来なかったとある未来とオダマキの花

はるより

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第1章「悪夢のあと」


……それは正しく悪夢と形容すべきものであった。

暗雲の立ち込めた空。周りに倒れ伏すのはかつて自分たちが「仲間」と呼んだ存在達。

少年の足は自然と前へ進む。その先に見えるのは、『封印の礎』。

右手で引きずる巨銃は、紫煙を燻らせていた。

まるでそれは魂が流れ出し、空へと昇っていく様にも見えた。


……二人はこの光景に、見覚えがあった。否。実際に直面したものではない。

それでも、『あったかもしれない可能性』として二人が幾度となく己のうちで描いた景色だった。

やがて、その銃は無機質な形を崩し、一人の少女の姿をとる。

少年は足を止めて、彼女を振り返った。

まるで何年も離れ離れになっていたような気分であった少年は、思わず涙をこぼして語り掛ける。


『全部、終わったよ……終わらせた、これでよかったんだよね、奏多』


少女は、その言葉に反応を示さない。

ぱちぱちと目を瞬かせて、周りを見渡している。

そして不安げに眉を寄せて、言った。


『……誰、ですか?ここは、どこ……ですか?』


少年の表情は驚愕と絶望に歪む。この世界に、もはや希望などは残されていない。

ただあるのは破壊と闇、そしてこれから彼らが残すであろう、魂の輝きの残り香だけだった。


******************


正義「おはよう、奏多」


奏多「あ、うん。……おはよう」


正義「……元気ないね、どうかした?」


奏多「う~んちょっとね、あんまり元気でないなぁ」


正義「そっか……じゃあ朝ごはんの準備、僕がやるからさ。奏多は座ってて」


奏多「いいのいいの。私作りたいから……お手伝いお願いしようかな」


正義「いや!いいよ、その……何かあったら嫌、だから……」


奏多「何かあったら……?この間食パンをまっくろくろにしちゃったのはどこの誰だったかなぁ?」


正義「そ、それは僕だけど!でも、今日はそういうのじゃなくて……なんだか、嫌な予感がするんだ」


奏多「嫌な予感……ジャス君がそういうなら。うんわかった」


正義「……ありがとう。ねぇ奏多、その……変なこと訊くんだけど、昔の記憶とかちゃんと覚えてる?」


奏多「昔の記憶?一つ一つ大切な思い出だからね。楽しかった記憶も悲しかった記憶も」


正義「……そっか。ごめん、すぐ準備してくるからさ。ちょっと待ってて」


******************


30分後、机の上に並んだのは黒焦げではないが少々焼きすぎのトーストと歪な形のベーコンエッグだった。

日頃作りなれていないことが一目で分かるが、本人なりに努力した結果であることもまたよく伝わってくるものだろう。


奏多「(ほっ)ありがとう」


正義「ううん、やっぱり奏多みたいに上手くはできないや。」


正義は自分が先陣を切らねば、と言わんばかりに机に座ってトーストを齧る。

バリバリ、とやたら硬い音がしたが、まぁ言い換えれば香ばしい音にも取れるかもしれない。


正義「……嫌な夢、見たんだ。ほら、昔……僕らがエクリプスになったこと、覚えてる?あの時の夢」

正義「あの時、僕らは皆に敗北した。だからこそ、今があるし……それでよかったと心から思ってる。……でも、夢の中では僕がみんなを倒してしまうんだ。それが正しいことだと思って」


奏多「ジャス君も……見たんだ」


正義「『も』ってことは、奏多も見たの!?」


奏多「うーん。似たような夢でね?私が私じゃなくなる夢だった」


正義「……そうなんだ。僕、あの戦いで最後に普段は絶対使わないような銃を撃とうとしたんだ。なんだかよく分からないまま……それが、僕にとっての戦いの切り札だと思って。」

