第70話 幹部会議


 ***


 公示


 皇暦2318年4月4日


 この度キルヒナ王国で行われる防衛戦争において、戦地を見聞し敵対国の戦法について理解を深める目的で、今年次八年生ユーリ・ホウを隊長とし、同学年キャロル・フル・シャルトルを副長とした、従軍観戦隊を結成し、これを派遣する。


 ついては、騎士院上級生の参加者を募る。


 申し込みに際しては別紙に掲げる条件を設けるものとする。

 別紙を参照し、資格保持者であることをまずは確認すること。


 希望者は四月十四日の起床の鐘までに、親権保持者の同意署名及び印の押された参加申込書を提出すること。

 参加申込書の署名は、王都身元保証人のものでは不可とする。

 所領が遠隔地にある志望者は、急ぎ帰省するなどして、時間に余裕を持って申込書を提出すること。


 提出先は今年次八年生第一寮前の特設郵便受けとする。

 提出期限である四月十四日の翌、四月十五日に騎士院棟305号室にて個別に面談を行い、追って参加の可否を通知する。


 特記注意事項:


 参加申込書の署名には法的効力が発生するため、熟読の後に署名すること。

 従軍観戦隊においては、参加者は作戦行動中、臨時的に発効された独自の軍法の下に縛られる。

 軍法の内容については、参加申込書に記載済みである。

 この軍法の効力は女王陛下の御名のもと認められており、軍法に基いて行われた処断については、責任者は法的に全ての責任を免れる。

 免責事項には、作戦行動中の死亡事故、甚だしい軍法違反に対しての処刑なども含まれるため、参加希望者は各々熟慮の上参加を決めるように。


 ***


 別紙


 以下に参加資格者の条件を記載する。


 一、所得単位数が下記の水準を満たし、学力及び体力の充実に不足のない者。


 六年生:200単位

 七年生:220単位

 八年生:250単位

 九年生:270単位

 十年生:290単位

 十年生より上:310単位以上


 二、身体健康であり、健康に不安のない者。


 三、騎乗用の駆鳥一羽、槍一本、短刀一振、防具一着(皮革などを主に使った軽装の鎧とする)を持参できる者。


 以上三つの条件を絶対のものとする。

 加えて、以下の二つの条件を満たすことが望ましいものとする。


 四、従軍観戦は原則として上空から眺めるに限るため、天騎士養成過程を受講している者が望ましい。

 習熟の水準として、飛行免許または第三種独立飛行許可が望まれる。


 五、王鷲一羽を自前にて用意できる者。

(五が満たせる場合、三にあげた駆鳥の調達は不要である)


 ***


「よし。これでいいか」


「はい、よろしいかと」

 ミャロが同意した。


「いいんじゃないか」


 そう言ったのは、ルベ家の長男であるところの、リャオ・ルベだった。

 今年で二十二になるというこの男は、もちろんこの隊には参加する。


 俺を含めたこの三人は、キャロルをハブった上で空き教室で密会していた。

 キャロルが聞いたら、なぜ除け者にするのだ、この野郎、と激怒するであろう。


「悪いが、呼び捨てにするぞ。リャオ」

「ああ、構わんよ」


 普段なら敬語を使うところだったが、これからは俺の言わば部下格に落ち着くわけだから、そういうわけにはいかない。


「率直に聞くが、お前は俺の部下に収まることについては不満はないのか?」

「なんだ、面接か?」

「お前を入れない訳にはいかない。だが、意思統一はしておく必要がある」


 こいつはキャロルの次くらいに不安要素なのだ。


 騎士院の学生というのは、将家の家臣のガキの寄せ集めと言い換えてもいいほどだから、大雑把に言って騎士院の四分の一くらいはルベ家の影響下にある。


 こいつが土壇場になって、

「やっぱりあいつは信用ならん。キャロル殿下を誑かしておる。俺に同意するものは俺の下につけ」

 などと言い出し、部下を扇動すれば、非常に厄介な事態となる。


「俺はこの歳になって卒業してない男だぜ。お山の大将を気取るつもりはねえよ」

「それは聞いている。今年は卒業するつもりだということも」


 ミャロからの情報で、それは伝え聞いていた。


 リャオ・ルベという男は、騎士院演武会の常連で、遊び人で通った男であるらしい。

 驚くべきことに、演武会では優勝経験もある。


 十九の時には280単位を取得し、二十で310単位まで取り、単位上は卒業可能な水準まで達したが、卒業はしていない。

 卒業を嫌って、最後の必修単位を履修しなかったのだ。


 騎士院は300単位とれば卒業だが、それは騎士院専門科目の必修単位を取得した上での話で、必修単位が揃わなければ、400単位取ろうが500単位取ろうが卒業にはならない。


