第122話 会見後

 俺たちは部屋を出ると、車椅子に運ばれながら、客室まで戻った。


 部屋を眺めると、ロウソクが替えられて新しくなっているようだ。

 気が利いているな。


「お手伝いの手は必要でしょうか」

 と、俺をここまで運んできた王剣っぽい女が言った。


「いや、いい。さほど歩くに苦労するというわけでもない」

「当座の間、これをお使いください」


 差し出されたのは、老人が使うようなステッキだった。

 キャロルが持っているのと似ている。


「ありがとう」


 受け取って、地面を突きながら車いすから立ち上がる。

 上手く体重が支えられているようだ。

 長さもちょうどいい。


 脇でなく手首で支えるので、あまり使うと手首を痛めそうだ。

 まあ、鍛えているし、気をつけていれば大丈夫だろう。


「それは、そのままお持ち戴いて構いませんので」

 城を出るときそのまま持って行っても構わない、ということだろう。


「そうか。助かる」

「それでは、失礼致します」


 王剣っぽい人は、ぺこりと頭を下げて、部屋から出て行った。

 ドアが閉められる。


 俺は、そのまま移動して、ソファに座った。


「ふう……」


 思わず、ため息が出る。

 キャロルも同じように椅子に座った。


「ユーリ、聞いていいか?」

「なんだ」

「さっきの話……市民を送り届けるという提案、どうして受けたのだ?」

「嫌だったのか?」


 どちらかというと、断ったら怒り出すかと思っていたんだが。


「いや、そういうわけではないが……なにかお前らしくない気がした」


 そうかな。


「俺も受けたくはなかったが、悪くはない提案だろ。隊員にも手柄がつく」


 特にカケドリ隊には良い話だ。

 やることが無かった、といったら変だが、連中は留守中に勝手に動いただけで、他には補給物資を運んできただけだ。

 勝手に動いたのも、功績があったわけではないので、手柄ではないだろう。


 こういう作戦に従事すれば、ただ従軍しただけ、とそしりを受けることもない。


「それは、確かにそうだが……自分から厄介事を引き受けるのは、珍しくないか?」

「俺にだって、末期まつごの頼みくらい聞いてやる情はある。知らん仲ではないしな」


 限りなく他人に近くはあるが。

 ……まあ、王配はゴウクの友人だった、みたいなことも言っていたし、他人ではないか。


「そうか。騎士として立派な行いだと思うぞ」

「俺としては、初志貫徹するのに余計な行動なんだがな」

「どういうことだ?」


 わからねえのかよ。

 こいつは、あれを引き受けたことが軍事行動上なにも問題ない行動だと思うのだろうか。

 玉璽だの勲章だの、そういったオプションがいくらつこうが、問題であることに変わりはない。


「お前……先に帰るか?」

「は!?」


 キャロルが、素っ頓狂な声をあげた。

 想像だにしていなかったらしい。


「どうせ王鷲隊は大部分帰らせなきゃならん。道を歩く軍に鷲が二十数羽ってのは必要ないし、食わせる飯を考えるとな」


 まあ、連れて歩くのは精鋭四羽ってところか。

 他は、餌、それも肉を馬鹿食いするだけの余分な荷物になってしまう。


「私は帰らん」


 やっぱり、こうなるよな。

 とはいえ、こいつが帰ると士気に打撃があるのも事実なんだが。


 これは配慮のし過ぎかも知れないが、やっぱりキャロルは同道していたほうがイメージが良い。

 俺の命令という形にするとはいえ、民を置いて先に帰った、というのはな。

 今ここにシモネイ女王に直通する電話があって、意見を聞いたら、まず連れて行けと言うだろう。


 どれだけ手際がよくても、事後処理も含めたリフォルムの攻城が一週間以下で終わるとは思えないし、十日も猶予があれば、余裕でシヤルタまで逃げ切れる。

 敵が次の手を早めに打つとしても、六日も先行すれば騎馬でも追いつくのは難しい。


 騎馬は全速力の走行を何日も続けられるわけではないし、馬車に飼料その他を積み込んで、騎馬プラス馬車の形で歩兵をなくし、最大限急いだとしても、この距離を短縮するのは無理だ。


 敵が一般的な侵攻過程で繰り出した追手と戦闘になる可能性は、ゼロに近い。

 が、何事にも特異事例というのはある。


 こないだの竜のように。


「お前の存在は避難民を危険に晒すんだよ。そのへんのとこ、解ってるか」

「私が……? 意味がわからないぞ」

「お前がいたら、隊……もう観戦隊と呼んでいいのか解らんが、あれはお前の保護を最優先にしなきゃならん。お前が居なかったら、民を助けにいけるものを、お前がいるから、お前を危機から遠ざけるのに使わなきゃいけなくなる」


