名家のお嬢様の進路
ふり
1・お祈り
ホントもう徒労も徒労。超最悪ですわ。数週間から1ヶ月前に受けた会社から、全部お祈りを喰らいやがりました。しかもここ数日間で。こんなことありますの? 面接や実技の手応えはバッチリでしたのに。
わたくしの何がいけないのか見当がつきません。
落ち度があれば教えてくださればいいですのに。やれ、採用を見送りますだの、御縁がありませんでしただの、ありきたりな言葉で済ませやがっているのが、非常にはらわたが煮えくり返りますわ。
「おい、アンタ」
ドスの効かせた低い声。揺れる水面から声の主のほうへ視線を向ける。
「体育座りで隅っこでブツブツ言ってちゃ、みんなに迷惑だろうが。ここは温泉。大衆浴場。愚痴を言ってスッキリする場所じゃねぇ」
体格のいい塩顔女子が腕を組み、一糸まとわぬ姿でわたくしを親の仇のごとく睨みつけていますね。一瞬殿方かと思いましたわ。どうして睨まれるのか? まったく以って皆目見当がつきません。でも、もしかしたら――
「高速のSA(サービスエリア)の温泉で面接とはまた、変わった会社の面接官ですのね」
「……ハァ?」
渾身の冗談が通用しなかったじゃありませんの! 眉間のシワは深まり、目がじわじわ三角になっていきますね……。ここは余裕を見せて軽く咳払いをして――
「冗談です。もしかして声に出ていましたか?」
「ああ、その通りだよ。そのせいでアンタの周りに誰もいないだろ? みんなが怖がってんだよ。この世のすべてを恨んでやる、みたいなツラでつぶやかれてると」
確かに、好意的な雰囲気ではありませんね。みなさん、アイツチョーヤベーって顔をされてますもの。
「すべてを恨むつもりはありません。好印象で面接や実技を終えたのにも関わらず、落とした会社の面接を担当した社員の一族郎党、子々孫々まで恨み切るつもりではいますけど」
「だから、それがこえーんだって。しかも今みたいに、澱みなく口から出てんだって!」
「あらあら、それは大変失礼致しました」
さすがに公衆にだだ洩れはよくありません。家の品位が下がりますからね。
「で、どんな会社を受けてたんだ?」
謎の女性がわたくしの隣に座り、長い脚を思い切り伸ばしています。この際、愚痴を聞いてもらいましょうか。
「車の整備職が必要な会社ならなんでも、です。両親や親戚も動いてくれていると思うのですが、なしのつぶてで……。ライバル会社に近しいところ以外受けましたのよ。はぁ……いっそのこと母方の苗字で受けて、獅子身中の虫になってやろうかしら」
「おいおいおい、とんでもねー親不孝モンだな。しかしまあ、整備士として働きたいんか?」
「はい。今は学校に通っていますの。来年の3月の卒業式が終わって、2級のガソリンとジーゼルのふたつを受けようかと」
「おお、いいじゃねえか。今どきジーゼルまで取る奴があんまいない中で、アンタは偉いわ。よし、来年からウチの会社で働いてみるか。アタシは橘樹(たちばな)花恋(かれん)だ」
「わ、わたくしは、富士川(ふじかわ)蝶子(ちょうこ)です……って、悠長に自己紹介を交わしている場合ではありませんっ。わたくし、富士川の娘ですのよ?」
「それがなんだ。150キロでも投げるのか?」
「野球のほうの鉄腕リリーバーじゃありません。富士山の富士に、川です」
「あの『富士川技研工業』の!?」
「そうです。現社長の娘ですのよ」
目を白黒させる花恋さん。そりゃ、こうなるでしょうね。わたくしの自意識過剰ではなく、隣に著名な会社のご令嬢が座ってきたら、めちゃくちゃビビリますもの。
「……マジだったんだな。何年か前に整備士の専門学校に入ったってのは」
「まあ、知っていてくださったのですね。ありがとうございます」
「ああ、たまたまネット記事を見かけたからな。……で、すまねぇ、アタシの独断じゃ無理だ。一度親父に聞いてみる。アンタの腕がどんなものか見てみたいしな」
「そうおっしゃってくださるだけでも、嬉しいですわ」
「そうだな……1週間ぐらい時間をくれ。ちょうど県外から帰って来たばかりだから、休みに入るんだわアタシ。その間に親父を説得してみせる」
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