魚の息

四季ラチア

プロローグ

女が空から降りてくる。

その小さな星に住むひとびとは喜んだ。

薬師様だ。今度こそ、我々を助けてくださるはずだ。

天から舞い降りる女へ祈りを捧げ、ひとびとは背から生える翼をひらひらとゆらした。



呼吸器を咥え、杖をつく女が底へ降り立つと、花飾りを付けたひとりの少女が待っていた。少女はひらひらした不思議な形の手を差し出し、女の手を握る。

「貴方を待っていました。ようこそ…」

女は無言。

少女はああ、と女を見上げる。

「貴方は言葉を話せないのですね」

少女はすっと女から離れた。

「失礼ですが…時間がないので、今この星で起こっている事態についてお話しします」


「まず貴方は、薬師様で間違いありませんか」

女はしばらく間をあけ、小さく頷く。

よかった、と少女は胸を撫で下ろした。

「今、この星は…どこからか発生した強い瘴気に呑まれつつあります。今まであらゆる対処をしてきましたが、瘴気は勢いを増すばかりです。貴方が薬師様であるのなら、どうか、私たちをお救いください」

お願いします、と少女は頭を下げる。

呼吸器を咥えた女、薬師はじっとその姿を見つめる。表情は無表情だが、少女は何も言わぬ薬師の顔を見、笑みを浮かべ、頭を下げた。

「…ありがとうございます、薬師様」


「では、これから…その汚染地帯へご案内いたします。この星がどのような状況なのか、お教えいたします」



「おい、さく

薬師と共に汚染地帯へ向かうことに決めた少女、咲に声がかけられる。咲が振り返れば、腹を押さえて立つ青年が居た。

ふみ…何でしょうか。私は今、とても忙しいんです」

「ああ、わかっている。そいつを連れてお出かけだろう」

「無礼な! この方は」

「本当に薬師だとでも言うのか。そんなの物語だ。俺たちに救いなどない」

文と呼ばれた青年は薬師の前に立ち、ひらひらと髪を靡かせる。

「いいか、薬師とやら。今までこの星には何度も薬師がやってきた。だがな、誰一人としてこの星を救ってやくれなかったよ。一番最近の薬師は逃げ出して行方不明だ。どうだ、お前は…本当に俺たちを助けてくれるのか」

「無礼者、文!」

薬師と文の間に咲が割って入り、文を睨みつける。文はふっ、と気怠げに笑い、じとりとした眼差しで咲を見、その後ろの薬師を見る。

「…まあ良い。俺は期待なんかしちゃいないんだ。誰も。お前にも。咲、お前にもだ」

「薬師様はきっと私たちを救ってくださる。今回こそは上手くいくんです」

「夢物語だ」

「現実になります」

「呆れるな、咲」

にたりと文は笑い、薬師と咲へ背を向ける。

咲が呼び止める。

「どこへ行くのです、文。そんな身体で」

「死に場所を探しに行くんだよ。ああ、何なら何も出来ずに立ち尽くすその薬師の前で、瘴気に中てられて死んで見せるのも悪くないな」

「貴方…」

「咲…良いぞ、付き合ってやろう。俺もその薬師を汚染地帯にご案内してやる。愕然とする無様な面を拝ませてもらおうか」

ひらひらと髪をゆらし、文はにたりと、じとりと、うつろな笑みを見せた。

咲はゆれる腕で薬師を庇うようにして立ち、文を軽蔑した。

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