第103話 接触

 夜の間に、俺は一度、この道を先まで進んでいた。

 そして、軽く罠を張ると、大廻りのルートを通って、円を描くようにキャロルのところまで戻った。


 もちろん、本当に一繋がりのまま戻ったら、そのまま追手はキャロルのところまで行き着いてしまう。

 なので、適当なところまで歩くと、松明で足下を照らしながら、つけた足あとを慎重に踏み、後ろ歩きに引き返した。


 野生動物が巣の位置を捕食者から隠すためにやる技術で、バックトラックという。


 百メートル弱程度の距離をやったところで、さすがに疲れて脇道に逸れた。

 つまりOの形で戻るのではなく、Pの形で戻ったわけだ。


 俺は既に、その逸れた地点を通過していた。

 つまり、足あとはもう百メートル弱しか残っていない。

 連中の足あとは、バックトラックに気づかず、更に先へと進んでいた。


 まさに終点のところで、木々の隙間に人間の背中が見えた。

 敵は、すでに終点まで到着していた。


 俺の足あとが途絶えてしまったので、付近を捜索しているらしい。

 俺はその場でさっと身を隠し、連中を良く観察した。


 さて……。


 敵は一人減って十一人だ。

 木に隠れていて全員は見えないが、見える範囲で五人ほどもいるので、全体で十人くらいはいそうな大所帯に見える。

 別働隊を分けて行動しているわけではなさそうだ。


 今は、ちょうど終点のあたりに武装以外の背負い荷物をすべて置き、捜索に移っているらしい。


 うち一人は、荷物を部下に持たせる代わりに、自分はプレートアーマーで重武装していた。

 目立つのでよく見える。


 十一人いても手製爆弾とか使えばいけるだろう。

 そう考えていた時期が俺にもありました。


 十一人は、移動中ではなく探索中という感じで、やや散開している。

 密集ではなく、直径七メートル位の広さで、、足あとを探っている。


 面倒な状況だった。

 散開されていては、爆弾をポーンと投げたところで、最大限効果を期待しても、一人二人殺せればいいところだろう。


 平原ならどうかわからないが、ここでは木や下生えが障害物となる。

 逆にめいめいが十メートル以上も離れていれば、各個撃破もできそうなものだが、この程度のバラけ具合ならば、仲間に矢が突き刺されば、悲鳴なりなんなりですぐに気づいてしまう。

