第67話 厄介な頼まれ事

「そういうのは自由参加でしょう。そもそも、家の都合があります」


 貴族の子弟は自分のためだけに生きているわけではない。

 生き死にがかかるならば、お家にお伺いを立てる必要があるのだ。


「そんなのは、なんとかなります。なんなら、私からルークさんにお願いしてもいいわ」


 そらそうだが。

 ルークも、俺が行きたいといえば止めはしないだろう。

 元より好き勝手してきたのだから、今更だ。


「それで、僕に何をして欲しいんですか?」


 ただ打診をしたいなら、俺をここに呼ぶ意味がない。


 普通に、夏休みの旅行のお誘いのように「行く?」と一言キャロルに聞かせれば良い話だ。

 そうしたら、俺も「行かない」と言って、それで済む。


 それが、このような場を設け、わざわざ俺と謁見までして、優先して俺に伝えたということは、俺に何かしらの役割を演じさせたいのだろう。


「察しは付いているんでしょ?」


 ニコニコと微笑みながら言ってくる。

 確かに察しはついているが。


「キャロルのおりですか」

「そうです」


 やっぱり。

 なんだかんだで人の親。娘のことが心配なのか。


 キャロルの立場が難しいのは分かる。

 身分が高過ぎるため、抑止できる人間がいない。


 あのガタイのいいルベ家の嫡男も参加するようだが、彼とてキャロルが暴走したときに止められるかといえば、できないだろう。

 面識もほとんどないだろうし。


 キャロルが死へ向かう誤判断を下したとき、誰が止められるのか。

 女王陛下は、俺ならなんとか、と思ったのだろう。


「失礼ながら、陛下は戦場というものを想像できていないのではないですか?」


「あら、あなただって、戦場へいったことはないでしょう」

 そらそうだが。

「そうですが、僕は想像はできています。その点は大きな違いです」

「私にどういう想像が足りていないというの?」


「夏の森のなかで絶望的な状況で追われる同胞たち、涙を流しながら今まさに拐われてゆく女子供、木に括りつけられて、面白半分に性器をズタズタに切り刻まれて拷問される男や、強姦される女、そういう光景ですよ」


「それが戦争というものでしょう」

 平気な顔でいいよる。


 まあ、そうだ。

 国主であれば、そのくらいのことは、想像できていて然るべきであろう。

 俺も、知ったかぶって、戦争とは酷いものなんですよ。なんていう説教を、女王陛下にするつもりはない。


「そうです。ですが、キャロルがそれを見た時、なにをするかまでは想像できていない。我が身の生還を第一とする以上、キャロルは彼らを見捨てなければならない。悲劇を看過しなければならない。ですが、キャロルはそういった割り切った考え方はできない人間です。誰が制止したところで、必ず振り切って助けにいく。そして、手勢を大勢引き連れて死ぬでしょう」

「………」


「そして、僕たちも死ぬ。もしキャロルを見殺しにして生き残ったところで、王女を見捨てて帰ってきた騎士たちに待っているのは、誹謗と中傷だけだ。それはあまりに残酷だとは思いませんか」


 問題なのはそこなのだ。

 王鷲を使って空から見物する。

 確かに、見て帰るだけならリスクはほとんどない。


 だが、キャロルが義憤にかられて自殺行為を働こうとしたら、周りはどうすりゃいいんだ?


