第179話 本邸への来客 前
「ユーリ閣下。王剣を名乗る女と、魔女家の女が来ています」
執務室に本邸の警備長の男が来て、その報告を聞いた時、俺は思わず椅子から立ち上がった。
王剣はいいが、魔女家の女ということは、ミャロが来ているのか?
「どこだ。案内しろ」
俺が血相を変えて歩き出したので、警備長はすぐに案内をはじめた。
「玄関に留め置いていますが。連絡の話によると、ロッシでキャロル殿下にお会いしたいと申し出て、自ら捕縛されて送致されたようです。黒い短刀を持っていて、抵抗もなかったと」
黙って捕縛されたのか。
ということは、味方なのかな。
そのまま送致されたということは、キャロルには会っていないのか?
小走りで玄関にたどり着くと、なるほどティレトと思わしき女と、ミャロが縛られたまま立っていた。
「ミャロ! 無事だったか!」
「ユーリくん」
「おい、早く縄をほどいてやれ。こっちは仲間だ!」
俺がそう言うと、縄を持っていた兵隊は、スルスルとミャロの縄をほどいた。
「あの、短刀を……」
ミャロがおずおずと言うと、縄をほどいた男が俺を見た。
縄をほどいたとはいえ、凶器となるものを渡してよいのか、と目で言っている。
俺が頷くと、見覚えのある短刀がミャロに返された。
凶器ということで、没収しておいたのだろう。
「ユーリくん、お返しします……」
「ああ、ありがとう」
俺は預けていた短刀を受け取った。
本当に長いこと預けていた気がしたが、たった三日くらいのことなんだよな。
「それにしても、良く逃げられたな」
「王剣の人たちと逃げてきたんです。直下に三階の出窓があって、ロープでそこに入って」
「おい」
ティレトが口を開いた。
「私の縄はほどいてくれないのか?」
「まだ信用できない。カーリャの手下になっているかも知れないからな」
「そんなわけないだろう。そこの魔女に聞いてみろ」
俺はミャロを見た。
「大丈夫だと思います。ボクの目の前で、女王陛下がキャロルさんのために働くよう申し付けました。キャロルさんが、ユーリくんのために働いてくれと命令したところも見ました。もしキャロルさんが亡くなられたら、裏切りを危惧すべきですが」
縁起でもない。
「もしそうなってもカーリャに従うことはない。女王陛下を殺害した者は剣の継承権を失う」
なんだって?
「女王を殺してすぐに王剣が支配下に入るんだったら、
まあ確かに。
例えばカーリャのような立場の女が女王と二人きりになったときに凶行に及んだとして、即座に王剣の命令権を得るのなら、その後即位を認めない将家に対して「黙れ、王剣を差し向けるぞ」と脅すこともできることになってしまう。
ただ、王家の内ゲバで女王が斃れるといったことが、歴史上まったくなかったかというと、そんなことはないので、嘘かもしれなかった。
歴史に疎い俺が覚えている範囲でも、シヤルタ王家で二度そんなケースがある。
「歴史に例がないわけじゃないだろう。仕える主をなくしたら、お前らはどうするんだ? 集団自決でもするのか」
「女王が王剣に許しを請うんだ。女王がとんでもない悪政を敷いたせいで誅されたような場合は、王剣が許すことで継承が成立する。もちろんカーリャの場合は、許しの対象じゃない」
カーリャと呼び捨てにしている。
もはや敬称を付ける対象ではないということだろうか。
「簒奪したあと上手くやって、王座に収まっちまった場合は?」
「そんなのは歴史上例がないが、野に潜って次の代になってから仕えることになっている。だから……その、もしキャロル陛下がお亡くなりになれば、カーリャの娘に仕えることはあるかもしれない。けど、今その心配をする必要はないだろ」
なるほど。
筋は通ってる気がする。
「それで、自分ではほどけないのか?」
「……は?」
「いや、自力で縄抜けとかできないのかなと思って」
「お前に疑われまいと思って、隠し刃物は置いてきたんだ。蛇かなにかじゃないんだから、手元を十字に結ばれていて抜けられるわけないだろ……」
なんかキレてる……。
興味本位で聞いただけなのに。
「ほどいてやってくれ」
俺がそういうと、やりとりに若干ウケてた兵が縄をほどいた。
「やれやれ」
ティレトは、縛られていたところを自分で揉みほぐしていた。
「ここじゃなんだ。執務室で話を聞こう」
***
執務室には来客用のソファがあり、俺はそれに座った。
ミャロとティレトも、並んでソファに腰を下ろす。
「父上と母上はどうなったか分かるか」
開口一番、俺は言った。
「分かりません。逃げてから王都に半日潜伏しましたが、情報はなにも出て来ませんでした」
……うーん。
俺が逃げ延びたこと考えれば、ルークとスズヤは取引材料になる。
殺して晒すどころか、逆に治療していてもおかしくはない。
……ルークは容態からいって望み薄とは観念しているが、スズヤの希望は捨てきれない。
兵の士気などの都合上、死んだとは言っているが、生きてはいないのだろうか。
「それで、カーリャはどうした」
「結局、女王陛下は殺せませんでした。おそらく今も生きているかと」
「……ったく」
死人を悪くは言いたくないが、つくづく厄介事を残していってくれる人だ。
親の気持ちになれば分からなくはないが……俺に国の後事をどうとか言っておきながら、殺せないというのは、何かを無責任に押し付けられている感じがする。
「脱出したときの話を、詳しく聞かせてくれ」
「女王陛下はあのあと、ティレトさんを呼んで、王剣を率いて脱出するようにいいました。キャロルさんの力になれと。でも、カーリャさんを人質にするため動ける人が必要でしたので、エンリケさんが一人残りました」
あいつ残ったのか。
ひどい話だ。
