第178話 継嗣会議 その2
スオミから戻った日の午後、ホウ家本邸の大会議室では、諸侯の有力者たちが集まって、継嗣会議が行われていた。
かつてルークが座っていた場所に、今俺が座っている。
あの時と同じで、隣にはサツキがいた。
違うのは、ルークがいない事だった。
「――というのが事の顛末だ」
一通り、王城であった出来事を詳しく説明すると、場は静まり返っていた。
「予め宣言しておくが、俺はこの企てに連座した連中を、皆殺しにするつもりだ。そのために、まずは王都に攻め入る」
俺は、静まっている十二人の藩爵連中を、ゆっくりと見回した。
「これから、俺をホウ家の新しい頭領として認めるか、しきたりに従って決を取る。だが、その前に一言述べさせて欲しい」
本当なら、天爵を貰ってからゆっくりとやるべき事を、俺は急ごうとしていた。
俺は椅子から立ち上がった。
「俺は、諸君に頭を下げて頭領になるつもりはない。おそらく、この中の幾人かは、今日だか昨日だか知らないが、俺の隣にいる未亡人と話をしただろう。この人はそういうたくらみ事が好きな人だからな」
俺がそう言うと、隣に座っていたサツキが、ギョッとした目で俺を見る。
怒るかな。
別に構いはしない。
「彼女がなにを言ったのか知らないが、諸君に対する何かの優遇だとか、約束だとかしたのであれば、俺はそれらを一切守るつもりはない。全て白紙だ。
俺は、あのホウ社を、誰からの資金援助もなく、たった三年でここまでにした男だ。
もしここで、諸君の挙手がなく、ホウ家の頭領になれなかったとしても、いつの日か必ず目的は遂げる。
だから、俺は、諸君に頭を下げて頭領となるつもりはない。
認められて頭領になるつもりだ。
俺が恩を仇で返す男なのではないか、と危惧を抱いている者がいるなら、安心してくれ。
俺は俺に従って付いてきてくれた者に対しては、相応に報いてきたつもりだ。
ホウ社の高給取りには毎月金貨十枚はくれてやっているし、その上にはもっと稼いでる連中がたくさんいる。
俺は、俺に従い尽くしてくれた者には貢献に応じて報いる。
何もしてくれない者には何も与えないし、特権を与えているなら返してもらう。
要するに、俺が勝ち馬だと思うなら、乗ってみろということだ。
そうじゃないなら、下りろ。
こんな時代だ。挙手をせず、ホウ家の庇護から離れるというのなら、それはそれで構わない。
もちろん、相互不可侵だとか不干渉だとか、勝手に成り立ったと思ってもらっては困るがな。
何も難しい話ではない。戦争を
この国はこれから否応なく乱世に入るのだから、平時のくびきでもって君たちを縛るのはそぐわない。
さ、話はこれで終わりだ。考える時間を三十分やる。
俺とサツキは部屋を出るから、良く考えてくれ」
俺は言い終わると、椅子を離れ、サツキに目線で合図した。
サツキは信じられない
そのまま会議室を出た。
*****
サツキが何かを言おうとするのを、「あとで聞きます」と言ったきり無視したまま、俺は廊下で三十分間待っていた。
大会議室の中からは、ポツポツと話し声が聞こえる。
ガヤガヤと大議論が交わされていないのは好印象だった。各々が各家の利益代表なのだから、決断は相談してでなく、自分でするべきだ。
三十分すると、俺はサツキを伴って大会議室に戻った。
てくてくと諸侯の背中を歩いて、元の椅子に座る。
「もう少し考える時間が欲しい者もいるだろうが、決を取ろう。サツキさん、頼みます」
俺は何事もなかったかのように、サツキに指示を出した。
「では、決を取ります。ユーリ・ホウをホウ家の新しき頭領として認める者は、手を上げてください」
サツキがそう言うと、するすると全員の手が上がった。
まあ、こうなるよな。
ここ数日、不幸が重なりすぎているので、若干の違和感があるが、こんなものだろう。
