第69話 近しい人々
「……というわけだ」
と、俺があらかた事情を話し終わると、カフとハロルは黙りこくった。
「お前には出自というものがあるから、しょうがないか」
と、難しい顔でカフが言った。
「お前に限っては、心配してもしょうがない。せいぜい気楽に構えておくさ」
「死んじまう可能性も考えなきゃなんねえだろ」
ハロルがそう発言すると、
「チッ」とカフが舌打ちをした。
「どアホうめ」
と、更に追い打ちをかける。
「あァ?」
「手足は、頭が死んだときのことなんて考えなくていいんだ」
「俺は一緒にくたばるわけにゃいかねえんだよ。黙ってろ」
早速喧嘩ムードだ。
こいつらの仲が悪いのは治らない。
「どっちにも一理ある問題だ。まあ聞いてろ」
と俺が言うと、二人は黙った。
「カフがいうのも一理あるが、ハロルが不安に思うのも無理はないだろう。だから、遺書を書いて父上に預けて行く。死ぬ前にアレをくれてやるとか、コレはやらないとか伝えるのは、争いのもとだからな」
なぜこんな歳で遺産相続のことを真剣に考えなきゃならんのか謎だが、やっておいたほうがいいのは間違いない。
「だから、要らん心配はするな」
そういうと、声にはださなかったが、ふたりとも頷いた。
特にハロルについては、イーサ先生のことがかかっているので、安心させておいたほうがいい。
場合によっては、俺が死んだ後も一生縛られることになりかねないわけで、ハロルが危惧を抱くのは当然のことだ。
「問題は、俺がいない間の運営だ。カフは問題ないな。ハロルの領分以外のところは、お前の裁量で全てやってくれ」
「分かった」
カフは二つ返事で頷いた。
頼りがいのある男である。
「ハロル。三番艦はいつ出来る」
「あー……っと」
頭のなかでカレンダーでもめくっているのか、ハロルは上体を反らして天井を見ながら、しばらく考えていた。
「一週間後だな」
「そうか。じゃあ次の往復で持ってきて、一番、二番艦はスオミに置いて、アイサ孤島へ行け」
「アイサ孤島に?」
「ああ、そのまま、また探検へ行け」
ハロルは少し嫌そうな顔をした。
気乗りしないようだ。
今、アルビオ共和国で作らせている三番艦は、探検用の船である。
三本マストが全て縦帆になっているコンパクトな船で、速度がでない代わりに少人数で操船できる。
高速がでないということは、遠くまで行くのに時間がかかるということだが、操船に必要な人員が減れば、むしろ航続距離は伸びる。
積み荷の一部となる食料・水の消費が少なくて済むからだ。
つまりは、燃費の良く長距離を走れる小型自動車か、燃費は悪いが高速が出る大型自動車かの違いで、この場合は前者が良い。
「本当にあるのかよ、新大陸ってのは」
ハロルは俺の決定に不満なようだった。
カフのほうを見ても、やはりこれについては同意見なようで、ハロルを睨んだりはしていない。
「ある……はずだ」
と、俺は自信なく言った。
ここまで大陸の形が地球と似通っているのに、アメリカ大陸がなかったら、むしろ異常だ。
だが、それは俺が知っているだけのことで、確証としてはまるでない。
確かめる方法もないので、ハロルとカフが懐疑的なのは仕方のないことだった。
「……今やらなきゃならないことなのか」
とカフが聞いてくる。
ハロルは、俺の命令で、二番艦の建造がまだだった時期に、アイサ孤島から探検に出発している。
しかし、結局これは空振りに終わった。
大陸をうまいこと見つけられなかったのだ。
俺が詳細に指示をしていなかったのが悪かったのだが、航海図によると、ハロルは順風に乗るままカリブ海のほうに行ってしまい、食料と水が心細くなった時点で折り返して戻ってきた。
島の一つも見つけられなかったので、存在の証拠となるようなものは一切なく、完全なる空振りに終わった。
そのときは、共和国を通じて諜報をしつつ、クラ人側に戦争の動きがないことが解っていたので、まだ時間はあると高をくくり、俺は二番艦を作らせた。
そのころの懐事情では、ただちに探検専用の船を新規建造させるほどの余裕はなかったのだ。
「前も言ったが、新大陸の発見は、社の設立目的といっても過言じゃない大事業だ。お前らが俺の判断について不審に思うのも無理はないと思うが、ここはひとつ頼む」
コロンブスが最初白眼視されたのと同じで、俺以外の人間にとっちゃ、雲をも掴むような話である。
こんな非常時にやってる時かと思われるのは当たり前だ。
だが、無理を通してでもやってもらわなければならない。
多少のゴリ押しをしてでも。
「それに、共和国から運んでくる贅沢品は、戦争のことが知れれば真っ先に値が下がるはずだ。これからしばらくは、これまでほど旨味のある商売ではなくなるだろ?」