正義「だけど、あれは……奏多、君はあの銃のこと、何か……」


奏多「知らないよ。私は何も知らない」

奏多「それが正しいことってあの時の私が信じていただけのことだから」


正義「……そっか、分かった。」

正義「もし……もしもだよ。僕があの時撃っていたら……きっと僕は、死んでも死にきれないくらいに後悔していたと思う。たとえそれがあの日の君にとっての『正しさ』を否定することになったとしても」

正義「……ごめん、朝から変な話して。」


奏多「私が間違えたらジャス君が否定してくれる。ジャス君が間違えたら私が否定してあげる。そうやって正しくあればいいんだよ」

奏多「二人で間違えた時は、またみんなに助けてもらおうね。もう間違えさせないけど」


正義「……そうだね。ありがとう、奏多。僕、もっとしっかりしなきゃな」

正義「だって僕らはベテランステラナイツなんだし!経験の浅い仲間たちに安心して頼られるようにならなきゃ」


そう言って正義は笑ってみせる。

無理をしているというほどではなかったが、努めて明るく振舞っているのは明白だろう。


奏多「よしっ暗い話はこれくらいにして。1限だったよね。ぎりぎりだよ?」


正義「……え?あ!?もうこんな時間!?早く着替えなきゃ、次のモノレール何分発だっけ!?」


そう言って正義はあわただしく立ち上がると、手に持っていたトーストを口に押し込んでバタバタと廊下に走り出て行った。

急に静まり返ったリビングの中、奏多はぽつんと取り残される。


奏多「忘れたいけど、忘れちゃいけないから。だから夢に見たのかな……さてと、お弁当作っていってあげよ」


*****************************


第二章「近づくは黄昏の時」


1限目の授業に始業ぎりぎりで滑り込み、教授から物珍しそうに見られた正義だったが、その後は問題なく講義を受けることができた。

抜き打ちで行われた小テストもそこそこの出来で、正義はほっと胸をなでおろしながら教室を出る。


そのまま廊下で顔を合わせた教友と軽くあいさつを交わして、スマホのメッセージアプリを確認すると、奏多から『お弁当を持ってきたから、中庭に取りに来てね』という文面が届いていた。


