第158話 大講堂での密談
ミャロはなんだか吹っ切れた表情になっていた。
居所が定まった心地がするのだろう。
「じゃあ、戻りましょうか」
そう言って席を立ちかける。
「いや、まだ話したいことがある。お前にやってもらいたいことだ」
「早速ですか。はい、なんでしょう」
応答がハキハキしている。
立ち直ってるな。
「ここから話すことは、キャロルにも、誰にも、俺の両親にさえ話せないことだ」
「はい」
「その割に、知ってる人間の数は多い。もう大勢が知ってしまっている。それはとても危険で、どうにかしなくちゃならない」
「はい。それはそうですね……?」
ミャロはピンときていないようだ。
当たり前だ。
椅子に座ったまま後ろを振り返って一応確認をする。
気は向けていたので、俺たちが入ったあと扉が開いたということはないはずだ。
「新大陸を見つけた」
と、俺は言った。
「この国とキルヒナを合わせたより大きいのは、多分確実だ」
「……えっ」
「ひょっとしたらイイスス教圏を全部合わせたより大きいかもしれない。人は住んでいないようで、国らしきものもない。そこに国を作ろうと思う」
「……ぱ」
ミャロのほうを見ると、口をぽかんと開けっぱなしにしていた。
呆然、というタイトルの絵を描きたいとしたら、この時のミャロをスケッチしたら良い絵になる。と思わせるような表情だった。
たっぷりと三十秒は待っただろうか。
「……え、えっと……それはどこにあるんですか?」
ようやく混乱から立ち直ったミャロが、口を開いた。
「アイサ孤島の向こうだ。アイサ孤島を挟んで、更に二倍くらい行ったところにある。高度な航海技術が必要で、今の所その技術は俺のところが独占している」
「冗談……ではないんですよね? それが本当なら、とてつもない発見ですよ」
「そうだ。たぶん、発見した船長の名前は未来永劫語り継がれるだろ。シモネイ、キャロル、テルル……そんな名前よりずっと有名になるんだ。ハロル船長、キャプテン・ハロル。どう呼ばれるのかは知らんがな」
「もしかして、ハロル・ハレルさんですか?」
なんで知ってるんだ?
と一瞬思ったが、思い出した。ミャロは、クラ語の講義でハロルと一緒だった時期があった。
最初の一年は、丸々一年一緒に講義を受けていたのだ。
「そうだよ、あいつだ。あいつの名前は教科書に載るぞ。カンジャル・カーンやカルルギニョン・ペストパセリと並ぶくらい有名になるかもな」
「それは……なんとも、途方もない話ですね」
本当に途方もない話だ。
ちょっと前までスオミの波止場で廃人みたいになったり、頭を剃られて丸坊主にされたりしてた男が、そんなことになるとはな。
「順を追って俺の考えを説明する。まず、新大陸に作る国……国といっても何も決めてないんだが、そこはシヤルタ王国とは別れたものにする。だから別の国と便宜上呼ぶ。流れによっては王族に統治させてもいいが、この国の仕組みをそのまま持っていくのはダメだ。理由はわかるな。魔女という疫病も持ち込むことになるからだ。もちろん、ホウ家のものにもしない。あれはあれでシガラミだらけだからな」
「……すごいです」
俺の考えに共感してくれたのか、ミャロは陶然とした表情で呟いた。
「そんなことが、もし本当にできたら、古い仕組みが全部ひっくり返ります。ひっくり返せます。夢のような………あれ?」
ミャロは突然、眉を寄せて考え始める。
なにか疑問な点があったのだろうか?
