オシラサマ

@aikawa_kennosuke

オシラサマ

大学生の頃、旅行がてら東北に住む友人の実家に泊まりに行ったことがある。




その友人の実家はかなり大きくて、詳しくは知らないけど昔の名家みたいな感じだった。


庭も広くて、家とはまた別に小屋も立っていて、正直面食らったのを覚えてる。




友人のご両親は気さくな方で、喜んで出迎えてくれた。




その友人も両親に似て陽気な奴で、わざわざ空き家になってた小屋を開けてくれて、その小屋の中で男二人で酒を飲んでた。




夜遅く、二人ともかなり酔っ払っていると、友人がこんなことを言い出した。




「実はな、うちって幽霊が出るんだよ。」




友人曰く、この家にはいくつもの部屋があるが、そのうちの1つがいわゆる開かずの間になっており、その部屋に幽霊が出るとのことだ。


友人も幼少の頃に一度だけ、その幽霊らしきものを目撃したらしい。






「5歳くらいだったかなあ。母ちゃんと父ちゃんの目を盗んで、開かずの間に入ったことがあったんだ。


開かずの間はふすまで締め切られてて、養生テープか何かで固められてた。




けど、そのふすまのすぐ上には木の枠を隔てて小さなふすま窓があって、その窓のほうはテープが貼られてなかったんだ。




物置に梯があるのは知ってたから、それを持ち出して上のふすままで上がったんだ。


すると予想通り、ふすまは開いた。そして、真っ暗だったけど開かずの間の中を覗くことができたんだ。




部屋は割と普通の畳の部屋だった。だが、部屋の奥には何か仏壇みたいなものが置かれてた。


何か重大なやばいものでも置いてあるのかと思ってたから、幾分かがっかりしてふすまを閉めようとした。




だが、手を止めた。




いつの間に部屋の中心に、白いぐにゃぐにゃした塊みたいなものがあったんだ。




ただのほこりかと思おうとした。


だが、よく見れば見るほどそれははっきりと見えた。


その白い何かはわずかに蠢いていた。




俺は怖くなって。ふすまをそっと閉めた。


梯も元あった場所に戻したし、両親には気づかれてないと思う。




早く忘れようとしたけど、あの奇妙な白い何かがずっと目に焼き付いていて、ときどき思い出すんだよ。」






見間違いじゃないのか?ほこりかもしれないし、上のふすまを開けたのなら、その窓から光が差し込んで、それで白い変なものに見えたのかもしれないし。




そんなことを言ってみたが、友人は断固として引かない。




「あれは絶対に幽霊だ。あの開かずの間には、何かがいるんだよ。」




それでも俺が懐疑的な反応ばかりしていると、




「分かったよ。せっかく俺んちに来たんだからさ、あの開かずの間を開けて確かめてみようぜ。」




友人はこんなことを言い出した。




俺も相当酔いが回ってたから、面白そうだと思ってそれに賛成したんだ。




二人で小屋から出て、家の中に入った。


夜遅かったため、友人の両親は寝室で寝ているようだった。




お目当ての開かずの間は、玄関から居間を抜け、縁側を歩いていくと見えてきた。




友人の言っていたとおり、ふすまが養生テープでガチガチに閉められていて、部屋の前にも異様な雰囲気が漂っていた。




友人は小屋から持ち出したハサミを取り出した。


ハサミを開いて、片側の刃をカッターのように使って養生テープを切り始めた。


かなり分厚く貼られていて、切り終わるのに5分くらいはかかっていたと思う。




ようやく切り終わると、友人は人差し指を口元に当ててこちらを振り向き、「いよいよだな」とでも言うような笑みを浮かべた。




友人が片側のふすまを引くと、サーっと音を立てながら開いた。




二人で部屋の中を覗くと、友人の言っていた通りの内装が広がっていた。


暗い畳の部屋の奥に、仏壇のようなものが置かれている。


ほこりっぽさは無く、使われていない部屋にはあまり見えなかった。




二人でしばらく覗いていたが、特に何も起きず、何かが現れることもなかった。




なんにもいないじゃないか、と俺が小声で言うと、友人は首を傾げて、




「おかしいな、今日はいないのかな。」


とだけ言った。




そして、友人は躊躇うことなく部屋に入っていった。


俺はさすがに入ろうとは思わなかった。いくら友人の家とは言え、家の人が閉め切りにしていた部屋に入るのは躊躇う。




「おーい、幽霊さんいるんだろ?悪いようにはしないから、出てきてくれよ。」


酔っていた友人はそんなことを部屋の中心に立って囁いていた。




だが、何も起こらない。




もういいだろ?小屋に戻ろうぜ。


俺がそう言っても、友人は部屋をくるくるも見渡しながら、焦れったそうにしていた。




俺がため息をついて、友人を連れ出すために部屋の中に入ろうとした時だった。




友人が立っている部屋の中心辺りが、変に白っぽくみえた。


