第187話 最後の夜会 前

「揃ってやがるな」


 俺は魔女の小屋にいた。


 小屋の半分ほどを使った大部屋には、大きい机があり、その周りには椅子が並んでいる。

 机は丸みを帯びた長方形の円卓で、シヤルタでは見たことのない木材を使っていた。


 長期間の使用で、厚く塗られたニスが黒みを帯びた風合いをだしている。

 恐らくは南方の産で、これも歴史のある品なのだろう。


「見知った顔がいるな……」


 俺は、面々の中にいたジューラ・ラクラマヌスの近くに歩み寄った。

 かつての小生意気な表情は消え失せており、今は怯えと恐怖でガチガチと歯を鳴らしている。


 俺はジューラの席に近づき、後ろからその細首にそっと触れた。


「ヒ――ッ!」


 ビクンと激しく肩が弾んだ。


 こいつとは、古い因縁がある。

 家長に就任したとは聞いていたが、そうか、家長ならばここにいるよな。


「……あんたもいるとは思わなかったよ。ルイーダ・ギュダンヴィエル」


 俺は、机の反対側にいるギュダンヴィエルの婆さんに目を向けた。


「ああ、居たよ」

 ルイーダは、面白くもなさげな顔で俺を見返している。

「あんたも協力していたのか……? それなら話が変わってくる」

「いいや、今日は面白いものが見られそうだったからね。来てみただけさ」


 ふうん、まぁいいか。


「……椅子がないな」


 俺が言うと、


「たしか、隣の部屋にあったかと」


 と、入口近くに控えていたミャロがいい添えた。


 俺は机をぐるりと周って、隣の部屋のドアを開けた。

 明かりがないので暗い。


 明かりを取りに行こうとすると、ティレトと一緒に付いてきていたエンリケが、わざとらしく跪いてランプを差し出してきた。

 感謝の言葉を述べる気にもならず、無言でそれを取って、部屋を照らす。


 そこは、書棚や展示ケースがずらりと並んだ、奇妙な部屋だった。

 驚異の部屋ヴンダーカンマーとでも言うのだろうか。

 ガラス張りの展示ケースの中には、良くわからないものが並んでいる。


 大粒の宝石が嵌めてあるブローチがあったかと思えば、その隣には鉄の薄板で出来た薄汚いネックレスが置いてあったりした。

 歴史的な価値が認められて置いてあるのだろう。


 部屋の中に、座って眺めるためなのか、椅子が一脚置いてあった。

 俺は片手でそれを持ち、部屋に戻る。


 入り口とは反対側の、上座に向かった。


「詰めろ」


 俺は、昼間会ったキーグル・カースフィットに言った。

 右でも左でも、どっちでも良かったのだが、左手の席には超高齢のシャルン・シャルルヴィルがおり、彼女が動くのを待つのは面倒そうだったからだ。


「ほら、移動しろよ」


 俺は、最も目立つ上座に座っていた、ヴィヴィラ・マルマセットに言う。


「あんた、私に命令――」


 俺はヴィヴィラの後頭部を掴んで、思い切り机にぶち当てた。

 ぐしゃりという、熟れすぎた果物でも潰したような感触が腕に伝わる。


「魔女ってのはそういう信仰でもあるのか……? 自分たちは騎士に害されることはないって……? 確かに、それは正しかったよ。十日前まではな……」


 俺はヴィヴィラの髪を掴んだまま、机から引き剥がす。


「俺たちがこうしなかったのは、女王陛下がいたからだ――。自覚していなかったのかもしれないが、お前らはシモネイ陛下にずっと保護されていたんだよ。それがなくなったんだ。容赦をするとは思うな」