「どうした? 何か問題があるか?」
「えっ……でも……そんなわけが…………あれ?」
しばらくブツブツと独り言のような事を言ったあと、ミャロは俺を見た。
驚嘆と称賛、そして畏怖がないまぜになったような、ちょっと見たこともないような複雑な表情をしていた。
「ユーリくん、この状況を作るために社を興したんですか? 王家にも魔女にも、自分の親にさえ邪魔をされないように」
ミャロは、一瞬でその結論に至ったようだった。
俺のほうが驚く。
「たった一人で……たった一人で考えて、ここまでやってきたんですか? お金を増やして、船を作って、海を越えるすべも考えて。新大陸を探すために……」
「そうだ」
「王家やホウ家に相談すれば、何倍も楽ができたはず……でも、それをしなかった……」
「馬鹿だと思うか?」
「思いません。ただ、少し恐ろしいです……」
いかなる作用なのか、ミャロの手はブルブルと震えていた。
「分かるか。この重大さが。これは俺とお前にしか理解できない。他の連中は……まあ、無能ではないが、高度に政治的な視野は持っていない。だから、事態に対して正確な対処はできない」
まったくもって、それが問題なのだ。
さすがに、これからのことは俺の手には余る。全部を上手くこなせる自信が全く湧かない。
「さっき、俺の
俺はさきほどの会話を持ち出した。
ただ、理解して欲しかったからだ。
「カフ・オーネット、ハロル・ハレル。ダメだ。お前の代わりにはならない。キャロル・フル・シャルトル。もちろん話せない。血の一滴まで王家の誇りが刻み込まれているから」
他にもたくさん居るが、どの人間も適性があるとは言いがたい。
「ミャロ・ギュダンヴィエル。分かるか。お前だけなんだ」
「はい、理解しました。ボクにしかできないことです」
返事は力強かった。
*****
「それじゃ、現状を説明する」
「はい」
「新大陸発見の報告を受けたのは、一週間ほど前だ。俺がこっちに戻ってすぐだな。知っているのは俺、カフ・オーネット、ハロルとその船員どもだ。特に船員がまずい。複数人いて口が軽い」
「……それはまずいです。とても」
ミャロは端的に感想を述べた。
「だが、まさか発見の功労者を殺して口封じするわけにはいかん。単純に熟練の船員は貴重だし、次も行ってもらわなければならないからな」
「それはそうですね。計画が滞っては元も子も……」
「幸いなのは、そいつらはホウ家領のスオミに留め置かれてるってことだ。数日前に軟禁状態が解かれたが、まだ王都には流れていない」
今思えば、俺が帰る前に野放しにしなかったのは、ハロルにしては上出来な采配だったな。
「口止めはしているんですよね」
「もちろんだ。だが、連中の口に戸は立てられん。陸に上がればその日の記憶がなくなるほど飲むような連中だ。なにを喋ったかなんて、自分でも覚えちゃいないだろうよ」
「想像できます」
「どっちみち、規模が大きくなればなるほど、軽い口の数も増える。長くはもたない」
ミャロは、うーん、と唸った。
「難しいですね」
「ホウ家のほうは何とかなる。中枢は俺の親父だしな。はぐらかすこともできるだろう。問題は王都だ」
「そうですね。なんだかんだで、情報の中心ですから。将家も情報は王都で拾うことが多いでしょう。相手の領に忍ばせるより効率がいいんです」
さすがに、事情通のようだ。
「まぁ、将家は体質的に情報に疎いし、この件については大した相手じゃない。問題は魔女と王家だ」
そもそも、ホウ家に接しているノザ家という連中は、ホウ家と比べると大分戦力に落ちる。
喧嘩を吹っかけてくることはできない。
ノザ家以外は領地を接していないのだから、こちらに介入するのは難しい。
「王家も、この件についてはハッキリと敵だ。新大陸を一番欲しがってるのは奴らだろうし、シモネイ女王だって切羽詰まってる。俺を切り捨ててでも奪いにくるぞ。最悪、ホウ家と一戦交えることも辞さないだろうな」
王家には将家を
それは大問題だ。
「わかります。王剣の方々は本当にまずいです」
「あぁ、あいつらも敵になるな。頭が痛い」
敵といっても、一部で利害が衝突するようになった。というだけで、他のところでは相変わらず仲間というところがややこしい。
ただ、バレたら一番ヤバい気がする。
女王のほうは最近ちょっと病み気味のようだし。
「……現状確認はこれくらいでしょうか」
「そうだな……あぁ、植民に使う人員はホウ家領を中心にこっそり集める予定だ。向こうに定住させるような形にする」