 そうでなければ、武芸も戦術も一切修得していないのに、古典文学や法学だけを修得したような男でも、騎士院の卒業生になってしまうからだ。


 リャオは、単位を落としたのではなく、最初から履修しなかったのであるから、これは完全にわざとダブったと考えるのが妥当であろう。


 リャオは、生まれからすれば、卒業したらすぐに実家の家臣団に加わり、世継ぎとして腕を振るう必要がある。

 だから、リャオの現状は、言ってみれば実家に就職決定済みの大学生が、わざと卒論を提出しないで留年しているようなものである。

 騎士院生のなかには、寮の居心地が良すぎて卒業を先延ばしにするという連中が、実はたくさんいるらしいので、その一員なのだろう。


「もし去年の初めに十字軍結成の報を聞いていたら、今頃は卒業していたか?」

「ここにはいなかっただろうな」


 やはり、知っていたら卒業はしていたらしい。

 そうしていたら、正規の援軍の一員としてルベ家騎士団の一部を率い、遠征にでていたことだろう。


「だが、別にそれを重く感じちゃいない。キルヒナのアホ連中のために命を張るなんて、くだらねえ」

「ふーん、そうか」

「あっ、すまんな」


 ???

 なんで謝られたんだ?


「なにがだ?」

「ゴウク殿のことを馬鹿にしたわけじゃない」

 ああ、そういうことか。


「別に、そんなことは構わない」


 今にして思えば、ゴウクがキルヒナのために王鷲攻めなんてことをしたのは、将家の当主の行動としては、かなり異常である。

 将家は女王陛下に槍を捧げた存在なわけで、シヤルタ王国のために死ぬのならまだしも、キルヒナ王国のために死んでやる必要は全くなかった。


 もちろん、戦場に赴いた以上は死と隣り合わせであるのだから、通常の軍務中に事故的に死亡したのであれば、これは仕方がない。

 だが、自ら決死隊の一員となり、積極的に死んでやる必要はなかった。

 キルヒナの王家とて、さすがにそこまでは望まなかっただろう。


 ゴウクは、戦死した第十四次十字軍だけでなく、その前にもキルヒナへ援軍に出ていたから、ともに戦った戦友へ友情のようなものを感じていたのかもしれない。


「ルベ家はキルヒナ王国については詳しく知っているのか」

「俺たちも馬鹿じゃあない。この王国の誰よりも良く知っているさ」


 ほほーう。

 さすが領地が隣接しているだけあって、戦力分析はやっているらしい。


「どうなんだ。この戦争負けるのか」

 と、俺は興味本位で聞いた。


「当たり前だ。連中はなにも学習していない。ただただ、戦力を補充しただけだ」

「ふーん……」

「今も身内で足の引っ張り合いをしている。このままでは勝ち目はない」


 ルベ家は戦局に関して悲観的らしい。


「ま、それはいいだろ。折り込み済みだ」

 勝率が高いなどとは、俺も思っていない。

「折り込み済みか、大したもんだな」


「キルヒナは北部をやられている。一度領土を侵されると、政治が荒れて身動きとれなくなるのは、シャン人国家共通の習性だ」


 シャン人国家というのは、分離してしまってからは、殆どの国がシヤルタ王国とだいたい同じ政体を取ってきた。


 この政体の重大な問題点は、軍を構成する最大の単位が地方諸侯(将家)に分散されてしまっているということだ。

 地方諸侯は中央政権によってゆるく繋がっているが、この形だと攻められると弱い。


 どこかが攻められても、地方諸侯はもちろん損をしたくないので、攻められた当事者以外は本気を出して軍を出したりしない。

 なので、結果的に自ら各個撃破されるような無様を演じることになってしまう。


 さすがに、それが極端に出たのはだいぶ昔のことで、最近は学んでいるが、それでも本質的な脆弱性は解決されずに、そのまま存在する。


「ルベ家にとっては残念だろうがな。連中には、謹んでお悔やみ申し上げるさ」

「そうだな。なにもかもは守れない」

「悲しいことにな」

「王家もいい気なもんだ。将家にだけ援軍を出させて、近衛の第一軍からは一人の兵も出しやしない。俺の家はいい面の皮だ」


 キャロルが聞いていたら怒り出しそうな台詞だが、ルベ家がそう思うのは当然のことだろう。


 王家は音頭を取るだけで、何をしてくれるわけでもない。

 将家からは税金をとり、叛意を起こせば暗殺者を送られ、暗殺が成功しなければ他の将家に指示を出して袋叩きにする。


 一般の騎士のあたりはその辺りの意識はなく、王家を仰ぎ将家に忠誠を誓っているだけだが、当主をはじめ、将家の上層部からしてみれば、損ばかりさせられているという意識しかない。

