第76話 お食事会

 部屋に戻って服を着替えさせられ、連れて行かれた先は、城の奥まった一角であった。


 やはり、シビャクの王城と同じような設計というか、考え方になっているのか、このあたりは王家の私的な一角ということになっているらしい。


 途中の廊下に不自然に簡易な門が取り付けられており、その前で門番が張っているところなどはシビャクの王城とは違うが、おそらくここから先は立入禁止、ということなのだろう。


 もちろん、俺は招かれた客であるわけだから、その門はスルーして、内部へと入った。


 部屋に通されると、そこには三人の人間がいた。


 まず一人、こいつは先程のおっさんだ。


 もう一人は、おっさんと同年齢のおばさん。俺の見る金髪碧眼の女性その4であり、おばさんというには若干心理的抵抗が生まれる感じの、若作りの女性であった。

 最後の一人は、金髪碧眼の女性その5であり、こちらは少女であった。


 その5は、その4と王配殿下の間に出来た娘であろう。とすぐに察せられた。

 なんとも顔のパーツが似ている。

 俺より若干年下のように見受けられるな。


 しかし、こちらはキャロルと違って伏し目がちで、俺の目を見ようともしない。

 キャロルであったなら眼光鋭く、俺をじっと見つめてくるであろうことを考えると、やはり印象が相当違うな。

 どうにも人見知りらしく、オドオドしてるようにも見える。


 というか、その4だのその5だの心のなかで呼んでいたが、考えてみれば、俺は女王陛下とその娘の名前は知っているのであった。

 前には、娘の名前を大工に質問したこともある。


 ジャコバ陛下と、テルル殿下だ。

 そうか、この二人がそうなんだよな。


「お初にお目にかかります」


 俺は室内に入ると、略式の礼をした。

 これは膝をつけないでもいいやつで、よくよく女王と接することの多い立場の人間がやる。


 初対面ではあるが、俺は招かれた立場だし、ここが玉座であるならともかく、気安い食事の席で最敬礼というのはTPO的に少しおかしい。

 これで失礼にはあたらないはずだ。


 今にして思えば、女王陛下に最初に招かれた時のあれは、ちょっと大仰すぎた。


「ホウ家のユーリと申します。本日はお食事の席にお招きいただき、恐悦至極に存じます」

 と、挨拶だけは丁寧にしておいた。


「よい、楽にせよ」

 ジャコバ女王が言ったので、俺は略式礼を解いた。


 それから、女王は手振りで自分の対面の席を指し示した。

「失礼いたします」

 俺は席を引くと、そこに座った。


 挨拶が終わったので、改めて軽く室内を見回してみると、意外と小さな部屋に思える。


 食堂という感じはしないし、テーブルも四人がけ程度の円卓だ。

 質のよい壁紙には、油絵が掛けられていて、天井には蝋燭立てのシャンデリアが吊るされている。


 私的領域では大人数を招いての夕食会などはしないから、これで十分なのだろう。


 次に、王配が口を開いた。


「私の紹介はいいな。妻の紹介も、きみには必要ないだろう。きみの左手に座っているのが、私たちの娘だ。さ、自己紹介しなさい」


 と、テルル殿下に促す。


「ぁ……あの……」


 なんだか消え入りそうな声で喋りだした。

 う、うーん。

 引っ込み思案なのかな……。

 やはり、うちの王室には居ないタイプだ。


「存じ上げておりますよ。テルル殿下ですね」


 と、ニッコリ笑いながら助け舟を出してあげた。

 俺も、どちらかというと初対面の人間とフレンドリィに話すのは苦手なタイプだったから、気持ちはよく分かる。


「……は、い」

「さすが、勉強熱心であるな」


 と言ったのはジャコバ女王であった。


「そのくらいは存じ上げておりますよ。殿下は将来、女王になられるお方です」

「まあ、な……ところで、話の前に言っておかねばなるまい。我々の親衛がとんだご無礼を働いたようだ」


 ああ、そうだったな。

 それが本題だった。


 そもそもから招いた動機から考えてみれば、飯を食い終わったあとで、ついでのように詫びの言葉を言うのでは、これは恰好がつかないということなのだろう。