「それがいいと思います。王都で直接集めるのはまずいので、集めるにしても流民の方々にホウ家領で仕事があるなどと情報を流して、誘い込むような形にしたらいいかと」
「そうしよう。ま、ホウ家領のほうにも人が溢れてるから、当分は困らないだろうけどな」
さて、だいたい現状確認は終わってしまった。
「で、どれくらい持ちそうだ」
「わかりません。最悪の場合、一ヶ月くらいで割れてしまうかも知れませんし、上手く行けば五年十年と持つかもしれません」
「うーん……」
「こちらの有利な点は、これが雲を掴むような話だ、ということです。ボクはユーリくんから直接聞きましたし、ユーリくんのことをよく知っています。だから、荒唐無稽とは思いません。でも、他の人は違います。伝聞で聞かされるわけです。普通は信じません」
それはその通りだ。
そのあたりの非現実さが、こちら側の最大の武器なのだろう。
「だが、現実には人とモノの流れがあるからな」
そこが嘘とは違うところだ。
ハリボテを作って欺瞞することはできるが、本物は動かないでいることはできないのだから、やはりハリボテとの区別はつく。
「そのあたりが、腕の見せ所ですよね。人の流れであれば、アイサ孤島に人を送っているだとか……いよいよとなったら、アルビオ共和国に奴隷として余った人を売っているだとか、そういう情報を流せば混乱させられます。それは、新大陸が発見されていて植民として人を送っている、という荒唐無稽な話より、よほど確からしいわけです。人は無意識のうちに、そちらのほうを信じようとしますよね」
ミャロの口から正常性バイアスのような話がでてきて、内心驚いた。
学問として名称がついているわけではないのだろうが、権謀術数の世界では傾向として知られているのだろう。
「要は、トップの連中が信じたいかどうかだからな」
「そう、その通りです」
「だが、シモネイ女王は信じたがっているぞ」
「あぁ……それはそうです。確かに」
魔女の連中はそれで済むかも知れない。
そんな馬鹿げた話、と一蹴してくれるかも。
が、シモネイ女王のほうは、それとは逆に藁にも縋る思いで調べだすような気がする。
「ちょっと、知恵を絞って考えてみます」
ミャロほどの頭脳から知恵を絞ったら、どんなものが出てくるのだろう。
気になる。
「さしあたり、何か俺がやるべき事はあるか?」
「船員の方を王都には来させないでください。本人の話と、又聞きの伝聞とでは、信憑性が全く変わってきます。それに、王家に怪しまれているような状況であったら、王剣が拉致しにくるかもしれません。そうしたら確定情報を与えてしまいますので」
やはり、ミャロを引き入れてよかった。
こういう発案がスルスルとでてくる。
「わかった。そうしておく。他にはあるか?」
「……うーん、今のところはありませんかね」
「じゃ、これ」
俺は机の上に金貨のギッシリ入った袋を置いた。
「当面の工作費にしてくれ」
百五十枚入っているので、かなり重量感がある。
実際、金なので重い。2キロくらいは優にあるので、これ以上の金額を持ち運ぶのは大変だ。
「……そんな。受け取れません」
「いや、受け取ってもらわないと困る。というかお前、そんなに自由にできる金はないだろ」
なんか報奨金の五十枚もあっさり辞退していたが、実家のギュダンヴィエルのババアが財布を絞っているせいで、ミャロには金がないはずなのだ。
幹部だから、他の三人が辞退したから、という感じでミャロも辞退したのだろうが、俺を含めキャロルもリャオも金貨百枚くらいどうってことない身の上なわけで、ミャロは受け取ってもよかった。
「実を言うと……そうです。じゃあ、受け取ります。きっと投資に見合う働きはしてみますので」
「当面の給料も兼ねてる。私事にも使ってくれ。帳簿なんてつけてたら怒るからな」
黙っていたら1ルガまで帳簿につけて渡してきそうだ。
「うっ……そうですか。分かりました。ボクの裁量で使います」
「よかった……それなら、話はこれで終わりだ」
特に話すこともないし、このまま帰るか。
「ミャロは寮に帰るんだよな……一緒に」
「ユーリくん」
と、鋭い声でかぶせられた。
なんだなんだ。
「どうした? なにか残ってたか?」
「リャオさんの話を受けていたら、この話をしてくれてましたか?」
なんだ、そんなことが気になるのか。
「ベタ惚れで嫁になる気満々だったらしてなかったかもな。だが、そんなことはありえない。話すつもりでいたよ」
「なんでですか? ボクは嘘を言っているかもしれませんよ。本当はリャオさんと付き合っているのかも」
……一体なんだ?