 キャロルが死ぬのはいい。良くはないが、いいとしよう。

 若い騎士たちも血気盛んだから、同じような自殺行為をして死ぬ奴も多いだろうしな。


 だが、キャロルの場合は、死んだら自業自得では終わらないのだ。

 キャロルを見殺しにしたということで、同行した連中は一生誹りを受け続けるだろう。

 そうなることを考えれば、この遠征はあまりにも残酷だ。


 それに、最悪の場合は、キャロルとルベ家の嫡男と、俺が全員死ぬことになる。

 そうしたらこの国は本当に終わりだろう。


「……そうね」

「では、キャロルに諦めさせてください。諦めれば全ては済むことです」


「そういうわけには行きません」


 うっわー。

 なんでー。


「いったい、何が狙いなんですか。キャロルは言わば偶像アイドルです。偶像アイドルに無残な戦争経験などいらないし、戦地での冷徹な判断能力もいりません。戦争は騎士がやります。それでいいじゃないですか」


 この国は、というかシャン人の国家は、二千年も前からそういう仕組みでやってきたのだ。

 キャロルが騎士院を卒業するのは、騎士側と結束を強めるというか、密接な関係を作るためであって、間違っても前線指揮官になるためではない。


「今、我々には英雄が必要なのですよ」


 英雄?

 また突飛な話がでてきたな。


「戻ってきた貴方達は、次世代の英雄として祭り上げられます。特別な勲章も授与しましょう」

「はあ……?」


 俺は呆気にとられて何も言えなかった。


「そういうことです。娘が参加するのとしないのでは、意味合いはまるで違ってきます」

「まあ、そうでしょうね」


 だが、ただ見てくるだけでは、英雄にもなんにもならない。

 行ったからには何かしら起こるだろうと見越しているのか。


 いや、特別の成果がなにもない視察なら、それはそれでいいはずだ。

 なにかトラブルがおきて、それを解決したなら、それを大げさに仕立て上げればよい。

 どっちに転んでもいいわけか。


 英雄というのは、正直なところ、ピンとこない。

 だが、実際に戦場へいって戦闘を見てきた、場合によっては参加したという証明の勲章を貰えれば、実際に騎士になったときに部下からの扱いも変わってくるだろう。

 意義はあるようにも感じる。


 だが、英雄というのは、誰かが望んで作るようなものではないだろう。

 人造のものではなく、天然に生まれるものだ。


 そこに作為がないからこそ、人々は誰かに英雄を見るのだろうし、それを考えると、試み自体がピントが外れたものに感じる。


 まあ、英雄とかそのへんは言葉のアヤなのかもしれん。

 それは置いておくにしても、戦争を単なるマイナスに捉えず、劣勢であろうとプラスに持って行こうとするのは、それは良い試みであるようにも思えた。


 王家にとっては、この状況では将家と結びつきを強めたいのは当たり前だし、そのためにキャロルを使いたいのだろう。

 性急すぎる気もしないではないが、その効果は理解できる。


 そう考えてみれば、この遠征を行うメリットは、王家には無数にあるわけだ。

 この女王陛下が、そのメリットの中のどれに重点を置いているのかは不明だが、メリットがないということはない。


 だが、それでも、キャロルが死んでしまえばそれまでなのだ。

 そのリスクがあることを考えれば、戦場に出すなんてことはせず、後生大事に守っておくべきだろう。


「僕はこの戦争は非常に悲惨な……もちろん、こちら側に悪い結果になると見ています。キャロルは生きて帰れないかもしれませんし、生きて帰れても戦場を見て心を病むかもしれませんよ。そこらへんを勘定に入れた上で言っているのですか」


「危険を恐れていては成果は得られません。それは、ユーリくんもよく解っていると思うけれど。私は、危険をまったく冒さないで、この国がこの先いきながらえて行けるとは思っていないの」


 まあ解らないでもないが……。


「ねえ、心配はわかるけれど、そこまで心配することがあるかしら。さっきも言ったけれど、鷲を使うのだし、その子も張り付かせる予定なのよ」


 と、陛下は俺の背中の向こうを目で見た。


 忘れてしまいそうなほど音一つないが、王の剣の女だ。

 なるほど、こいつが一緒に行く予定だったわけか。


 ああ、そういうわけか。

 だからこいつに迎えにやらせた。

 顔合わせで。

 合点の行く話だ。


「もちろんキャロルを団長にして行くのでしょう」

「そうね」


 言うまでもないが、王族が誰かの部下になるというのは、君主制の国家では考えづらい。

 王とは頂点だから王なのであって、王族が王族の下につくということはあっても、騎士の下につくということはない。

 それは王が誰かの命令を聞くことはないからである。


「問題は、キャロルが率いているということなんですよ。例えば、王の剣が全員ついていったところで、キャロルが敵陣に突撃をかますといったら、守りきれるものではありません」


