08話.[いいんだけどね]
「瑞桜――」
「そういえばあのときどうして初対面みたいな言い方をしたの?」
あれも本当なら意味のないことだった。
だって彼は翼のことを前から知っていたからこそ好きになったわけなんだし。
篠崎姉弟だけではなく彼も変なことをしていたことになるんだから聞きたくなるのも無理はないことだと思う。
「先輩も瑞桜に対して隠していただろ? それなら合わせなければ駄目だろ」
「あくまで好きな人優先主義ということですか、あなたも可愛いですね~」
決して揶揄したいとかそういうことではない。
好きな人のために嘘をついたということが可愛いと感じたんだ。
私でも好きな人がいたなら同じようにするかな?
自分のことならほいほい喋れるけど、相手に頼まれていた場合は……。
「他人にあんまり興味がなさそうな感じなのに恋というのは大きな力があるんだね」
色々な変化が出ることは分かっている。
不安になったり、嬉しくなったり、悲しくなったり、怒りたくなったり。
どちらかと言えば悪い方面への感情が大きくなりそうだと未経験者は想像した。
いやだってほら、相手のことが好きならその好きな相手が他の人と楽しそうにしていたときに嫉妬して……しまうんだよね?
なにも漫画とかアニメだけの話というわけでもないだろう。
「他人に興味がないってそれは勝手な決めつけだろ」
「そうだね、ごめん」
寧ろひとりでいるのが嫌なのかなと考えてしまうぐらいには翼や私のところに来ていたか。
教室では友達と楽しそうにやっていたわけだし、なにより、望君とだって一緒にいるんだから。
だからこれも馬鹿な発言だったということで終わってしまう話なのかもしれない。
「それよりそろそろ帰ろっか」
逃げる必要もなくなったからある程度の時間までは時間をつぶしていくのが一番だった。
ただ、なんとなくいまの彼とはいづらい……という理由で言わせてもらった。
留まることにならなければいつも通りの私で接することができるから大丈夫、そこは無問題。
いまはとにかく他に誰もいないところでふたりきりにならないように、んー……、
「な、なんで抱きしめられているの?」
翼への気持ちはその程度なのか! と言いたくなる。
場所も学校の中とはいえ問題のない場所だからいい感じに整っている。
なによりふたりきりならいい的なことを考えたのも私だ、文句は言えない。
それでもこうしてすぐに切り替えられてしまうことや、その相手が私だというのもそれはそれで複雑なんだ。
「後でって言っただろ?」
「……翼への気持ちはどうなったの?」
「もう捨てるしかないだろそれは、先輩は篠崎が好きなんだから」
「えっ」
「はっきり言われた日に教えてくれたよ」
彼はこちらを離してから「好きな人間も教えてもらえてよかったよ」と。
確かに◯◯を好きだから無理と言われた方が納得できるかもしれない。
私だったら間違いなくそっちの方がいいと言えた。
「つか、一応一ヶ月ぐらい経過しているんだぞ、瑞桜基準ではまだ駄目なのか?」
「い、一ヶ月とかで捨てられるものなの?」
仮にこれで私に切り替えたとして、付き合い始めてから『翼の方がよかった』とか言われたら嫌だった。
直前まで好きだった人間と比べないわけがない。
私は私で翼よりも劣っていると知っているからこその問題だった。
笑って流せるような余裕はないから気をつけてもらいたい。
「可能性がないと分かっているのに頑張り続けることなんてできねえよ」
「そ、それこそ他にも一緒にいる女の子がいたらこういうことをしていたんでしょ」
「そんないねえ存在のことを言われても困るな」
今度はこちらの手を掴んで「いいか?」と聞いてくる彼。
……もし変わるのだとしても守ってもらわなければならないことがある。
そして、それをちゃんと相手に言っておかなければならないんだ。
「わ、私と翼を比べないと誓って!」
「誓う、そんなことしねえよ」
「あと……あ、不満を感じたら言わないでいいからそのまま離れてよ」
「それは無理だ、それにそんなわがままな人間じゃないから安心しろ」
そ、そうかな? まあ、そういうことで片付けておこう。
しかし、こんなことは初めてだからとにかく疲れるな。
このままだと駄目になるから今日は帰って休むことにした。
別にいますぐに答えを出さなくても死ぬわけではないんだからこれでいい。
「なんで付いてくるんですかね」
「家にあんまりいたくないんだ、瑞桜は分かっているだろ」
「はぁ、私は気にせずに寝るからね?」
「好きにしてくれればいい」
それでも一応飲み物を渡してから床に寝転んだ。
ブランケットを掛けておけば風邪を引くこともない。
あ、だけどなんとなく今回も上着を借りることにした。
私を疲れさせたんだからこれぐらいのことはしてもらわないとね。
「言っておくけど、他の男子と仲良くさせないからな」
「ぶふっ、そんなこと初めて言われたよっ」
可愛いところだけではなくおちゃめなところもあるんだと分かった。
普段は冷静、クールという感じなのになんかずるい。
ずるいからなんでこう違うのかということを考えながら眠気を待ったのだった。
俊君の声が聞こえた気がしたから近づいてみたらちょうど振ったところを見てしまった。
元々差があるとは分かっていたとはいえ、こうして直視してしまうとお、おうとなってしまうのはなんでだろうか。
「丁度いい、あんたにも言いたいことがあったんだよ」
「な、なんですか?」
うわあ、狙ってやったわけではないけど物凄く怖い顔をしている……。
でも、あの女の子にとっては嫌なことをしてしまったからこれも仕方がない気が。
「あんたと付き合いたいんだ」
「なんでこの流れでなの?」
「はっきりさせておけば告白してくる人間達もいなくなるだろ? そうしたらまあ、すぐには無理でも捨てられるかもしれないだろ」
彼がこうして相手のことを考えているからこそだ。
……だけどいまの流れで告白をされるというのもそれはそれでなんか微妙な気持ちになる。
せめて家とかだったらさあ……と考えてしまうのはわがままだろうか?
