第27話 二人の純臣

そんなことで富貴になるのを、私は恥ずかしいと思う。だからこれを表にして李密に差し出し、李密のものとして唐に献ずるようにしたい。という意向であることがわかった。

高祖は感動して


「徐世勣は、まこと徳に背かず功を誇らず真の純臣である」


と李姓を賜り以降、唐の全国制覇に大きく貢献した。

唐が中国を統一できたのは、乱世初頭李世勣と魏徴を高祖が配下に加えたことが大きかった。その後李世勣は、二世皇帝李世民の世の字がだぶるのを恐縮し李勣と変名した。李勣は高祖、太宗に信任され唐の重鎮となった。三代皇帝高宗も李勣に頼り、やがて呼び出された。重臣全員が反対というのであれば、さすがの武昭儀でも皇后廃立に踏み切れない。一人くらい賛成がいなければ問題である。意見を述べていないのは、李勣だけである。重鎮は、李勣の忠臣に期待していた。

しかし、李勣は武昭儀に油断していた。彼女はまだ九嬪にすぎす、三夫人でもない。皇后になったとしても、軍権もなく所詮は女である。武昭儀を甘く見たことが、後に大きな失敗となることに李勣は気づかなかった。

病気と称して自宅にこもっている間、李勣はこの問題の解答を考えていた。やがて高宗に召されたとき、彼は考え抜いた解答を口にしたのである。


「これは、陛下の家庭のことでございます。どうして、外部の人にお問いになるのですか?」


賛成でも反対でもない。責任を皇帝にかぶせて、うまく逃げたのである。


(おれは、むかし群盗の擢譲に仕えた。次に、李密に仕えた。そして唐の李淵に仕え、今その孫に仕えている。上がどんなに変わろうが、これまでどおりその家庭のことなど、わしとは関係がないのだ……)


李勣は、そう考えた。彼が唐に仕えたのは、いわば成り行きなのだ。親子兄弟のような、のっぴきならぬ関係ではない。太宗だって息子が李勣を使いこなせる事に、疑問を感じ自分を一度中央から遠ざけたことがある。あの時、李勣は自分が警戒されていると知って、地方転出の辞令を受けると家にも帰らずその足で任地に向かった。それで身が安全だったのである。

揺るぎない信頼関係を築いていると信じていた自分でも、所詮は他人である。李勣は高宗の家庭に関われば、また疑われるのを恐れた。

しかし、李勣のこの発言は唐にとって最悪な結果になることに誰も想像だにしなかった。

高宗は、李勣の返事によって武昭儀の呪縛から逃れられなくなった。

しかし、どうしてこんな異常事態になってしまったのだろう。

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