今日のお弁当の中身は何だろう、と想像しながら階段を下りる。

昨日のオムレツはおいしかったな、毎日あれでもいいのに……まぁ、頼んでも栄養が偏るからダメ、と一蹴されてしまいそうだが。


昇降口に差し掛かった時、ふと視界の端に見慣れた人影が映った。

肩より少し上で切りそろえた黒髪、正義より少し小柄な体躯、そしてあれは、SOAで奏多が制服代わりに着ていた……。


正義「え……」


正義が驚いてそちらに顔を向けた瞬間、その人影は彼に背を向けて走り出した。

中庭へと続く昇降口とは逆の方向。薄暗く、人通りも少ない、学び舎の別棟へと。


正義「待って!」


奏多、とは呼びかけられなかった。

けれど、どういうわけか正義には彼女が彼の大事なその人に思えてならなかったのだ。

彼女があの姿で居るはずがない。あれは、今は昔の、懐かしい記憶としてしか残っていないはずの『枝園奏多』だ。


少女を追って、正義も走り出す。足の速さで彼女が正義を凌ぐはずがない。それなのに、どれだけ追いかけてもその距離が縮まることはない。

階段を駆け上がる。時には今は使われていないらしい階に積まれた、古ぼけた棚や机を乗り越えながら、埃っぽい廊下を走った。


どれだけの暗がりでも、不思議と彼女の姿を見失うことはなかった。まるで、空間の中で彼女の背中だけが歪に切り取られているような……そんな風に見えた。


やがて、最上階へ至る。そのころには流石に正義も息を切らして壁に手を突く有様だ。

それでも、少女は平然としているようだった。

廊下の突き当り……行き止まりに至って、少女はゆっくりとその場で後ろを振り返る。彼女は、まるで感情が抜け落ちたような、青白い顔をしていた。


正義「君、は……」


ようやく息の整ってきた正義は、少女へと呼びかける。少女に吸い寄せられるように、歩み寄る。

彼が伸ばした手が少女の肩に触れようとしたとき……少女は口の端を歪めて、言葉を漏らした。


『夢は、本当になるかもよ?』


正義は、その言葉に動きを止めた。嫌なものが胸に詰まったような感覚になり、体がさっと冷えていく。

夢……夢。今朝見た夢。かつて自分が選び取ろうとした未来。一番失いたくないものを、いとも簡単に手放してしまった未来。

……彼にとっての『世界』を永遠に失った未来。


未来というのは、完全に存在が抹消されたものではない。

これから……例えば、明日にでも、実現されると言われれば誰に否定ができようか?


『ね、今……幸せ?今はまだ、隣にいるから……幸せ?』


正義「違う!僕は二度と、あんな選択は、絶対したりしない!」


やっとのことで正義はそう絞り出し、叫んだ。

苦し気に喘ぐその無様な姿を見て、無表情だった少女はニヤリと笑った。


『じゃあ……守ってね?私のこと、絶対に傷つけないで?大切、なんでしょう?』


そう言うと、少女はその笑みを顔面に張り付けたまま……闇に溶け落ちるようにして形を失った。

廊下の影に、少女は混ざりこみ……もうその姿を見つけることは出来ない。


その時、正義以外に生者の気配がない廊下に、スマホの着信が鳴り響く。

やけにけたたましく聞こえたそれにびくりと肩を跳ねさせて、正義はポケットに手を突っ込んだ。

取り出したスマホの画面には、「奏多」の文字。どうやら、通話着信のようだった。


奏多「もしもーし、ジャス君ですかー?」


正義「あ……奏多?ほんとに、奏多……だよね?」


奏多「何言ってるの?もう!お弁当届けるって言ったじゃん」


正義「奏多、今どこにいる?」


奏多「えっいつもの中庭だけど?」


正義「分かった、すぐ行くから絶対そこから動かないで。人気があるところにいて。」


奏多「うん?はい。動かないけど。そういえばさっき昔の私によく似た服を着てる子がいてね?SoAの子かなぁ?」


正義「……そう、かも」

正義「……奏多は君だ。僕が一緒に居たいのは、大切に思ってるのは……今言葉を交わしている君だ」


正義は自分に言い聞かせるようにして、そう呟いた。可能性はあくまで可能性でしかない。

……決めたじゃないか。僕は、この手で守れる範囲の世界だけは、絶対に守り抜くんだって。


奏多「変な夢を見て不安定になっちゃった?早く戻っておいで。よしよししてあげる」


正義「……うん」


正義は、薄暗い廊下を後にした。

外に出て、明るい陽を浴びてもその埃臭い空気は彼の肺の中からは消えないような気がして……本当の奏多が小さく手を振っている姿を見て、ようやくまともに呼吸ができるようになった気がした。


