第16話 子猫を助けただけなのにⅡ
「俺のことはレイと呼ぶように」
「それは、ちょっとどうかと。砕けすぎではないでしょうか」
お互い初対面で愛称で呼ぶほど親しいわけでもありませんし、調子に乗って便乗しすぎではないでしょうか。
「レイって呼んでごらん?」
聞いていらっしゃいません。レイニー王子殿下お願いですから、きらびやかな笑顔で迫ってこないでください。心臓に悪いです。
「僕のことはリッキーって呼んで。ローラおねえちゃん」
リチャード殿下、無垢な笑顔で同じように迫ってこないでください。幼気な子供はその存在だけで破壊力がありますから。距離を置こうにもソファに阻まれて動けません。
「ミャー。ミャー」
マロンまで。ふわふわの毛並みと縋るような甘えた声で鳴かれたら、つい何でも許してしまう気になるから反則です。
「呼んでほしいよなー」
「ねー」
「ミャー」
皆さんなんでそんなに息がぴったりなんですか? 男同士の友情とかってやつですか? もしかして私をからかってるんですか?
「わかりました。レイ様、リッキー様、マロン。そのようにお呼びしてよろしいでしょうか?」
どこかで妥協しないと終わらないかもしれません。
「様はいらないけどな。今はこれで許す」
「うん。僕もいいよ」
「ミャーン」
息ぴったりですね。とりあえず皆さん納得してくださったようです。一日限定の呼び名ですね。疲れました。
やっと、問題が片付いてほっと息を吐きました。
ふかふかの絨毯の感触がダイレクトに伝わって気持ちいいですわ。……ん? おかしいことにはたと気づきます。は、はだ、裸足でした。
「キャ……」
小さな叫び声をあげた私は素足を隠すためにとっさにしゃがみこみました。女性が素足を見せることは、はしたないことと言われています。
ドレスの裾で足先を覆って見えないように手で押さえます。
レイ様にはとっくに見られていて、隠すも何もないかもしれませんが……平常心を取り戻すと途端に羞恥心がよみがえってきます。恥ずかしくて顔をあげられません。どうしましょう。靴、靴はどこに行ったのでしょう? 靴さえあれば……もしかして、庭園に置き去りになってるってことは……ないですよね。
裸足で帰るわけにはいきませんし。どうしたらいいんでしょう。誰かにとってきてもらうとか? でも、誰に?
軽くパニック状態に陥り入りながら、頭の中であれやこれや考えているとスッと影が差しました。
「ローラ。顔を上げて?」
うつむいたままだった私はおそるおそる顔を上げました。菫色の瞳が目の前に。呼吸が止まりました。私を捉える菫色の瞳に吸い込まれそう。ドキドキして目が離せなくなって、息をするのも忘れてただひたすら瞳を見つめていました。
ゴホン。
不意に咳払いが聞こえました。
ハッと我に返ります。咳払いに現実に引き戻されて、私、今何を? ああ、私、とっても失礼なことをしたんじゃないかしら? 殿方の瞳に見惚れるなんて不躾な娘だと思われたかも……しかも相手は王子殿下ですから不快に思われて怒られたとしても仕方ありません。
しゅんと項垂れていると、手を取られて体を引き起こされました。
「実は初めてじゃないけれどね。足きれいにした方がいいね。エルサ、お願いするよ。怪我の有無も見てほしい」
初めてじゃない? どこかで会ったかしら?
「はい。畏まりました。ではフローラ様、浴室にまいりましょうか」
「俺が連れて行くよ」
言うよりも早く抱えあげられてお姫様抱っこをされていました。
「あの……一人で歩けますから」
「怪我をしてるかもしれないしね。大事にしないと」
「怪我はしてませんから、大丈夫です」
痛いところはどこもありませんし、心配しなくてもいいと思うんですけど。とにかくこの状況をどうにかしてほしいです。一度ならず二度までもお姫様抱っこされるなんて。
「いや、いや。本人が気づかない怪我があるかもしれないからね。それとも、俺が足を見てあげようか?」
「えー。それはダメです」
殿方に、レイ様に足を見てもらうだなんて、恥ずかしくて死にそうです。いえ、確実に死にます。冗談でも止めてください。私はジタバタと足を動かして抵抗しました。
「こら、こら。暴れない。おとなしくしてないと落っこちるからね。さっきも注意したよね。ちゃんということを聞こうね」
まるで、小さな子供を諭すような物言いにピタッと抵抗するのをやめました。確かに大人げない態度でした。
「すみません」
「わかればよろしい。いい子」
なんだか扱いが幼児並みになったような気がしますが……
「しっかり、つかまってるように」
私は頷くと言われる通りレイ様の首に手を回しました。
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