戦争が始まることを知れば、人間は将来を見つめて金を蓄えはじめる。
贅沢品に金を出す人間はいなくなる。
向こうでは贅沢品でもなんでもない綿を買ってきて、高額で売りさばいて儲ける。
などという笑いが止まらない商売は、この先できなくなるはずだ。
「まあ、な」
「そりゃそうだが」
二人もその点については同意見のようであった。
「もし新大陸が見つからなかったら、アルビオ共和国との外交が重要になってくるからな。ハロルあたりは、俺が帰ってこなかったら女王陛下と謁見する羽目になるかもしれんぞ」
「ん……うーん」
ハロルはなんだか面倒くさそうな顔をしている。
嫌なのか。
「しかし、自分が死んだ後のことまでその歳で心配するとは、お前も物好きだな」
と、カフが言った。
「そこまで心配してるわけじゃない。十中八九は何事もないよ」
なにしろ、上空から見て帰ってくるだけだ。
しかも、危なくなったらすぐ帰って来ても良い。
何十人も連れて行けば、一人二人は無茶をやらかして死ぬかもしれないが、それだけだ。
死んだところで俺が監督責任に問われるわけではないだろうし、極論をいえばキャロルさえ帰ってこれれば、何人死のうがかまわない。
ただひとつ怖いのは、そのキャロル当人が暴走することだが、それも根拠のない心配事であり、そうならない可能性のほうが高い。
「とにかく、無事に帰って来い。お前がいなきゃ、なにも始まらねえ」
「俺だって死にたかない。ちゃんと帰るさ」
とりあえず、これで話は終わりかな。
「それじゃ、俺は用事が残ってるから、行かなきゃならん」
そう言って、俺は席を立った。
立った途端、血の巡りでもよくなったのか、肝心なことを言い忘れてたのを思い出した。
「ああ、言うのを忘れてた。ハロル、共和国で調達してきてほしいものがあるんだが……」
***
「ユーリくん」
本社を出ると、黒塗りの馬車がとめてあって、その前にミャロが立っていた。
後ろは俺んちの正門なわけだが、これはあれか。ウチで衛兵のバイトでもしてるのかな?
そんなわけはないよな。
「ボクを幕下に加えてください」
ミャロはおもむろにその場に片膝をつき、制服の膝を汚した。
最敬礼だ。
こいつ時代劇の見過ぎかよ。
いや時代劇とかないけど。
「立て」
俺がそう言うと、ミャロは素直に立ちあがった。
わりと往来があり、一般市民が訝しげな眼差しを向けてきていたので、流石にちょっと恥ずかしかったのかもしれない。
「ここで話すのもなんだ。馬車に乗ろう」
「どうぞお乗りください」
ミャロは従者のように馬車の扉を開いて、俺に乗るように促した。
あー、えーと、なんだ。
なんつーか……同世代の女子にこんなことをやられると、凄くいたたまれない気分になるんだが……。
まー、ここは素直に乗っておくか。いろんな意味で。
「学院に頼む」
そう言いながら馬車に乗った。
本来はミャロが行き先を告げるべきなのだろうが、御者は黙って馬を走らせはじめた。
当のミャロが行くなと否定をしなかったからだろう。
馬車の中では、ミャロの扱いについて考えているうちに、寮に着いてしまった。
一言の会話もなかった。
ミャロも話しかけては来なかった。
学院に着くと、馬車から降りた。
ミャロは御者に戻るように伝え、馬車は走り去ってゆく。
「ミャロ、どこから話を聞いてきたんだ?」
俺は歩き慣れた寮への道を進みながら言った。
「えっ? えーっと……」
言葉を濁した。
情報源を話すべきか迷っているのだろうか。
「誰から聞いたのか知りたいわけじゃないが、もうお触れが出ていて、寮に向かったらムサい男どもがワンサカってんじゃ困る」
「いえ、そんなことはありませんよ」
そういうわけではないらしい。
「殿下から聞いたんです。昨日相談を受けたので、行くことは知っていました」
なんだ。
キャロルが情報源か。
それにしても、昨日か。
陛下はキャロルが言い出しっぺと言っていたが、昨日許可を出したのだろうか。
どういう会話があったのか、察しようもないが、もしかしたら陛下のほうがキャロルをたきつけたのかも知れん。
今からキャロルと話して、話術でそのあたりをハッキリさせるという手もあるが、真相を知ってたところで、たいした意味はないか……。
「じゃあ、あいつはもう知ってんのか。俺が隊長ってことは」
「知っていますね。ほんの少し前に、王城から不機嫌そうな様子で戻ってきました」
すると、ミャロはそのときに事情を聞いて、即座に別邸まですっ飛んできたってわけか。
「ふーん、そうか」
若干寮に戻るのが億劫になったが、いつかは知られることだし、しょうがないか。
「ユーリくんは向こうでなにをやるつもりなのですか?」
ミャロは興味津々に聞いてきた。
「なにって?」
「キルヒナの人々を救うとか」
????