********************


幕間「女神の結界」


時刻は夕方の17時前。ほとんど揺れないモノレールの車内は夕日が差し込み、赤色とも黄色ともつかない色に染まっている。

かすかに聞こえる駆動音は、日常に溶け込んだ環境音だ。

乗客は、この時間帯には珍しく正義と奏多の二人だけのようであった。

少しくたびれてきた座席が、黄昏の空気の中を物寂げに並んでいる。


ふと、正義は隣に座ってスマホの画面に目を落とす奏多の横顔を見た。

毎日見ていると気が付かなかったが……2年半前に比べると表情が大人びたような気がする。


奏多「あ、このケーキかわいい。女子会の時に提案しようかな……ん?どうしたの?」


正義「あ……いや。えっと……奏多も、少しずつ変わってるんだなって」


奏多「んー変わらないよ。ほら、ジャス君かっこいい」


正義「そ、そういうのは良いから!……当たり前だけど、僕たち大人になっていってるんだね。昔のことは、過去の思い出に変えて」


奏多「大人かぁ。みんなと出会ってから一瞬のようなずっと昔のような。まだ過去にしたくないな」


正義「……僕も、そうだよ。僕は今でも、変わらず星の騎士として戦っている。けれど、きっと今、僕が感じているものは、あの頃の僕とは全くの別物なんだろうな……って」

正義「自分では、ずっと同じ願いと決意を持っているつもりでも……どこか姿を変えてしまっているんじゃないかって。少しだけ寂しくなったんだ」


奏多「願いがどんなに変わったって、ジャス君がどんな人間に変わったって。ジャス君の中にある”正しさ”は変わらないと思うな」

奏多「それは大人になっても、きっと変わらない。そんな気がする」


正義「……君が言うと、きっとそうだ、って気がしてくるから不思議だなぁ」


正義は表情を和らげて、そう言った。


正義「奏多は、僕が自分でも分からない『欲しい答え』をいつもくれるから……つい、甘えたこと言っちゃって……」

正義「僕、結局は……君の示してくれる『裁貴正義』で居たいんだろうな。だから、きっとこんな風に確認してるんだ」


奏多「……あはは。それじゃダメなんだよ」


正義「……どういう意味?」


奏多「私が好きなのは”私のジャス君”じゃなくて、”裁貴正義”っていう意味」

奏多「伝わるかな」


正義「……難しい、けど。何となくは」

正義「上手くは言えないけど……本当は、僕の在るべき姿は、僕自身の中に見つけなければならないんだ。多分そういうこと、でしょ?」

正義「分かってるよ。けど、僕はもっと、どこまでも君に寄り添いたいと思ってしまうんだ。……奏多の理想でありたいんだ。」


奏多「寄り添ってくれるのは嬉しい。でも今は寄り掛かってるんだよ。言葉遊びみたいだけどね」


正義「……それは奏多にとって重荷かい?」


奏多「重荷かもしれない。重荷だからこそ嬉しくもある。喜んじゃいけないってわかってても」

奏多「それだけ私がジャス君のこと好きってことだよ」


正義「それでも、手放しでは喜べないことなんだ。……なら、少し考えてみる。それで答えが出たら……聞いてくれる?『あの日』みたいに」


奏多「もちろん。ちゃんと待ってる。『あの時』みたいに」


もしかしたら、思ったほど自分たちは変わっていなかったのかもしれない……そんな風に正義が思ったその時、がらりと車両結合部にある引き戸が開いた。

反射的にそちらの方を見る。すると、そこには揺らめく影。

……それは徐々に人の形を形作り始め、やがては、正義が昼間に目撃したあの少女へと変貌した。


正義「……!」


正義は言葉を失う。そして更に、少女はその『形』を変えた。

ゆらりと持ち上げた左手で二人を指さしたかと思うと、その腕がまるでリボンの束のようになってほどける。


それが編むようにして組み変わり……巨大な銃のを形作ったのだ。

間違いない。あれは、かつて……正義が『撃ち損なった』銃だ。


正義は咄嗟に奏多を引き寄せて自分の陰に隠すが、きっとあのガトリング銃が火を噴けばこんな行動は意味をなさないのだろう。

頭では分かりつつも、他にどうしようもなかった。

銃口が火を噴き、飛び散った薬莢が壁や手すりにぶつかってけたたましい音を響かせる。


しかし、そこから打ち出された弾丸が二人の肉体を吹き飛ばすことはなかった。

まるで目に見えない壁に阻まれるようにして、すべての銃弾が勢いを失うと、地面に転がる。


光の女神『……聞こえますか、星の騎士たち。あなた方が目の前にしているのは、トワイライトと呼ばれる新たなるロアテラの手先です』


闇の女神『恐れないで、負けたら消されるのはあんたたちよ。特別に力を貸してあげる』


光の女神『訳あって、今回は他の騎士を呼ぶことは出来ません。……あなた達が倒すのです。今、ここで』

光の女神『特例として、願いの決闘場を起動しました』


闇の女神『今なら変身できるってことよ!さぁ早く!急いで!』


正義「僕らだけで……」


奏多「……やるしかないんだね」


正義「それに……この敵は、絶対に僕が倒さなきゃ」


正義はトワイライトに向き直ると、その無感情な双眸を見た。


奏多「僕たちが!でしょ!」


奏多が庇われたところから立ち上がり正義の横に並ぶ。


正義「……うん、そうだ。じゃあ、行くよ!」


正義は隣に立った奏多の手を取り、強く握りしめた。


正義「ライト・アクティベーション!」

奏多「ライト・アクティベーション!」


二人の姿が眩い光に包まれ、それが晴れると、正義は見慣れたステラドレスに身を包んでいた。

しかし、彼の手は今もなお奏多の手を握ったままだった。


正義「な……どうして!?シースはステラドレスになるはずじゃ……」


シースはブリンガーの身に纏うステラドレスへとその姿を変える。

不思議な状況ではあるが、それによってブリンガーは、シースの恩恵を受けながらもパートナーの安否を気にせずに戦うことが出来るという一面もあった。


それが……どうだ?