 援軍に出征すれば報奨金を少し寄越すだけだし。


 ルベ家とて、キルヒナが滅びたら次は我が身なのだ。

 キルヒナに一番頑張って欲しいと思っているのは、間違いなくルベ家だろう。

 今だって、一兵でも多く戦力を温存しておきたいと思っているに決まっている。


「じゃあ、お前はなんのために参加をするんだ」

「箔がつくだろ」


 リャオは一言で端的に表現した。

 それはその通りだ。


「だが、箔どころか恥になる可能性もある」


 俺は暗にキャロルの死の可能性について言った。


「あんたの評判は聞いているよ。戦場から女ひとり連れ帰れないほど無能ではあるまい」

 リャオは、すぐに解ったらしく、気の利いた答えをよこす。


「戦場ではなにが起こるかわからないぞ。王鷲に乗っていても、流れ矢が目にでも入れば、人間は簡単に死ぬ」

「そうしたら、運が悪いと諦めるさ。戦場では確実なんてものはないしな」

「そりゃそうだ」


 そこまで解っているなら、あとで恨み事をいわれることもなかろう。

 といっても、たぶんキャロルが死ぬことになったら、俺も戻ってはこれない気がするけど。


「さて。じゃあ人事だ」

「ああ」

「こいつはミャロ・ギュダンヴィエルだ。知っているな」


 ミャロは座ったまま軽く頭を下げた。


「ご紹介にあずかりました。ミャロです」


「ああ、知っている」

 おそらく悪い噂だろうが、こいつの耳にもミャロの名は届いていたらしい。

「こいつは、総参謀長だ」

「参謀?」


 参謀という言葉は、シャン語では俺が考えた言葉だった。

 この国には参謀という役職を意味する言葉はない。


「事務全般や助言を司る役職だ。命令権は俺にだけある代わりに、誰にも命令権を持っていない」

「そうなのか」

「ああ。できれば副隊長にしてやりたかったが、結局は混乱のもとになるだけだからな」


 ミャロは生まれからして騎士からの信頼を得にくい。

 平民生まれの一兵卒を率いるのであれば問題はないだろうが、今回部隊に加わるのは、全員が騎士のヒヨコどもだ。


 そいつらの良識は疑ってかかるべきだし、ギュダンヴィエルが指揮するといったら従いたくないという者も多く出るだろう。


 ミャロが副隊長になった場合、当然、そいつらを軍法に従って処断してもいいわけだが、ミャロは体力的に強いわけではない。

 魔女家に反感を持っている者が半数以上であれば、処断しようとしても、逆にミャロのほうが殺されてしまうだろう。


「お前は副隊長だ。キャロルと同格だな」

 これは当然だ。

「謹んで拝命しよう」


「そうか。じゃあ、明日からここのミャロと頑張ってくれ」

 と、俺は軽く雑務を丸投げした。

「? なにをだ?」


「参加用紙を投函した連中が、本当に資格者なのか調べる必要がある。それに、できれば補給は自前でもっていってやりたい。キャロルも含めて、三人で存分に協議してくれ」


「三人で、って……。あんたはどうするんだ」


 リャオは訝しげな顔で言った。

 部屋で寝ているつもりなのか、とでも言いたいところだろう。


「俺は、明日からキルヒナに入る」

「キルヒナに? もしかして、出発までずっと向こうに出ずっぱりか?」

「いや、面接までには帰ってくる。だが、実際に現地を見ておく必要もあるからな。下見しておかないと、危なくて仕方がない」


 これには時間がかかるので、戦争が始まりそうになってから、バタバタとできる仕事ではない。

 他人任せにもできない。


「なるほどな。じゃあ、その間、こちらはできることをやっておけばいいのか」

「そうだ。そのへんは、ミャロが万事気がつく性格だ。俺よりも上手くやるだろう」


 ミャロはなにも言わず、リャオに向かってペコリと頭を下げた。

 よろしくお願いします。といったところだろう。


「ミャロには、俺は全幅の信頼を置いているし、キャロルも信頼している。無理にとはいわんが、お前も信頼してくれると助かる」


「それは俺のほうで決めるさ」


 まあ、そりゃそうか。

 他人が信頼についてどうこう言うのもおかしいもんな。

 とはいえ、先入観があってはどうにもならない。ということもある。


「最初から疑ってかかったりはしねえよ。その辺は安心してくれ」

「そうしてくれ。じゃあ、とりあえず今日はこのへんか。何か話したいことはあるか」


「いや、ない。まだ募集もしてない段階じゃ、やることも少ないしな」

 そりゃそうだわな。


「それじゃ、今日は終わりだ。解散にするとしよう」

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