「さっきも言いましたが、あのバルコニーの真下には、三階の出窓がありました。バルコニーは出っ張っていましたよね。だから下を見ても分からなかったのだと思います。ボクは鷲に乗って外観を見たので、それに気付いていました」
あのバルコニーからは何度も下を見たが、まったく気が付かなかったな。
身を乗り出したら気づいたのかも。
「エンリケさんがカーリャさんの首に短刀を突きつける後ろで、ロープで降下して三階に降り、切り結びつつ厨房に向かいました。会食が行われた部屋の二つ隣です。厨房は、外部の者が出入りするとまずいので、不便を承知で三階にあります。でも、食材や煮炊きのための薪を階段で運んでくるのは大変なので、人力の昇降機が一階まで繋がっているんです。その穴から降りて、一階にたどり着きました。あとは窓から出て、包囲を突破して川に逃れた、という感じです」
そんな脱出路があったのか。
「じゃあ六階に行くんじゃなく、それで脱出すれば良かったんじゃないのか」
俺はティレトに言った。
「穴が小さすぎる。お前じゃとても無理だ」
「ボクでギリギリくらいでしたからね……キャロルさんだと、ちょっと難しかったかもしれません」
キャロルは結構肩幅があるからな……。
でも、ティレトはミャロほど体格が小さいわけではない。
「私たちは肩を外せるからな。それで通った」
俺の疑問を見越したように言われた。
なるほど。
「それで、暗殺をしでかしたのは、七大魔女家の連座ってことでいいのか?」
「その件については、本当に申し開きもできません。ボクが気づいてさえいれば……」
ミャロは後悔を滲ませた顔をしている。
でも、本当にその通りなのだ。
気づかずにノコノコと王城に行ってしまった俺の言えたことではないが、ミャロか王剣、どっちかが気づいていれば、こんなことにはならなかった。
ミャロについては、新大陸に関しての情報撹乱を任せてあったのであって、魔女を探れと命じていたわけではないから責める気にならないが、王剣は違う。
「企てたのは、確かに七大魔女家です。でも、ギュダンヴィエルは抜かされました。肉親の情かなにかで、ボクに漏れてしまうかもと思ったのでしょう」
そうなのか。
俺はむしろ、ギュダンヴィエルのルイーダ婆が率先して参加したのだと思っていた。あの婆は、ミャロの手管を知り尽くしているはずだ。
だからしてやられたのだろう、と。
「良くあることなのか。どっかをハブるっていうのは」
「シヤルタの魔女の歴史上、初めてのことです。七大魔女家は盟約で繋がっていますから」
なにか盟約があるらしい。
「
共存共栄……。
要するに仲良しクラブの約束ごとみたいなものか。
内輪で競争が起こらないように、甘い蜜を奪い合って喧嘩にならないように、ということなら、カルテルというのも正しい気がする。
「でも、なんで分からなかったんだ。単純に分からなかっただけか」
「半分はそうです。おそらく、あの日の午後までに計画の全貌を知っていたのは、十人くらいしかいなかったと思います……でも、ボクは気付くべきでした」
「何をだ」
「前日までに、ボクの情報源になっていた王城勤めの魔女たちが、半分くらい居なくなっていたんです。殺されたわけではなくて、ちょっとした地方への出張みたいな形で、さりげなく追いやられていて……少し違和感はあったのですが、嵌められているとは思いませんでした」
ミャロの情報源を予め特定していたのか。
もう掴んでいたのに、そいつらを消すなり外すなりしないで、当日まで泳がせていた。
つまりは、泳がせている間に暗殺の計画が漏れるとは考えていなかった。熱心に潰すことで、その熱心さがミャロに伝わることのほうを恐れた。ということだ。
当日行動を起こすまでバレないことにかけては、絶対の自信があったのだろう。
情報を秘匿するには、誰にも話さないのが一番効果的だ。
数を少なくすれば秘密は外に出にくくなる。
誰かが自分の頭の中で思い、誰にも話さなかったことを探り当てるなんてことは、どんな諜報のエキスパートにも不可能なことだ。
「気づいたのは、ユーリくんが王城に行ったあとでした。一人の魔女が、今日は普段している残業が認められなかった。と報告してきたんです。馬鹿なことに、ボクはここで初めておかしいなと思いました。何かしら変事が起こっていると感じて、王城に行ってみようと思ったら、第二軍が橋を封鎖していました」
それで、急遽白樺寮のほうに向かったということか。
「なるほどな、分かったよ」
「ボクの不手際でした。いかようにも処分は受けます」
ミャロは頭を下げている。
顔は見れないが、沈痛な声色が感情を教えてくれた。
「確かに、なにか違和感があったのだったら、気を張っていれば察知できたのかもな」
「…………」
「だが、それは俺だって同じだからな。ここ一年くらい魔女の動きが鈍っていて、ロクな手出しをして来なくなってた…。何か仕掛けてくる前兆だと考えるべきだった」
これはまったく俺の油断だ。
魔女が追い詰められていることは知っていた。だが、虎視眈々と暗殺の刃を研いでいたとは思いもしなかった。
「そんなっ! それはボクの役目です! それに、カーリャさんが
そうはいうが、誰にも責任がなかった、あれは誰にも予測不可能な、仕方のないことだった。なんてことはない。
そんな事にはしたくなかった。
「お前は鷲を届けてくれた。それでいい。あれがあったから俺は生きていられるんだからな。お陰でキャロルも助けられた」
あれがどんなに助けになったことか。
「それに、シャムとリリーさんのこと、心底助かったよ。ありがとうな」
「いえ、そんな……」
俺はミャロから目を離し、今度はティレトのほうを向いた。
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