 それにしても、こっちの女王陛下は、なんだかキリっとしてるな。

 どちらかというとおっとりとしている、うちの女王陛下とはタイプが違う。

 キャロルが大きくなったらこんな感じになるのかも。


「王配殿下にも申し上げましたが、気にしてはおりません。なにやら大事おおごとになってしまったようですが、具体的になにを損じられたわけでもありませんので」


「そうであるか。そう言ってもらえると、我が国としても助かる」


 元より外交問題になるかどうかは微妙な線だと思うが……。

 まあ俺も家格からしたら結構な血筋なので、一応は大事を取ったというところか。

 外交的にミスが許される時勢ではないので、これは正解だろう。


「いえ、礼を言わなければならぬのは、本来こちらの方です。槍も貸さず戦場を見物しにくるなどというのは、貴国にとっては迷惑にしかならぬこと。女王陛下におきましては、それを寛大なお心でお許しいただいたのですから、感謝こそすれ、怒る資格などはありません」


 と、ついでにおきまりの挨拶もしておいた。

 観戦隊を率いてくる挨拶はこれでいいだろう。


 といっても、俺は本番ではリフォルムに立ち寄るつもりはない。

 本番では迂回する気でいる。


 観光にくるのではないのだし、そもそも軍団の邪魔になるからだ。

 作戦の性格上、実際に戦闘を行う軍団とはなるべく接触しないルートで、行った、見た、帰った。というのが理想だろう。


 ウチの女王陛下としたら、大金を払って他に援軍を出してやるのだから、そんな無駄な気兼ねはする必要はない。という意見なんだろうが、俺の意見はまた違う。

 こんな従軍武官のような真似は、誰からも迷惑がられこそすれ、歓迎などされるわけはない。

 それを、空気を読まず英雄ぶって大都市をハシゴなどすれば、ひんしゅくを買ってトラブルを起こすだけだ。


「こちらとしても、貴殿の率いる隊が大いに学ぶことは、将来的には利のあることだ。遠慮などしなくてもよい」

「はい。では、なにかありましたらお願いに伺わせていただきます」

「うむ……それより、今日は食事を楽しんでいってくれ。料理人には腕によりをかけて作らせるように言ってある」


 そいつは楽しみだ。

 こんな状況では、味などわからない……と言いたいところだったが、近頃はめっきり人らしい食事もしていなかったので、純粋に楽しみであった。



 ***



 ぱくぱくと前菜をたいらげると、次にメインの肉料理がきた。


「トナカイの肉煮込みです」

 と給仕に差し出されたのは、煮こまれた肉の上に何やらソースがかかった料理であった。


 これがトナカイの肉らしい。

 トナカイは、シヤルタ王国では殆ど見られない動物であるので、肉を食ったことはなかった。


 見た目は……のっぺりとした赤身で、鹿肉そっくりだ。

 いや、トナカイもシカの一種だから、これも鹿肉ではあるのか。

 まあ、少なくとも、アカジカだとヘラジカだのの肉とは区別がつきそうにない。


「おいしそうですね。頂きます」


 ナイフで切って口に入れてみると、普通の鹿肉とは若干異なる、独特の癖のある油が口の中に広がった。

 よく煮込まれており、ソースには酒の香りがわずかに残っている。

 癖はあるが、臭みはない。

 調味料や煮込みでうまいこと臭みを消しているのだろう。


「どうかな?」

 と女王陛下が聞いてきた。


「ええ、素晴らしい味ですね」

 と答えた後、もうちょっと褒めるべきかと考えた。

「トナカイ肉というのは初めて食べましたが、北方ならではの野趣あふれる風味がします」

 うん、こんなところでいいだろう。


 実際、癖のある肉というのも、臭みが消えていれば悪くない。

 長い文化的生活の中で欠乏してしまった滋養を満たすような、独特の悦びを堪能できる。


「ふむ、そうか。気に入っていただけたようでなによりだ……ところで、さきほどの話の続きだが」

「はい」

 俺は小さく切った肉を少しづつ口に入れながら答えた。


 肉を小さく切って食うというのは、マナーというよりも必要性からくるもので、こうすると口の中でモグモグする時間が減り、スムーズに会話しつつ、会話の合間に食事をすることができる。