「……外にいるときに言ってくれた受け入れるよ」
「あ、まあ……確かにタイミングが微妙すぎるか」
わがままで申し訳ないけど分かってほしい。
一応これでも女で恋に興味がないこともなかったんだ。
無理だからと諦めて片付けていただけで、その可能性が出てきたら普通に変わる。
また、私は彼のことをかなり気に入っているので、そんな相手から求められて嬉しくないわけがないんだ。
ただ、自分であんなことを言ったせいで放課後に近づくにつれて落ち着かなくなってきた。
だって外に出たら関係が変わるということはもう決まってしまっているから。
あの子が今日やめたりしない限りは必ずそういうことになるんだから。
「瑞桜、帰ろうぜ」
「あ、いや、今日はちょっとゆっくりしていこうよ」
「俺は別にそれでいいぞ」
よしよし、せめて十八時ぐらいまでは時間を経過させないといけないからね。
なんというかね、すぐに告白されることになったらドキドキするからある程度余裕がないといけないんだ。
「もう十八時だな」
あれえ? なんでこういうときに限って時間はすぐに経過してしまうのか。
早く終わってくれと願ったときには遅いのにこれではあんまりだ。
風邪を引きたいと願ったときのそれと似ている。
……まあいい、これ以上は怪しまれるから荷物を持って帰ることにしよう。
「続き、いいか?」
「うん」
求めてくれば受け入れると決めたんだからここで慌てても仕方がない。
ぬおー! ってなるのはひとりになってからゆっくりすればいい。
なんで変に抵抗をしようとしたんだろう。
「嫌な顔をしないで付き合ってくれた瑞桜には感謝してる」
「うん」
「不安になるかもしれないけど、絶対に比べたりとかしないから受け入れてほしい」
「うん、そういう約束だったからね」
と言ったけど、私のことが好きってことじゃないよね?
一ヶ月ぐらいが経過して落ち着いたときに私みたいなちょっとちょろそうな人間がいたからキープ、みたいな感じだよね?
そこを勘違いしてはいけない。
「君にとって本命が現れるまでは相手をするよ」
「は?」
「え、だって翼を除けば私ぐらいしか仲良くしている相手がいないからでしょ? あと、振るのもそれなりに疲れるからその対策として――……え」
突っ立つことしかできなくてその場に留まっていたら「馬鹿かよ」と言われてしまった。
いや、ちょ、あれ? といまなにをされたのかとフルに脳を使って考えた結果、なにをされたのかはすぐに分かった。
ただ、いいのかどうかは分からないな……。
「だ、大丈夫だよ、利用してくれればいいと言ったのは私だし――いたたた!?」
「馬鹿なことを言うな」
「わ、分かったからっ、言わないから力を弱めて!」
ふぅ、肋骨が折れるかと思った……。
別に卑下しているわけではなくてそれぐらいの感じでいいからねと言っているだけなのになんでそんな顔をしているんだろう。
「はぁ、最初から馬鹿なことばかりしているから違和感もないけど、そういうのはやめろ」
「私は俊君のために言っているんだよ? ほら、付き合ってくれと言ったばっかりに好きな子ができても引っ張られちゃうかもしれないでしょ? そういうときのことを考えて私はああ言ったんだけどな」
年上なんだからしっかりしなければならない。
のめり込みすぎて可愛い後輩の視野を狭めてしまうようなことがあっては駄目だ。
なので、怒られるからもう言わないけどずっとそのスタンスでいることにした。
あと、なんとなく長く続くようには思えないんだよね。
だってどっちも心から好きで付き合い始めたというわけではないんだから。
「まあいいや、とにかく今日からよろしくね」
「ああ」
「ねえ、翼に言ったらどういう反応をすると思う?」
「普通におめでとうと言ってくれるんじゃないか? 自分のことを先月まで好きでいた人間が他に興味を持ってくれて安心しているかもな」
「もう、俊君こそ駄目じゃん」
私のは本当に卑下とかではないからそこを勘違いしないでほしかった。
あくまで相手のためを考えて言っているだけ。
まあ、それが相手のためになっているのかどうかは言ってみないと分からないんだけどね。
でも、それでも相手のことを考えて行動することをやめたくはなかった。
全部が全部逆効果になるというわけでもないだろうから信じて続ければいいんだ。
「そうか? 逆ギレして◯◯みたいな展開も現実にないわけじゃないしな」
「俊君はそんなことしないでしょ、私に怒ってきたこともなかったし」
「怒るわけねえだろ、はっきり言ってもらえて嬉しいと言ったがな」
「いや、私のせいなのもあるんだよ? 君より友達の気持ちを優先したんだよ?」
「当たり前だろ、俺でもずっと昔から一緒にいる友達の気持ちを優先するぞ」
駄目だ駄目だ、いま聞いても恋人効果というやつでいいことしか言ってこないよ。
比べもしないと言ってしまっているわけだからどうしようもない。
つまり、不満は溜まっていく一方、……これって危険なのでは?