 そうしたら、全員が襲いかかってくるだろう。

 絶妙に厄介なバラけかただった。


 どうするか……。


 二、三分も考えていただろうか。

 相手がどれほどの能力のある集団かは判らないが、まずは俺を包囲するのが基本戦術となるだろう。

 一丸となって追ってきてくれれば、爆弾の餌食になってくれるかもしれないが、それも難しい。


 着火してから爆発するまでの時間が読めない。

 手榴弾のように五秒なら五秒と決まっているものなら良いが、そうではない。

 導火線を使っているから、即発して俺が死ぬということはないと思うが、秒数はわからない。


 まあ、当たって砕けろで行ってみるか。

 ダメなら逃げればいいし。


 俺はなるべく自然な調子で歩き出した。



 ***



 トコトコと歩くと、敵の背中が見えてくる。

 気づかれそうな間合いに入っても、ビビってはいけない。

 堂々としているのが肝要なのだ。


 背中に下げてきた弓と矢が惜しくなる。

 爆弾を諦めて遠距離から狙えば、一人二人には致命傷を与えられるかもしれない。


 だが、敵は十一人いるのだ。


 一番後ろで地面を見ていた壮年の男が、こちらに気づいて顔をあげた。


「ンッ!?」


 なにか変なものを見た。という顔をしている。

 もちろん、俺は頭に布を巻いているので、シャン人だとはわからないはずだ。


「おう、やっと追いついた。お前らは悪魔を追っている連中だよな?」


「??? そうだが……?」

「指導者はどこだ?」

「指導者???」


 やべぇなんか変な反応だ。

 なんかニュアンスが違ったようだ。


「ンンッ。指揮官だ」

「指揮官か。それであんたは何者だ」


 指揮官でよかったらしい。

 指導者という単語はちょっと相応しくなかったのか。


 危ないところだった。

 今更引けないが、ボロがボロボロでてくるのは避けられんな。


「教皇領のエピタフ・パラッツォの命令で来た。挺身騎士団の者だ」

「そ、そうですか。失礼を」

「いい」


 なんかやべぇな。

 ちょっとフランクに接しすぎている気がする。

 最初のキャラが間違ったか。


 とはいえ、俺の外見はまだ少年にしか見えないはずだ。

 良く考えてみりゃそっからして不自然なんだよな。


 まあいいか。

 いざとなったら逃げよう。


 当初の作戦からすれば、どうしても爆弾が必要なわけではない。

 あくまであれはオマケだ。


 見極めを誤らないようにしないとな。

 囲まれたら終わりだ。


「隊長!」


 男が大声を出すより先に、プレートアーマーの男は、こっちを振り返っていた。

 顔を覆う面頬というか、マスクのような部分は上にあげられている。

 年中下げてたら、視界が悪くなってしょうがないのだろう。


 だが、こりゃマスクを下げられたら手出ししにくいな。


 槍……それも先端がキリのようになった手槍があったら、鎧も刺し貫けるだろうが。

 普通の槍を持つくらいなら、むしろピッケルとかツルハシみたいな、力が乗る武器があったらやりやすそうだ。


 もちろん、どちらもない。


「どうした」

「教皇領からの……たぶん連絡員かなにかだと思うのですが……」

「なるほど」


「ごきげんよう」


 俺はイーサ先生に教わったクラ人式の礼をした。

 左手を右の胸のあたりに添えながら、右手を大きく振る特有のジェスチャーをしつつ、すっと頭を下げる。


 隊長と呼ばれた男は、俺の仕草を見て一瞬訝しげな目をした。


 やばいな。

 ニワカ知識を武器にそのスジの専門家と論戦してる気分だ。


 どこをどう突かれて論破されるか解ったもんじゃないのに、ニワカ知識を自信満々に並べ立てる羽目になってる感じ。


 イーサ先生から教わった知識で、教皇領についてはかなり詳しい(と自負している)ので、大丈夫かと思ったんだが。

 訛りも教皇領設定なら問題ないはずだし。


 隊長は、若干迷いつつも俺と同じようにジェスチャーを返してきた。

 だが、その仕草はややぎこちない。


 こういった挨拶は、こういった鎧を着るような社会階層であれば、日常的にやっている動作であろうと思われるので、ぎこちないということはないだろう。


 おそらく、俺が間違っていたのだ。

 俺がやったのは社交用の礼とか、宮廷挨拶用の礼とかで、武官が戦場でやるものではなく、田舎侍には馴染みが薄いとか、そんな感じに思える。


「ごきげんよう。カンカー・ウィレンスと申します」


 名乗られた。

 名乗り返さなければ。

 忙しいな。


「これは失礼。俺はユグノー・フランシスである」


 とっさに偽名を作った。

 こうなったら最後まで高飛車な若造キャラで通したほうがいいだろう。

 どうせ貴族社会だし、こんなもんでも通るだろ。


「それで、どのようなご用件ですかな」

「その前に、悪魔の捜索を聞きたい。どのような進捗状況にあるのか」