 戦争においてリーダーが持つ指揮権というのは、そういう性格を持っている。

 市井の仕事であれば、嫌だったら役目を放棄してやめてもいいが、戦争においてはそういうわけにはいかない。


「その時は、あなたが反対すれば、娘も考えなおすでしょう」

「キャロルは僕に心服しているわけではありません。自分だけの正義感も持っています。僕が戦場で軟弱なことをいえば、軽蔑するだけです。そして、判断を実行に移す。それが自殺行為だったとしても」


「けれど、ユーリくんが言えば、一定の効果はあります」

「それは認めますよ。気がしれている分だけ、ルベの若殿様がいうよりは話を聞いてくれるでしょう。ですが、それだけです」


「ユーリくんだって、娘ががむしゃらに仲間を殺すような判断をすると思っているわけではないのでしょう?」


 それは確かに。

 だが、戦場では判断能力が失われるような状況がいくつも現れるものだ。


 たとえば、こちらの十人足らずが犠牲になれば高確率で千人の市民が助けられる。というような状況になったとき、キャロルは見捨てるという判断ができるのか。

 あいつにそんな器用な真似ができるわけがないし、俺の説得で心が変わるものでもないだろう。


「それはそうです。ですが、戦場では何があるか解りません」

「危険があることは承知しています。もし娘が死んでも、怒るつもりはありませんよ」

 そういう問題じゃねーんだって。


「キャロルはあれで人望があるから、キャロルが死んだら死ぬのはキャロルだけじゃ済まないって話なんですよ。僕だって、失礼を承知でいいますが、うまいことあいつを見捨てられるかはわからない。キャロルほどの貴人ともなれば、子守りだって命がけだ」