今の奏多はステラドレスに見えなくもない衣装を纏っているとはいえ、それは酷く脆そうなものだった。

それこそ、敵の攻撃を受ければすぐに砕け散ってしまいそうなほどに。

それに、常に正義と共に願いの決闘場に立っていたとはいえ、彼女自身が武器を手に戦っていたわけではない。

当然、敵の攻撃をかいくぐって戦場を走り回ることだってなかった。


そんな彼女が今、ロアテラの差し向けた敵の眼前に晒されているのだ……正義は明らかに動揺していた。


奏多「狼狽えない!いつもと何も変わらない!一緒に戦ってるんだから!」


正義「……っ!分かった、だけど気を付けて!」


怖れるな、怯えるな。

騎士たる者よ、隣に立つものを信じよ。

----いざ開け、虚構と鏡像の舞台


******

ステラバトル


……正義は、剣を構えて目の前の『トワイライト』を見据えた。

今までこちらに向けていたガトリング銃。その銃口を、どういう訳か床へ向けて腕ごとだらりと垂らす。


……どういうつもりだろうか。

正義はその意味を理解しかねていた。

その時。『トワイライト』が、ふわりと、優しい笑みを浮かべる。


まったくの無防備な姿。

戦う意思など微塵も感じさせないような、まるですべてを受け入れるとでもいうような……。


あの日の奏多と同じ懐かしい顔で。

優しく語り掛け、時には厳しく𠮟りつけてくれたあの唇で、言葉を紡いだ。


黄昏:『あの時も言ったよね。ずっと一緒だって』

黄昏:『それなのに……私の知らない未来に行っちゃうの?』


ざっと音を立てて、黒々とした蛇のような影があたりに広がる。

それはまるで二人を追い込むように、周囲を這いまわった。


……あれに触れたら、きっと自分の影を喰われるのだろう。

二人は本能的に、そんなことを感じ取る。


そちらに気を取られていたせいか、正義の反応が一瞬遅れてしまう。

トワイライトが、尾を引くようにして己の影を落としながら、奏多に迫った。

つい、とその指先が奏多の頬を撫でる。


黄昏:『私はあなた。あなたは私。そこにいるのは私だったのに』


正義:「奏多っ!」


正義は奏多の腕を引き、トワイライトと彼女の間に体を滑り込ませる。

そしてそのままの勢いで、迫る敵へと剣の切っ先を突き入れた。


ただ……その姿を斬ることに彼にも迷いがあったのだろう。

剣はトワイライトの肩口を薄く切り裂いたのみだ。

血の代わりに溢れた、どろりとした粘度のある煙が周囲を漂う。


トワイライトはそんな正義には目もくれず……奏多へと、面白くないと言いたげな視線を向けた。


そして突然正義に腕を引かれた奏多はバランスを崩し、その場で転倒しそうになる。

しかし、そんな刹那。彼女の足元から赤と金の輝きが溢れ出した。


奏多:「これは……」


……それは女神の力。此度、孤独な戦いを強いられる星の騎士に与えられた、僅かな奇跡。

閃光が描いた赤いオダマキの花は、奏多を抱きとめると影の蛇が及ばぬ場所へと彼女を移す。

しかしこれは一時的な気休めに過ぎない。蛇たちは、虎視眈々と彼女をその毒牙に掛ける機を伺っていた。


トワイライトは、奏多を諦めて矛先を正義へと向ける。