 ホウ家は、ずっと王家に槍を捧げ、忠誠を誓い、従ってきた。


 だから王都にどれだけ気に食わない奴がいても、進駐して退治したりはしなかった。

 大切な次男坊がくだらん言いがかりで使い物にならなくなっても、誰にも文句をつけなかった。


 だが、もう王家はない。

 こいつらを守る法はないのだ。


「ぐっ……」


 ヴィヴィラは鼻血を出しながら、椅子に座っている。


「殺すなら、さっさと殺しな」

「そうする前に話があるからこうしてんだろうが。さっさと椅子持って移動しろ、ババア」


 俺が放り捨てるように頭を離すと、ヴィヴィラは不承不承を態度で表しながら、自分で椅子を持って移動した。

 俺は、ヴィヴィラが居たところに改めて椅子を置き、腰を据える。


「おい、ティレト。ギュダンヴィエルのババア以外を全員縛っておけ。腹を椅子の背に縛りつけるだけでいい」

「はい」


 ティレトは返事をし、縄を持って、まずはキキ・エンフィレの腹を縛りはじめた。


「……やめなよ。こんなことをしなくても、逃げやしないさ」

「――俺は本当に腹が立っている。少しでも苦しくない死に方をしたいなら、黙っていろ」

「……分かったよ」


 キキ・エンフィレは比較的従順なようで、それきり反論をやめた。


「本題に入る前に、一つ聞いておく。俺の両親の遺体を辱めたのは………」


 それを言うと、あまりに感情が昂ぶり、たまらず鼻にツンとした刺激が走った。


 こいつらの前で醜態を晒したくない、という想いが胸によぎり、感情を静めようとしたが、涙と鼻水が滲んできてしまった。

 情けない。

 だが、ルークとスズヤのことを思うと、止まらなかった。


「辱めたのは、誰だ……どこかの大魔女おおまじょが強権を使って死体安置所に入ってきたと聞いている……」


 俺がそう言うと、五人の魔女たちのうち、三人の目線がぱらぱらとジューラに向かった。

 そうか……やっぱり、こいつか。

 まあ、あんなことわざわざすんのは、こいつくらいしか考えられないよな。


 俺は椅子から立ち上がった。


「ヒッ! 違うわよ、私じゃないッ!!」

「黙れ」


 まだ縛られる順番が来ていなかったジューラは、俺が歩み寄ると、椅子から転げ落ちた。


「やめてっ! 近づかないでっ!!」

「地べたに這いつくばるな。ほら、立て」


 俺は服の襟首を掴み、ジューラを無理やり立たせた。

 倒れた椅子を拾い上げ、ジューラの後ろにやる。


「座れよ。安心しろ……まだ殺しやしない」

「あ……あっ……」


 ジューラは、立ったままガタガタと震えていた。

 目は像を結んでいないようにどこかを見ていて、頭を守るように顔の前に置いた手は、特に大きく震えている。


 現実逃避だろうか。

 させねえよ。気絶しようが叩き起こしてやる。


「座れ」


 ジューラの肩に手をかけ、力をかけて押し下げると、ジューラは大人しく椅子に腰掛けた。


「あ……やめて……殺さないでっ」

「殺しやしないって言っただろ……」


 これはスペシャルサービスのようなもんだ。

 メインディッシュが食べられなくなるようでは困る。


「少しばかり、痛いかもしれないがッ、なッ!」


 俺は腰に差していた短刀を、ジューラの太ももに突き刺した。

 わざと刃こぼれさせてきた二束三文の短刀が、ジューラの太ももを貫通し、椅子と縫い付ける。


「ア、あ――、あ゛あ゛ア゛ア゛――――ッ!!!!」


 ジューラは絶叫した。

 傷口を抑えるように両手をやり、痛みをこらえるように背を丸める。


「ほら、机につけよ。そんなところに座ってちゃ、おかしいだろう」


 俺はジューラの縫い付けられた椅子の背を持つと、ジューラごと持ち上げ、元々座っていた場所に納めた。


「ァアッ、クウっ――いたッ――!!」

「ティレト。縛って、猿轡でも噛ませておけ」


 命令すると、ティレトは順番を飛ばして、ジューラを縛りはじめた。


 ジューラの目からは、涙が流れ出ている。

 まるで、この世で一番不幸な自分を嘆いているかのようだった。


 俺は元の席に戻り、椅子に座る。


「さて、野暮用は終わった……本題に入ろう。予め言っておくが、口を挟むなよ。何をするかわからん」


 俺はそう前置きしてから、話しはじめた。


「俺はこれからの統治のことを考えている。俺もお前らと長いこと付き合ってきて……情けねェことに、あんなことを仕出かすとは想像してなかったんだが……分かったことがある。お前らの武器は人脈であって、根だってことだ」


 魔女たちを見まわす。

 誰も口を開かず、神妙に俺の言葉を聞いている。


「魔女ってなァ、何度刈っても根がある限り生えてくる、しつこい草みたいなもんだよな。国に寄生する、厄介な毒草だ……。おまえらをこのまま野に放ったら、取り返しのつかねえことになる。一年も野放しにしたら、また根を張るだろう……そうしたら、俺もシモネイ陛下と同じように、手出しするのが難しくなっちまう」