挙手をためらうほどの材料も与えていないし。
「では、サツキさん、これを一束づつ配ってください」
俺は、用意しておいたビラを取り出した。
ビラは、五十枚づつ針金でできたクリップで留められている。
配り終えたサツキさんが、一周して戻ってきた。
「これと同じものを、昨日一晩で二千枚作った。半分の千枚を鷲兵に預け、今は王都に派遣している。今頃は、王都上空でこれがバラまかれているはずだ」
俺がそう言うと、藩爵たちは声こそ上げなかったが、困惑した目で席上にて互いに見合った。
「今も刷らせているから、追って鷲兵を派遣し、他の将家の都市に撒くつもりだ。諸君には自分の藩領各所の高札に、これを貼っていただきたい。一言一句変更を加えずに。好みなら印章は押していい」
藩爵たちはペラペラとビラをめくっている。
印刷物を見る事自体、初めてである者が多いのだろう。
ここには、サツキ以外教養院の出身はいない。
全員、あのエロ本の世界とは縁遠いところで生きてきた人たちだ。
「今日はこれで終わりだ。皆、領に帰って軍を起こす準備をしてくれ」
あとは話すこともないので、そう言うと、諸侯の中からスッと手が挙がった。
挙げたのは、戦場経験があるのだろう。妙に目力のあるオッサンだった。
「ディミトリ・ダズ殿だったな。発言を許す」
「ユーリ閣下、王都の攻略はどのようにするお積もりでしょうか。心算がなければ、今すぐに旗を揚げ、攻め上ったほうがよろしいかと」
えらくまっとうで、基本的な意見だった。
俺の能力が心配なのだろう。まあ仕方ないよな。十九の若造だし。
「安心してくれ。俺も悠長に待つつもりはない。また、ホウ家軍の戦力があれば、第二軍と戦って負けはしないことは重々承知している」
「ならば――」
ディミトリが椅子から腰を浮かせる勢いで言い述べるのを、俺は手で静止した。
ディミトリは、それを無視することなく、口をつぐんだ。
えらい。
「あらかじめ王都の内情を知っておきたいのだ。ここにいる皆、軍に準備万端の用意をさせるのに数日はかかるだろう。その間に俺は王都の内情を調べておく。戦略は、それを加味した上で立てたい。ただ、重ねて述べるが悠長にはしない。一週間以内には攻め入るつもりだ」
ディミトリか。
ディミトリ・ダズ。
そういえば、ダズ家領というのは、ノザ家に隣り合ってるんだったな。
「そうだな……君のところを含めた、最も王家天領から遠い三家は、軍が整い次第ただちにカラクモに来い。待ちの時間があったら本家のほうで糧食の面倒を見る」
もし間に合わなかったら戦力が下がるし、万一置いてけぼりになったら可哀想だからな。
「ただしディミトリ殿、君のところは千人の兵を領境に残せ。ノザ家への抑えだ」
「……閣下はノザ家が南下するとお考えですか」
真剣な顔で聞いてくる。
まあ、挟み撃ちにされたら、こいつの領なくなっちまうからな。
「来たとしたら、たった千名では」
「君の所にはシーミアがある。あれは小さいが、立派な城塞都市だ。籠城の準備は一応してあるのだろう」
「当然」
「ノザ家は恐らく来ない。俺の考えだが、連中にホウを攻めるメリットはないからな。だが、領境を丸々開けてしまえば、火事場泥棒くらいはするかもしれない。シーミアに千の兵を置くくらいのことは、先方への礼儀のようなものだ」
俺がそう言い述べると、
「……うむ、納得致しました」
ディミトリは微笑を浮かべて、浮かしかけた腰を下ろした。
これで終わりのようだ。
「他になにかある者はいるか? いないのなら、解散とする」
*****
「上手くやりましたね」
全てが終わると、執務室に入った俺に、サツキが言った。
若干怒ってるっぽい。
「ええ、まあ」
さすがに、座り心地のいい椅子だった。
ルークはいつもこれに座っていたはずだ。