なにを言っているんだ、こいつは。
時代劇のみすぎっていうか、小説の読み過ぎかなんかかよ。
「なんで俺が救わなきゃならないんだ?」
「そうなんですか」
そうなんですか。じゃねーよ。
お前はおれを全知全能の神だとでも思っているのか。
「そんなつもりでいるんなら、絶対にお前は連れて行かない」
「あっ、はい。ボクもそういうつもりではないですよ」
そういうつもりではないらしい。
怪しいものだが、俺はミャロが博愛主義者ではないことは知っている。
俺がそういうつもりであるなら、そのつもりで気合入れていきますよ。というつもりで聞いてきたのだろう。
「あのな、女王陛下は英雄だのなんだの言っていたが、今回のことでは、その英雄志願者がもっとも迷惑なんだよ。そもそもの作戦目標を勘違いしやがるだろうからな」
「それは……はい」
なんだか煮え切らねえな。
「じゃあ、軽く試験をするか」
俺がそう言うと、ミャロは顔をピッとひきしめた。
「はい」
「今回の作戦で、最も優先的に達成すべき目標はなんだ?」
「殿下を無事に連れ帰る……だと思います」
ミャロは即座に返した。
その通りだ。
「よし。その目標達成のために一番懸念されるのはなんだ?」
「えっと、クラ人の飛び道具でしょうか」
……まあ、確かにそれはそうなんだが。
流れ弾は怖いもんな。
「それも恐ろしくはあるが、一番の懸念材料は、その当人のキャロルが英雄志願者だってことなんだよ」
「それは……、そうかもしれないですね」
「他のやつなら、夢見がちな奴が暴走しても、あーそう勝手に死んどけってなもんだ。そのまま隊から放逐すればいい。だが、キャロルの場合は、やつの帰還自体が最優先になっているわけだからな」
「そうですね。考えてみれば、その通りです」
「それだけ解ってるなら、お前を連れて行こう」
俺はあっさりと許可した。
一応は試したが、ミャロを連れて行かないという選択肢はない。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
ミャロは心の底から嬉しそうな顔をして、強くそう言った。
ミャロのことだから、精一杯頑張るというのは嘘ではなく、身を粉にして頑張ってくれることだろう。
「ただ、足手まといにならないでくれ」
「はい。もちろんそのつもりです」
「意味がわかるか?」
俺が聞くと、
「はい?」
と、ミャロはきょとんとしていた。
「足手まといになるな、って意味がわかるか?」
「……どういう意味でしょう。文字通りの意味では?」
「俺はできればお前を連れて行きたくない。誰だって、火事場に入る時は大事なものを抱えて入りたくはないだろう」
俺がそう言うと、ミャロはなんともいえない複雑な表情をした。
強いて言えば、悲しげな表情だろうか。
ミャロからしてみれば、俺の心配は、ありがた迷惑なのだろう。
「……はい。ですが、火事場の中で、その大事なものが役に立つ場合もあるでしょう」
「そうだ。お前は役に立つ。一番信頼できるし、有能でもある」
ミャロが有能であることは、これは間違いない。
有能というより、俺にはない物を持っているのだ。
それは几帳面さであったり、俺とは視点の違う思考であったり、人脈であったり知識であったりするのだろうが、とにかくミャロが有用であることは間違いない。
「光栄です」
ミャロは、今度は純粋に嬉しそうに言い、律儀に頭を下げた。
「だが、同時に俺の弱点にもなる。俺はキャロルを連れて帰るためなら、何人だって見捨てられるが、お前だけは見捨てられないだろうからな。俺にとっては、信頼できる有能な部下を得る代わりに、どうしても連れ帰らなきゃならない対象が、単純に倍になるわけだ」
「……そう考えるのは、ボクが女だからですか?」
ミャロは不本意そうであった。
だが、そう考えるのは、俺にも理解できる。
「違うな」
