者はライフルを構えると、静かにこちらへと歩みを進めてくる。
ベッドは二列に並んでおり、俺は一番手前のベッドの陰だ。そして奴は、列の間に向けて歩みを進めている。
ならば、ここに居ればいずれ奴に見つかるだろう。どう動くべきか。
そう考えていた時だった。
奴は、急に速度を速め、走り出した。
ブーツが滑らかな床を踏みしめ、独特の音が響く。そのまま恐るべき速さで、俺の居た場所を通り過ぎ、そのまま奥まで駆け抜けた。
床を踏む音が消える。奴の姿は、闇の中に紛れて見えない。
その瞬間、俺は奴の意図に気づいた。
奴が地上からここへと着地した時点では、俺は奴の位置を把握しており、そして奴からは俺の位置が分からない。
だから、俺に奴を見失わせたのだ。
しかし、それでも五分だ。奴も俺も、互いの位置が分からない筈――
「
いつのまにか、俺の数メートル後ろに奴が立っていた。ライフルを構えて。
よく見るとその目元には、先程脱ぎ捨てていた暗視ゴーグルが嵌められている。俺を探すよりも、俺から見失わせる方を優先した理由はこれだったのだ。
反射的に、ベッドを曲がりながら拳銃を乱射する。しかし、奴がライフルを撃つ方が早い。
「ガハッ……ゴホッ……」
ベッドを回り込み、そこで俺は血を吐いた。
胸に数発食らっている。防弾チョッキのお陰で防げたが、それでもその衝撃は内臓にダメージを与えていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
駄目だ、動き続けろ。悲鳴を上げる身体を鞭打って、俺はベッドの陰に身を伏せながら走り抜ける。
もう奴は走ってはこない。俺を見失わない程度に足を速め、歩いてくる。
恐らく、理解しているからだろう。奴はまだ傷一つ付いていない上に、ライフルとナイフを携えている。対して俺はライフルの掃射を浴び、決して小さくは無い負傷だ。
「はぁ……はぁ…!」
俺の吐血を奴も認識しているだろう。そしてこの静まり返った空間で、満身創痍となった俺の吐息だけが木霊している。
もう俺に勝ち目はない。俺も奴も、それを認識している。
仕方ない。覚悟を決めろ、ジェリコ。
「はぁ……はぁっ……うおおおおぉぉぉぉぉ!!」
俺はベッドの足を掴み、渾身の力で持ち上げた。
そのまま、臨界者へ向かって放り投げる。放り投げているつもりだが、実際は持ち上がったベッドがそちらに倒れたというだけだろう。
ベッドが倒れて周囲の物にぶつかり、派手な音が地下に響き渡る。
そして、俺は――奴が一瞬、驚愕したのが分かった。
そのまま、地面を蹴る。最後の力を振り絞って突進し、その腰にタックルを見舞った。
ライフルがどこかへ転がり、吹っ飛ばされた臨界者へ、俺はそのまま馬乗りになる。相手の暗視ゴーグルをむしり取り、その顔面に向かって拳を振り下ろした。
「ぶはっ!!?」
次の瞬間、振り下ろした拳を掴まれ、引き込まれた俺の顔面に奴の額――頭突きが炸裂していた。
血が両の鼻から噴き出すのが分かる。息ができない。鼻骨が粉砕されたのが分かった。
のけぞった瞬間、奴が俺の拘束から逃れようとする。その手が床に落ちたライフルへと伸びるのを、目の端で捉えた。あの手が届いたら、一巻の終わりだ。
鼻の激痛に耐えて口から酸素を取り込みながら、俺は逃れようとする奴の足を掴み、そしてその首を掴もうとした。
だが奴の動きの方が早い。俺が逃がさないようにしているのが分かると、今度は体勢を変える。
奴の首を掴もうとした俺の腕を避け、逆に俺の背後に回ると、その両腕で逆に俺の首を絞め上げた。
「ぐ……かはっ……!!」
頭が酸素を求める。
両手に力を振り絞るが、奴の両腕は解けなかった。
もがこうとする両足は、もう力が入らない。
駄目だ、今度こそ死ぬ。自然と、俺は周囲を手当たり次第に探っていた。
何かが手に当たった。重くも軽くもない、細長い何か。
もう、この手段しか思いつかない。俺はそれを握りしめると、最後の力を振り絞って奴の顔面に突き刺した。
「はぁっ……はぁっ……ゴホッ」
肩で息をして、口内の血を吐き出しながら、倒れている臨界者から距離を取る。力を振り絞って、落ちているライフルを拾った。