机の上は、昨日まで仕事をしていたように雑然としており、机の上には書きかけの羊皮紙が乗っており、ゴミ箱には試し書きのホー紙がくしゃくしゃになって入っていた。
このまま保存しておきたいほどに名残惜しいが、そのうち片付けられ、いつかはルークの残り香も消え去ってしまうのだろう。
「ユーリさんは、まだ騎士院を卒業していないんですから……危ないところだったんですよ」
まともな対立候補など居ないのに。
心配性な人だ。
「これから激しい戦いになります。軟弱な当主という印象がついては、よくありませんから」
「だからといって……」
「武人というのは、強い者についていきたがるものです。こちらから頭を下げて就任するのは良くない」
力の強い者に従っていたら勝ち馬に乗って、なんやかんやでやんごとなき身分になれた。
騎士の家なんていうのは、みんな元を辿ればそんなもんだ。
それに、ルークのときとは違う。
あの時は平時だったからいいが、俺はこれからすぐに軍を率いて戦争をするのだ。
「ホウ家はこれから王都を攻略して、魔女家を全て潰すのです。場合によっては騎士院などという制度もなくなるかもしれない。騎士章がどうこうなど小さな問題でしょう」
「……まあ、それはそうかもしれませんけれど」
ゴウクの時代だったら、サツキはこんなふうに動いてはいなかったはずだ。
だが、ルークの代になってからは十年以上、いわば側近としてサツキは働き続けてきた。
十年も働けばサツキの中でも意識の変化があるのだろう。
ゴウクの時代が暇な奥様の片手間手伝いだったとすれば、今度は役員のように働くようになったわけだ。
だから自分の意見もある。独断で行動して押し付けようともする。
まあ少し迷惑ではあったが、裏切る心配はないのだから可愛いものだ。
サツキには、軍関係のことより、他にやってもらいたい仕事がある。
「それより、サツキさん。俺の家を大急ぎで改装してもらえませんか」
「え? おうちって……ご実家のことかしら」
「そうです。色々考えたんですが、キャロルはカラクモに置かないほうがいい。人が少ないほうが警備がしやすいですし……ここは騒音が酷い。療養には向きません」
ここでなら高度先進医療が受けられる大病院がある、ということなら話は別だが、そんなことはない。
赤のカノッリアにはどのみち解毒剤はないのだから、ゆっくり休める環境のほうが重要だ。
カラクモからは通える距離なのだから、名医など通わせればいいのだし、落ち着いた環境で滋養のあるものを食べさせるほうが重要だ。
ここにいてはどいつもこいつも面会しようとしてくるだろうし、コソコソと容態を探りにくる者も絶えないだろう。
人が多すぎて落ち着かない。
「分かりました。責任を持って監督します」
「キャロルの名前は出さず、俺の注文ということにしてください。居場所は秘密にしておきたい」
「わかりました」
「二階に眺めのいい部屋が一つあります。本格的に改装するのはそこだけで構いません。ベッドを最高級品に変えて、絨毯を新品に。窓を大きく作り変えてください」
「はい。早速出入りの大工さんにお願いしますわ」
出入りの大工……まあ極秘ってわけでもないから構わないか。
うん。
「それでは、早速頼んできます」
サツキは、部屋を出ていった。
一仕事終わって、ふう、とため息をつく。
手持ち無沙汰に机の上の書類を読むと、どうやらカラクモより少し南にいった街の、開発に関する指示書のようだった。
ルークの生々しい息吹のようなものを感じる。
胸の中から、熱く煮えたぎる黒い何かが滲み出てくるような感覚がした。
それは、いわく形容しがたい、怒りとも憎しみとも取れる何かだった。
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