 でも、海峡渡りも危なっかしいんだよなぁ……。

 王鷲も足怪我してる状態で乗っていいってわけではないし……。


 どの道、俺は陸路で帰らなきゃならないから、監督はできないわけで。

 まぁ……別にそれほど難しいことではないし、全く初めての鷲を使うことと、足の怪我を含めても、たぶん95%くらいは大丈夫なはずなんだが。


 陸路のほうが危険に晒される可能性は、5%以上もあるのだろうか……。


 どちらが賢い選択なんだろう。


「それなら、私は……どうしたらいい?」


 俺が悩み込んでいると、キャロルが言った。

 顔を上げて見てみると、何やら悲しそうな顔をしていた。


「私は……ユーリの選択に従おう」

「いや、最初からそういう約束だったんだが」


 今初めて約束が発生したみたいに言うなよ……。

 ビビるわ……。


「今、考えている」


 危険度がトントンだったら、陸路のほうに事後のメリットがある分、そちらに同行させたほうがマシか?

 いや、危険度はトントンではなく、両方共未知数と考えるのが妥当か。

 最初から確率が計算できるゲームとは違う。


 わからんな。

 だが、今回はカケドリが使えるのだから、陸路で騎馬に追いつかれても、逃げればよい。


「お前、敵が来たら、きちんと逃げられるか?」

「……逃げられる」

「もし、敵に追いつかれた時、お前が約束を破って立ち向かおうなんてしたら、もう全てがメチャクチャになる。何人も無駄に人が死ぬ。その時、お前は足手まといにしかならない」


 なんだか、子どもに言い聞かせてるみたいだな。

 もう、何回も言った話だ。

 別に、キャロルはそのような行動をした前科があるわけではないのに。


「……分かってる」


 まあ、信頼するしかないか。


「じゃあ、お前は陸路でついて来い」


 言ってしまった。

 一生後悔する誤断にならなければいいが。


「いいのか……?」

「いい」


 まあ……なんとかなるだろ。


「じゃあ、そろそろ寝るか」

 そろそろ、本当に眠い。


「うん」


 俺はベッドに潜った。

 体中を柔らかい布が包み込む。


「一緒に寝ていいか?」


 キャロルが言った。

 この部屋には、当然ベッドが二台ある。


「……いいぞ」


 少し考えて、俺は言った。

 すると、キャロルはそそくさとベッドに入ってきた。



 ***



「なあ」


 しばらくして、話しかけてきた。

 キャロルは、エロいことをしかけてくるわけでもなく、俺に触れるか触れないかのところで、どうもそのまま寝る構えを見せていた。


 俺は、エロいことするにしても今日は疲れすぎていて、眠すぎるから無理だな、と思い、そろそろ抵抗をやめて眠ろう、と意思を固めたところだった。


「……どうした」

「私のために、死なないで欲しい。頼めるか」


 なんだ、その質問は。

 どうも、エロいことを考えていたのは俺だけだったらしい。


「そういう時は、助けに行って、どうにもならなくて死ぬもんだからな……最初から助けに行くな、ってのは無理な相談だ」

「まぁ、そうか……。さっき、ユーリが私のために死ぬところを想像したら、怖くなってしまってな……」


 寝る前になにを考えているんだろう。

 考えていてくれたほうが、行動を自重してくれそうではあるけど。


「……俺も怖いぞ」

「そうなのか……?」


 俺は、あの時のことを思い出していた。


「……星屑のことは言ってなかったな。星屑は、墜ちた時、まだ生きてたんだ。羽もあしもめちゃくちゃで、多分内臓もやられていて……俺が楽にした」

「あぁ……そうだったのか……」


 キャロルは、思いを馳せるように言った。

 星屑を悼んでいるのか、晴嵐を思い出しているのか。


「だから、お前が……瀕死になっていて、同じ事をしなくちゃならなかったら、どうしようかと思った」


 言葉にすると、あの時の恐怖が蘇って、一瞬背筋が凍る思いがした。


「……そうか。私も……そんなことになったら、辛くて狂ってしまうかもしれない」


 そうだろうなぁ。


「お互い、そうならないようにしないとな」

「うん」


 本格的に眠くなってきた……。


「もう寝よう」

「わかった」


 そう言ったキャロルの声は、どこか嬉しそうだった。

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