床に落ちた彼の影を縫いとめるように、一斉に影の槍が突き刺さった。


黄昏:『……私と一緒にいてくれるの?』


正義:「そんなつもりは、ない……!」


正義は、己の影の中に異物が入り込む不快な感覚に、奥歯を噛みしめる。

まるで、体の内側に手を突っ込まれてぐちゃぐちゃにかき回されているようだ。

痛みは感じないが、そのあまりのおぞましさに足がふらつき、視界が歪む。


奏多:「ジャス君……!」


遠目からでも明らかに、正義がダメージを受けているのが分かった。

奏多は、必死に辺りを見渡しす。

何か……何か、自分にできることはないか。

いや、きっとあるはずだ。剣を振るうことができない自分にも出来ること……彼を助けるために、出来ることが!

彼女は背後に光を感じ……振り返った。


黄昏:『いいの。あなたが居れば、私はそれでいいの』

黄昏:『夢の続きを。私が生まれるはずだったあの未来の続きを!』


床からズルリ、と剝がれるようにして立ち上がったのは影の大蛇。

いくつもの蛇が束となり、大口をあけて正義へと迫った。


……これは、まずいかもしれない。

正義は覚束ない足を踏みしめて、来る攻撃に備える。

牙だけでも剣で受け止めるなければ……きっと後はないだろう。


今倒れるわけにはいかない。

奏多を守らなければ……自分がやられたら、次に狙われるのは確実に彼女なのだ。


影が踊り、周りにオダマキの花弁が舞い散った。

それは彼のステラドレスをトワイライトの攻撃が捕らえた証拠でもあったが……それとは別に、異質な……光でできた花弁が混ざっていた。


奏多:「させない!私は……守られるだけなんて嫌なんだ!」


正義が視線を巡らせると、奏多が大きな光のオダマキの花の上に立っているのが見えた。

彼女が送った花弁が、敵の狙いを逸らしてくれたらしい。


正義:「……っ、はあああああッ!」


奏多の声に鼓舞されるように、正義は床を蹴って剣を振るう。

斜めに大きく斬り払った剣は、大蛇を真っ二つに切り裂いた。床と繋がっていた尻尾の部分は、主人を失ったと言わんばかりに動かなくなり、そのまま地面へと染み入った。

しかしそれでもなお、頭の方は大口を開き、牙を突き立てようとしてくる。


……オダマキとは決意の花。

愚かしいほどに、何度倒れても立ち上がり、勝利を掴むまで決して諦めることのない者が冠する花だ。


周りに散った花弁が正義の持つ剣に集まり……渦巻くようにして刀身を真紅に染め上げた。

迫りくる牙を剣で受け止め……そして、そのまま牙ごとその身を両断する。


その瞬間まるで弾ける様に、全ての影の蛇が煙となって辺りに霧散した。

だが……その向こうに佇む当のトワイライトは、未だに倒れる気配がない。


そして、消えることなく辺りを漂っていた黒い煙は……再びトワイライトのもとへと集うとその肢体を包み、形を変え始めた。

……それは二人がたどった歴史通りに動き出す。


煙が……影が象ったのは、かつて仲間に剣を向けたあの日の正義の姿だった。

彼のステラドレスであるヒーロースーツのヘルメットは、ガラス部分が真っ黒に染め上げられておりその表情を伺い知ることができない。最も、今はそんなものを気にしている場合ではないのだが。