「順調にいっております。もう二、三日のうちには、必ずや首印をあげられるものかと」


 どうやら、不審人物とは思いながらも、俺を疑っては居ないらしい。

 そらそうだ。


 俺はクラ語ができる。


 追っているシャン人が、たまたまクラ語の話者だったなんてことは、思いもよらないことだろう。

 向こうからしてみりゃ、シビャクで石を投げたら金髪女に命中したってくらい、考えられない話だ。


「そうか。ああ、いい忘れたが、俺はパラッツォ卿の命令で来た」

「なるほど」

「具体的に、今はなにをしている。どうやら立ち止まっていたようだが」


 俺はわかりきったことを聞いた。


「足あとを追っているのですが、どうやらここで途絶えているようなので、続きを探し始めたところです」


 意外にも正直に喋った。

 見栄を張って嘘をつくつもりはないらしい。


 しかし、「続きを探していた」ではなく「探し始めたところ」なのか。

 すると、こいつらはさっき到着したばかりか。


「ふむ、ということは、悪魔のほうは我ら追手に感づいているらしいな」

「それは……どうでしょう」

「俺も貴君らの足あとを追ってきたが、今のように散じて足あとを探していた形跡はなかった。察するに、今はじめてそうなっているのだろう」


 俺がそう言うと、カンカーと言うらしい隊長は、若干図星を突かれたような顔をした。


「ということは、きゃつらは貴君らに追いつかれたのを察して隠れているか、もしくは……我々を逆に奇襲しようと近くに潜んでいるのだ」


「そうでしょうか? たまたま見失っただけで、先に進んでいる可能性も」


 まあ、そうなるわな。

 正論だ。


 あー………。


 ちょっとまずいな。

 当たって砕けろという気分ではあったものの、こういう話の展開になるのであれば、もう少し観察しているべきだったかもしれん。


 もう少し捜索させてから、満を持して俺が新兵器を携えて登場。ならばまだ解るが、どうも見たところ、こいつらは正味三十分も探索してないようだ。


 そんな状態では、まだ「もう少し探せば先に行った足あとが見つかるかも」という意見が優勢を占めるだろう。

 俺の「隠れて逆襲を狙っているよ」説は、十分探索して「これはどうもおかしい」と疑念が渦巻くようになって、そこで初めて考慮に入れるべき話だ。


 あと三十分ほど探した後でなければ、説得力が出てこないだろう。

 まだ空気ができていない。


 だが、もう後にも引けん。


「そうか? 例えば、木の上などは調べたのか? もしここから木に登り始めたら、足あとなど掴みようがあるまい」


 実際、樹上を見上げると、まだ葉も揃わないものの、上の方に登られてしまえば、隠れた人を発見するのは困難だろう程度には、密集した樹冠が広がっていた。

 木登りして通り過ぎるのを待つというのも、それはそれで一つの手だろう。

 矢を射掛けられたら詰みなので、俺だったらやらないが、追い詰められた人間であれば、そういう選択肢をとってもおかしくはない。


「どうでしょう」


 カンカーは、肯定も否定もしない答えを返してきた。

 あえていえば疑問だろうか。


 それは表現として俺と衝突しないために疑問という形をとっているだけで、心中では否定しているのだろう。

 全員で木の上を探せ、といっても従わないに違いない。


 全員が木の上に昇ったら、カンカーに戦いを仕掛けて、慌てた連中は樹上から転げ落ちて怪我をする。という流れを思いついていたのだが、無理そうだ。


 こいつは、自分の意見を強く持っているタイプなのか、なかなか揺るがない。

 主導権を取りづらい。


「しからば、パラッツォ卿からとある兵器を預かってきている」

「ふむ?」

「これだ」


 と、俺は手製爆弾を取り出した。

 カンカーはそれを見て、訝しげな目をする。


「これは秘薬を練り込んだ炭を中で焼き蒸し、悪魔にとっての毒を吐き出すものだ。付近に悪魔がいたら苦しみだすので、居場所がわかる」


「………なるほど」


 若干、沈黙が長かった。


「では、全員を集めてくれ」

「なぜでしょう」

「悪魔が出てきでもしたら、全員で倒しに行かねばならんだろうが。バラバラになっていたら、逃げられるかもしれん」

「ふうむ……」


 なにか引っかかる所があるらしい。

 そらそうか。

 この三文芝居だもんな。


 だが、「いっぺんやるだけやらせてみろ」というのは、常に意見として一定の説得力を秘めている。

 教皇領の人間(という設定)ならなおさらだ。


「……しかし、その毒というのはヒトも害するものではないのですか」


 なるほど。

 そこを心配してくるか。


 たしかに、シャン人だけを選択的に攻撃できるなどと言われても、それは劇毒か微毒かの違いがあるだけで、自分にとっても多かれ少なかれ毒なのではなかろうか。と考えるのは、まともな思考だ。

 農薬だって、虫だけ殺すといっても、量が過ぎれば人間にも害がある。


 わざわざ部下を一箇所に集めて全員暴露させるというのは、御免被りたいってところか。

 これもまた正論だ。

 嘘をつくにしても、少しまずったな。


「正確に言えば、毒というのは間違いだな。長耳にとっては息ができないほどの悪臭を発するのだ。我らにとっては……そうだな、香りの強い木を燃やした程度にしか感じない」


 俺は白々しい嘘をついた。

 臭いだけ。

 ちょっと臭いだけだから。


「ふむ……」

「わかったら、早く集めたまえ。パラッツォ卿は気の長いお方ではないのだ」


 知らないけど。

 こうなりゃゴリ押しだ。


 しばらく考えこんだあと、ややあって、


「わかりました」


 と了承すると、


「集合!」


 と、カンカーは号令をかけた。



 ***



 カンカーが号令をかけると、それを聞きつけた連中が集まってきた。


 ひーふーみー……確かに十一人いる。

 改めてよく見ると、全員が別々の服を着ていた。


 頭に鉄鉢のような錆かけのヘルメットを付けているのは一緒だが、服はそれぞれ仕立てが違う。

 だが、敵味方区別のためか、胸や腕には簡単なマークが描かれた白布を縫い付けていた。


 おそらく、服が違うのはそれぞれ別の軍団だからではなく、揃いの服を着せるような正式な軍隊ではないからだろう。


 それを確認してから、俺は爆弾に火をつけようとした。

 ライターを取り出す。


「んっ……? それは?」


 カンカーが指摘をした。


「パラッツォ卿から賜った、昨今流行りの品だ」

 もう全部適当言っときゃええわ。


「パラッツォ卿から直に? それは羨ましい」

「ああ、大事にしている」

「ところで」


 ん?


「その服装はどこで手に入れられたのですか?」


 あー。


「……偽装用として支給されたものだが?」


 ここは演技力が問われるな。

 服装に関しては、つまり俺は竜騎士ドラゴンライダーが着ていた服を着ている。


 仕立ても無骨で、いくら戦場衣装にしても、貴族が着るようなものではない。


「先ほど気づいたのですが、それは竜王国のものに見えますな。肩に彼らの紋章がついている」


 ああ。

 こりゃあかんな。


 どうやら、エンターク竜王国のものだったらしい。

 つまり、教皇領のものではない。


 殺した何名かの追手とさほど変わりがない服だったから、民族衣装だったのはターバンだけで、服はテロル語圏で標準的な意匠だと思っていた。


 が、見る者が見れば違いが解るものだったようだ。

 やっちまった。


 エンターク竜王国といえば、その名の通り竜を扱う国家の片割れだ。

 偽装死体の身元がバレていると仮定すると、その服を着ているということは、こいつは今追っているシャン人その人である。という結論に至るだろう。


 エンターク竜王国はココルル教の国だから、そこの服を着て参加している人間なんてのは、たぶん竜騎士一人だけだろうし。


 だが、確証は得られていないはずだ。

 かなり、相当に、有力な状況証拠ではあるものの、これは絶対的な証拠ではない。


 不確定さが残る状況証拠で、教皇領からの使者(自称)をいきなり切り捨てることができるだろうか。

 それはリスキーだ。


「ふむ。貴殿は私を疑っているらしい」

「失礼ながら、そうですな」


 俺が限りなく怪しいと踏んでいるのであれば、なぜ手下を集めたのか。

 それは、俺の手製爆弾の正体がなんであるにせよ、直接的な脅威ではないと判断しているからだろう。


 常識的に考えれば、導火線に火をつけるには、火をおこすことが必要だ。

 そうでなければ、火縄など着火済みのものを使う必要があるが、こちらは確実に着火できるとは限らない。


 こいつは、俺が今持っているライターが即席に着火できる道具だとは認識していない。


「恐れながら、疑いを晴らすためにその頭巾を取って頂きたい」


 そうくるか。

 まあ、それが一番手っ取り早いわな。

 できない理由もないはずだし。


「ふむ……よかろう。つまらんことに時間を費やしたくない」


 俺は、耳を隠すために巻いていた布に手をかけた。

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