ボウっと薄い明かりがついているような感じで、友人は気づいていないようだった。




おい!なんか変だぞ。


俺がそう声をかけると、友人はなぜかその場にしゃがみ込んだ。




そして突然、




「あああああああああああああ」




と、大きい、それでいて低い声で叫んだ。




何が起こったのかわけが分からなかった。




俺は思わず部屋に入ると、頭を抱えるようにしゃがんでいる友人を揺すった。


だが、友人の




「あああああああああああああ」




という声は止まず、俺はテンパって何もすることができなくなった。




それを聞きつけたのか、友人の両親がドタドタと部屋に駆けつけ、




「ざあ!なにすった!!」




と叫んだ。




俺は呆然としていて、何も話すことができなかった。




両親は、叫び続けている友人を寝かせると、私に何度も問うてきた。


「なんでここに入った!この子にもあれだけ入るな言ったのに!」




母親の方は、どこかへ電話をしているようだった。








しばらくすると、黒いキャップを被った中年の男性が家に訪ねてきた。




友人の両親がその男性に懇願するように話しているのを見ると、先程電話をしていたのはこの男だということが分かった。




話の細部は覚えていないが、会話の節々に“オシラサマ”という言葉が出てきたのを覚えている。




寝かされていた友人は、体をピンと硬直させたまま、呻き続けていた。




黒キャップの男が入ってくると、




「この子はちょっとまずいけど、あんたの方は大丈夫。今日はもう寝んさい。」




と俺に言って、友人の両親と一緒に部屋から出るように促した。








俺と両親の3人は居間に腰をおろした。


冷静さを取り戻した俺は、友人と開かずの間を開けることになった経緯を簡単に話した。


母親の方は泣いていた。




厳かな表情で俺の話を一通り聞くと、父親は頭を下げ、


「せっかくいらしたのに、こんなことに巻き込んで本当に申し訳ない。」


と言った。




そして、こんな話を聞かせてくれた。








東北の方では、昔から“オシラサマ”という神様を祀る家がいくつかあるらしい。


そのうちの1つが友人の家であり、先祖代々“オシラサマ”祀っていたらしい。その御神体のようなものが、開かずの間にあった仏壇だという。


しかし、3代ほど前、つまり今から100年ほど前から、御神体を設置している部屋で奇妙なことが起き始めた。


最初は、あの部屋の中でいるはずのない人影が見えたとか、物音が聞こえたとか、そんなところだった。


だが、それだけに留まらず、部屋に入った家の者が突然発狂したり、不自然に死んでしまったりといったことが相次いで起こった。


そこで、あの部屋を完全に封鎖し、誰も立ち入らないようにしていたのだという。








それを聞き終わった俺は、頭を深く下げた。


そして、友人を止められなかったことを謝罪した。




母親の方は泣き続けていた。父親は無言で俯いていた。






それから俺は空き部屋に通され、布団を用意してもらった。


だが、今ほど起こった怪異と不幸のことで頭がいっぱいで寝付くことができず、一睡もできなかった。




あのキャップの男の、お経のようなものを読む声が、うっすらと夜通し聞こえていた。


朝になっても続いていたが、日が高くなる頃に、ようやく声が止み、開かずの間のふすまが動く音がした。






そして、またキャップの男と友人の両親が話していたが、今度は父親のほうも泣いているのが聞こえた。




俺は、事態の重さと友人の状況を察し、また呆然とした。




その後、俺はキャップの男に呼ばれ、簡単なお祓いのようなものを受けた。


その最中も、後悔と自責の念が押し寄せてきて、呼吸が苦しくなった。






昼過ぎになって、俺は友人の家をあとにした。


友人と二人で運転してきたレンタカーを一人で黙って運転し、帰路を走らせるのは、喪失感を再燃させた。










友人とは、それ以来会っていない。




大学にも来ていないらしく、中退扱いになっていると聞いた。




友人は生きているのか。


生きているとして…。




あの、体を強張らせて呻いている友人の姿を思い出すと、絶望的な気分になった。








あれから多少は調べてみた。


“オシラサマ”は東北の家々で、蚕、農業、馬の神として祀られていることがあるらしい。


要は、産業の守り神のようなものだ。




だが腑に落ちない。


その“オシラサマ”はなぜ友人を襲ったのか。




そもそも、あれは本当に“オシラサマ”だったのか。




確かめる術もないが、あの友人を包んでいた白い靄のようなものをときどき思い出す。


そして、背筋がサーっと寒くなる。


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