 シモネイ女王は、ただ無能だから魔女に手出しできなかったわけではない。

 様々な因習、儀式、そして実務……色々なところに魔女の根が入り込み、魔女を抜いては仕組みが動かないようになっていたのだ。


 女王がこの国の運営に、魔女を必須のものと考えていたのかというと、それは違う。

 たぶん、シモネイ女王は必須のものとは考えておらず、やはり害悪のほうが多いと考えていた。


 魔女は必須ではなかったが、必要だったのだ。

 暫定的に、その時点では、魔女がなくては国が動かぬという状況が出来、その都度必要だったので魔女を使っていた。

 それが常態化し、悪習が習慣になっていく。

 習慣になれば、容認に繋がる。


 それは、シモネイ女王が統治を始めるよりずっと前からあった容認だった。


 シモネイ女王は、少なくともその容認を疑問視し、やめようとはしていた。

 だが、折を見て改善し、替わる制度を作ろうとしても、妨害される。

 抜けられぬ依存症のようなものだったのだろう。


 今思えば、シモネイ女王は、ずいぶん板挟みで苦しんで来たのだと思う。


 俺は続ける。


「お前らを駆逐するのは、国がひっくり返って根が掘り起こされた、今しかない。

 裁判なんてチンタラしたもんをやってたら、お前らはまた根を張っちまう。


 だから俺は今日、お前らを全員殺す。残念だが娘や孫に会わせてからってわけにはいかない。

 今日、これから、この小屋でお前らは死ぬ。

 覚悟はしておけ。覚悟できていなくても殺すがな……。


 おそらく、お前らは今、疑問に思っただろう。

 であれば、なぜこいつは今、長々と話をしているのか。

 わざわざ宣言するような形で、殺す理由を聞かせたいのかと――。


 違う。

 それだったら、俺は何も言わずお前らを甚振いたぶって殺す。

 両親を殺され、妻を伏せらせてくれた復讐を遂げ、憂さを晴らして帰るだけだ。

 こんな話はしない」


 俺は魔女たちを見回しながら、更に続けた。


「……俺がこの話をしているのは、殺したあとのことを考えてのことだ。


 俺は、他の魔女をどうするか、と考えた。

 お前らをただ殺しただけなら、あいつらはまた根を張ろうとするだろう。

 王城で権能を与えなくても、第二、第三の家長が産まれ、同じことになるかもしれない。


 だから俺は、後の世で鬼だ畜生だと言われても、捕まえた魔女を全員殺し、根絶やしにするつもりだ。

 わかるか? 想像してみろ。

 全員、殺す。王都の郊外に穴を掘って、あるいは魔女自身に掘らせて、良いも悪いも全員殺した上で、穴に放り込んで埋める。


 これは空想ではない。俺は明朝に命令を発して、それを実行に移すつもりだ。

 第二軍の残党狩りと平行して、軍を使って王都を総ざらいに洗う。

 第二軍の残党はホウ領の駐屯地へ送り、魔女は墓穴へ送る。

 どのみち、第二軍の残党狩りはするつもりだったからな。どうせだから一緒にやる。


 お前らを暴走させたのが、俺がやりすぎたせいだったとすれば、俺をこの凶行にかりたてるのは、お前らがやりすぎたからだ。

 お前らは、あの陰謀をミャロにも王剣にも悟られず実行してのけた。

 俺はその手腕を、高く評価している。

 だからこそ、後顧の憂いは断っておきたい。


 お前らが今、なんの返事もしなければ、俺は確実に虐殺を実行する。


 俺がこうしてお前らに語りかけているのは、それをしないためだ」


 本題はここからだった。


「俺は、お前らが十字軍と繋がった売国奴であることを、ほぼ確信している。どんな条件だったのかは知らんがな……」


 俺がそれを言うと、魔女たちは多かれ少なかれ、反応を示した。


 シャルン・シャルルヴィルなどは眉を僅かに動かしただけだったが、ジューラ・ラクラマヌスは何故知っているという顔をしたし――ルイーダ・ギュダンヴィエルは初耳だったらしく、目線を目まぐるしく動かし、各々の反応を探っていた。

