第15話 子猫を助けただけなのにⅠ
「まあ、どうされました?」
五十代くらいの少しふくよかな侍女が部屋に入って私達を見た途端、驚いて目を見開いています。
そうですよね。驚きますよね。私が一番驚いていると思います。
王宮の西側に位置する建物に、護衛を数人引き連れて入ってきましたが、玄関のエントランスで私達を見るなり一瞬固まったものの、すぐに冷静さを取り戻したのか、日頃の訓練の賜物なのか「お帰りなさいませ」と普通に挨拶をされました。
「今、帰った。客室を準備するように」
「かしこまりました」
出迎えた侍従がそばにいた男性に声をかけるとすぐさま去っていきました。
訝し気に見る方、好奇心たっぷりの方、睨みつけている方、無関心な方、ぼ~と見惚れている方。ずらりと並ぶ使用人たちの反応は様々なようです。
得体のしれない女が、お姫様抱っこされていきなり現れたのですもの。好意的に見ろと言っても難しいでしょう。でも、次はないと思いますから、安心してくださいませ。私のどこが目に留まったのかわかりませんが、今日だけです。きっと。
使用人たちから傅かれた高貴なお方は周りの反応を気に留める風もなく、どんどんと建物の奥へと入っていきます。
そして、たどり着いた部屋では侍女が待っていました。
しばらく私の存在に釘付けだったようですが、数度瞬きをしたのち頭を垂れて改めて礼を取りました。
「失礼いたしました。おかえりなさいませ、レイニー殿下」
レイニー殿下って、やっぱり……王子様だったのですね。俺の宮って、おっしゃっていましたものね。
「エルザ。ディアナを呼んでくれるかい?」
レイニー王子殿下は私をソファに座らせながら侍女に声をかけました。
ディアナとは知り合いだったのですね。親しそうに名前を呼んでいらっしゃいます。
「あの……」
「ああ、そうだった。自己紹介がまだだったね。俺はレイニー・グリセア。一応第三王子をやっている」
「それから、おいで」
レイニー王子殿下が手招きすると、子猫ちゃんを抱いた金髪碧眼の天使のような男の子がコトコトと歩いてきました。
「僕はリチャード・グリセア、五才です。それとこの子はマロン。男の子なんだ」
子猫ちゃんの紹介までして下さいました。薄茶色の毛並みだからマロンなのかしら? のんきにそんなとこを考えていると
「この子は兄である王太子の子供なんだ。俺にとっては甥っ子だね」
なんて、衝撃的なことをさらりとおっしゃって、リチャード殿下の頭をクシャクシャと撫でています。なんとなく想像はついてましたけど、つまりお二人とも王族なんですね。私、ここにいていいのかしら? すごく場違いでは? と思いつつも、気を取り直して
「初めまして、私はブルーバーグ侯爵家の長女フローラでございます。助けていただきありがとうございました」
私はカテーシーをして自己紹介をしました。やっとお互いの名前がわかってほっとしました。
「おねえちゃん。フ、ローラっていうの? フ、フロ……」
リチャード殿下はなかなか発音できないようです。小さい子供には難しいのかもしれません。
「ローラでも構いませんよ」
こちらの方が言いやすいかもしれません。
「うん。ローラおねえちゃん」
「ミャー」
かわいい。今度はきちんと発音できたようです。満足そうに微笑んでくれました。子猫ちゃん、マロンまで名前を一緒に呼んでくれたようで嬉しいです。
「じゃあ、俺もローラって呼ばせてもらおうかな。いいよね」
横からなぜか、レイニー王子殿下が便乗してきます。えっーと、断れるわけはありませんよね? すでに呼ぶ気満々な感じですし、今日限りのことだろうからと思い私はこくりと頷きました。
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