第3話
「お上はそこである尼僧をごらんになってはらはら涙をこぼされたそうでございます。そしてその尼僧もお上を仰ぎ見て目に涙を浮かべておられたとか……」
「あ、わかった。
その尼 僧とは武才人(武照)であろう」
と王皇后は言った。
才人というのは、女官の位階の名で正五品官に相当する。三夫人、九嬪、二十七世婦と女官のランクはみな官位があった。才人はその中で最も低い二十七世婦のなかでも一番下であり、武才人とは武照のことに他ならない。
李治はまだ十歳の少年の頃武照は十四歳で、李治の父太宗の後宮に召された。李治は四つ年長の美女武照に心を奪われてしまった。
後宮は男子禁制の場所だが、皇帝の家族生活の場でもあるので皇子は出入りできするとはできる。その多くの皇子のなかでも皇太子は、後宮の女性たちに大切に扱われ注目されちやほらされる。皇太子が皇帝になった時の待遇が変わるからだ。その時の皇太子は、李承乾であり太宗にも特に可愛がられている。他の皇子にもしっかりものの李泰など優秀な皇子が多数いた。
李治は、気が弱く全くのノーマークであった。しかし大人たちには、少年の赤くなったりもじもじする行動に恋慕の情ぐらいは読み取れた。
李治は大人たちは自分に無関係であり、誰もこの恋は知られていないと思っていたが後宮の大抵の人は知っていた。ー少年の淡いほのかな慕情ー人々は気の弱い皇子の行動を多目に見、好感をもって好意的に見守っていたのだ。
それが、思わね事態の進展で李治は皇帝となった。
しかし、皇帝の身分をもってしても武才人を我がものにすることは不可能であった。
彼女は、亡き太宗の愛人群のなかの一人であったからだ。王皇后は老女に吐き捨てるように言った。
「すでに出家している身、無理であろう」
「出家と申すのは俗世間と関係を断つことと聞いておりまする。
ならば、武才人はもはや先帝の後宮にいたという俗界のことを消し去っている身ではありません
か。出家しているからこそ呼び戻すことができるのです」
柳婆さんは、そういってじっと王皇后を見つめた。
「しかし我が国には儒教という考えがある。
野蛮な国のようなことはできません」
王皇后は、この提案に不快感を示した。
「武才人を宮廷に呼び戻すさえすれば肅淑妃などおそるるにたりません。
しかも、武才人にも優位に立つことができます」
王皇后は、老女の言葉を聞いて覚悟を決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます