第85話 お勉強会

 俺が隊の全員に集合をかけたのは、翌日の夕方のことだった。


「さて、昨日の今日で、今日くらいはゆっくりと休みたいところだが、講義を始めよう」


 広間の真ん中で、早めに焚きはじめた篝火の前で、俺はそう言った。


「講義というか、勉強会のようなものと考えて貰っていい。俺たちは戦いに来ているわけではないが、遊びにきているわけでもない。あえていうなら学びに来ているわけだからな。修学旅行というわけだ」


 改めて団の連中を見回すと、やはりやる気に満ちている。

 聞く気もあるようだ。

 やっぱり、自ら参加の意思を表明して、その上で選抜された連中というのは、なにか違うらしい。


「これは敵方が使っている最新式の鉄砲だ」


 と、俺は銃床をトンと地面に落とし、鉄砲を立てて見せた。


「この武器を始めとする、新しい兵器類の発生により、連中の戦法は、騎士院の講義で習ったものとは、今では全く異なるものとなっている。残念ながら、我々の学んだ兵法は、時代遅れと言わざるをえないだろう。しかし、今まで受けてきた座学が、全て無駄だった、というわけでもない」


 そこで、俺は言葉を待つ団員たちを見回し、

「戦場を支配する戦理というものは、武器が少々変わったところで、その基本原理が変化するものではないからだ」


 と言った。


「どのように戦場が変わったとしても、古の兵法書が教える理論がまるで通用しなくなるということはない。敵の隙を突け、戦意を挫け、包囲せよ、後方を分断せよ、高地を占めよ。そういった基本的な理屈は、兵器が変わったとしても通用しなくなるわけではない。だが、武器の変化が戦場に変革を迫るというのも、これもまた事実だ。野戦で刀槍を圧倒する兵器が現れたとしたら、その兵器にあくまで刀槍で戦いを挑むことは、戦理に反している。とうぜん、戦理に背を向けた軍は、手痛い敗北を喫するだろう。そこで必要なのは、創意工夫だ。野戦でかなわないのであれば、例えば敵を森林の中に引き込んで、相手の長所を潰せる場所で戦う、などといった工夫はすぐに考えつくだろう。もちろん、それが有効とは限らないが、進歩はかならずある。その進歩が積み重なれば、より優れた武器を持つ敵を圧する方法も見つけられるかもしれない」


 一気に言い終えると、俺は「さて」と言って、一旦区切った。


「この鉄砲という武器は、現在からおおよそ三十年ほど前に、クラ人の世界で流行りだした。諸君らのなかでも、勉強熱心な者は知っているかもしれないが、現在我々と敵対し、キルヒナに攻めてきているのは、イイスス教国……厳密にいえば、カソリカ派イイスス教国、と分類される連中だ。この鉄砲という武器は、ココルル教という宗教を崇めるクルルアーン竜帝国という、クラ人の国で発明された。イイスス教国はそれを知り、彼の国に遅れて自軍に導入したが、2278年の十三回目の侵攻では配備が間に合わず、ほとんど使われなかった。十四回目の侵攻では、その有用性から、数が激増していて、あの大敗の原因になった。今回の戦争では、更に数を増しているはずだ」


 俺は鉄砲を持ち上げて、皆々に見せると、一旦地面に置いた。


「これから、諸君らには鉄砲を一発づつ試射してもらう。そのことで、鉄砲の長所も短所も見えてくるだろう。だが、その前に、仕組みを説明しておこう」


 と、俺は入れ物から黒色火薬を少量、とりだした。


「この物質は、火薬という。まあ、遠くて見えないだろうが、あとで試射をするときにどうせ扱うことになる。性質を一言で言い表わせば、燃える砂といったところだ。乾いた木や炭より凄い勢いで燃焼する」

 俺は火薬を木の板の上に線のようにふりかけると、火ばさみで焚き火から燃えた木をすくいあげ、それを木の板に押し付けた。


 ジュウウ……と音がしながら、十分に乾いた火薬は、発光しながら盛大に煙をあげ、火を伝えてゆく。


「まあ、こんな感じで燃焼するんだが、今、諸君らは大したことないな、と思ったことだろう。実際、よく燃えるだけで、これだけなら大したことはない。だが、この物体は密閉させた状態で火をつけると、また性質が変わる」


 そこで、俺は小さなコップを取り出した。

 これは、木製のショットグラスのようなもんで、特にアルコール度数の高い蒸留酒を飲むときに使う。

 本来はガラス製のものが良く、村長の家にもガラス製のものがあったが、もったいないし割れて破片が飛んだら怪我をするので、そのへんにあった木製のものにした。


 現在、コップの中には黒色火薬が八割程度詰まっている。

 その上に、木くずと布でフタをした。


「この中には、先ほどの火薬が詰まっている」


 俺は、地面においた鉄砲を拾い上げると、焚き火から十分に距離を取る。


「そこ、もっと下がれ。火傷するぞ」


 と、焚き火に近づいていた輩を下がらせる。

「総員、耳をふさぎ、しゃがめ!」


 俺が大声をあげると、皆々は珍妙な命令にいぶかしがりながらも、少し遅れて命令通りにした。

 俺は、グラスを、ポイと焚き火の中に投げ入れた。


 だが、完全に蓋がしてあったので、すぐにはなにも起こらない。

 爆発は、唐突だった。


 バァン!


 という凄まじい音が鳴り、焚き木が四散して吹き飛んだ。

 ついでに、近くの森からは驚いた鳥がけたたましい鳴き声をあげながら、はばたいて逃げてゆく。


「立ってよし!」


 と言いつつ、俺は火ばさみで焚き木を拾い集めてゆく。

 最後に、衝撃で火が消えてしまった焚き木に、精製した揮発油を少しひっかけると、まだ熱の冷めていない薪は勢い良く燃え上がり、元の勢いを取り戻した。


 四散したといっても、爆発はたいしたことはない。

 硬いとはいえ、所詮は木材だからで、これが薄い鉄かなにかであったら、もっと酷いことになったろう。


 俺はあらためて、団員たちを見た。


「さて、この鉄砲は、先ほどの爆発を利用する道具だ。簡単にいえば、銃口から鉛球を入れ、筒の中で先ほどの爆発を起こし、その衝撃で鉛球を勢い良く銃口から発射する。そうすると、鉛球は高速を得て人を殺す凶器となる。俺が、鉄砲で熊を一匹仕留めたというのは、皆々聞いたとおりだ」


 正確には、弾を押すのは主に噴射ガスなのだが、こちらのほうが理解が早いだろう。


「さて、それでは試射に入ろう。まずは、俺が一発やってみる。そうだな……そこの木を的にしよう。ちょっとそこどいてくれ」


 適当な木を指さし、言うと、人垣が割れた。


「言うまでもなく、誰かが試射しているときに、前を横切ったりするのは超危険だからな。人が試射をしている間は、木の前に近寄らないように。まあ、そこんとこは弓矢と同じだから解るよな」


 当たり前の注意をしたあと、俺は手早く装填をすると、鉄砲を構え、引き金を引いた。


 ズドン! と音がし、耳がキーンとなる。

 硝煙の独特の匂いが鼻を刺した。


 改めて周りを見回すと、面食らっているのが半分、そうでもないのが半分だった。

 半分は、鷲に乗ってきた連中だろう。


「さて、ここからが問題で、実は諸君らにとって一番重要なところだ。なにせ、この武器はシャン人の世界には、ほとんどない。作り始めるのは難しくないが、数はなかなか揃っていかないだろう。だとすると、諸君は鉄砲に鉄砲で対抗するのではなく、弱点にための方法を考えださなければならない。それが、これだ」


 と、俺は銃床を地面につけると、銃口に火薬と弾を順番に入れた。

 これはホー紙で二つを包んで一緒にしてある。


 これによって利便性があがる。

 間違えて火薬を過剰に入れてしまうと、発射の際に銃身が耐え切れず、破裂して怪我を負う可能性があるが、それも防ぐことができる。


 ここで、このまま火薬に火をつけ、発砲すれば、発砲はできるのだが、これだと問題がある。

 火薬と弾が銃身内で遊んでいるので、銃口を水平以下にすると、弾丸が転がり落ちてしまう。

 なので、専用の槊杖カルカで、突き入れなければならない。

 その際、包み紙を弾丸に巻いておくことで、抜け落ち防止にする。


 その上で、水平にしておき、火皿に火薬を盛る。

 途中ですこし手間取って、今回は四十秒ほどかかっただろうか。


「これで、引き金を引けばいつでも発射できる状態になった。結構モタモタしてたろう。さて」


 俺は改めて、団員たちを見回した。


「こんなかにも弓の上手が何人かいるだろう。そいつらにとっちゃ、さっき俺がモタモタしてる間に、矢を六、七本放って命中させるのは、この近距離ならさほど難しくなかったはずだ。その意味では、こいつの攻撃力は、いいようによっては熟練の射手の半分以下と言うこともできる。そう考えると、この鉄砲という武器は、さほど強力ではない。だが、実際に、この武器に我々はしてやられている。前の会戦では、この鉄砲の集中砲火で、一部が崩れたせいで、総崩れの原因となった。なぜ、そうなったのか。まあ順番を待っている間に考えてみるといい。夜が更けたら、気づいたことを話してもらう」


 俺は火蓋を閉め、鉄砲をリャオに渡した。


「指導は、幹部の三人がする」



 ***



 試射が終わると、もう日はすっかり落ちてしまっていた。

 大きく組まれた焚き火が、煌々と光を放っている。


「さて、夜の部だ。諸君、昼間の試射で考えたことはあるか? 手を挙げてくれ」


 俺がそう言うと、ぱらぱらと手があがった。


「まずは君だ。オート・テムだったな。話してみろ」


 俺がそう言うと、王鷲隊で年少の彼は、おずおずと喋り始めた。


「考えついたこと、というより疑問なのですが、あの火薬というものは幾らくらいするものなのでしょうか?」


「ああ、それは当然の疑問だよな。あれは、一発三十ルガといったところだ。ただ、この火薬は、俺がクラ人との取引で輸入したものだから、向こうの商人の利ざやも入っているし、船代も入って、割高になっている。だから、クラ人は銅貨二枚くらいの費用で発射できると思っていていいだろう」


「なるほど……では、意見ですが、雨の日を決戦の日にするというのはどうでしょう」


 おっと。

 いい意見が出たな。


「うん。一応、反対意見を述べるとするなら、火縄には特殊な加工がしてあって、ちょっとした雨程度では消えないようになっている。それに、機関部分に覆いをかぶせるなどの方法で雨を防ぐこともできる。なので、小雨程度であれば発砲することはできる。だが、とてもいい意見だ。覆いがあることによって、動作がより煩雑になり、再装填に時間を要すようになるし、不発率も上がるだろう」


 よし。


「他にはいるか?」


 と、再び言うと、また改めて手があがった。

 さすが勉強熱心だな。

 俺なんか、絶対手を挙げないタイプの人間だったけど。


「よし、じゃあそこの、えーっと、ジュド・ノームだったか。話してみろ」


「はい。光栄に存じます。私は、先ほどの鉄砲はなくとも、ああいった物体であるなら、例えば管に詰めて上空から王鷲で投下するといった方法でもよいのではないかと考えました。地上で爆発すれば、敵軍に被害を与えることができるのではないでしょうか?」


 おお。

 すげぇ意見がでてきた。


 ああいった物体、というのは、鉄砲でなくその前に焚き火に放り込んだ火薬のことだろう。


「うん。これも、とてもいい意見だ。だが、惜しむらくは、それには致命的な問題がある。爆発は、その物体が地面に接触した瞬間、または敵の頭もしくは肩などに接触した瞬間に起きるのが理想だが、その激発を操作する方法が今のところない、という点だ。さきほど爆発したのは、焚き火に放り込んだからで、ただの地面に叩きつけても、砕け散るだけということになる。そして、上空から落とす場合は、もちろん地上に発火物があることを期待することはできない。対策としては、例えば周りに油の滲んだ布を撒いて、着火してから落とす。といった手も考えられるが、やはり地上でちょうど爆発させるのは難しそうだな」


 俺がそう言うと、そのことは既に考えていたのか、彼は顔色を濁らせた。


「だが、とてもいい意見だ。そのことは、将来的に技術発展によってどうとでもなる。現状では不可能だが、例えば容器の重さを考えて、装置がある部分を下にし、中に火打ち石のようなものを仕込んでおいて、地面にあたった瞬間に着火する。といった装置は簡単に考えられる。うん、いい意見だ」


 と褒めておいた。


 さて、次は。

 ……んー、こいつか。

 ドッラか。


「じゃあ次、ドッラ・ゴドウィン」

 と、ドッラに目を向けながら言った。


「重装した騎兵で突っ込めばいいんじゃ……ナイカト思うのデスガ」


 さすがドッラ。

 拍手したくなるくらいの脳筋発言である。

 あまりにすぎて、思わず吹き出してしまいそうになった。


「うん、現状では打撃力として最も現実的といえる案だな。否定材料を述べるとするなら……実際に突っ込む、その騎兵は、よほどの覚悟をして突っ込まなければならない、ということだ。最前列を担当する騎兵は、さっきの鉄砲が何十と並んで一斉に発砲してきている敵兵の列に、頭から突っ込むことになるわけだからな。そして、その最前列が、少しでも怯んで手綱を緩めれば、騎兵突撃の命である衝突力が減衰してしまう。本物の勇気が必要な仕事だ」


 そこで問題なのが、銃剣バヨネットの問題だ。

 銃の先端に短い剣、あるいは斬る機能を廃す場合は、丈夫なニードルを装着することによって、銃は近接武器として十分に信頼できる機能を持つことができる。


 だが、聞いたところによると、銃剣という発明は、クラ人の間ではまだ成されていないようで、そういった戦争文化はまだ存在していない。


 現在では、銃兵と槍兵が混在することによって、遠近両方を相互補佐する形で成り立っている。

 といっても、恐らくはそのあたりはいい加減なものなので、実際の戦場では弓も使われるし、槍の長さもまちまちだろうし、適当な寄せ集め部隊のはずだが。


「それじゃ、次……」


 そのまま、会議は夜遅くまで続き、眠気によって会場がけだるくなってきたのを機に、お開きとなった。

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