「先ほどの話の内容からすると、森のなかで野宿をしながらやってきた、というように思われるが」

「そうなりますね。季節柄、とても寒かったですが」


「なるほど。ホウ家の者だけあって、豪胆なのだな」

 とおっさんが言った。


 豪胆とは。

 俺という意識が発生してから、初めて言われた言葉だ。


「そんなことはございませんよ。野宿くらい、商人の方々などは誰でもしていることです」


 というか、行軍に野営準備は付き物で、野営の際は下っ端の騎士が監督することになるので、騎士院で実習するのだ。

 さすがに、その時はテントを始めとする野営道具は完備してあるし、行き当たりばったりの野宿ほどキツくはないが。

 どちらにせよ、もうすぐ十八歳にもなるのだから、それくらい一人でできなければ恥ずかしい。


「しかし、将家の御曹司が野宿の一人旅というのは、なかなか聞かぬな」


 そういえば俺も聞いた事がないが。

 いや、聞いた事どころか、見た事があるんだった。

 ついでにいえば、最近会った。


「道中で会ったジーノ・トガという方は、僕よりもっと厳しい旅をしていましたよ」


 と、俺が言うと、夫婦は軽く目を見開いて、まったくそっくりに口を一の字につぐんだ。

 似たもの同士だな。


「彼に会ったのか?」

「ええ、森のなかで焚き火をたいておりましたら、木々の間から現れ、一晩火をかしていただけないだろうか、と言われました」

「それは……」


 なんだか渋い顔をしている。

 ああ、この言い方だとジーノが俺に迷惑をかけた、というように聞こえるか。


「いえ、彼に焚き火の用意がなかったわけではないのです。ただ、二人で一つの焚き火を囲めば、薪が倍使えるので、そうすればお互い得なのです。お互いに良い出会いであった。ということですね。まあ、そのあと、一夜語り明かしました」


 簡単に弁護しておいた。

 詳しいところは話す必要もないだろう。


「ふむ……そうか。達者であったのならよい」

「達者といっても、道中まったく宿も取らず、食事は弓で狩りをして得た獣肉で済ましている様子でしたが」

「そうであるか」


 簡単に流された。


 なんだかあまり関心がなさそうだ。

 俺がジーノと会っていたことには驚いたが、ジーノがどんな旅をしているかについては、これはどうでもいいらしい。

 彼ら的には終わったことなのかもしれない。


「といっても、特に具合が悪いようにも見えませんでした。ご安心ください」

「……」


 なんだか黙ってしまった。

 やはり、他国の人間とは話したくない話題なのだろう。


「シヤルタに向かっていたようなので、就職先ということで、父への紹介状を持たせました。彼はホウ家で引き取ることになるかもしれません」


 このことは、通達しておかなくても良いのかもしれないが、一応言っておいた。

 後々トラブルがあってもいけない。


「ふむ、それは良い。彼には苦労をかけた。できれば楽をさせてやってほしい」


 特に問題はないようである。

 まあ、ルークが彼を気に入るかどうかは定かではないが。


 そういうわけにはいかん、やつは知ってはいけない情報を知ってしまっている。可及的速やかに引き渡してもらいたい。どうせなら、死体でもいいぞ。ガハハ。

 みたいなこと言われなくてよかった。


「はい。心がけます」



 ***



「失礼致します」


 肉料理の皿が下げられ、新しい料理がやってきた。

 次は魚料理であるらしい。


「オオマスの香草塩包みでございます」


 と、誰に言うでもなく、カートを持ってきたメイドが言った。

 蓋が開くと、そこには大皿に塩のドームのような物体が乗っている。


 その場でメイドさんが塩を崩すと、ドームの中には丸々一匹のオオマスが入っていた。

 そのままナイフと平べったい匙を使って切り分け、各々の皿に盛りつけてゆく。


 塩包み焼きか。


 毎度毎度思うことだが、料理に関しちゃ、シャン人の国は中々工夫してるよな。

 スパイス類も、赤道近辺の果実類も、五葷ごくんに数えられる香りの強いネギ類も、自由に手に入らないというのに、よくもまあ美味い飯を作れるものだ。


 女王陛下が最初で、次に王配、その次が俺……と、つまりは時計回りに順番に用意されていった。


 すっと、目の前に皿が置かれた。


「以前ゴウク殿と同じように食事をしたときのことを思い出すな」


 と、おっさんが言う。

 見れば、しみじみとした表情をしている。


 ゴウクが同じようにもてなされていてもおかしくはないよな。

 というか、ゴウクは俺と違って命を張って援軍にきていたわけだから、そんくらいはして当然であろう。


「あの時、ゴウク殿は、テルルを見て娘そっくりだ。などと言っていたのだ。そういえば、貴殿はその娘殿と従兄妹の関係にあたるのであったか」


 俺は思わず首を傾げそうになった。

 テルルを見る。


 うー……ん、シャムと似てる……かなあ?