俺に女心がわからないというのは本当らしい。
そんな話を持ち出す意味が分からない。
かろうじて分かるのは、なにかを確認したいのだろうか。ということくらいだ。
「仮にそうだとしても、お前は今から付き合うのを辞めるさ。今まで騙していたとしても、人間には本性ってものがある。人間はその
「さが、ですか」
「例えばお前が魔女にこの話を売って、すべてを台無しにする。そんなことはお前の好みとは真逆のことだ。それはもう、ハッキリしてるんだよ。やりっこない」
「断言できるんですか?」
どうも、こちらを向いているミャロの顔を見ると、何か不安がっているようだ。
よく分からん。
なんだろう。自分の魔女としての血に人格が乗っ取られて、土壇場で自分のババアみたいな性格になったらどうしよう、みたいに考えてるのか。
ありえない。
ファンタジーやメルヘンじゃないんだから。
「お前とつるみ始めて何年になる。八年か。そんだけ見てきて、明らかに確からしいと思ったことも信じられないなら、もう俺は何も決断できねえよ。そうだな……例えば、俺はドッラの野郎がキャロルに惚れてたことを知ってるよな」
「はい」
「その上で、ドッラが男と付き合い始めたという噂を聞く。夜な夜な、寮のベッドでいかがわしいことをしているらしい。あいつは変態だよ、と言われる。俺がそれを信じるか? あ、てっきりキャロルに惚れ抜いてたと思ってたけど、間違いだったのかも……。ってさ。いやいや、ありえねえって。ドッラはキャロルに惚れてる。それくらいは確信持てるだろ」
「ボクのもそれくらいありえないことなんですか?」
はぁ……。
分かりやすく話したつもりなんだけど……。
「それくらいどころか、それ以上にありえねえよ」
「そうですか……うん、ならいいんです」
何か納得したようだ。
……一体、さっきの揺さぶりはなんだったんだろうか。
突然、通り魔的に体をゆさゆさされたような困惑がある。
何か意味があったのだろうか。満足したのだろうか。それとも一種の気の迷いだったのだろうか。
「まあ、ちゃんとお断りはしておいたので安心してください」
会話の流れで分かっていたことだが、やはり交際破棄したらしい。
「一応、どうやって断ったのか聞いていいか?」
リャオと絡む時に接しづらいからな。
「先程話しました夕食の席で、リャオさんが外堀りを埋めてきたので、これ以上埋められると別れるのが大変になるな、と思って、これ以上はお付き合いできません、と言って席を立ちました」
「え、夕食会の真っ最中にか?」
だとしたら酷い。
「はい。あ、でも、できるだけ穏便な言葉は使いましたから」
ミャロのことだから、最大限波風の立たない言葉遣いはしたのだろうが、穏便な言葉を使おうが酷いものは酷い。
とはいえ、交際といいつつ性急に外堀の突貫工事を進めようとしたリャオにも問題はあるだろう。
まあ、だけど、
「仕方ないな。色恋のことなんだし」
「そうですね。次はちゃんとしてくださいね。断ってくれたらよかったんですから」
そこは譲るつもりがないらしい。
俺のせいなのか?
若干納得できないものを感じるが、ここは折れてくださいね、という無言の圧力のようなものを感じる。
俺のせい、俺のせい。それで納得しておこう。
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