正義:「くそ……っ!」


正義は過去の自分がそうしていたように、トワイライトがガトリング銃を構えているのを見て悪態をついた。

怒りと焦燥感で、頭が煮立ちそうになる。


黄昏:『正しいのはいつも君だよ。ね?ジャス君』


甘く、蕩けるようなそんな声が辺りに響いた。

トワイライトはその言葉に応えるように、ゆっくりと頷き……引き金を引いた。


その銃撃の範囲の広さから、正義は逃れきることができない。

防御態勢を取る間もなく、砂煙と共に、大量の花弁が巻き上がる。


奏多:「あっ……!!」


その光景に、奏多が声にならない悲鳴を上げた。

いつもは、ステラドレスとして彼のすぐそばに居られる。

敵の懐に潜り込むときも……それこそ、倒れるときだって。

無茶をするのは、いつも一緒にだった。

なのに……今は、どうしてこんなに遠いのか。


やがて、ガトリングの回転が止まり……空間から音が消える。

濛々と立ち込める砂の中……この場に立つすべての者の視界が不透明となった。


……その瞬間を待っていたというように。

砂煙のベールを割き、赤い弾丸を思わせる速度で、正義がトワイライトへと肉薄した。


ステラドレスは最早半分形を失い、ボロボロの有様だった。

ヘルメットは砕け、スーツも大穴だらけで、その下に生身が露出している。

それでも、しっかりと握りしめた剣で……敵の胴を捕らえていた。


システム:アキレギア。

力尽きたって、残った希望が立ち上がる勇気をくれる。


ここで負けるわけにはいかない。

ここで散るわけにはいかない。

貪欲に求めるのは……勝利への道標!