「そういう貴方だからこそ、こうして直接に面会して頼んでいるのよ。私は、なにがなんでも貴方を同行させたいの」


「そんなこと言われましても」


 いや、ほんとに。

 そんなこと言われましても。


 なにがなんでもって。


「条件があるなら何か言ってちょうだい」


 まてや。

 俺には他の道はすでにないということか。


 条件を出せとか。

 この件については一歩も引かないといった強情さが感じられる。


 どう足掻いても貴方には行く以外の選択肢はないのよ。みたいな。

 とはいえ、絶対に行かない。と強情を張れば、さすがに下がるとは思うが。


「じゃあ……」

「はい」


「まず、僕を遠征隊の隊長にしてください。もちろん、キャロルは部下になりますから、絶対服従です」

「それと?」


 それと、か。

 この時点で不可能に近い要求だと思うが……。

 一応は言ってみろってところか。


「費用は派手に使いますが、全額王室から出してください。隊員が死んだ時に賠償金などを求められたら、それも払って貰います」

「もちろん。お金は当然こちらから払います」


 まあこれは当然として。


「これが最後ですが、僕個人に対する報酬として、特許監査室の室長を、フィッチ・エンフィレから、僕の希望する者に変えてもらいます」


「……あー、はい、そうきましたか」


 女王陛下は頭の痛そうな顔をした。


「これは僕だけの問題ではありませんよ。このままでは特許制度そのものが滅茶苦茶になります。せっかく活気づいてきたというのに……」


 特許監査室というのは、言うなれば特許侵害の申し立てを受け付ける窓口だ。

 この国にできた特許制度というのは、最初から問題だらけだったのだが、特に問題だったのがここだった。


 特許侵害の申し立てを、何者かが握りつぶせるというのは、誰がどう考えたってドでかい制度の穴である。

 お金でやってあげる。などという者がトップに座れば、途端に滅茶苦茶になってしまう。


 それは解りきっていたのだが、では法廷にやらせれば中立なのかというと、こっちも特許制度以前に基礎的な法体系すらできていないので、どっちもどっちであった。

 だが、制度を作った時点では、俺はひたすらお願いする立場なので、文句などはつけられなかった。


 それでも、制度ができてからこっち、王家が目を光らせてくれていたおかげで、特許監査室というのはなんとか求められる機能を果たしてくれていたのだ。

 だが、一年前ついに堂々と七大魔女家セブンウィッチズのエンフィレ家の女が室長になり、その日々も終わった。


 今までは、特許侵害もコソコソとやっている程度だったのが、今はもう賄賂さえ渡せばなんでもアリの状態になってしまった。

 堂々と紙を漉いて市場に流通させようと、賄賂さえ払っていれば、特許侵害の申し立ては全て握りつぶしてくれるのだから、問題になろうはずがない。


 この国は万事がその調子で、せっかく制度を作って清廉に運営しようとしても、魔女家がこぞってやってきて陵辱してゆく。


「そんなに酷い状況なのですか?」

 女王陛下は把握しておられないらしい。


「低所得者向けの店舗では、既にホー紙と銘打って、格段に低品質で低価格な紙が流通しています。そのせいで、こちらの評判まで悪くなっているというのに、監査室は見て見ぬふりです。ホー紙だけではなく、僕以外の発明家も大迷惑をしています」


 これでは特許を申請するどころではない。


 認められたら公開されるのだから、本来とは逆に、特許出願というのは「こういう発明をしたのでどうぞ真似してください」という意味になってしまう。

 それでは、特許を得るメリットなど一つもない。

 特許などという阿呆な制度を使わず、今までどおり秘匿していたほうが、遥かにマシだ。


「……解りました。なんとかしましょう」

「なんとかするというのは、全てですか?」

「はい」

「安請け合いでは困るのですが」


 一度手に入れた利権というのは、蜜のように甘いものだ。

 それを奪われれば、腕を引きちぎられるように痛む。

 それが魔女家という存在なのだと、俺は理解していた。


 俺が言ったのは、つまりは、七大魔女家セブンウィッチズの一つから、腕をもぎ取ってくれ。という依頼なのであり、これは容易なことではない。


「必ずやるわ。今はもう彼女たちを宥めている季節ではありませんし……ただ、キャロルは副隊長にしてもらいますよ」


 それは当然だろう。

 むしろ一兵卒であるほうが扱いづらい。


「それは構いませんが、俺が隊長じゃ誰も納得しないでしょう」


 引き受けてくれたのは助かるが、特許云々以前に、俺が隊長というのは大分難しい注文である。

 それで大丈夫なわけがない。


 ルベ家なんかどうすんだ。

 立場的には対等、どころか年上なのだから目上なのに、俺は隊長で、あっちは部下。


 それでは、ルベ家はホウ家より格下ということになる。

 納得できるわけがない。


 いや、それ以前に、キャロルを差し置いて俺が隊長というのは、根本的におかしな話だ。

 キャロルが騎士院生でない、騎士の卵ですらない存在であるのならまだしも。


「あなたはゴウク殿の甥です。ゴウク殿の息子ではありませんが、後を継ぐ者であるのは間違いありません。そして、ゴウク殿はキルヒナでは英雄です。十分に理由付けはできます」


 ……そうなのか。

 そういう通し方は念頭に置いてなかった。

 確かに、そういった言い分があるのなら、問題は大部分なくなるのかもしれない。


「解りました。ですが、僕は無理をするつもりはありません。英雄譚に謳われるような活躍は期待しないでください」

「解っています……。これは、そうですね。俗な言い方をするとすれば、分の良い賭けなのです。賭け事に期待はしません」


 賭け事とは。

 のんきなものである。

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