 どうなんだ……?


 テルルは、俺に変な目線を向けられて驚いたのか、なんだか恐々と下を向いていた。


 シャムは、たしかに初対面の人間でも超フレンドリィってタイプではないが、ここまで人見知りをする性格でもないんだが……。

 ゴウクから見ると、同じ超インドアタイプということで、似ているということになったのか……?


「どうしたのだ?」

「あっ……ああ、すいません。イトコですね。はい、シャムといいまして、とても仲良くさせていただいています」


「そうであるか。貴殿はもちろん知っているだろうが、私とゴウク殿は二度前の十字軍のときからの知り合いなのだ。といっても、初めてお会いした時は、彼はまだ軍を率いてはいなかったが……」


 二度前の十字軍というのは、向こうの言葉でいうところの第十三次十字軍のことであろう。

 もう四十年も昔の話だ。


 そのときは、キルヒナのさらに東にあったダフィデ王国という国が、トドメが刺されたというか、終止符が打たれ、滅びた。

 今回と同じように、大量の流民が出たと聞く。


 ゴウクはそのころ、青年の年齢であったはずだが、参加していたらしい。


「なるほど、興味深いです」


「次に会った時、彼は人の親になっていた。子どもたちが安寧を得られる時を稼がねばならぬ、などと言っていた。まさか、あのようなことになるとは、その時は思わなかったが……」


 ……そういう動機があったのか。


 確かに、そこはゴウクの言った通りで、ゴウクが第十四次十字軍を失敗させてくれたおかげで、俺は平和な十年を過ごすことができた。

 感謝しなきゃいけないな。


 失敗したらどうなっていたんだ。という点に目をつむれば、ゴウクが死んでもルークが後を継いで、騎士団は順調に建てなおされているわけで、ゴウクの目論見は完全に達成されている。

 とはいえ、それは終わりよければ全てよしという話で、王鷲攻めがリスキーであったことを考えると、それってどうなの、と思わざるをえないところもあるが。


「実際に、僕もいとこも、ゴウク伯父のおかげで安楽な学院生活を楽しませてもらいました。ゴウク伯父も本望でしょう」

「そう言っていただけると、こちらも気が楽になる」

「僕も、手が余るようであれば、貴国の戦に助力したいと考えてはおりますが、未熟者の身の上なれば、なかなかそれも難しそうです」


 一応、そつのない感じで意思表明しておくか。

 変な方に会話がいっても困る。


「うむ、無理をする必要はあるまい。貴殿らの隊には、貴い身の上の方も参加するのだから、万一のことがあっては、我らも申し訳が立たぬ」


 貴い身の上というのは、言うまでもなくキャロルのことだ。

 言ったら、参加者は全員貴い身の上といっても良いのだが、やはりキャロルは別格だろう。


 申し訳が立たぬというか、万一キャロルが誘拐、というか捕虜になるようなことになれば、状況的に奪還の可能性があった場合、軍のほうも兵を出す必要に迫られるかもしれない。

 そうしたら、彼らからしてみれば、とんだ大迷惑だ。

 そんなことになったら困るから、余計なことはするなよ。ってのは、正直な実情であろう。


「それにしても、この魚料理は絶品ですね……」


 と、俺はどうでもいい話に話題を移した。



 ***



「それでは、今日はお招き本当にありがとうございました」


「うむ、気をつけて帰られよ」

「ゆっくりと休むといい」

「……」


 と、三者三様の見送りを受けて、俺はその場を辞そうとした。


「もし必要なら、寝室に酒を届けさせるが……」

「いえ、せっかくですが、飲まないのは本当ですから……」


 俺の禁酒を人前だけのことかと思ったのか、そのようなことを言ってきたので、丁重に断っておいた。

 もうここまできたら二十歳までは絶対に禁酒してやるのだ。

 ここで飲んだら寮の連中などに「それみたことか」と言われかねないし。


「それでは」


 と、俺は改めてぺこりと頭を下げ、客間へ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る