第28話「4亡」
僕の位置からでは二人の様子は伺えない。
けれど、ナイフが空を切る音。
そして、地面を大きく踏んだ音が聞こえてくる。
そして、数秒後には僕の視界の中にルリが降り立つ。
「ちょこまかと逃げるだけでは私は殺せませんよ?」
完全に僕の存在はないものとされているようで、僕の横をVが素通りしていく。
真っ黒な全身に、怪しく光るナイフだけが異彩を放っていた。
「……逃げる? あなたを殺すのに、なんで逃げるの? わたしは距離が欲しかっただけ」
そう言うとルリは前髪を上げた。
整った顔立ち、文学少女というイメージがなければ誰もが見惚れるほど。
その顔の中でも一番特徴的なのは、その瞳だった。
肉食獣の様な縦長の黒目。ただし、色は黒ではなく煽情的な赤。
吸血鬼という存在をたったそれだけで信じさせる程、人間離れした魅力があった。
「……自害しなさい」
「ふははっ。何を言っているのですか? ん? あれ?」
Vは素っ頓狂な声を上げながら両手で顔を持つ。
「んん? おかしいですね。なぜ、私はこんな行動――」
――ぐきゃりっ!
聞いたことのない音が響くと同時にドラキュラハンターVの頭が540度回転した。つまり一周半だ。
異様なことにそれを行ったのは他ならぬV自身の腕によってだった。
確実に死ぬ行動をなぜ行ったのか?
「……初めから、初めからこうしておけばよかった。わたしが、この魔眼を嫌ったから」
魔眼? それがルリの吸血鬼としての能力なのかな?
魔眼なんて、よく物語りでは聞くけど、一口に言っても色々な種類がある。
けれど、この状況を見る限り、なんでも命令できる系の能力なのだろう。
まぁ、それはともかく、これで、Vも倒したし、ルリの安全は保障されたね。
ルリの目には涙が浮かんでいるけど、そんなに悲しまないでほしい。
僕もマスオさんも、キミが生きているだけで嬉しいんだ。
ここに居た意味があったって思えるんだから……。
ああ、ねむいや……。
だんだんと意識が遠のく。
ここまでよく生きていたよ。自分で自分を褒めてあげたいくらいだ……。
薄れゆく意識の中、ドラキュラハンターVの仮面が地面へと落ちる。
そして、こちらへと向いていたVの素顔を今わの際に僕は見ることになる。
「っ!?」
その顔は……。
仮面の下のVの顔は英国人といった風体だが、その顔には既視感があった。
どこかで見たような。そんな曖昧な既視感ではなく、彼の顔はたった今落ちたばかりの仮面に似ていたのだ。
素顔の方がデフォルメされていない分、イケメン度は上だけど、その素顔はまごうことなく。
――ドラキュラ伯爵――
「あ~、面が取れちゃいましたね」
ゴキゴキッと首の骨を鳴らしながら、顔が元の位置へと戻って行く。
「百目木ルリさん。あなたも私を殺せなかった。つまり真祖ではないようですね。実に残念です」
「……な、なんで?」
「それは、もう分かっているでしょう? この顔。この状況。答えは1つしかない。私が真祖。ブラド・ツェペシュ。つまりドラキュラ伯爵だからですよ。あ、それとも日本語が堪能なところですか? これだけ生きていたら語学の3つや4つ出来て当然でしょう」
「……なんで、わたしたちを殺そうとするの?」
「ああ、そちらでしたか、失礼。別にあなたたちを殺そうと思っている訳ではありません。私が死にたいのです。私がなんの真祖かご存じですか?」
「……? 最初の物語としての吸血鬼?」
「ええ、ええ、そう思われるのも無理はありませんが違います。私は最初に弱点を付けられた吸血鬼なのです。つまり、弱点がある吸血鬼が存在する限り、死ぬことはない。ですが、私はありとあらゆるものが弱点なのです。それこそ」
ドラキュラは持っていた銀のナイフを放り投げる。
「これを持っているだけで私は地獄のような痛みを覚え、あなたを殺そうとしている間に3回は心臓が止まり死んでいました。ですが、真祖ゆえに死ねないのです。この体で死ぬには弱点のある吸血鬼を絶滅させるか真祖に私を殺してもらうか。その二択なのですよ」
「……だからシンソゲーム」
「ええ、どちらに転んでも私は死へと近づきます」
「……それでも、真祖なら、死なないなら出来ることは多いはず。その恩恵を享受して生きていく道も」
「そんなものはありえません。あなた、もとから吸血鬼ですね。私は元は人間なのですよ。物語により吸血鬼にされたのです。しかも只の吸血鬼ではなく、弱点を有する吸血鬼。しかも、その真祖。死の苦しみは想像を絶し、未だ痛みに慣れることはなく、永遠の命は親しいものとの一方的な離別を与えるのですよ!
吸血鬼など、すべて、すべて死に絶えればいいのです! 私含め全てっ!!
ゆえに私は
それがドラキュラハンターVだとでも言うように告げる。
「さて、質問の答えはこれくらいでいいですか? では、真祖でもなかった百目木ルリさんには死んでもらいます」
「……来ないで」
魔眼の力を使っているのだろうけど、ドラキュラは足を止めることなく近づいて行く。
「無駄ですよ。その魔眼の力は素晴らしいですが、一度死ぬと解けるようですね。すでに私は先ほどから死に続けているのですよ」
ドラキュラが掲げた手からは血が滴り落ちる。
何かを手に刺しているいるようだ。
「……銀の十字架」
「常に死に続ける相手には無力な能力。それも弱点の1つ。ああ、残念です。今日こそ死ねると思ったのに」
まるで瞬間移動でもしたかのように、ドラキュラはルリの前へと現れると、その細い首を無造作に掴んで持ち上げた。
「真祖は他の吸血鬼を殺せることができる。それは真祖同士でも例外ではない。つまり真祖ではなかったあなた程度なら容易に殺せるということです。弱点を突かなくてもこのまま首の骨を折って絶命させてあげましょう。この残酷な世の中から別れを告げられるなんて、なんて羨ましい」
ぐぐっとドラキュラの腕に力が入るのが分かる。
ルリの苦しそうな表情。
そんな中、僕の目の前は真っ赤に染まると同時にとうとう意識を手放した。
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