 内心疑っていたが、ルイーダは本当に関与していなかったらしい。


「紙を渡せ。お前ら魔女家が、国を十字軍に売った売国奴の一族だという証明書を、俺に渡せ。そうすれば、皆殺しはやめてやる」


 これが今日、俺が言いに来たことだった。

 魔女の中には、リーリカ・ククリリソンの家のように、罪はあれど死には値しないような零細の魔女家もある。

 それを一緒くたにして殺すのは、気が進まないことだった。


「俺は、その証拠が、魔女という寄生植物を枯らす塩のような役割を果たすと考えている。もちろん、俺はそれを広める。そうすれば、魔女の一族は売国奴として迫害されるだろう。都市に根を張るなんてことは、とてもじゃないができない」


 この状況で、自分たちだけ助かるために、国を売った売国奴。

 自分たち以外の国民は人を人とも思っていない鬼畜に奴隷にされるというのに。

 国を守ろうとしていた者たちの足を引っ張り、国を売った売国奴。


 元から嫌われている連中にくっ付けるには、最悪の悪名だ。


「お前らにとっても、損な話ではないだろう。俺も余計な悪名を広めず、無駄な労力を注がなくても済む……。良く考えて選ぶといい。話はこれで終わりだ」


 俺はそう言って、話を閉じた。


「――認めないよ。十字軍がどうだのと、そんなことは知らない」


 真っ先に口を開いて、そう言ったのは、グーラ・テンパーだった。

 壮年といった年齢で、髪を短く切っている。


 教養院にいたころは同性からモテただろう。


「良く考えて言っているんだろうな。俺は、お前らのために提案している。それでいいんだな」

「……あ、ああ」


 馬鹿め。


「よくないよ。そいつは所詮、沖仲仕おきなかしかしらなんじゃ。許してやっておくれ」


 俺のすぐ左手にいる、シャルン・シャルルヴィルが言った。

 格としては俺が頭をぶっ叩いたマルマセットが上なのだろうが、どうもこいつが長老格らしい。


「ユーリさんよ、一つ聞いておきたい。それを渡したら我らが一族、ここにいる六人以外は、皆生かしてくれるんだろうね」


 馬鹿なことを言いはじめた。

 そんなわけがあるか。


「ここにいる六人だけ殺して、あとは無罪放免か? 眠たいこと言ってんじゃねえよ」


 俺がキーグルに調子のいいことを吹き込んだせいもあるが、よっぽど事態を楽観的に捉えてるな。

 こいつらにとっては、自分たちがどんなに薄汚い真似をしようが問題なし、お咎めなどないのが当たり前という感覚なのだろう。

 だが、それは女王に与えられた特権が機能していれば、という前提があってのことだ。


 自分たちで女王を殺しておいて、全ての特権を失ったら、誰も守ってくれないとは思っていない。

 それ以前に、誰かに守られていたという自覚が希薄なのだろう。


 寄生虫は、自らを寄生虫だとは思いたくはない。

 自分は一人前で、自分の才覚で事を為したのだと思いたがる。

 自分自身の才覚と能力、実力で将家と渡り合っていたと勘違いした結果、為す術もなく暴力に屈し、こんな状況に置かれている。


「たとえば、そこにいるカースフィットだ。第二軍は王城を攻め立てた実行犯だよなぁ。

 軍ぐるみで思いっきり大逆罪やってんじゃねえか。


 婆さん、法曹人ほうそうにん資格持ってないのか。

 大逆罪は死刑だよな。


 そこにいるキーグル以外は全員、女王を助けたい一心でした、とでも弁護してみるか?

 随分タイミング良く王城に攻め入ってきたもんだよ……。


 カースフィットだけじゃない。

 お前らの一家、みんな殺人、殺人教唆、殺人幇助、このあたりはやってるよな。

 殺人を強盗や恐喝に置き換えても構わないが……それらは、訴えを集めて裁判で罰する。


 もちろん、裁判官は総取っ替えで、まともな脳が残ってる奴らにする。

 今までどおりの馬鹿みてぇな裁判は期待するな」


 こいつらに犯罪の自覚があるかは分からないが、恐らくは近しい身内の殆どが死刑になることだろう。


「ギュダンヴィエルの一族も、その裁判にかけます。例外はありません」


 ミャロが付け足すように言った。

 ルイーダ・ギュダンヴィエルが何か言うかと思ったが、特に言わなかった。

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