魚の息
四季ラチア
プロローグ
女が空から降りてくる。
その小さな星に住むひとびとは喜んだ。
薬師様だ。今度こそ、我々を助けてくださるはずだ。
天から舞い降りる女へ祈りを捧げ、ひとびとは背から生える翼をひらひらとゆらした。
▼
呼吸器を咥え、杖をつく女が底へ降り立つと、花飾りを付けたひとりの少女が待っていた。少女はひらひらした不思議な形の手を差し出し、女の手を握る。
「貴方を待っていました。ようこそ…」
女は無言。
少女はああ、と女を見上げる。
「貴方は言葉を話せないのですね」
少女はすっと女から離れた。
「失礼ですが…時間がないので、今この星で起こっている事態についてお話しします」
「まず貴方は、薬師様で間違いありませんか」
女はしばらく間をあけ、小さく頷く。
よかった、と少女は胸を撫で下ろした。
「今、この星は…どこからか発生した強い瘴気に呑まれつつあります。今まであらゆる対処をしてきましたが、瘴気は勢いを増すばかりです。貴方が薬師様であるのなら、どうか、私たちをお救いください」
お願いします、と少女は頭を下げる。
呼吸器を咥えた女、薬師はじっとその姿を見つめる。表情は無表情だが、少女は何も言わぬ薬師の顔を見、笑みを浮かべ、頭を下げた。
「…ありがとうございます、薬師様」
「では、これから…その汚染地帯へご案内いたします。この星がどのような状況なのか、お教えいたします」
▼
「おい、
薬師と共に汚染地帯へ向かうことに決めた少女、咲に声がかけられる。咲が振り返れば、腹を押さえて立つ青年が居た。
「
「ああ、わかっている。そいつを連れてお出かけだろう」
「無礼な! この方は」
「本当に薬師だとでも言うのか。そんなの物語だ。俺たちに救いなどない」
文と呼ばれた青年は薬師の前に立ち、ひらひらと髪を靡かせる。
「いいか、薬師とやら。今までこの星には何度も薬師がやってきた。だがな、誰一人としてこの星を救ってやくれなかったよ。一番最近の薬師は逃げ出して行方不明だ。どうだ、お前は…本当に俺たちを助けてくれるのか」
「無礼者、文!」
薬師と文の間に咲が割って入り、文を睨みつける。文はふっ、と気怠げに笑い、じとりとした眼差しで咲を見、その後ろの薬師を見る。
「…まあ良い。俺は期待なんかしちゃいないんだ。誰も。お前にも。咲、お前にもだ」
「薬師様はきっと私たちを救ってくださる。今回こそは上手くいくんです」
「夢物語だ」
「現実になります」
「呆れるな、咲」
にたりと文は笑い、薬師と咲へ背を向ける。
咲が呼び止める。
「どこへ行くのです、文。そんな身体で」
「死に場所を探しに行くんだよ。ああ、何なら何も出来ずに立ち尽くすその薬師の前で、瘴気に中てられて死んで見せるのも悪くないな」
「貴方…」
「咲…良いぞ、付き合ってやろう。俺もその薬師を汚染地帯にご案内してやる。愕然とする無様な面を拝ませてもらおうか」
ひらひらと髪をゆらし、文はにたりと、じとりと、うつろな笑みを見せた。
咲はゆれる腕で薬師を庇うようにして立ち、文を軽蔑した。
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