第26話「変4ん」
――どぼぉん!!
今まで聞いたことのない鮮明だがぼやけた落下音を聞きながら、プールへと落ちる。
深くまで沈んだのか、電球の光で煌めく水面がキレイに見える。
ああ、光がキレイだ。
プールの冷たさが心地いい。
平時なら、このまま流されてプカプカと浮かんでいたいくらいだけどっ!!
僕は急いで水面へと上がる。
「ぶはっ!! ハァハァ。死、死ぬかと思った」
たっぷりと酸素を取り込んでから、お腹に仕込んでいた聖書を取り出す。
「ここまで見事に回収するのかよ」
半分冗談のつもりで仕込んでいた聖書だったが、その分厚さで見事に弾丸を止めてくれていた。
ただ、撃たれた衝撃はそのまま味わうことになり、このプールに落とされたのだけど。
罰当たりかもとは思うけど、聖書を投げ捨て、水を吸ったブレザーを脱ぐ。
そして、ブレザーに空気を含ませ浮き輪替わりにして楽に水に浮けるようにしてから周囲を伺う。
「あっ、あがっ、あっあっ!」
流れる水の中で、必死に呼吸をしようと水面に顔を出そうとしては沈み。出そうとしては沈みを繰り返すルリの姿を見止める。
「ルリっ!! 今、助けるから!!」
ブレザーを捨てて流れに逆らい泳いで行く。
ルリはどうみても溺れているようで、僕が近づいたのにも気づいていない。
「ルリっ! 岸まで引っ張って行くから力を抜いてくれ!」
けれど、僕の言葉は当然耳に入っていないルリは必死に呼吸しようと暴れるように水を掻いていた。
仕方ない!
ルリの背後から回って体を抱きしめ岸の方まで泳いで行こうとしたが、
「……あかぎ、くん」
助けの手に、ルリは思わず僕を抱きしめる。
ま、まずい!
水中で抱きしめられると、二人とも溺れてしまう。
けど、今さら離すようにしたら、余計パニックになって、更に離さなくなるだろう。
こういうとき用に腹を打ち付けて気絶させる方法があるっていうのは知っているけど、吸血鬼のポテンシャルを持つルリに一般人の僕がやっても意味をなさないだろう。
ルリに掴まれたまま、水中へと落ちていく。
掴まれた僕はもちろん、ルリさえも水面に出ることは叶わず、呼吸が苦しくなったルリはますます大きな力で助けを求めるように僕にしがみつく。
くそっ。僕の酸素もそろそろ限界に近い。
このままじゃ、二人とも溺れてしまう。
「がぼぉお!!」
ルリは息が完全に続かなくなったのか、大きく泡を吐き出し、さらに暴れはじめる。
ルリに掴まれた僕の肩からは赤い液体がプールの中へと染み出ていく。
こうなったら――
(ごめんっ!!)
暴れるルリの唇を塞いだ。僕の口で。
「――っ!!!?」
そして、酸素を送り込む。
少しでも呼吸しようともがいていたのだ、これで少しは落ち着くはず。
案の定。ルリは動かなくなり、そのまま、僕らは水面へと上がり、新鮮な空気を手にする。
「ハァ、ハァ、……ルリ。もう大丈夫だから」
未だにぐったりとしているルリを岸まで引っ張って、プールサイドへ上がる。
「けほっ、けほっ」
ルリは多少水を飲んだようだけど、呼吸もしっかりしているし、大丈夫そうだ。
直に目も覚ますだろう。
「マスオさんと、鋼森は……?」
あの二人も泳げないかもしれない。
あと二回、助けに行く体力があるか? いや、やるんだっ!
僕は周囲を見渡すと、片翼の2メートルはある蝙蝠が目に留まる。
「なんだ。あれ……」
その蝙蝠の足にはマスオさんが捕まれているけど、無表情はいつも通りだとしても、何も抵抗しないでなすがままになっている。
「旦那、もう少しで陸だぜ……。くそっ。もう片手あれば、旦那くらい重くても余裕なんだけどよぉ」
巨大蝙蝠から発せられた声は、間違いなく鋼森のモノだった。
よくよく見ると、頭頂部の毛が逆立っており、モヒカンのように見える。
そういえば、鋼森は蝙蝠の吸血鬼だって言っていたね。
ということは今の姿が本当の姿、本来の能力なのか。
「ぐおぉぉっ!! 重たいっ! 頑張れ! 俺様なら出来るっ!!」
自分で自分を鼓舞しながら、片翼の所為かバランスがとれないようで、右へ左へヨロヨロと羽ばたきながら、なんとかこちらの方へ向かってくる。
そうしてようやくこちら岸へ到達すると、鋼森は蝙蝠の姿のままプールサイドへと倒れる。
羽が広がった状態なので、敷物のようにも見える程に脱力している。
「助かった。礼を言う」
一方のマスオさんはびしょ濡れだけど、涼しい顔をしながら、礼を述べる。
それから、すぐに移動し、ルリの側へと。
本当にルリを守ろうとしているのが分かる。
ルリが守りたいって言ったから僕のことも守ってくれているし。いや、それどころか、基本的にマスオさんは無口だけど、皆を守ろうと動いているよね。
とにかく、これで全員無事だった。
だけど、僕はほっと胸を撫でおろす間より時間を惜しんで、すぐに皆に伝えなくてはならないことがある。
ドラキュラハンターVが居たことを伝えなくてはっ!
「皆、聞いて――」
そのとき、僕の目の前には血を流しながら仁王立ちになっているマスオさんの姿が目に映る。
「えっ?」
「フゥー、フゥー。鋼森、お前のおかげで守れた」
マスオさんのトレンチコートがどんどんと朱に染まっていく。
『ぴんぽんぱんぽん♪』
まるで僕らをバカにしたような気の抜けたあのチャイムが流れた。
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