「そうでしょうか」
ミャロは懐疑的なようだ。
「お前が逆の立場だったらどう思う? 俺は男だが、俺が足かせになったら、汚れた手袋を路端に放り捨てるみたいに、簡単に切り捨てられるのか?」
俺がそう言うと、ミャロは押し黙った。
「…………」
そのまま、十秒ほども沈黙が流れ、靴が土を踏む音だけがしていた。
そして、ミャロは口を開いた。
「ボクはできそうにありませんが、ユーリくんはそうする必要があると思います」
まあ、確かにな。
不思議と納得のいく答えだった。
「立場の違いってやつだな」
「そうですね」
「必要があっても、できるとは限らない。俺も石でできているわけではないからな」
「はい」
「俺は、簡単にそれができるようになりたいとは思わない。だが、ミャロの言うとおり、確かにそうする必要はあるんだろう」
難しいところだ。
その判断に迷うようなものは、家に置いていけ。ということになるのかもしれないが。
「ボクも、石の下に加わりたいわけではありません。それは、味気がなさすぎます」
と言って、ミャロは小さく笑った。
その笑顔を見ると、俺もなんだか気がほぐれた。
ミャロが俺の言いたいことを理解している。
「そうだろうな。石に使われて一生懸命働くなんていうのは、くだらん人生だ」
「……えっと、ユーリくんの仰りたいことは、十分伝わりました。気をつけることにします。足かせにならないように」
ミャロは、そう言って話を足早に締めくくった。
寮の入り口がもうすぐそこまで来ていたからだろう。
「そうしてくれると助かる」
***
寮に入ると、いつも通りの気の抜けた空気が漂っていた。
やはり、まだ情報は広まっていないのだろう。
俺はミャロと別れると、自分の部屋に一人で入った。
そこには、一人の人間がいた。
そいつは、一連の面倒事の元兇であるくせに、眉間に皺を寄せている。
このやろー。
「なにむくれてんだよ」
キャロルは自分のベッドの上であぐらをかいて、頬をふくらませていた。
「ふんっ」
そっぽを向いてやがる。
「女王陛下の決定が気に入らないのか」
俺はよっこいせと自分の机の椅子に座った。
こらいっちょ話しとかないとあかんな。
「……そんなわけはない」
「誤解のないように言っておくが、俺から頼んだわけじゃないからな。俺はこんな面倒臭いことはやりたくない」
「そんなこと、解ってる。おまえは自分から責任を負いたがる人間じゃない」
なんだ、よく解ってんじゃねーか。
「気に入らないなら行くのやめるか? 俺としては全然構わないけどな」
いやほんと、そうしてくれたら万々歳なんだけど。
「お前が隊長というのは不本意だが」
「不本意なのはいいが、実行に移ってから俺の言うことを聞かなかったら、縄で縛ってでも連れて帰るからな」
これだけは言っとかないと。
「私とて、軽率な行動で身を危うくしていい身の上ではないことは、解っている」
解ってるんかい。
じゃあ無茶ぬかすなよと言いたいが。
「じゃあ、お前としては了承するんだな。俺が
「私だって、元よりお山の大将を気取りたいわけじゃない。大将が誰だって、行動の意義が変わるものではない」
ふーん。
自分が頭じゃなくても構わない、というのは殊勝な心意気だ。
「言っておくが、キルヒナ人を助けに行くわけではないんだからな。そのあたりは勘違いするなよ」
「わかってるさ。私の身はこの国のためにある」
そのへんは解っているらしい。
女王が口を酸っぱくして言い続けてきたことなのかもしれない。
「それならいい。じゃあ、追って知らせを待て」
「お前の采配ぶりを楽しみにしているぞ」
楽しみにされても。
「騎士院生向けに公示があるのは、二日後だそうだ。そこから忙しくなる。頑張れよ」
そこまで決まってんのかよ。
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