第139話 鬨

 敵兵たちは、崩れた橋の反対側に、まだ残っていた。


 どれだけ恨みがましい目で見ても、俺たちとの間には川が刻んだ深い谷がある。

 俺たちの勝ち逃げだ。


 こちら側に、森の中までぎっしりと敷き詰められた人々も、徐々にばらけはじめ、超密集状態は緩和されつつあった。

 これから難民を収拾するのも、一苦労だ。


 だが、とにかく、終わった。


「勝ち鬨でも上げるか」


 リャオが言った。


「エイエイオーってやつか?」


 めんどくさい。


「いや、せっかく敵がいるんだし、なにか声明を出したらどうだ」

「声明か」


 勝ったぞー、ってか。


 それは、やっておいたほうが良いかも知れない。


 歴史だの事実だのなんてのは、所詮は言ったもん勝ちだ。

 こんだけ苦労したのに、なんか曲げられて「負け犬みたいに逃げ帰った」みたいに伝えられたらしゃくだ。


「まあ、気が進まんならいいが」

「いや、言うぞ」

「そうか、じゃあ、これを使え」


 リャオは拡声器を渡してきた。

 銅かなにかの金属製で、メガホンのように円錐状になってるやつだ。


 リフォルムで買ったのか、再会して以来カケドリの鞍に下げてあったが、一々使うのが面倒だったらしく、使っているところを見たことがない。

 ずっと吊るしっぱなしだった。

 ようやく日の目を見るか。


「悪いな、借りる」


 と、俺は拡声器を受け取った。



 *****



 さて、どうするかな。

 俺はしばし考え、文章を組み立てた。


 挑んでみると、なにやら膨大な時間を要するように思われた。

 一晩机に向かって考えなきゃ納得できるもんができそうにない。


 考えてるうちに、敵は飽きてどっか行ってしまうだろう。

 もうアドリブしかねえ。


 よーし。


「十字軍諸兄!! 遥々北の地までご足労痛み入る!!」


 と、まずはおちょくった。


「我が名はユーリ・ホウ! 手勢が少々足りぬ故、正々堂々の大戦おおいくさとは参らなかったが、ここは奇道きどうも兵法の内とさせて頂きたい!!」


 と繋ぎ、


「この勝利、我が初陣の何よりの土産みやげとさせていただく!! それでは、道中お気をつけて帰られよ!!」


 勝手に勝利宣言をし、締めくくった。


「よし」


 ま、こんなもんだろう。


「いや……さっぱり意味が分からなかったが」


 リャオが不満げに言った。

 いや、シャン語で言っても意味ないしな。


 それにしても、橋のきわに出てきている、あの妙に派手派手しい紫色の外套を着ている男は、相手方の総大将かなんかか?


 俺とやりあった、あの顔に布をかけた女騎士みたいなのは違ったのか。

 紫という色はあちら側じゃ高貴色らしいので、上官が地味な服装をしているのであれば、普通部下のほうは紫を着ないだろう。

 やはり、あいつが総大将のはずだ。


 もしかしたら、あいつが教皇の甥とかいうエピタフ・パラッツォか?

 さすがにないか。

 こんな危険な浸透作戦を現地で指揮するとか、立場的にちょっと考えづらい。


 じゃあ、俺の相手をしてた女は、紫のあれの……愛人かなんかか?

 うーん、よくわからん。

 あとで情報を集めてみるか。


 そう考えながら、じっと観察していると、


「射殺すのだ!」

 という声が、谷の反対側からにわかに聞こえた。


 紫の横にいた男が弓を掲げあげ、引き絞りながら、こちらに狙いを定めた。


「危ないっ!」


 リャオが俺の服を握った時には、もう矢は放たれていた。


 といっても、不意打ちでもなく、弓を構えたところから見ていたので、普通によけたのだが、避けた後「あ、後ろにいる奴に刺さるかも」と思った。

 が、矢は誰かに刺さる前に、ガンッと金属音を発して弾かれていた。


 ドッラの槍の鉈のような穂先が、盾のように矢を弾いたのだ。


「ったく、シャレの分からねえ野郎だ」


 さっきの演説でキレたんかな。


「そういう問題でもねえだろう。気をつけろ」


 ドッラが言った。

 さっきは俺に助けられたくせに。


 ていうか、俺の方も、ドッラを援護する用に持ってた鉄砲があるんだよな。

 せっかくだから撃っとくか。


 鉄砲の火蓋を開いて、火皿の中を確認した。

 飛んだり跳ねたりの間でこぼれてしまったかと思ったが、大したもので、ちゃんと残っていた。


 俺は鉄砲を構えると、紫の男に照準を合わせた。


 構えた直後、周囲がそれに気づき、焦った様子で男の肩や服を引っ張った。

 が、男は頑然とした様子で動かない。


 おらぁ、撃ってみろ! 鉛玉がなんぼのもんじゃい!!

 チャカが怖くてヤクザがつとまるか!


 みたいな感じか。

 いや、違うか。

 ヤクザじゃねえもんな。


 しかし、度胸あるね。


 まあ、ちょっと狙って当てられる距離ではないから、高をくくってるのかもしれない。

 たぶん、敵方が鉄砲でなくて弓矢を使ったのも、名手であれば弓矢のほうが命中率が高いからだろうし。

 その代わり初速が遅いので、避けるのはそこまで難しくないのだが。


 と思いながら、誤差を適当に修正しつつ引き金を引くと、火縄がカチャンと落ちた。

 火薬が炸裂し、耳元で起こった轟音に耳がキーン、と痺れた。


 外れた。

 頭の横を掠めるまでいったが、隣のやつにあたってしまった。


 薬莢でカートリッジ化して、機構を組み入れて連射できるようになれば、すぐに狙いを修正して撃てるんだけどな。

 銃口から詰め直すんじゃ修正どころじゃない。


 やっぱり、前装式はまどろっこしい。

 今後の課題だな。


 ともあれ、向こうも一発、こっちも一発だ。

 もう一発込めて放つころには、向こうは退避するだろう。

 そんな気がした。


「引き揚げるぞ! 矢が来る前に兵を引かせろ!!」


 大声でそう叫んで、俺は戦場に背を向けた。

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