1話ー⑧ 少女は運命と出会う
何やら、騒々しい。人の声が、聞こえる。
意識の浮上しかけたタスクの脳裏に流れたのは、そんなこと。
「──‼──‼」
「──、──」
「──、──」
「──、──‼」
……目を覚ますのが、怖かった。いつものタスクなら、誰かの声が響く中で目覚めて、そこに待っているのは、絶望。一方的に振るわれる暴力、意識のない間に既にボロボロにされた状態で始まる、成功するわけがない逃避の開始。実際、いつも通り響くのは、全身に刻まれたのだろう鈍い痛み。目覚めたくない。しかし意識は勝手に浮上していく。まずは目を閉じたまま決まらない覚悟を決めて、次に目に映して、そこで何もかもを諦めよう。無抵抗に、無感情に、サンドバッグとして振る舞えば、いつの間にか終わっている。いつものこと、いつものこと──そこで、気が付いた。
(……あれ?)
確かに痛みは、ある。しかし、それだけ。いつもなら殴られ蹴られ打たれているはずの感覚がない。ただ、既にある痛みがあるばかり。なんで?と思いながら、ようやく目覚めは現実に届く。目を閉じたまま、動かず、やはり何故か、何も来ない。聴覚が戻ってくる。頭が少し回り出す。そしてようやく、そこで溢れ返る言葉の内容を、認識した。
「──、なんで──⁉」
「──の見立てでは──だろう?落ち着け」
「タスク……起きて……」
焦りを隠す様子のない声……冷静そうな声……自分を、呼ぶ声?
訳が分からないまま、タスクは思わず、目を開く。そこにいたのは、三人の人間。
「──」
一人は、暗い色のコートを纏った、青年。タスクを見て、呆然としていた。それと同時に、焦りに塗れた声は、消えた。
「おはよう」
一人は、フードだろう布を被った大柄の男性。低く、落ち着いた声は変わらず、軽く挨拶するかのように、投げかけられた。
「タスク……」
一人は、ピンク髪の少女。見覚えのある可憐な顔を歪めて、やはり聞き覚えのある声は、少々震えていた。
「……」
タスクは巡りかけていた思考が停止する。どうすればいいのか、今どうなっているのか、分からなかった。とりあえず分かるのは、今この瞬間は傷つけられているわけではないこと。
「どこか痛むか?」
大柄な男は、他の二人が役に立たないと判断して自ら声をかける。声をかけた相手も状況を飲み込めていない、混乱している様子が見られる辺り、返事が返ってこなければどうしようかと思ったが、幸い、少々の間を置いて、声が返ってきた。
「……平気です」
「そうか」
警戒心が強いと聞いていたが、一応会話に応じてくれた、会話できる程度には敵対心を持たれていない、あるいは思考できていないと判断して、次の言葉を放つ。
「デリットは後始末の続きをしてこい。カノンは一旦セレネに伝えて、落ち着いたら戻ってこい。会話役に欲しい」
「……あ、ああ、そうだった、しないと……」
「は、はい」
二人はその指示でようやく我に返ったのか、戸惑いか迷いか、鈍い動きで立ち上がる。二人ともタスクを見つめながら、デリットと呼ばれた青年は僅かに頭を下げ、カノンは心配そうな表情と共に、それぞれ別の扉を開けて立ち去った。二人が視界から消えて、大柄な男は口を開く。
「起きられるか?そこに座れ」
「……」
タスクには、目の前の男がどんな人物なのか、全く把握できていない。分からないが故に思考は止まったまま頭は回り、目覚める前、意識を閉ざす前の時に辿りつく。
(──っ)
数秒か数十秒か、溢れ出す記憶を咀嚼し、何があったのかを今更ながらに把握する。突然出会った人間に殺されそうになったこと、その人間が別の人物に殺されたこと、結果的にその人物に救われたこと、そこまでを理解して、今全身に走る痛みが、その時に負った物であることを理解した。
コンコンッ。
「……っ」
「待ってろ」
どこかで響くノックに動揺するタスクを尻目に、男は歩き出す。扉の一つ、先程カノンが消えたそれの前に立ち、開ける。タスクが遠巻きに見てみると、そこで会話しているらしい。内容こそ聞こえないが、少々の会話を終えたらしい男は、扉の向こう側から何かを受け取っていた。それを、先程タスクに指差した椅子の傍に在る机へと置くと、再び声をかける。
「食うか?」
「……」
タスクは無言のまま身体を起こし、しかしそれ以上動こうとしない。視線を部屋に走らせ、地形を把握しようとまだ寝ぼけている感の残る意識を身体を目覚めさせていく。
(ふむ……)
男はそんな警戒心露わな様子を見て取り、そっと立ち上がる。ビクッ、っと反応されたのをこれ以上刺激しないよう、距離を近づけないように、目当てのものがある場所までゆっくりと歩く。辿り着くと手を伸ばし、目当てのものを掴み、再び、先程の机まで戻った。
(……スプーン?)
タスクは男の行動の意図を理解できないまま、その手に握られた物体を把握する。やはり大きい手には少々小さいようなそれは、机の上に置かれた、先程持ち込まれたお盆、それに並べられた料理の一品に伸ばされ、掬うと男の口に放りこんだ。
「ああ、美味い」
「……」
「食うか?」
そこまで言われて動かれて、タスクはようやく立ち上がると、指し示された席に歩き出す。合わせて男は距離を取る。未だ警戒心を示しながら、それでもタスクは席に着き、停止して、ようやく、そっと、並べられた料理に手を出した。一口。
「美味いか?」
「……」
無言。
「……」
「……」
タスクの口では、返事は、返せなかった。
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