切り裂いたトワイライトの肉体から、煙が溢れる。

その動作に、予想だにしていなかったらしい正義の反撃に対する僅かな焦りが感じられた。

どうやらロアテラの手先といえども、狼狽することはあるらしい。


正義:「……当たり前か。お前は、僕が元になってるんだから」


正義は剣を構えなおしながら、ニッと口角を挙げて見せた。


どうやらトワイライトは、そんな様子の正義を見て標的を変えたらしい。

ブリンガーの諦めが悪いのなら、先に弱点を叩こうという魂胆のようだ。


ガトリングの銃口を奏多へと向ける。


正義:「させない……!奏多、走れッ!」


正義は剣を振りかぶり、その銃身へと投擲した。

まっすぐに飛んだ切っ先はガトリング砲に当たり、トワイライトの手元が狂う。

放たれた銃弾は四方八方に飛び散って銃創を残すが、奏多が逃れた先を穿つことはない。

トワイライトは頭を振るい、手の内の獲物を再び構え、鉛玉の雨を放とうとした……その時。


奏多:「ジャス君、助けて!こっちに来て!」


奏多の声。

……トワイライトは、まるでその声に反応したように彼女のほうを見た。

そのせいで、ほんの一瞬だけ……引き金を引くのが遅れたようだった。


正義「これで……終わりだっ!」


トワイライトからは死角となっていた足元。

投げ飛ばした剣を拾い上げた正義が、いつの間か触れるほど近くに接近していたのだ。


動揺を誘おうとしたのだろうか。トワイライトは再び、煙を散らして少女の姿へと戻る。

片腕のガトリングは奏多へと向けられたままだ。


……正義は、今度は躊躇うことはなかった。


*****

カーテンコール


それは勝利への約束。

二人で抱き続けたパートナーとの決意。


『断固として勝つ』----正義の振り下ろした剣が、トワイライトの左腕を肩から切り落とした瞬間……その姿は霧散する。

僅かな間の悲鳴のような残響を残して、宵闇の中を走るモノレールの中に残されたのは正義と奏多の二人のみとなった。


正義はそれを見届けて、その場で剣を取り落とす。

剣は床に当たる前に光の粒となり、それと同時に二人のステラドレスも跡形もなく消えてしまった。


モノレールの駆動音。

車内に響くアナウンスは、聞きなれた日常そのもので……読み上げられた駅名は、二人の帰るべき場所へと続く場所であった。


正義「……勝った」


正義はそう呟いたが、その表情はあまり嬉しそうには見えない。

トワイライトの姿が、正義の内面を反映したものであったとわかっていたとしても……大切な人の姿をしたものを斬ったことは、紛れもなく正義の中に息づく事実だからだ。


正義「奏多……大丈夫?怪我はない?」


奏多「大丈夫。無茶しすぎだよ、私だって覚悟して立ってるんだから」


正義「だとしても、可能な限りは傷付いてほしくなかったんだ。……実際、あそこで仕留められていなかったら、守り切れていなかったと思う」


奏多「けど守り切ってくれた。ありがとう!」

奏多「でも、心配かけすぎです」


正義「ごめん……。だけど、本当に良かった」


少しおどけてみせた奏多に、ようやく正義は小さく微笑み返すことができた。

今まで苛烈な戦いが繰り広げられていたのが嘘のように、辺りは静まり返っている。

窓の外は完全に夜の世界となり、車内には眩しいほどに白い電灯が点っていた。


次の駅までにはあと10分ほどかかるだろうか。

少し悩んだが、他に乗客もいないし……と二人は再び座席に腰を下ろす。


奏多「帰ろう。いつもの場所に。いろいろあって疲れちゃった」


正義「僕も。……改めて、いつも仲間に助けられていたんだなって実感したよ」


奏多「私も知ってるつもりだったけど、自分の身体で敵と向き合うのって結構怖いんだね」

奏多「ジャス君やっぱりすごいね」


正義「そうかな?僕は君がステラドレスとして守ってくれていたから、あんまり怖いと思ったことはなかったかも」

正義「……やっぱり、いつも通りがいいね。これからは、そうもいかないかもしれないけれど。」


奏多「それでもいつも通りでいよう。私たちは私たちのやり方で戦っていけばいいんだよ」


正義「……うん、そうだね」


どちらからともなく重ねられた手を、今度は優しく握りしめる。

温かなぬくもりが、改めて二人ともが無事に窮地を脱することができたという実感となった。


正義「あ、それと……さっきの話の続きだけど。やっぱり僕、奏多の理想の通りになるのは無理かもしれないなぁ」

正義「君が敵に襲われてるのを、無茶もせずに黙って見てるなんて……絶対出来ないよ!」


奏多「ジャス君のばーか。ふふっ、それでいいんだよ」


正義「え、えぇ~?そうなの?」


奏多「そうなの。じゃあ答えにたどり着いたジャス君にはご褒美が必要です。何かしてほしいことある?」


正義「え、ほんとに!?何がいいかな……」


奏多の言葉に、正義はパッと表情を明るくして、それから顎に手を当てて真剣にご褒美の内容を悩み始める。

今日の晩御飯にハンバーグを作ってもらおうか、それともオムライス……?いや、カレーライスという手もある。


正義「……いや、やめた。」


ふと、正義は奏多の顔を見て、そう言った。


正義「いつも通りがいい。もともと予定してた今日のご飯を食べて、いっしょにテレビ見て、どうでもいいことを話して、それからおやすみって言って……これからもずっと、それがいいな」

正義「だって僕は、これまでの人生の中で……間違いなく、今が一番幸せだから」


奏多「うん!じゃあ夕飯は……コロッケです」


正義「やった!僕、コロッケ大好きなんだ!」


アナウンスが鳴り、タイミングよくモノレールの扉が開く。ふたりは並んで歩きだす。

何でもない日常の中の何でもない日常のワンシーン。そんな幸せをかみしめながら。

ゆっくり進む二人の繋いだ手は楽しげに揺れていた。

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