第二十二話 理想を追う者
「できた!」
グレイシーに言葉のナイフで突き刺されてから四日。
魔術書に丸々一週間向き合い続け、ようやく形となり完成した。
「お疲れ様です。どうぞ」
労いの言葉を述べつつ、グレイシーは机に紅茶を淹れたティーカップを置いた。
「ありがとう」
素直に感謝しつつ、紅茶に口をつける。
「それでどういった形に収まったのですか?」
「簡単に言うと防護結界を強化する形ね」
結果としてアレクシスの望んでいた形に落ち着いた。
防護結界を機能させつつ、大爆発に対する機能を両立させるのに苦労したけど、これなら大丈夫なはずだ。
「ただ、副作用もあるのよね」
「というのは?」
「爆発に対してというよりも、爆発させないことに重きを置いたから。
結界内ではある一定の複雑さ、規模を持つ魔術や魔法が使えなくなるの」
「それはまた……」
自分で創っておいてなんだけど、これは己の首を絞める行いに等しい。
そう言いたげに、グレイシーは見てくる。
「分かってるわよ。自分を殺しかねないモノだって!」
複雑な魔法回路を持つ私自身、魔法も魔術も使えない状態に陥るのは目に見えている。
「だって仕方ないじゃない!? あの一瞬だけで解析なんてできないし!
資料も基礎や防護結界についてだったし!? これぐらいが限界なの!!」
「まだ何も言ってません。落ち着いてください」
慌ててグレイシーが慰めに入る。
「大丈夫です。凄いと思います。流石です」
「こんな形で言われたくなかった!!」
「大丈夫です。凄いと思います。流石です」
「二回も言わなくていい! それにちょっと、めんどくさくなってる!」
「はい」
「あーーー!!」
悲しくなり、声を上げながら椅子から立ち上がる。
そして全てがどうでもよくなり、隣のベッドへダイブ。
布団に包まり、枕に抱き着き、投げやりに言う。
「もういい! 寝る!! おやすみ!!」
「はい。おやすみなさいませ」
そうして少し後にグレイシーの吐くため息を聞きながら眠りに落ちた。
--- ---
後日。
不貞寝のような形で眠りに落ちたが、休息を取れたおかげで体調は万全に整った。
そんな久しぶりの良い目覚めを経て、アレクシスの元へと訪れていた。
「ようやく出て来たな。一週間ぶりか?」
「一週間か……」
部屋に籠り続け、時間の感覚が少し麻痺しているせいか。
一週間ぶりという実感は薄い。
「それでどうだ? できたと見ていいんだな?」
「あぁ。其方の望み通り防護結界が一定規模の爆発を抑えるように改良した」
「本当か!?」
「あぁ。ただし、代償にこの結界内では一定の規模や複雑性を持つ術式を使用することはできないがな」
「それでも十分だ。一時凌ぎさえできれば、その間に別の対策を立てられる」
頭を悩ませていた問題に光が差し込み、アレクシスの顔が少し明るくなる。
「それなら良いが、過信はできないことだけ伝えておく。あくまで全域を消滅させないことに重きを置いたものだ。結界内で爆発させないようになっているが、結界外ならその限りではない。防護結界本来の力が試される、ということだけは頭に入れておくべきだろう」
「そうか。覚えておく」
そう言って、アレクシスは歩き出した。
「何処へ行く?」
「魔法陣の上書きするんだろ? ついてこい」
そうして進んでいくアレクシスの背中を追って、廊下を歩き、扉を潜り、階段を下りていくと辿り着いた。
「ここだ」
王城の地下室。
薄暗い部屋の中で蠟燭と均等に設置された大量の魔鉱石だけが明かりを灯していた。
「成る程。これが……」
地下室の中へと足を踏み入れ、目に映った巨大な魔法陣。
単体ではなく、複数を織り合わせた精巧な魔術式。様々な知識や計算に基づき緻密に作られたそれは最早人類の叡智の結晶と言っても過言ではない。
「では早速、取り掛かるとしよう」
何処から手を付ければいいのか分からなくなりそうな程の術式量。
圧倒されることなく、それら全てに予め考えておいた術式を組み込んでいく。
一つ一つ、邪魔をし合わないように気を配りつつ、効率よく組み替える。
そうして、ひたすらに魔法陣を弄る事一時間。
「完了だ。問題なく機能するだろう」
防御術式の強化は無事終了した。
--- ---
数時間後。
王城から離れた門の前で。
「悪いな。モーリスにも見送らせるべきなんだろうが、アイツは重傷でまだ寝てる」
「よい。十分な休養を取らせておくべきだ」
しばらく姿を見ないと思っていたけど、重傷だったとは。
快復することを祈っておこう。
「では、行くか」
「はい」
帝国の征服は叶わなかったけど、アルウェウスとはいい関係が築けた。
防衛機構の改良も終わり、ここでやれることはもうないはずだ。
「人界の掌握が済むまで滅びないことを祈っている」
「あぁ。帝国の侵略から生き延びたのに消滅するのは勘弁だからな。手は尽くすさ」
「そうか」
アレクシスの力強い返事を聞き、この国なら大丈夫だろうと思う。
出発の準備は整い、アレクシスに別れを告げアルウェウス王国から旅立つ―――、
「待って!」
後ろの門から走って来る少女の声が響く。
紅い髪に金色の瞳が特徴的な――、
「イリス?」
姿を見るのは一週間ぶりだろうか。
そんなことを思いながら、ここまで走ってきた彼女に問いかける。
「何用か?」
「え、うん」
急いで来たのか肩を上下させながら、イリスは口を開く。
「わたしも連れて行ってほしい」
「……へ?」
「ご自分が何を言っているのか理解されてますか?」
突然のことに言葉を失った私に変わり、グレイシーが確認する。
「うん。分かってる。
わたしも連れて行って欲しい」
理解しているらしい。
間違いではないことは分かった。けど、
「何故、その様な考えに至った?」
真意は何なのか。確かめなくてはならない。
「平和を目指してるって聞いたから」
誰に聞いたのか。
考えるまでもなく、後ろで一人笑いを堪えているアレクシスだろう。
「はぁ……確かに平和を目指している。
だが恐らく、其方の理想とは相容れないということは理解しているか?」
平和。目指すものは同じだけど、至る過程はたぶん違う。
最初こそ、犠牲を許さない理想を求めたが、幾度も勇者に断られ多くの命が散ったことで幻想に過ぎないと知った。
故に私は犠牲を容認している。
「もしかしたら、まだ真の意味では理解できてないのかもしれない」
「であれば――」
「だからこそ、わたしはわたしの
「ほう?」
それは大胆にも宣戦布告のようなもので。
私の犠牲の上で成り立つ
「何故、そこまで平和を求める? 其方の祖国はもう無いというのに」
「確かに護るものは無くなってしまった。それでも、
イリスの語るそれは何処までも気高く、尊ばれるべき理想。
その言葉に嘘偽りなく、イリスの目は何処までも真っすぐだ。
敵意、悪意、憎悪、憤怒、どれも感じることはない。
かつて対話を試みた勇者たちが彼女であったら、どれほどよかっただろう。
そんな思いを口に出すことはなく、ぶっきらぼうに告げる。
「好きにするがよい」
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべ、イリスは感謝を口にした。
「では改めて、行くとしよう」
「はい」
「うん!」
そうして魔王は新たに加わった人間の少女を連れてアルウェウス王国を発ったのだった。
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