一気に爆発した際にはこっちもさすがに泣いてしまうかもしれない。
「もう終わりにしよう、せっかく関係が変わったのにさっきから微妙だからさ」
「そうしているのは瑞桜だけどな」
今日は家に来てもらうことにした。
なんなら作ったご飯も食べてもらおうと思う。
両親に彼の存在を知ってもらってもいいかもしれない。
唐突に話を戻すけど、相手のことを考えなければ長続きできた方がいいに決まっている。
誰だっていいわけじゃないんだ、そこだけは誤解しないでほしかった。
「嬉しそうだったな」
「だって私に彼氏ができたのなんて初めてだもん」
「受け入れなかっただけだって聞いたけど」
「あー、まあそこはね、やっぱり誰でもいいわけじゃないから」
これを何度も言っていれば信じてもらえるだろうか?
君だからこそ受け入れたんだよって伝わっているだろうか?
さっきは勢いだけでされたけど、求めてくれればまたしてくれたってよかった。
だって私達の関係はもう変わったんだから普通のことなんだ。
「し、したいならしてもいいんだよ?」
「流石に食後にはできないだろ」
「え、その割にはさっき……」
「俺は昼飯を食べてないぞ?」
「あ、そうなの?」
私が食べ終わったタイミングぐらいで来るから知らなかっただけで実はそうだったらしい。
ほうほう、なんか可愛いなそれ。
……私としてもなるべく問題ないときにできた方がいいから黙っておいた。
そのかわりにぎゅっと抱きしめておいたけど。
「ありがと、君のおかげで三月まで問題なくやってこられたからさ」
「結局、先輩はちゃんといてくれただろ?」
「それでもほら、友達を優先して一緒にいられないことが多かったからさ」
その点、彼は気づけば自然に現れて自然に一緒に行動してくれていたから嬉しかったんだ。
それこそ既に視野を狭めてしまっているのかもしれないものの、彼から来てくれている内は悪い方に考えないとさっき決めたから言ったりはしない。
「でも、さすがにそろそろ家に帰らないとね」
「まあな、それに急がなくても明日がくるからな」
「じゃ、じゃあね」
「おう、また明日な」
おいおいおい、早速なんかよくない感情が出てきているぞ!
ただ、このまま家に戻っても駄目になりそうだったからやっぱり後ろから抱きついてしまった。
さすがのこれには驚いたのかちょっと慌てていたのが可愛かったけど謝罪をする。
いやもう後ろから攻撃とか危ないとしか言えないからね……。
「どうした?」
「……今日は一緒にいてほしい」
「んー、なら瑞桜が来てくれ」
「分かったっ、じゃあちょっとまっててっ」
あんなことを言っていたくせにこれだから恥ずかしい。
そ、それでも一応求めてきてくれたのは彼なんだから悪いことばかりではないと思いたい。
しっかり着替えを持って外へ。
食事作りなんかは彼と関わり始めてからもできているからそこも悪くはないはずだった。
「俺が求めたから、だけじゃないのかもな」
「そりゃ……私は君といられる時間は好きだからね」
そ、そこで黙るのはやめていただきたい。
結局、意地悪なところがあるのも確かだった。
私が私らしくを貫いていくためにはこのままでは危険だ。
なので、今日からもっと頑張る必要がある。
まあ、せっかくこういう関係になれたんだから楽しみながらでいいんだけどね。
下らないことで別れるなんてことにはしたくないし、しっかり見極めて過ごしていこうと決めたのだった。
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