第74話 王都リフォルム

 四月九日、俺はようやっとキルヒナ王国の王都リフォルムの上空に到達した。


 キルヒナ王国の王都リフォルムは、上空からみると、シビャクとだいぶ形が違う。

 シビャクのように城の周りだけ城壁があり、城下町は開放されている形ではなく、城市すべてが城壁に囲まれている。


 つまりは、海以外は全周が壁に覆われた、立派な城郭都市であった。

 城壁の中にはぎっしりと建物が詰まっているが、城壁がないぶん奔放に広がっているシビャクと比べると、都市圏はやや狭い。

 シビャクを見慣れている俺からすると、ちょっと窮屈な感じにも見える。


 俺は、重要と思われる箇所を軽く見まわったあと、王城に近づき、近くの空き地に星屑を降ろした。


「ふう」


 パパパッと手早くベルトを外し、星屑から降りた。

 とりあえずは星屑を鷲舎に預ける必要があるが、初めての場所なので、その場所もわからん。


 と、その前に人が駆け寄ってきた。


「おい! なにをしとるか!!」


 おっさんであった。

 どうも騎士のようだ。


 やあやあ旅の者です。一晩の宿を貸してもらえませんでしょうか。


 と言えるような状況でもないので、少し面倒だが事情を説明せねばなるまい。


「ここは鷲を下ろすところではないぞ!」


 あ、そうだったのか。

 とはいえ、上空から見ると離着陸場のようにしか見えなかったが。


「すまぬ。私はシヤルタ王国の騎士院生である。リフォルムは初めてで、不案内なのだ」

「騎士院生だと?」


 おっさんは眉をひそめた。


「この鷲をトリカゴに置かせてくれ」

「今は戦時中である。物見遊山に来た学生にトリカゴを貸す余裕はない」


 にべもなかった。

 うーん、言い方が悪かったかな。


「わたしは、特別の依頼を受け、公務できているのだ。物見遊山ではない」

「ダメだダメだ。城壁の外に繋げ」


 なんだこいつ。

 面倒臭えな。

 俺が鬼武蔵だったら人間無骨で突き殺してるところだぞ。


「読みたまえ」

 俺は懐から一枚の紙を取り出した。


「ん?」

「いいから読みたまえ。紹介状だ」


 おっさんは用紙を受け取って、目を通しはじめた。


 そして読み終わると、

「……事情はわからぬが、シヤルタの女王陛下の使者ともなれば、無下にするわけにもいくまい」

 と言った。


 俺が渡したのは、シヤルタの大使や公式の使者が持たされるものと同じ身分証明書だ。

 パスポートといったら変だが、女王の名前で『この人を丁重に扱ってください』というような内容が書いてある。


 とはいえ、普通は俺のような年齢の者が持っているものではないし、気安く与えられるものでもないので、おっさんが戸惑ったような顔をしているのも当然といえば当然だろう。


「しかし、女王陛下に用向きがあるのであれば、鷲は親衛師軍の鷲舎に置くのが良かろう」


 察するに、親衛師軍というのは、シヤルタでいう第一師軍のことだろう。

 女王の客を名乗るなら第一師軍に世話になれ、ということか。


 そう言われれば否応もない。

 どうやらお門違いの場所に降りてしまったようだ。


「なるほど、それでは案内してもらえますか」

「まあ、よかろう」


 おっさんは面倒くさそうに歩き出した。

 俺は手綱を握って星屑を引っ張っていく。


 随分長いこと歩いただろうか。

 鷲舎にたどりついた。


「なんのご用向きでしょうか」


 つなぎ服のようなものを着た人の良さそうな飼育員さんが言ってきた。

 普通に着るものより更にダボダボのタイプで、特に汚れる仕事をする場合、普段着の上に重ね着をして、服が汚れないようにする汚れ着だ。


「僕はシヤルタから公用で赴いた者です。一晩鷲を預かっていただきたい」

「了解しました。癖などはありますか?」


 癖というのは、鷲の癖のことだろう。

 ツツキ癖などの悪癖がある場合、世話役はヘルメットをかぶって中に入る必要がある。


「悪い癖は一切ありません。よく出来た鷲です」

「ふむ。では預からせていただきましょう」

「お願いします」


 俺は飼育員さんに手綱を手渡した。

 飼育員さんはすぐに鞍を外しにかかる。


「おい、そこの餓鬼」


 背後から声がかかった。

 俺は振り向いた。


 俺を案内したおっさんの隣に、歳は30くらいだろうか。

 また別の男がいた。


 肩あたりまである長髪をなびかせた美男子で、なんだか金糸の入った軍服風のおしゃれな服を着ている。

 軍服をアレンジしているのだろうか。

 誰もが好む趣味とは思えないので、これは正規のものではなく、趣味の混じったものであろう。


「僕のことですか?」

 俺は自分を指さしながら言った。


「そうだ」


 俺は生まれてこの方、餓鬼などと言われた覚えがないので、なかなか新鮮な体験であった。


「なにか御用ですか?」

 なんか咎められるようなことをしたのだろうか。

「うむ、実はつい先日、鷲を駄目にしてしまってな。鷲を所望しておるのだ」

「そうですか」


 ああそう。

 と思いながら、俺はなんだか嫌な予感がしていた。


「ついては、その鷲を譲ってくれ」


 まあ言葉のキャッチボールでそうなるよな。

『さっきから腹が痛くてよ』『へー』『トイレ行ってくるわ』

 みたいな感じで、なんとなく読めてた。


 ふざけんな。


「断ります」

 初対面の人間に鷲よこせとか、どういうたぐいのアホだ。


「ふむ……」男はまったく髭が伸びていない綺麗でつるつるの顎を撫でた。「なにも無料タダでと言っているわけではないのだぞ? 十分な金は払おう」


 だから、どういうたぐいのアホなんだよと。

 ドッラとはまた方向性の違うアホというか、勘違い野郎だな。


「いくら金を積まれようが無理なものは無理です。この鷲は僕にとっては共に産まれ育ってきた兄妹のようなもの。金で売り渡せるものではありません」


「わからん餓鬼だな。我が国はこれから戦争なのだ。お前は、年齢から見るに、出陣するわけではないのだろう? 今から戦争をする友邦の騎士が、鷲を所望しておるのだ。これから使おうというのだ。優先順位というものを考えたまえよ。快く譲るのが当然というものだろう」


