第38話 リリアside
「リリアお嬢様、よろしいでしょうか?」
扉の向こうから声が聞こえたから、ベッドでゴロゴロと休んでいたあたしは急いでドアを開けた。
「お荷物が届いておりますが、どのように致しましょうか?」
白髪交じりの初老の男性があたしの姿を認めて頭を下げる。
目の前に立っているのはこの男爵家の家政を取り仕切っている執事のテッド。
この人ケチだから、お小遣いもほんの少しだし、買い物をするのにも彼の許可がなければ自由にできないのよね。お義父様に愚痴ったら、贅沢はするもんじゃない。テッドの言う通りにしなさいだって、義娘の味方をするどころかテッドの肩を持つんだもん。やってられないわ。貴族ってサイン一つでなんでも買えると聞いていたけど、全然違ったわ。
でも、しょうがないかもね。うち、貧乏だもん。
「荷物はどこに?」
「玄関ですが、お嬢様あてだと聞いたのでお伺いに来ました」
「わかった。すぐに行くわ」
あたしはバートとドアの間をすり抜けて階段を下りていく。
この前、エドガーと買い物した品物が届いたのよね。待ち遠しかったわ。
玄関に着くと業者が忙しなく働いている。大小さまざまな箱が次から次へと重ねられていき、最後には家具がホールを占領していた。
眼前に所狭しと並べられた品物を見て自分でもびっくりした。こんなに買い物してたんだ。気に入ったものはすべて買ってくれたから。ほんとエドガーって気前がよいのよね。なんでも買ってくれるから、友達に話したら羨ましがってたもん。
「家具は二階のあたしの部屋へ運んでね。置き場所はマギーに聞いて。マギーお願いね」
「はい。畏まりました」
マギーはあたしの専属メイド。事前に説明しておいたから大丈夫でしょ。
ここに置かれているのは年季の入った物ばかりで、傷が入っていたり欠けていたりと傷みがひどかったんだよね。
うるうるとした目で訴えたらエドガーが新調しようと言ってくれて、ついでに古い家具は引き取ってもらうことになった。
持つべきものはお金持ちの婚約者よね。
うちではサイン一つさせてもらえず満足に買い物もできないけど、エドガーは違った。
店にはいるなり、彼の姿を見つけた店員が駆け寄ってくると高級な部屋に通されてお茶やお菓子で接待されたわ。 どこに行っても顔パスでVIP待遇だった。最高級の一流店に入って堂々としているエドガーがいつもの十倍増しでかっこよく見えた。
それにエドガーがあたしを婚約者だと紹介するとお似合いのカップルだと褒められて『これからもお付き合いのほどよろしくお願いします』と何度も頭を下げられたわ。あたしは鼻高々で気分がよかった。
さすが国で1、2を争う資産家ね。侯爵家に嫁ぐとこんな毎日が待っているのよね。楽しみ。早く結婚したい。
あらかた荷物がはけて玄関が片付いたと思っていたら人が立っていた。
黒髪に透き通るような青の瞳。整った顔に柔らかな笑顔を浮かべているのはあたしの義兄ジェフリーだった。
久しぶりに見た。何か月ぶりだっけ?
「お義兄様、お帰りなさい」
「ただいま」
仕事で飛び回っているらしくほとんど家にいなくて、あまり顔をあわせないから慣れなくて会話がちょっとぎこちない。何の仕事をしているか知らないけど。興味もないから聞いたこともない。あくせく働くなんて貧乏暇なしってやつ?
お義兄様といってもあたしは長男の子供でお義兄様は次男の子供。本当ならいとこ同士なんだよね。
「荷物がすごかったけど、買い物したのかい」
「そうよ。エドガーが買ってくれたのよ。凄いよね。お金持ちってサイン一つでなんでも買えるんだもの」
皮肉も込めて言ってみた。
「ああ、テンネル侯爵家か。あそこは資産家だからね。そうだった。婚約おめでとう。お祝いが遅くなってしまってごめん。忙しくてなかなか帰れなかったんだ」
「お仕事ならば仕方ないです。お義兄さま、ありがとうございます」
一応、カーテシーをしてお礼を言ったわ。
お義兄さまももう少し悔しそうな顔でもしたらいいのに。甲斐性がないと言ってるのに、通じなかったんだ。男爵家と侯爵家では比べ物にならないからしょうがないのかな。
「そういえば、ここに絵があったと思うんだけど、どこにいったの? お義兄さま知りません?」
あたしは玄関の正面に視線を移した。
そこには両手を広げたくらいの大きな金の額縁の風景画があったはず。実際はそれだけでなく、応接室のお高そうな花瓶とか家具類や絵画もいつの間にか無くなっている。
今では必要最小限度の物しか残ってないし、使用人もそう。半分くらいに減ってしまった。
「理由を聞きたいのかい?」
「いえ、いいです。聞かなくてもわかりますから。ごめんなさい。余計なことを聞いて」
「いや。いいんだよ。家の備品がなくなっているのを見れば心配するのも当たり前だ。すまないね。せっかく引き取って養女にしても、裕福な生活をさせてあげられなくて申し訳ない」
にこやかだったお義兄さまの表情が曇りみるみる陰りが帯びていった。
調度品が置かれていた玄関も今は申し訳程度に、どこにでもありそうな花瓶に花が飾られているだけ。
お金に困っているのよね。
「いえ。平民よりはましですから」
お父さんが亡くなってお母さんと二人で働かないと食べていけないからせいいっぱい頑張ってた。
仕事で無理をしたのかお母さんも病気になってあっという間に亡くなったわ。一人残されて途方に暮れたけど、そんな時にチェント男爵が現れたのよ。
実はお父さんはチェント男爵家の嫡男で跡取りだったと。それで一人娘のあたしを引き取って養女にしてくれたのよね。
あの日々のように朝から身を粉にして働かなくてよくなったし、住む家も食べ物もある。それを考えれば今の生活は天国だわ。
でも、上には上があるのよね。
これ以上の贅沢を知ってしまったら、こんな生活では満足しきれない。
貴族としての矜持なんてこの家にはないだろうし、裕福な生活なんて夢のまた夢。求めるだけ無駄というもの。期待なんてしてないわ。
けど、こんな生活もあと少しだから我慢する。
結婚したら贅沢三昧よ。どんなものだって買ってもらえるし美味しいものだって食べられる。ここは質素倹約っていう名の貧乏な食事。お肉も少ししか食べられないんだもん。もっと高級なものが食べたい。
さて、そろそろ部屋に戻ろうかな。
ドレスの試着もしてみたいし、アクセサリーもね。
辛気くさいことは考えてられないわ。貧乏くさいこの家とももうすぐおさらばね。
「お義兄さま。勉強があるので先に失礼しますね」
あたしは挨拶もそこそこに気を取り直し自分の部屋に戻っていった。
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