さっき俺が手にしていたのは、先程ゴミ箱に大量に入っていた注射器だった。
気づかなかったが、ベッドをひっくり返した時にゴミ箱に当たり、中身がその場に散乱していたらしい。
その一つを手に取り、奴の顔面に突き刺したのだ。最初はどこに刺さったのか分からなかったが、どうやら右の眼球に突き刺さったらしい。
生きているかどうかは分からない。脈を確認するにも休むのが必要なほど、今の俺は消耗していた。
「どこかで……休まないと……」
出口が分からない上に探索する体力も無い。俺は、よろよろと地上まで空いた穴の方に歩みを進めた。
ケネスは生きているだろうか。運が悪ければこの穴を開けた手榴弾と、それによる民家の崩壊に巻き込まれて死んでいるかもしれない。
尚も進もうとして、俺は足を止めた。
「もう、やめろ」
振り返る。
右の眼球に注射器が突き刺さった臨界者が、尚も立ち上がっていた。
顔の右側が流れ落ちる血で覆われている。針だけでなく、注射器そのものが右目に突き刺さっていた。あの深さは脳まで達している筈だ。
だがその目は死んでおらず、殺意の籠った視線を俺に向けている。
「超越者のために死ぬのか」
無駄だと分かっていても、俺は自然とそう話しかけていた。
「
ロシア語の言葉が返ってきた。一応ロシア語は聞き取りも発音もできたが、今の疲労困憊の頭では聞き取りだけで精一杯だ。だがそれは、相手も同じようだった。
そしてその一言で、彼女がどんな人生を送ってきたのか、分かったような気がした。
「祖国は、お前のことなど気にしないぞ」
「
「そうかよ……!」
それが言葉を交わした最後だった。一瞬の沈黙の後、奴が突撃を開始する。
俺はライフルを発砲するが、その瞬間に奴は地面を強く蹴り、跳躍した。
「っ!?」
空中で体勢を変え、右足による蹴りが放たれる。咄嗟にライフルを盾にして防御した。
横に構えたライフルのほぼ中心に体重をかけた蹴りが炸裂し、その銃身が軋みを上げる。体勢を崩さないように踏ん張り何とか倒れずに済むが、その瞬間に相手がそこから重心を変えるのが分かった。
掬い上げるように、相手の左足がライフルの下部を引っ掛け、上方向に吹き飛ばす。
固定していた負い紐ごとライフルが宙に放り出され、奴は空中で一回転しながら着地する。ここに来る前に見た新体操染みた動きは、片目が無くなっても健在だった。
しかし、俺は相手が着地する間に、宙に飛んだライフルを掴もうとしていた。
「ぐぅっ!!」
ライフルは、俺と奴のどちらも掴んでいた。幸い引き金に指がかかったのは俺だったが、相手の力のせいで銃身が上を向いている。
そして、引き金にかかった俺の指を相手が上から押さえつけ、引かせていた。
銃声と衝撃。臨界者を捉えられないままに、銃弾がライフルから吐き出されていく。
そして俺は引き金に注意を向け過ぎた。次の瞬間、相手はライフルのマガジンを取り外してしまったのだ。
ライフルは弾が尽きて銃声が無くなり、そのまま奴の力で投げ捨てられる。
俺はライフルから手を離しながら、奴と距離を取った。先程数発撃ったが、まだ拳銃の方は弾が残っている。
俺は拳銃を手にした。ほぼ同じタイミングで、奴もナイフを手にする。僅かに離れたとはいえ、互いに殺せる距離。
俺と奴は同時に動いた。
逆手に持ったナイフで、奴は俺の頸動脈を狙う一撃を繰り出す。
ほぼ同時に、俺は――
手に持っていた拳銃を、投げ渡すように相手に放った。
「!!?」
ほんの一瞬、相手の動きが止まる。その瞬間、俺は腰を屈めて薙ぎ払うように相手の足に蹴りを加えた。
足元は完全に注意の外だったに違いない。いや、注意を向けているほど余裕が無かったのか。
体勢が崩れた相手の頭を掴んで、床に叩きつけた。
眼球に刺さった注射器の底が、床に当たるように。
相手の身体が痙攣する。今度こそ、脳に深く突き刺さったからだろう。
血だまりが広がっていく。
俺は倒れ伏す臨界者の、残った左眼を見た。その眼は、もう何も見てはいない。
静かにその瞼を閉じて、俺は立ち上がった。
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