 うわーこいつ本格的に頭おかしい人や。

 自分の都合でしか物事を考えられない系男子や。


「そんなことは僕の知ったことではありません。僕はシヤルタ女王の王命を受けて来たのです。これ以上勝手な話をするなら、二国の友好に亀裂が入ることになりかねませんよ」

「亀裂をいれたくないなら、黙ってその鷲を寄こせばよいのだ!」


 いや、どう考えても、亀裂が入っても構わないのはシヤルタのほうで、入ったら困るのがアンタらだと思うけど……。


 もう面倒だから、無視して鷲を預けるか。

 いや、この有り様だと、預けたあと勝手に所有権を主張され、盗まれるかもしれん。

 やはり母国ではないのは面倒だな。


「嫌ですね」

「なんなんだお前は。だから金は渡すといっているだろう」


 やべー話題ループしてる。

 なんなんだはこっちの台詞だよ。


「はあ……金があるならヨソで買えばいいでしょうに」

「戦時中だ。鷲の余りがどこにある」


 なんだ、在庫がないのか。


 まあ鷲を駄目にしたとかいってたし、恐らくよっぽど扱いが下手で潰しちまうから、騎士団から回して貰えないんだろう。

 どこの騎士団の人間かは知らんが。


 もう星屑に乗って逃げるかと思い、星屑を見たら、既に鞍が半分くらい外れている。

 これでは飛べない。

 逃げの手は諦めるしかないか。


「ともかく、嫌といったら嫌です。いい加減聞き分けてください」

「貴様こそいい加減にしろ。少しくらい立場をわきまえたらどうだ」


 あーもう面倒くさい。

 押し問答かよ。


「しつこいんですよ。嫌と言っているんだから諦めなさい」

「いいから寄こせばいいんだっ!」


 なんだか詰め寄ってきた。

 手綱は、今キョドってるつなぎ飼育員のおっさんが握っている。

 奪い取るつもりだろう。


 俺は体重を乗せた前蹴りを放って、男のヘソのあたりを蹴り飛ばした。


「グッ!」

 男は蹴り飛ばされ、背中を打って倒れこんだ。

「子どもですか。程度が低い」


 騒ぎを遠巻きに見ていた連中が気色ばみ、帯びている武器に手を伸ばした。

 俺が蹴った男もまた、怒気を発散しながら立ち上がる。


「貴様ァ……」


 いやいや、お前がいちゃもんつけてきたんだろ。

 こっちは被害者だよ。


「おいっ! こいつを捕らえろ!」


 男は周囲を見回しつつ、そう叫びながら、短刀を抜いた。

 周りの連中も集まってくる。

 俺を捕縛するつもりか。


 幾らなんでも我慢にも限界っつーもんがあんぞ。

 なんなんだこの国は。


「きさまら!!! 俺を誰だか知ってのことか!!!」


 俺は思い切り怒号を発した。

 突然の大声に、連中は反射的にビクッとすくんだ。


「俺の名はユーリ・ホウ! シヤルタ王国の将家の一つ、ホウ家の嫡男である!! キルヒナの騎士は大恩あるホウ家の名を忘れたというのか!!」


 俺が睨め回しながら叫ぶように言うと、皆一様にして唖然とした顔をした。


「この俺を餓鬼と侮るだけならまだしも、くだらぬ因縁を付け、騎士の魂である鷲を奪おうとするなど、恥を知るがいい!!!」


 俺は短刀を抜いた。

 そして、男に歩み寄って短刀を突きつけた。


「俺の鷲をどうしても欲しいというのなら、正々堂々、決闘にて白黒つけようではないか! 先に剣を抜いたのであれば、当然そのつもりなのであろう!」


 先に剣を抜いたといっても、こいつは自分の顔なじみの騎士どもが、よってたかって俺を捕縛してくれることを頼りに抜いたのだ。

 俺と殺し合いの決闘をするつもりではなかろう。


「ぐっ……」

「さあ、早く短刀を構えよ!」


 男はゆるゆると短刀を下げた。


「どうした!! 臆したか!!!」

「チッ……」

 バツがわるそうな顔してやがる。


「やる気がないのであれば、さっさと俺の目の前から消え失せろ。下衆が」


 俺は、邪魔だから消えろとばかりに腕を振った。


「……チッ」

 男はもう一度舌打ちをした。

 なんだよ、癖か。

「糞ガキが……覚えてろよ」

 そして、そう言いながら、俺に背を向けて去っていった。


「おい、そこの」

 俺は、男の横に立っていた、俺をここまで案内してきたオッサンに声をかけた。

「さっきの者の名を教えろ」

「は、はぁ……いえ」


 言いたくなさそうだ。

 あーもう面倒くせえなあ。


「いかな者であろうと、貴い身分の者であれば名を教えられぬということはあるまい。それとも、先ほどの者はこの国では名も名乗れぬような身分の人物なのか?」


「そ……そんなことはない」

「では、教えても問題はあるまい。さあ、言いたまえ」

「……彼の人は、近衛のジャコ・ヨダ、と申す者である」


 ジャコ・ヨダね。

 覚えとこ。

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